第6話 見たい夢が見れる薬
王宮 騎士舎
メディック・ハスター。
その名の持ち主の男性、メディックという人物は瞬間的な強化薬(栄養ドリンク)を作り出した医薬品の研究者だ。
だが実績はそれだけにとどまらず、日夜様々な医薬品を研究しては世に送り出していて、医療薬の世界ではそれなりに有名な名前になりつつある。
だがしかし彼は、以前は表を堂々と歩けるような人間ではなかった。
魔法が使えるようになる、と偽の効果を謳う薬を販売し、結構な額の利益を得ていたからだ。
それがステラが関わった後、色々な事情があって、研究者となるのだがその話はとりあえず置いておく。
重要なのはそこではないからだ。
問題なのは彼の研究者としての腕だ。
もはや恒例となりつつステラの身に降りかかるその災難の問題が起きたのは、そんな元犯罪人でもあるメディックが、王宮へ訪れたという事から始まる。
騎士舎 共用区画
復旧作業が順調に進む王宮の中。
例によって例のごとく未だ両親の見つからないシーラの遊び相手を騎士舎の中でしていたステラだが、現在はそれどころではなくなってしまったので、他の騎士達に任せて部屋の隅に立っていた。
やり取りをするのは深刻な話。
「彼の居場所が分かったのよね。それ自体は嬉しいのだけど……どうしてそんなに早く?」
ステラの向かい合って立つ人物は、ここの所呪術の研究の為に王宮に泊まり込んで、部屋にこもりがちだったカルネだ。
彼女はつい先ほどこの騎士舎を訪れたばかりなのだが、驚くべき事を言ってステラに続きの話を聞く様に促したのだ。
内容は、ついこの間王宮に侵入してステラにとって大事な人間を奪って行った人間について。
「フェイスなんて、神出鬼没で今まで碌に居場所が把握できなかったって聞いているけれど……」
「ええ、そうです。ですが、この間お父様と話をしていた時に、アンヌ様から連絡が入って……、情報を教えていただきました。どうやってそのような事を掴んだのかまでは教えてくださいませんでしたが」
ただでさえフェイスの情報で驚いているのに、その情報を掴んだのがアンヌだとカルネは言う。
ステラが知っている彼女は少し情報通なだけのただの使用人だと言うのに、一体どうしてそんな事が出来たのか。
カルネの性格を考えるに、嘘や冗談という事はありえないのだが、それにしても耳を疑わずにはいられない情報だった。
そんなこちらの思考を、相変わらずの観察眼で読んだのだろう。
彼女は同意する様に頷いて続けた。
「信じられない事ですがこれは千才一隅の好機でしょう。この期に打てる手があるのなら打つべきだと考えています」
常にない好戦的なカルネの言葉だったが、ステラに反対の言葉があるわけはない。
今まで後手に回らざるを得なかった彼との戦いで、初めて有利な条件で望めるかもしれないのだ。
ここで足踏みする理由などは、微塵もない。
決心を新たにしているとカルネがこちらの手をとった。
「ツェルトとも一応は、古い付き合いでもありますからね。貴方達の交際に思う所はありますが、幸せになってもらいたいというのが、私の正直な気持ちです。頑張ってください、ステラ」
「カルネ……」
何故か事ある事に微妙な機会でツェルトとの遭遇を果たしてしまうカルネだが、ステラと同じように相手を心配しているのだと分かって、少しだけ嬉しくなった。
そんな風にしながら、打倒フェイスの為にステラがこれからするべき準備について思いをはせていると、会話がひと段落したのを見計らったかのように部屋の外から大きな足音が聞こえてきた。急いででもいるのか音の間隔がかなり慌ただしい。
そして足音が部屋の外で止まると、一瞬もしない内に盛大な音を立ててドアが開かれた。
「女王様、お供えの品をお持ちしましたぁ!」
そこにあったのは、薬品の研究員になったメディックの姿だった。
騎士宿舎の一画。大勢の人の目がある場所で、大声で言葉を言い放った彼は、こちらの姿を見つけるなり、速足で近づいてくる。
それで何をするのかと思っていれば、メディックは目の前で……膝をついてその場でひれ伏し始めた。
「どうかお受け取り下さい!」
部屋の中にいるすべての人間からの視線と言う視線がステラに投げかける。
ものすごく迷惑だった。
彼は改心してから全然変わらない。
「ええと、ステラ。この方は」
「何度か話した事があると思うけど、偽物の薬を販売していた人、メディックよ」
困惑するカルネにそう説明してやると、今度は別の方向から疑問が来た。
