第11話 たとえ正しいと分からなくても、
「皆、結構元気よね」
離れた所にある手ごろな腰かけに落ちついて、ステラはその騒ぎを眺めていた。
決勝が終わって、闘技大会の勝者へ周囲の騎士達が歓声を上げている。
その後はニオが司会役を全うすべく、大会に色々語ったり出場者にインタビューしていく予定らしい。
取りあえずその光景を見たステラはほっとする。騒ぎにはなってたが騎士舎は大変な事にはなっていなかった。
「ステラ隊長! 聞いてくださいよ」
そんな目の前の賑やかしい景色を見ながら、友人の行動に驚いたり、心配したりして忙しくしていると、周辺に集まっていた騎士の中から数人の女性騎士……ステラの隊の部下達が声を掛けて来た。
眉間に皺を作って異議ありみたいな顔をされて、だ。
「な、何?」
近づいてきた彼女達を見て、わずかに身を引く。
驚いた。
もしやニオの行動によって気分を害するような事でもあっただろうか。
と、そう思うのだが……。
「ツェルトさんの副隊長。今回の任務にもちゃっかりついてきてるあの人、ステラさんに抜け駆けしてツェルト隊長と近づいてたんですよ。お昼食べるの忘れたツェルト隊長にご飯食べさせたり、忘れ物して人に叱られないように気を付けてたり……」
部下達の言う内容はそのようなものだ。
どうやら違うようだった。
……その副隊長さん、何だかお母さんみたいね。
そんなにも怒るような事だろうか。
確かにそれはステラがしたいし、やってやりたい事ではあるが、ごく普通の行動ではないのだろうか。
ツェルトは普段行動がおかしいから、人が見てて心配になるのはよくある事だろう。ステラも良くある事だ。
だが、ステラの知らない所でツェルトが思い出を作っているというところは引っかかった。
当たり前だが、騎士として仕事をする以上、その人物とツェルト一緒にいる時間はきっとステラよりも長い。グレイアンがいた時の王宮での事を考えれば確実に追い抜いてしまう事は事実だろう。
その事を考えると……なぜだろう、理不尽だと分かっててもちょっとツェルトを叱りたくなってきた。
ステラがそうしてもやもやしている間にも、部下達の口は止まらない。
「挙句の果てにはアクリの町まで一緒に行って、シーラっちゃんぐらいの女の子に彼女だと間違われてたりしてたんですよっ、許せます!?」
「ええっと……」
ステラよりも感情の起伏が激しい部下達にどういえばいいのか分からない。想像以上の剣幕に、言葉につまる。
とりあえず、ステラ達の中を気にかけてくれるのは嬉しいが、そんなに彼女らから自分達の中について心配されたり、感情移入されるような事になる心当たりがなかった。
ついこの間までは、ちょっと厳しい戦場を共に切り抜けて来た親しい部下と上司の関係だったというのに、一体何があったのだろうか。
「ステラ隊長があんなにもいじらしくツェルトさんの事を気にかけてるっていうのに、私文句言ってきます!」
「あ、待って。私は別に」
ステラとしては別に恨みもないし、ツェルトのフォローをしなければならなくて大変だろうと同情する気持ちしかないのだ、違うらしい彼女らは鼻息を荒くして件の人間を探しに行ってしまう。まったく止める間がなかった。
ケンカとかにならなければいいのだが。
「だ、大丈夫なのかしら……」
腰掛けから立ち上がろうかどうか迷っていると、その場にいた他の部下二人が件の駆けていく彼女に向けていた視線をステラに戻して、飽きたとでも言いたげな様子で言葉をかけてくる。
「気にしなくてもいいと思いますよ、あの猪突猛進騎士の事は。彼女なりの親愛表現なんです。まず最初の交流はケンカからが彼女の基本姿勢なので。例外はステラ隊長かアリアさん、年上ぐらいですし」
「そ、そうなの。よく今までやってこれたわね」
「実際、周囲のいい迷惑」
猪突猛進騎士。
そんな風に部下達が互いの事を言い合っているとは知らなかったステラは、発された言葉に目を丸くするしかない。
二人は去ってしまった仲間の事についてもう二、三言話しながらも、互いに視線を交わし合って、やれやれと肩をすくめ合っている。
普段の付き合いから苦労に長年悩まされているのが垣間見える仕草だった。
目の前で展開されたのは、そんな微笑ましくなりつつも色々と労わりたくなる話題だったが、ステラが実際に感じるのは困惑の感情の方が大きい。
任務中はそんな風に個人的な内容については、あまり話してこなかったと言うのに……、今日は何かがおかしかった。
ステラの部下組の少女達がそうして仲間についての話にひと段落付けていると、今度は別のところの部下達が話しかけてくる。
「隊長、聞いてください。この間美味しいお菓子のお店を見つけたんですけど、知ってます?」
「しかも、他の所より安くてとってもお得なんですよ」
当たり障りのない事で、日常的な事ばかりなのだが、どうにも普段より友好的と言うか、フレンドリーというか。
いつの間にか他者から詰められている心理的距離を前にして、混乱してしまう。
それで「あの、皆何だかちょっと変じゃない?」と、ステラが聞くのだが「そうですか?」で返されるだけで、原因は分からないままなのが余計に拍車をかけるのだ。
そうこうしている内に、そこに一人の騎士が歩み寄ってくる。こちらを見つめる瞳が何だかうっとりとしていて、熱っぽい様な感じだ……。
「ステラ隊長。お願いします。これを見てください」
そして手に持っていた紙袋から、取り出してステラに見せた。
そこにあるのは、手作りらしい人形だった。
毛糸で作られた金の髪に、ボタンで縫われた橙の瞳、そして黄色のワンピースのきた女の子の人形。
小さなつぶらな瞳と、うっすらと赤くなっている頬が可愛らしい。
だがしかし、気のせいだろうか。
どこかで見た事があるような姿をしているのだが……。
「可愛らしい人形ね。貴方が作ったの?」
「はい、アイデアをまとめて入念に設計図を作り、三日三晩睡眠時間を半分に削って作り上げた力作……題してステラさん人形です」
「えっと……?」
「ステラさんです」
……私!?
