第8話 ずっと伝えたかった言葉を私に
幸福な夢の景色の中を巡っていると、ツヴァンとシーラの姿を見つけた。
どうして二人が一緒にいるのだろう。
シーラはツヴァンに肩車されて凄く楽しそうに話しをしている。
「お前、本当に見た目は似てないのに、中身がウティレシアとそっくりだな」
「ママはうてぃれしあじゃないよ、シーラのママはふぃえ……んー? 何とかって言ってた」
「そうかよ。つーかそれよりいい加減呼び方改めろ。俺はこんなガキ作った覚えないぞ」
「でも、パパと似てるよ? シーラの二人のパパ」
「んなこた、俺に聞かれたってなぁ。第一父親ってもんは普通一人だろ」
耳慣れない言葉がやり取りされる会話がステラの耳に聞こえて来て、その中身に首を傾げるのだが、近づいていくと、シーラが満面の笑顔になって手を振ってくる。
無邪気なその表情を見ていると、些末な事の様に思えた。
「あ、パパだ。シーラパパの所行きたい」
「ようやく本物の保護者が来たか、まったく変なとこ連れてこられたかと思えば……ガキのお守りなんぞさせられて面倒どころかくたびれたぞ。……気のせいか? あれライダーに見えるんだが」
ほっとしたすぐその後、疲れたような表情のツヴァンが眉間に皺を寄せて、おそらく目を疑ったりしている。
その間にに地面に下ろされたシーラが、ステラとツェルトの元へと一心不乱に駆けてくる。
「パパ! パパと会うまでシーラ、良い子にしてたよ」
「ん、そっかシーラは偉いな、よくやった。誉めてやるぞ、偉い偉い」
ステラがいる方とは反対側の方に来たシーラを、ツェルトは思うがままに頭を撫でて褒めてやっている。
心なしか、誇らしそうにしているシーラの様子はとても可愛くて、気が付けばステラも思わずその撫でまわしに参加していた。
そんなシーラはこちらを見て首を傾げる。
「んー? ママに似てるー」
「シーラはえらいわ、よしよし」
「うん、頑張った!」
シーラの方は小さくなったステラの事を、今までママと呼んでいた大人のステラと同一人物だったとは思えなかったのか首を傾げるのだが、誉められる事は嬉しかったらしく素直に撫でられている。
「先生、シーラのことみててくれたんですか? ありがとうございます」
「馬鹿言え、何で夢の中で間でガキの相手を……、ってお前ウティ……狂剣士か?」
視線を自分の身長より少し低い位置にしてステラを探していたツヴァンは、予想よりだいぶ下のほうにあった姿に思わずといった風に聞き返して、その途中で何故か名前ではなくあだ名の方に言い直した。
「ずいぶん変わったな。いや、変わったとか言う範疇の話じゃねえだろ、娘? ……んなわけねーか。アイツがライダーとそんな早く進展するはずねぇ」
「きょうけんしじゃなくて、ステラ・ウティレシアです。学生の時もですけど、先生はどうして、いじのわるいあだ名で私を呼ぶんですか。めいわくをこうむってました。あと、面倒もいっぱい押しつけるし、きょうしで大人なんだからしっかりしてください。なんでも面倒くさがらないでください」
「お? おぅ……」
ツヴァンは生返事だ。
ステラの物としか思えないセリフに、ステラの物だとは思えない説教を聞きながらも、反応がついていけていないようだった。
「シーラ、だいじょうぶだった? 迷子になって心ぼそくなかった?」
「ママだ! シーラは大丈夫だよ。ねえママ楽しい? 夢の世界楽しいね。カルネお姉ちゃんやユリシアお姉ちゃんも楽しそうだったよ」
こちらの正体に気づいたシーラが、嬉しそうに歓声をあげる。
だが、純粋なシーラだから、夢は全てこんな風に楽しい物だとでも思いこまないか少し心配だった。
いや、シーラは登場人物で、これは夢だからそんな事気にしなくてもいいのもしれないけれど。
でも、何だか夢の人物とは思えない程、皆いつもの反応をしていたのが引っ掛かるのだが。
……今更だけど、これ、夢よね。
「何だかよく分かんないけど、俺は楽しかったぜ。ステラに会えたし、ちっこいステラ可愛いし、焼きもち焼いてくるところとかすごい嬉しい」