「ママ、女王様?」
他の騎士達と一緒に遊んでいたシーラだが、気になって近づいてきていたらしい。事の成り行きにあっけに取られていた騎士達が、いつの間にという顔をしている。
「女王様ってすごいんだよね。ははーってなるんだよね」
……違うからね、シーラ。女王様の意味自体は違わないけれど、私は違うから。お願いだから変な事覚えないでね。
「メディック、人前でそれは辞めてちょうだいって言ったでしょう」
前から迷惑だって言っているのだが、彼はちっとも態度を改めてはくれない。
元の姿勢に戻ったメデッィクに念入りに注意した後、忘れるのも可哀そうだと思い、一応もう一人の元犯罪人の様子を尋ねておく。
彼もメデッィクの偽訳販売の際にステラが関わった人物なのだが、根はまともだったのか、こういう風に非常識に王宮に乗り込んできたりはしないのだ。
「ホルスは元気にしてるの?」
「はいっ、毎日オラオラ言いながら研究所員を脅してます。最近嫁ができたみたいで、もうすぐ出産らしいです。祝い日になれば宴会なんで、楽しみなんですよ!」
町の裏路地でたむろしてそうなヤクザみたいな口調の彼は、どうやらそれなりに幸せそうに過ごしているらしい。
出会った頃はステラのことを小娘扱いして思いっきりなめきっていたメディックの改心例とは違って、まっとうな人間として普通の人生を謳歌してそうだ。
「それよりこれをご覧ください、今日は女王様の為に特別なお品を持ってまいりました!」
しかし、そんな事はどうでもいいとばかりにメディックが懐から、その物体を取り出して見せた。
何かの液体が入った瓶だ。
彼はたまに研究の成果と評して、こういった変な物を送りつけてくる。
薬の保管なんてものは、気を付けなければならない事が多いし送られても困るだけなのだが、彼は一向に聞き入れてくれない。
一時期、ステラが一度だけ風邪を引いた事があるのだが……その頃辺りからはそういう薬もだいぶ減ってはたものの、それでも長い目で見ればかなり数が多かった。
「前にも言ったと思うのだけど、私要らないわよ」
かなり率直な意見を言って突き返そうとするのだが、メディックは遠慮するなと押し付けてくるのみで、全く引く気がなかった。
その内、隣に立っているカルネから怒りそうな気配がしてきて焦るのだが……。
「ステラ隊長、この人は?」
居合わせたステラの部隊の仲間がフォローしてくれた。
「あまり気にしないでもらえると助かるのだけど、古い知人……みたいな人よ。昔はちょっと色々あったけど今は薬の研究に携わっているの」
「研究ですか、……頭が良いんですね」
そんな事ないわよ、と言いたかったのだが目の前にいる彼が迷惑この上ない人物だったとしても、実際の学力がどれくらいなのか知る機会がなかったので、否定する事が出来なかった。
研究員なんかをやっているくらいなので悪い方ではないはずなのだが、どうしてだろうか。素行を見ているとちっともそんな風には見えないのだ。
「新薬を融通してくれる研究員さんが知り合いにいるなんて、隊長は凄いですね」
それは本当にそんな事ない、だ。
これは融通しているのではなくて、押し付けられているだけ。
メディックが知り合いでいてもステラが凄い事にはならないはずだ。
言綿っというのにぐいぐい薬を押し付けてくるメディックの勢いに疲れて来たステラは、やむなくその品を受け取る事にして退室させるために話題を変えた。
「もう、受け取ってあげるから。さっさと帰ってちょうだい。」
「ありがとうございます女王様! 感激です! 今度の薬は凄いんですよ、聞いてください。実はですね。この薬、見たい夢が見えるようになる薬なんです」
……それは危ない薬とどう違うの?
大人しく帰る事なく、今度は聞いてもいない事をぺらぺらと喋り出した研究員を前に、ステラは頭を抱えるしかなかった。
「危険性なんて皆無! 実害なし! 常日頃見たくて見たくてたまらない夢が、何の代償も払わず、空想上の存在……悪魔と取引するなんて事もなく、簡単に見れてしまう薬なんです。どうです女王様!」
「ママ、すごいね。この人、一人でいっぱいお喋りしてるよ!」
「追い出した方が良いのではありませんか」
本当にそうした方が良いかも知れない。
際限なく薬自慢を始まったメディックを強引にでも部屋の外に放り出そうかと考えたのだが、何故か周囲の騎士達が、流暢に薬品の解説をするメディックの様子を見て凄い人認定してしまったので、さっさとどかす事は叶わなかった。