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第12話 たとえ失敗したとしても。



 無我夢中で走って、ステラが逃げこむ先に選んだのは村の外れ、整理された区画の隅の方の茂みの中だ。


 あの夢の中の事が知られたのが仲間だけならまだ良い(部下も一応仲間だがそれは置いておいて)。

 ツェルトやニオや、カルネ、アリアにクレウス……もう少し範囲を広げてヨシュアや両親くらいまでなら、ステラが本当は弱いという事に気づいているだろうからまだ良かったのだが、今回のはそうではない。


 作られた勇者像。

 暴政を終わらせた立派な英雄、人間像。


 ステラは、元とはかけ離れた人物像を信じている者達に弱みを見せてしまった。

 立場的にまずいし、良くない。そうでなくとも、関係の薄い人間に自分の急所の様な物を見られてしまったのがたまらなく恥ずかしかった。


「ぁぁ……、恥ずかしい。何でこんなに恥ずかしいのよ……。穴があったら入りたい、むしろ入らせて頂戴、お願いよ。お願いします」


 ……むしろ、存在しててごめんなさい。


 意味が分からないままに、ひたすら意味の分からない言葉をつぶやき続けるステラ。

 傍から見たら完全におかしい人間だ。

 こんなおかしさはツェルトとお揃いでも何でもないだろう。


「ああ? 何やってんだテメェ」


 しゃがみこんだ状態で茂みに交ざって、うわ言の様に言葉をつぶやき続けるステラ。

 その背後から、不機嫌そうな声を掛けてくるのはレイダスだ。

 振り向くが、そうするよりも前に近づいてくるときの荒々しい足音で分かった。


 よりによって一番会いたくない人間に会ってしまった。


「いま貴方と話す気力がないの。早くあっちに行ってくれない?」

「あ? 俺様に命令すんじゃねぇ。一人になりてぇんならテメェの方がどっか行け」

「いや」


 今のステラにとって貴重な、人がいなくて目立たない場所を取り上げるつもりなのか。

 そもそも何でこんな所にレイダスがいたのだろうか。

 人といるのが嫌いな彼の事だから、人気のなさそうなところを選ぶのは分かるが。


「……いいわね、羨ましいわ。貴方なんて、常に堂々としてるし我がままだし自分本位だし、恥なんてかいた事ないんでしょうね」


 不機嫌そうでありつつも泰然とした様子のレイダスを見れば、自然とステラの口から刺々しい言葉が出てきた。


「なんだ、テメェ。笑いもんにでもされてんのかよ。はっ、いい気味だ」

「……っ」


 その「はっ」とか言う笑い方、本当に気に障る笑い方だ。

 圧倒的に上の立場から見下ろしてきて、自分は余裕みたいな態度で。

 彼にとって、自分以外の他人がどれだけ頑張ったり悩んだりしていても、関係ないのだろう。どうでも良くて、影響などないのだ。


「もうっ、本当にどっかに行ってちょうだい。いま貴方とちゃんと会話してあげる余裕ないの」

「ガキかよ。笑いもんにされたぐらいでそれか。ご立派な勇者サマが聞いて呆れる無様さだな」

「……」


 こちらを見下ろしてくるレイダスは、嘲笑する様に口の端を歪めてみせる。


 ……レイダスに子供呼ばわりされるなんて。


 普段小さな子供みたいな事言って、我がままばかりなのはそちらの方ではないか。


 しかし、彼の言ってる事は分からなくもない事だ。こんな所でうじうじしているなんて勇者にあるまじき行為だろう。騎士としてもかなりみっともないはず。


 ステラには立場があるのだから、立場に応じた振る舞いをするのが当然のはず。


 だが……。


「だからって、今から戻って何食わぬ顔で皆と接する、……そんな事できるわけないじゃない」


 走って来た方へと視線を向けるが、そちらから妙な心理的圧迫感を感じる。

 駄目。無理。

 絶対にまたここに戻って来るだろう。


 というかここにいる時点で、もう一歩も動きたくなかった。


「いいわよね、レイダスは、本当に……本当に」

「ああ、うっとおしい喋り方すんじゃねぇよ。ジメったくなるだろうが」


 相かわらず上から見下ろしているレイダス。彼から苛立つ気配が伝わって来るが、曲げたくない物は曲げなくないのだ。


 知らない。勝手にジメジメでもなんでもしてればいいのだ。


「貴方には分からないわよ。レイダスなんて、誰かに格好悪い所見られた事ないんでしょう? 幽霊が怖くて体が震えちゃう様な事なんてないでしょうし、ちょっとした勘違いや思い違いをして醜態をさらす事も、私達に負けた事以外で失敗した事もないでしょう?」