似ているとは思ったが、それは何と言うか偶然の産物と言うか、たまたまそうなって「ステラ隊長に似ちゃったんです」みたいな展開を予想していたというのに、まさかステラの人形だったとは。
王都の町でツェルトが無駄に精巧なステラ人形を作っていた時以来の恥ずかしさだ。
こんな物を作って一体どうするつもりなのだろうか。
普段なるべく部下の状態には気を配ってできる限り見て来たつもりだったが、もう全部分からない。
彼女の考えがさっぱり分からなかった。
そんなステラの内心を知る由もない目の前の女性は、その人形を胸に抱き寄せて愛おしそうに頬ずりしてみせる。
熱っぽい瞳で、悩まし気な気配のする吐息を漏らしながら。
「……っっ!?」
……ちょっと、待ってそれ何の罰ゲームなの!?
そして、
「一目ぼれしちゃったんです」
「!?」
そんな爆弾発言がもたらされた。
目が点になるとはまさにこの事かと思いながら、ステラはぱちくりと一回瞬きをして頭の中が空っぽになった。
「もう、考えるだけで頭がいっぱいになって夜も眠れません。可愛すぎますよステラ隊長」
「え……え……えっと?」
「シーラちゃんと並べてうちの子にしたいって何度思った事か、小さい隊長可愛かったです」
「あ、あぁ……そっちの」
一目ぼれなどと言うから、てっきり誤解してしまったではないか。
小さい頃のステラの何が気に入ったのかは分からないが、それなら別に問題は…………。
…………。
……………………!!
「あったわ問題……」
大ありだ。むしろ問題しかない。
ステラの記憶の中にしかない、あの夢の記憶。
ツェルトに甘えて、自分の感情に従って動いていたという……現実ではありえない光景の記憶。
あんな恥ずかしい状態のステラは、まさかただの夢の産物ではなかったというのか。
そこにでてきた部下達の彼女等も夢の住人などではなく本物で、しっかりとあの場所であったことを覚えていたと……。
もし。
もしそうであれば、ステラは勇者や部下を率いる隊長にあるまじき、いや……大人の人間としてあるまじき痴態を見せてしまった事になるのでは……。
そんな怒涛の荒しに見舞われているこちらの内心にはまったく構う事なく、その場の話題は盛り上がっていく。
「ヨシュアさんやカルネさんに言って、ステラさん見守り同盟に加えてもらっちゃいました。今まで隙が無すぎて正直ちょっと違う世界の人かなって思ってたんですけど、全然普通の女の子だったんですね。ねぇ?」
「そうよね。好きな人にあんな風に焼きもち焼くなんて親近感湧いちゃった」
「一人の女の子として、これからはもっと恋の話とかしてみたいと思ったよね」
何か言われているような気がするが、内容のほとんどはステラの耳に入ってこなかった。
忙しかったからだ。
己の内心で吹き荒れる、猛烈な感情の嵐の対処に。
おかしい。
告白されたわけでもないのに、どうしてこんなに混乱しているのだろう。
こんなものは、今までくぐって来た修羅場や危機などより全然大した事がないはずなのに。
「さすが隊長のお知り合いです。確かメディックさんとか言いましたっけ。あんなに凄い薬を作るなんて」
「帰る時に聞いたら、次も期待して待っててなんて言ってたよね。常識はずれな所とか、隊長の知り合いだって思っちゃう」
「夢の世界、また行きたいよね。びっくりしたけど楽しかったし」
メディック。何て事を。
いや、作り上げたもの自体は凄い物出し、信じな方のは自分なのだけれど……。
それより、それよりも……。
「わ……、ぁ……、ぅ……」
手で覆い下を向きながらステラは絶望的な心境になった。
ああ、どうして時間は巻き戻せないのだろう。
そんな至極当たり前の、世界の普遍的な規則を改めて真剣に考えてしまうくらいには、ステラは絶望していた。
「ステラ隊長? どうされたんですか?」
「ぃ……」
「?」
「いやあぁぁぁぁっ」
……信じられない、とにかく信じられない。ありえない。ありえなさすぎるし、どうしよう。
生まれてこの方女性が出すような悲鳴を上げた事のないステラだったが、それが今日更新された。新記録だ。喜べない。
そう思えば、余裕が欲しかったのか現実逃避したかったのか、思考が脇道にちょっとそれた。
小さい頃から思っていたのだ。物語の中では、追い詰められた時でも、絶望した時でも、登場人物は夢中でとにかく叫ぶと言う行為をよくするのだが、それ一体なぜなのだろう、と。
事態が解決するわけでもないし、叫んだといって必ずしも状況が良くなるわけでもないのに、どうしてそんな事をするのだろうか。そんな事が不思議でたまらなかったのだ。
けれどそれが今、分かった。
合理性とか作戦とか、そう言う事が考えられないくらい、どうしようもなく今の状況が嫌で、でもどうする方法もないから、パニックになってるから叫んでしまうのだ。ただひたすらに。
とにかくそういうわけなので、自分自身でも信じられないような悲鳴を上げて、黒歴史を一個作り出したステラは、放心したままその場から逃走していった。