第16話 もしもの世界
隠れ家前
隠れ家に戻ると、何故かエルランドがいて屋根上にいるレイダスとお喋りしていたのだから驚いた。
離れた所には同じく王宮にいるはずのアリアがいて、そしてニオも立って周囲に目を光らせている。
彼女は、ユリシアが作っただろうおやつを頬張りながら、慣れた様子で警戒しつつも、アリアと談笑していた。
そのニオはこちらの姿に気が付いて声を掛けてくる。
「あ、ステラちゃんお帰り、用事終わった?」
「え、ええ。それより……何で、エル……彼がいるの?」
「えっと、色々事情があってね。説明したい事があるから、ヨシュア君達とかいつもの顔呼び集めて中で待ってて欲しいかな。昼間に色々あったのもあるけど、ちょうどいいから聞かせたい事があるって、エルが言ってたから」
屋根上にいるレイダスの様子は結構気になるのだが、ステラはニオのお願いを承諾して隠れ家の中へ入る。
食べ終えた夕食の匂いが満ちる中、雑談に興じる仲間達に説明している最中に、リートがやって来た。
「元教師、話は終わったみたいだな。手間をかけさせた」
「俺は俺の好きなようにやっただけだ」
「だろうな。それでも言いたかっただけだ」
ツヴァンと二、三言やり取りした後で、リートはステラの方に向き直る。
「レイダスの抱えている物は知らんが、相手が相手だ。王ならうまくやるだろう。それより手を出せ、ステラ。見つけるのに、苦労したし間に会わないかと思ったが、何とかなったぞ」
出した手に手渡されたのは、小さな石だ。黒っぽい色の、一センチにも満たない石で、紐に通せるようにか穴が開いている。
「これは……?」
次いで、リートは色とりどりの石が通されたブレスレットを取り出して、ステラに追加で手渡してきた。
明らかに普通の石ころが一個交ざっているのを除けば、ほとんどは占いに使うような、小物屋で売っている綺麗な石だ、これは……?
「お前の父と母、そして弟、剣の師匠と、ツェルト、ニオ・ウレムにカルネ・コルレイト、アリア・クーエルエルンとクレウスフレイブサンド、エルランド王、後は誰だったか……? そう言えばメディックとか、ホルスとやらもいたな、で、お前の横の教師、ついでにアンヌ、レイダスに、シーラ、……数合わせでクラスメイト達と、おまけでこの町でお前が助けた事のある少女、で、最後に私が選んだ。お前自身の石に穴を通せばちょうど二十になるな」
説明して欲しいとは言ったけど、相変わらずよく分からない。
……それは何の内訳なの?
「誕生日とは少しずれるが、これまでに頑張ったお前のご褒美だ。皆感謝している。お疲れ様の意だ。労ってやらねば可哀想だろう、今のお前に繋がるまで頑張って来た昔のお前を。確かに欠点も弱点もあったかもしれないが、それも確かにお前だった」
言葉を切って、リートは何かを思い出す様に目を細めながらステラの頭に手をおいて撫で始めた。
その手ごたえは、所々小さな差異があるものの、ツェルトがステラに良くしてくれるものとよく似ている。
彼女の性格とは似ても似つかない、穏やかで優しい手つき。
「リート?」
「思えば成果ばかりに目が行って、努力を誉めた事があまりなかったからな。私も、お前の周囲も。才能があるとか、当然の努力をしたまでと言ってしまえばそれまでだが、それではあまりにも寂しい。よく頑張った」
脈絡もないにも程がある会話の流れで、いきなり誉められたり労われたりして、何が何やら分からないのだが、ステラは最後のその言葉に、胸が打たれたような気がして、少しだけ視線が下がった。
「一番厳しい所を他人に任せてしまったのなら、私は思う存分甘やかす。甘やかされろ、ステラ」
撫でられ続けたまま、ステラは己の胸の内に込み上げてくる思いに戸惑っていた。
これは安堵だろうか。
良かった、とそう思える何かの感情が心の中にはある。
少し前の自分は、努力を労われる事など求めていなかった、結果を求めて目に見える絶対の強さを求めて、ひたすら頑張っていて……。
それでも今リートにかけられた言葉に、自分が安堵しているという事は……。
「私、ずっとそうやって誉められたかったのね」
認めてもらいたかったのだと、そう気が付いた。
頑張ったという事自体を、努力したのだという事を。
少し前、ツェルトが王宮にいてお見舞いをした時に労ったような会話になった時、ツェルトが照れて喜んでいるのを見た事がある。泣きそうになってたみたいな事をちょっと聞いたりもした。
「そういう事を誉められたの、あまり無かった気がするわ……」
その時ツェルトは、きっととても嬉しかったのだろう。ステラも嬉しいから。
ずっと、足りなかった気がしていた何かの一つ、それがようやくちゃんと埋まった気がした。
結果ばかりが賞賛されて、目に見える価値ばかりが褒められて、不満ではなかったけれど、少し窮屈だったし、息苦しかった。
中身が伴っていないと、立派な人間ではないとそう思っていたから。