「あぁ? ケンカ売ってんのか」


 よどみなく吐き出す感情を下からぶつけられたレイダスは、さぞ腹を立てているに違いない。けれども口を開いたら止められなかったのだ。


 これまで、羨みの言葉を相手にぶつけるなど今までに何度あっただろう? その上羨んでいる風に装いつつも、相手に自分の気持ちなど分からないのだと遠回しに悪口をいう事など、ステラにあっただろうか。


 こちら言葉を聞いたレイダスは、実を屈めて周囲の茂みをかき分け、小さくなってしゃがんでいるステラの姿を見つめたのち、はっきりと聞こえる様に今までより若干声を大きくして、続きの言葉を言い放った。


「今はっきり分かった。ステラ、テメェは実力を抜いて人間の中で一番強ぇらしいが、人間としてかなり馬鹿だ」

「ば、馬鹿って……。なっ、貴方に言われたくないわよ」


 その時、怒りで我を忘れそうになる……なんて事が自分の身にも起こったらしく、実力差とかそういった物を全く考えずに、レイダスに一撃見舞おうとか一瞬だけ考えてしまった。


 それくらい屈辱だったのだ。

 よりによってレイダスなんかに、そんな事を言われる日が来るとは。

 ステラみたいに、悩んだ事のない人間に。

 単純な事ばかり考えて生きてこられたような人間に。

 そんな事を言われるなど。


 ああ、確かにこれは大変だ。この感情は。

「なめられた」とか自分より格下の相手に「侮られた」とか、そんな時に屈辱を感じて我を忘れたという話を聞いても理解できなかったのだが、今ステラははっきりと理解した。こういう感情の事を言っていたのだと。


 こちらを見下ろすレイダスは、言葉を止めない。


「テメェでもそんな顔が出来んだな。はっ、優等生ぶってる時よかよっぽど好感が持てる」

「アリアに対してもそんな事言った事があるって聞いたわよ。貴方みたいな人間に言われるなんて、凄く複雑な心境になるのね。学んだわ」

「まだ、あの女の方がマシだがな」

「アリアはもう復讐なんて考えてないわよ」

「口では何とでも言えらぁ」


 口だけではなくて、行動で示して我慢した所を見たのだから言っているのだが。まあそんな細かい事情はレイダスには関係ないのだろう。


 とりあえずいつまでも見下ろされていると、気分が悪いので立ち上がる。

 だが、長い間茂みの中にいたせいで葉っぱが体中についてしまった。簡単に手で払った。


「ねぇレイダス。聞かせて。何で貴方さっきあんなに怒っていたの?」


 このまま去っても良かったのだが、どうしても気になった事だったので、少し前の話題に着いてステラは尋ねる事を選んだ。

 けれど返答はなく、数秒粘った後に諦めて、レイダスにとって邪魔らしいその場から去ろうと背を向けるのだが……。


「テメェは、失敗が特別なもんだとでも思ってんのか」

「……」


 今までとは少し違う、静かな声で相手から言葉がかけられた。

 

 驚いて振り返ろうとするが頭を掴まれて、阻止される。

 なぜなのか、彼は顔を見られたくないらしい。

 

「そうだろうな。そんな反応だろうな、テメェは。なんたって勇者サマになるような人間なんだからよ。分かんねぇだろうな、人の失敗なんて」


 ああ、そうだ。

 きっと頭では理解していても、ちゃんとは分からない。分かれないでいるのだ。

 ずっと失敗しないように生きて来たから、失敗した時にどうすれば良いのかとか、自分に正直に生きるというステラのできない事をしている人間達が、失敗する姿などどうしても想像できないのだ。