今までの自分の考えに自信が持てなくなっていると、ツェルトがシーラの言葉に答える様にそんな事を述べていた。
その気持ちはステラも同じだ。
ツェルトとこうしているととても幸せな気持ちになれる。
「何だ、ライダーには幼女を愛でる趣味でもあるのか。成績表に書いてやったのに」
「言っとくけど、俺はステラだから良いんだ。特殊な趣味とかじゃないからな、ほんとに。それだったらシーラが危ないだろ」
「……まさかこのガキ、本当にウティ……狂剣士なのか」
ようやく目の前の、だいぶ低い位置にいる少女が元生徒だという事に辿り着いた様子のツヴァンは、それでもひたすら不可解そうな視線をステラへと向けてくる。
その目つきが、何だかとても本物そっくりで、とても夢だとは思えない再現性だったのが、今更ながらものすごく気になってくる。
「ねえ、ママ。シーラ危ないの?」
「シーラが気にすることじゃないわよ。大人のじじょうだもの」
横に立っているシーラが彼らの言葉を拾って問いかけてくるのに意識が引き戻された。それは触れさせてはいけない世界の話だ。注意しておいた。
それに、はぐれている間に子供に変な知識があったら、シーラの本当の両親が心配するだろうし。
しかし、結構色々歩いているが、この世界はかなり広い。
未だ果てやら壁が見えてこないのは一体どういう事なんだろう。
こういうのが見たい、こういう風になりたい、こういう事がしたい。
夢とは人が抱くそう言った願望が影響してできている面もあるらしいが、ここまで色々ごっちゃになっているのは聞いた事がないのだが、全体は一体どうなっているのだろう。
空に飛んででもしてみられたら何か分かりそうな気もするのだが、想像力が足りてないのかどうなのか分からないが、そんな不思議現象は不思議な夢の中では起こらなかった。なので、確かめようがない。
他にできる事はないだろうか、と曖昧でフワフワしていた心地からやや現実よりになって来たステラの思考だが、その途中である事に気がついた。
もしそれが可能なら、もう決して届かない世界の果てに残してしまってきた、一つの未練を断ち切る事ができるかもしれない。
星菜という人間の最後の瞬間を見届ける事が出来れば……。
「ツェルト、あのね」
「ん? どうしたんだステラ。上目遣いのステラも可愛いな。すごく部屋に持ち帰りたい、飾りたい」
ふざけた事を言い始めたツェルトに何か言ってやろうかと思ったのだが、ステラの思いが通じたのか周囲の景色が変わっていく。
「見せたいものがあるの。おぼえてほしいことも」
「ママ、ここ。変なところ」
そうして変化し終えたその場所は、この世界のどこにもない場所。
広い空間だったけれど、室内で、たくさんの商品が陳列されていて、明るく蛍光灯が照らす場所だった。
ステラが前世に最後にいたあの場所だ。
視線の先には、一人の少女が床に倒れている。
差された場所からは真っ赤な血が流れ出ていて、見る見るうちに周囲の床の色を塗り替えていく。
「ここって……、あの人は怪我してる、のか」
目の前には倒れている昔の自分の姿。
見慣れない景色に緊張していた様子のツェルトは、けれど倒れている少女に気づいて近寄っていく。当然ステラ達もだ。
「ツェルト、これは、私なの。私は一度しんじゃってるの」
「ステラ?」
「かなしかったし、つらかったし、どうしようもなくこころぼそかった」
きっと髪の色も瞳の色も顔だって違う。そんな少女を前にして同じだなんて言われたら誰だって混乱するだろう。
ツェルトにそういうような事を言われるのは覚悟していた。けれど、彼は紡いだことは予想できなかった言葉の方だった。
「ああ、ステラだよな。天然で、でも泣き虫で、臆病でそんなステラそのものだ」
信じて、くれたのだろうか。
そうだったらいいと思う。
そう思いたい。
「ツェルト、覚えていて」
目の前には星菜という私が死んでいく瞬間がある、リートが……転生前の姿の少女が駆け寄って来て手当をするのだがおそらく間に合わない。
「いつかどこか、別の場所で過ごした私がいた事を覚えていて」