けれどその、欠けていたものの一部が、リートの言葉で満たされたような気がするのだ。
「ん、後で自分の持っている石を適当に細工して通せ。お守り代わりにでも持っているといい。良く数えて見ると実は十八しかないが、まあ残りの二つはよく分からんが近日中に手に入ると、アンヌが言っていたからな」
「アンヌが? そう言えば、色々情報を教えてくれたりしてるみたいだけど、貴方は何か知ってるの?」
「いや、私はただの特務騎士だしな。聞きたければその内本人に尋ねてみればいい」
思わぬサプライズプレゼントをもらったステラが、大事に品物をしまったり、仲間を呼び集めたりして時間を過ごし、その後は……。
ステラ達や、ニオ、ヨシュア、レイダス、リート、ツヴァン、カルネ、そしてアリアという主だったメンバーが集まって、ユリシアとエルランドから話がされた。
それは驚くべき内容だった。
ここではないもう一つの世界野、別の世界のもしもの話。
ユリシアの行動を起点として分岐したらしい、別の可能性の話だ。
それは彼女が幼い頃、貴族至上主義であるラシャガルと口喧嘩みたいな事をした事で最初に変わったらしい。そして、ツェルトが精霊使いになった直後に、短気を起こしたラシャガルのせいでカルル村が呪術の影響で一家を除いて全滅した所から、本格的に異なる違う歴史が紡がれていったのだと。
聞かされた事柄は想像を超えていた。
カルル村の出来事と並行して、治療に出ていたステラの両親、そして屋敷にいたヨシュアや一部の使用人が行方不明、後にラシャガルの屋敷で殺されていた事が確認され、同じような目に遭うはずだったステラは、騎士であるツヴァンやリーゼに救出されたらしい。
その後ステラはその騎士二人に引き取られ、王都にある高台の家に住む事になり、ツェルトも人のいなくなったカルル村から引っ越して王都に住む事になる。
その世界でのステラ達は、大変に元気な様子で王都を駆けまわっていて、レイダスを手下にしたり、誘拐されそうになっていたユリシアを助けては一緒に誘拐されたり、なじみの料理屋の店主を助けて病院に運び込んだり、王宮でニオやライド、エルランドと知り合ったりなどして、それはもう色々とやっていたらしい。
成長してもあまり変わらず、学生になってアリアやクレウス、カルネと知り合ったりしても学校の授業で遺物をうっかり回収したり、休日に王都の遺跡で起きた魔物発生の騒動を、ユリシア達やレイダス達、貧民街の者達をまとめ上げて事態を沈めたりなどして、大変な勢いでご活躍なさったようだ。
卒業してからもそんな日々は続き、クーデターを起こしたグレイアンを打倒したり、裏で色々暗躍していたフェイスを追いかけたり……。
結果を見ればやっている事が大して変わらなかった。
だがそんな中で、フェイスを止めようとしていたステラ達は、アクリの町での戦いの最中に、相手に裏をかかれて追い詰められてしまう。
特務騎士リートの魔法によって、ライド、ユリシア、シーラは敵からはかろうじて逃げる事が出来たものの、そのせいでこちらの世界に来てしまったのだと言う。
「私が魔法を使って裏路地を案内をして走り回って、ステラ達が戦っていたのですけれど、魔物達がその壁を破って来て、乱戦になってしまいましたの。私と、呪術を使ってついてきてしまったシーラちゃんを逃がす為に、リートやライドが戦ってくださっていましたけれど、追い詰められて……、最後には湖の所で……」
長く喋っていたユリシアは、その時の事を思い浮かべる様に目を閉じて、言葉を止め深く息をつく。
「守り切れないと判断したリートが、シーラちゃんの呪術と合わせて転移の魔法を使ったのですけれど、焦っていたせいで失敗してしまって、この世界へ落ちてきてしまったのですわ。その影響なのか、皆さんはバラバラの時間に……。ライドは数年前にどこかに、私はちょうど皆さんがグレイアン元国王を打倒した時期くらいに王宮に、そしてシーラちゃんがステラ達が星降りの丘にある遺跡を調べていた時にその場所に」
ツェルト達が入り口にいたにも関わらず、シーラが遺跡の中にいた理由がそれで分かった。
入り込んだのではなく、そこに現れたのだ。唐突に。
だから、ステラですら、直前までその存在に気づけなかった。
時期的には、ユリシア達が二十歳くらいの出来事の時に起こった出来事だと言う。
とすると、ライドは別の世界に来てなおかつ過去にさかのぼって落ちて来たわけになる。
そうやって考えると、彼の年齢がおかしな事になるのだが……。
「ライド、彼の事は何と言って良いのか。呪術実験の後遺症ですわ。私のせいでラシャガルの倫理観が壊れてしまって、彼の考えに同意した人間がミューネさん……、ええと貴族至上主義の方達が中心となって呪術研究を一時期復活させてしまっていたので……。そのせいで色々あって、彼は不死の体になってしまったり、自由に見た目を偽る事ができるようになったのです」