 頭を掴んでいた手が降りて来て、ステラの喉元を掴む。どういう意図があってレイダスがそうしているのかはまるで分からないが、ステラは黙って耳を傾ける事を選んだ。

 振り向いても良かったが、おそらくまだ駄目だろう。


「テメェは俺様が好きでこうなったとでも思ってんのかよ。望んだ通りに歩いて来たとでも思ってんのか、あぁ?」


 失敗しないなんて事、あるはずはない。レイダスやリートでも、人から見えない、分からない所で必ず何か失敗をしてしまって、それをどうにかして生きているのだ。


「死ぬような思いなんざした事ねぇ、そう思ってんのかよ。そもそも俺様が戦ってんのは……」


 レイダスの言葉は途中で唐突に途切れた。


 不意に彼の手が離れ、ステラの首元近くを小石が通過していったからだ。

 偶然ではない。あからさまに狙ったもの。

 誰かがステラ達に向かって投げたようだ。


「ちっ、あの野郎、いつもは逃げやがるくせに……」


 続きの言葉が告げられることなく、振り返った先でレイダスが遠くへ行くのを見届ける。

 どうしてこんな所にいたのかと思っていたが、なるほどストーカーしていたのかと納得する。


 入れ替わる様にやって来たのは、ツヴァンだ。……ツェルトが良かったが。


「おい、何があった」

「ちょっと、話をしてただけです」


 しかめ面の教師にステラがそう返せば、納得しかねるという反応をされた。


「あぁ? 見間違いか? 絞め殺されそうになってたの間違いじゃねぇのか?」


 確かにはた目からならそう見えもするだろうが。

 レイダスの獰猛な性格をして知っているのなら、そう誤解してもおかしくはない。

 それで、追い掛け回されてたというのに助けてくれたのか。見当違いだが。


「ったく、ウレム達が探してこっちまで来たじゃねぇか、いきなり悲鳴上げて訓練場から消えたとか何とか言って」

「あ、……すみません」


 礼を言おうとすれば、そう言えばそっちの問題もあったと思い出す。

 レイダスとの会話で忘れていたが、恥の問題で逃避中だったのだ。


 ……どうしよう。戻って皆と顔、合わせられるかしら。

 ……そうするしかないのは分かってるけど。やっぱり、は……恥ずかしい。


「心配かけてすみません。声は……その予想外の事実を知られた驚きがこらえきれなかっただけ……ですので」

「誰が心配なんかするか。つーか、声って何だよ。あいつ等もあいつ等で役に立たねぇ事ばっか言いやがって、子供だとか夢だとかなんとか」

「――っっ、言わないでくださいっ。今忘れようとしている最中なんですから」


 これ異常恥ずかしい話を広げられてはたまらないと思い、ステラはそういうのだが、結局は逆効果になってしまったようだった。


 ツヴァンは胡乱気なものから、得心がいったようなものへと表情を変えた。


「あ? ああ、あれか、お前の周辺で話題になってたこの間の……。そうかなるほどな。そうかそうか。それでここかよ。……そりゃ恥ずかしいもんだな。ご愁傷様なこって。……ぷっ、くくくくく、ぶふっ」

「な、わ、……っ、……っぅ」

「は、馬鹿だなお前。気づいてなかったのかよ。あんな夢あるわきゃねーだろ。ぶっ、ぶはっ……」


 レイダスそっくりの口調で笑わないでほしかった。お願いだから。

 ここにいない彼にも笑われている気がしてくるではないか。


 レイダスと言いツヴァンと言い、どうしてこういう時に限って人間的にできてない人とばかり遭遇するのだろうか、

 泣きたくなった。


 というかこの大人。学生の頃から思ってたけど、いい人である以外はぜんぜん駄目人間ではないか。

 ツェルトならきっとステラの事をそんな風に笑ったりしないのに。


「良かったじゃねーか。ステラちゃんってか? ガキんちょ扱いして遊んでもらやぁ良い。友達いっぱいじゃねーか、喜べよ。ぷっ、くくくくく……」

「――――っっっ! い……、いい加減にしてっ!!」

「うぉ、あぶね」


 あんまりに笑われる物だから、我慢できなかった。

 だから拳で殴りつけてやろうと思ったのに、避けられてその腕を掴まれてしまう。


「何カリカリしてんだ、良い事じゃねぇかよ」

「な、な、な……何が……。全然良くないですよ」

「おわっ」


 反対の拳で反撃に出れば、ツヴァンはこちらの手を放してその場を飛び退る。

 これ以上無神経に笑われてはたまらないので、背を向けて足早にその場から離脱しようとするのだが……。


「人間として順調に成長してるって事だろ、その調子でどんどん笑われろ、笑われてりゃいいんだよ」


 背後からはそんなよく分からない呟きが聞こえてきたのだった。



二日空けます。

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