「別の場所……?」
倒れた少女が口にする言葉が聞こえる。
「――――」
それは、か細くて小さくて、心細そうで辛く悲しい言葉だった。
でも、今のステラはその言葉を否定できる。
「彼女の名前は、中条星奈。貴族でもない、剣も握れない。どこにでもいる普通の女の子だったのよ」
ステラは倒れている女の子の下へ行き、その手を握る。
こんな風に死んでいい命なんてない。
皆、生きて明日を望んでいるのだから。
ステラ・ウティレシアである私はそう思う
「貴方は一人なんかじゃないわ。価値のない人間なんかじゃない。そんな人間なんていないって私は思ってる。だから、そんな風に悲しまないで。私は、貴方がいてくれて良かったと思うから。家ではお母さんとお父さんが待ってる、貴方の友達だって明日学校で会えることを待ってる、だから、だから……」
伝えたい事を精一杯伝える。
夢だって事は分かっているけど、それでも伝えられずにはいられなかた。
ステラの手に、ツェルトの手が重なる。
「ツェルト……」
「ステラの言う通りだよ。俺には難しい事は分かんないけどさ、君は一人なんかじゃない。だからそんな事は思わないでくれよ」
声を受けて、握られた手がかすかに動く。
光を失いつつあった瞳に一瞬の輝きを宿らせ、倒れていた少女は唇を震わせか細い声を上げた。
「……の」
そう思っても、いいの?
そう声が聞こえた気がした。
ただの気のせいかもしれないけど。
「ええ、貴方はそう思ってもいいのよ」
ステラは力強くその手を握り貸した。
苦痛に歪む、悲しみに染まるその表情が安らかな物へと変わっていったのを見届けて、少女のいた景色は消え去ってしまった。
後には元の景色が残っているだけ。
傍にいたシーラは距離をとって離れていたツヴァンの元へと駆け寄っていく。
「パパ!」
「だから俺はお前の父親じゃねぇつってるだろ。で、何だ」
「シーラのママも、一回死んだことあるって言ってた。人間は一回死んじゃうの?」
空気を読んだらしいシーラは、ステラやツェルトに気になった質問をしない事を選んだようだった。結局は聞こえてしまっているが。
それより、ステラとしては「パパ」の発言の方が気になるのだが。
「死んじゃうのはシーラ、やだ。だってすごく怖くて、辛くて、悲しい事だって前にママが言ってた。シーラ死んじゃうの?」
真剣な様子で聞いているらしいシーラに、面倒くさがりのツヴァンもさすがに回答拒否ができなかったのか、その場にしゃがみこんで目線を合わせながら質問に答えていく。
「はぁ……んなわけあるか。いいか、ガキ。よく聞けよ。人間は一回死んだら生き返ったりなんかしねぇ。どんなに願ってもな。……そんな事になったら大変だろうが、そいつの生き方がねじ曲がっちまう」
「んー? でもママ死んじゃったって言ってたよ。だから、皆助けたいって、救いたいって、言ってた」
「そりゃあれだ、言葉の綾とかそんなもんだろ。間に受けてんじゃねぇ、不可能なんだからよ。ほら……保護者代わりのとこに行ってろ」
ツヴァンの言葉が良く理解できなかった様子のシーラ抱き上げて、ツヴァンはツェルトへと押し付ける。
「悪いな先生、ずっとシーラのこと見ててくれたんだろ」
「悪いと思うんなら、目ぇ離すなって話だ保護者代わり。面倒かけさせんじゃねぇ」
「面倒面倒よく言うけど、そんなに面倒そうに見えないんだけどな実際は」
仕事は終わったとばかりに足早に去っていく元担任教師の後姿に、ツェルトが呟くがステラも同意だ。
なんだかんだ言って、作業に時間かけているわけでもないし健康的な労働時間を守てっているのは学生の頃から知っていたので、口先だけなのはステラも分かっている。精神的な事なのだろう。
「死の経験と未来予知、か……」
「どうしたの、ツェルト」
「いーや、何でもないよ。今日もステラは可愛いなって話だ。もちろんシーラも」
夢は忘れてしまう物だとよく言われるが、何物にも代えがたい経験をさせてくれたこの夢の事を決して忘れないようにしたいと、最後にステラはそう思った。