そこで、ユリシアは少しだけ自信なさそうな顔をして続ける。
「年はええと……、そう対して私達と変わらないはずですわ。……たぶん。昔に戻ったので、少し年上にはなるのでしょうけど。そういえば、ディラヌ・エインズゲートと言う名前を聞いた事はありまして? 彼はこの世界で勇者と共に行動していた事もあれば、騎士学校の校長もやっていたようですわ」
ディラヌ・エインズゲート。
ステラの通っていた湖水の退魔騎士学校、その校長の名前だ。間違いない。
そういえば、一度彼が校長室から出て来たのを目撃した事があるが、あれはもしかしてそういう事になるのだろうか。
それに勇者に関係していたのなら、国の政治を担う十士であるアルネと知り合っていてもそれほどおかしくはない、アンヌと面識があるのは分からないが。
ライドには王都の遺跡から魔物が暴れ出した時に彼に助けてもらった事があるが、あれはフェイスを手伝っていたから居合わせたのか。
そこで、今まで黙って聞いていたニオが声を上げる。
不満げに口を尖らせて。
「ユリシア、何で今になってそれを話すの? もうちょっと前でも良かったじゃん。何で今まで隠してたの? ライド君もユリシアも勝手だよ」
「この世界にいる貴方達が信用に足る人間かどうか、ちゃんと判断して納得してからにしたかったのですわ。姿形は同じであれど、見知らぬ人間である事に変わりはないのですから。普通の話をするのとは違いましたのよ」
「分からなくはないけど……でも、それにしたってもっと早く言ってくれれば……ニオは……。ううん、それこそ勝手だよね。ごめん」
先程とは違って、常にない態度でニオが謝る。ステラと同じ時間に隠れ家をでた後の事については、さらっと事情が話された事だが、ライドと会って色々あったようだ。
「ですけど、少しだけ我がままもしてましたわ。貴方達と深刻な話抜きで、もう少しだけ普通の友人の様に付き合っていたいと、そう思ってしまって……、迷惑をかけてしまいましたわね。貴方方二人には、申し訳ありませんわ」
「ユリシア……」
エルランドとニオの二人を見つめるユリシアは、一瞬だけ悲しそうな顔をするものも、すぐに表情を戻す。
「らしくないですわよ。私の知っているニオはいつでも無駄に元気ではありませんの。そんな事ではエルランド様の傍は、安心して任せられませんわ」
「婚約者面しちゃって、行く当てのないユリシアを無理なく王宮に置いて置く為の立場だってのにさ。もう、ユリシアってばほんと図々しいよね」
「まあ、言いましたわね、ニオ」
ともかく、疑問に思っていた事はユリシアから全て聞いた。
ちょっとさすがにもう一つの可能性の世界を知っているステラさえ、驚くような話だったが、大した事はない。
背後に立っているツヴァンが時折呻くような声を上げているが、考えないようにしておこう。
聞かなければならない事が他にあった。
ステラは、王宮で待っているシーラの姿を思い浮かべながら言う。
「それで、聞いてもいいかしら。ユリシア達は帰る方法は……大丈夫なの?」
「心配は無用ですわ。今回の件が終わったらですけれど。その時はリートに活躍してもらいますので」
恐る恐る聞いた内容に、悪くない言葉が返ってきた事でほっとする。
「そう、それなら良かったわ」
寂しい思いを押し込めて、そう言葉を告げて置く。
一番心配していた事がクリアされたのなら、後は本当に今回の件を片付けるだけなのだから。
その後には、きっとこの世界に元々いたユリシアが顔を出せるようになるのだろうが……。
……きっと今までに、占いに着いて教えてもらったりした関係は失われてしまうのよね。
やっぱり、寂しいかもしれない。シーラもあんなになついてくれてたのに。王宮に戻る時は、お土産たくさん買ってあげよう。
そんな風にしていると、別の心配があったニオがため息交じりに呟く。
「……ライド君にも伝えたいところだけど、きっと聞いてくれないだろうね」
「それはそうですわね。特に今の彼は、状況が状況ですもの」
「はぁ、もう。ほんと手がかかるんだから。ばかばか、大ばかさんだよ。……あ、そう言えばライド君ってニオとどんな関係だったの。そっちでも知り合いではあるんだよね、王宮にいたんだから」
「ええ、呪術の研究に苦しんでいる所をニオが助けたんですのよ。それで色々あってステラの婚約者になって……」
「色々ありすぎ! 結果がとんでもないよ。過程に何があってそうなったの!?」
すっかり元気を取り戻したらしいニオが、驚愕の事実に声を上げて騒いでいる。
ここの所、空元気を出している様にも見えたが、今はそれが見えなかった。
突発的な集まりでユリシア達の秘密が明らかになったが、ステラ達のやる事は変わらない。
フェイスを捕まえて、ツェルトを助ける。そこに彼女たちを無事に元の場所へ帰す、が加わっただけだ。