第3話 変わらない平穏な日々
『+++』
そんな風にステラとレイダスが互いにかみ合わない会話をしたり、終えたりしている頃。
別の場所では、共に駆り出された騎士達が、逃げ出した猛獣相手に奮闘していた。
「うおっ、クマじゃねぇか、おい、見ろよ。ツェルト達に無理やり戦わされたクマだぞ」
「勘弁してくれよ。ちょ、待て。こっち来たぞ」
「デカい声出すからだろ。あーあ、可愛い女の子がいてくれたら元気出るのにな」
ステラのクラスメイトである男子達が、脱走したクマ相手に騒ぎ合ったり、腰が引けつつもおっかなびっくり戦ったりしていると、運命の女神が微笑んだのか分からないが、彼らが待ち望んでいた応援がやって来た。
「男子、腰が引けてるわよ! それでもステラさんと同じ教室にいた生徒なの!?」
「応援にきて正解だったわね。上手くやってるけど、肝心な所でヘマしそう。見てて怖いわね」
「大丈夫、アリアの用意したクッキーで奮起させれば問題ない。使い方……間違ってるけど」
王都の騎士学校で学んだアリアのクラスメイト達が合流して、やんややんやと騒ぎながらも、脱走したクマを追い詰めていく。
人気がない割には賑やかな声に満ちる王都の道で、英雄や勇者などの立場とは程遠い者達が騒がしくしながら捕縛任務にいそしんでいた。
王都 屋根上 『ツヴァン』
そんな様子を見つめているツヴァンは付近の屋根上でため息をつく。
学校は休日なので、本日は休みだ。
建物の損壊に伴って色々と授業日程を組みなおさねばならないのが頭の痛い話で、実際にも痛くなるのだが、今ばかりは思考の隅へとどかしている。
「あの三馬鹿共め、少人数で調子乗るとこは変わってねぇな。集団戦が強みだって教えてやっただろうが」
愚痴交じりに眼下で奮闘する騎士達の様子に文句をつけると、その言葉に相槌を打つ者がいた。ツヴァンの隣に立つ女性だ。
「よく見てらっしゃしゃるのですね」
ステラの家で働いている使用人。暇をもらって王都に滞在しているらしいアンヌは、ツヴァンの傍に立ち、亀裂の入った水晶を片手にしながら、屋根上から探し物でもあるのか町のあちこちを見物している最中だった。
「アンタはフェイスの件には関わらねぇのか」
「私は戦闘面では全く役に立ちませんし、できる事をしてサポートをするだけですわ」
答えが予測できるが一応聞いてみたという風なツヴァンの言葉に、気分を害した様子もなくアンヌはおっとりと返事をした。
頬に手を当てにこやかに微笑む女性が、かつて勇者と共に行動していた仲間の一人だという事は、以前から面識のある人間以外は……おそらく一部を除いて誰も気が付いていないだろう。雇い主はともかく、ステラは確実に知らないはずだ。
「それにしてもユース様が倒れられた時に、顔を見せるかと思いましたのに。葬儀にも来られませんでしたね」
「勇者の葬儀だぞ、俺みたいな屑が言ったところで追い出されるに決まってんだろうが」
「あらあら、本当にそうでしょうか」
渋い顔になるツヴァンとは対照的にアンヌの方は穏やかな表情のままだ。
それより、勇者で通っている人間の本名をこんな誰に聞かれているか分からない開けた場所で、喋って良いのかと逆に聞きたい。
「一応お聞きしますけれど、このひび割れてしまった水晶の代わりとなる物に心当たりはあったりなどしませんかしら」
「ねぇな。専門外だ、他ぁ当たれ」
「ありませんわよね」
どういう使い方をしたのか分からないが、遠方の情報を収集する為の勇者の遺物……彼女の持ち者である水晶は破損して使い物にならない状態らしい。
それなりに異物関連には古くから付き合いがあるが、故意に破損させた場合を除いて、遺物が壊れるなどは見た事も聞いた事もない。
「普段は自国内に限定して情報を集めていたのですけど、本気を出しすぎてしまって。もっと遠くまで欲張ってしまったのはやりすぎだったかもしれませんね」
苦労のにじむ声で言われるが表情からは、やれやれ以上の感情が見られない。
昔からアンヌはこうなのだ、できる人間の雰囲気を出しつつどこか掴みどころのない感じで、接する人間を困惑させる。
ツヴァンはもう慣れてしまっていrので、いちいちそれらの言動を真に受けないようにしているが。
しかし、貴重な遺物を破損させてまで一体何の情報を捜していたと言うのか。
そんなこちらの考えを予想したように、アンヌは口を開いた。
「仲間を帰す方法ですわ、貴方は知らない人でしょうけど」
「あ?」
「あら、そういえば渡す物がありましたね」
「誰だよ、そりゃあ」
「どこにしまったのかしら」
「……言わねぇのかよ」
気になる一言を漏らして耳を疑った瞬間、別の話題を挟みこまれて追及する機会を奪われる。
どうにも若い頃から、のらりくらりとかわされてきた付き合いの影響なのか、肝心な事を教えてもらえないのは相変わらずらしい。
持ち物を漁る女の姿を横に見ながら、ツヴァンは視線を戻す。
眼下では、元生徒と同年代らしい王都の元学生達が協力して、猛獣を追い詰めて言っている所だった。
急ごしらえにしては上手く連携ができている。
「これを……」
ざっと数分の間をおいて、横合いから差し出された物に目を向けるが、それはこんな風に雑に扱われていいものでもなかった。
「んあぁ? 何でそれを、お前が持ってやがる」
差し出されたのは血濡れの剣。王都の騎士学校に在籍する生徒によって数年前に回収され、厳重に王宮に保管されることになった呪いの品だ。
さらに昔……ツヴァンが若い頃には、仲間割れを引き起こす事になった剣で、同僚を死なせたり、魔物に襲われる村々や町々を見捨てて逃げなければならなくなった原因そのものである剣でもあった。
「思う所は色々あるでしょうけれど、一応持っていて下さいな。許可の件ならアルネの口添えもあり、取る事が出来ましたので心配はいりませんわ」
「現役十士、巻き込んでんじゃねぇよ」
国の中枢を担う重要人物アルネ・コルレイトの存在なら知っている。
そんな人間の足をわざわざ動かしてまでやられたら、そこら辺に投げ捨てておくわけにもいかなくなってしまう。むしろやったら重罪人だ。
それでやっと用が済んだのか、さっさと隣から離れたアンヌは屋根の端まで行って隣の屋根までの距離を測っていた。
戦闘方面がからっきしなため、飛び移る程度の事でも時間がそれなりにかかるのだ。
「レットにも元気でやっていた事を伝えておきますよ。ええと距離はこれくらい……?」
使用人やってたのは知ってるが、相変わらずそっちの方面は全然成長してないらしい。
「それでは、お元気で。今度はユース様との貴重な思い出話ができたらいいですわね。また会える日を楽しみにしていますわ。……えいやっと」
結構な年にもかかわらず子供みたいな掛け声を上げながら向かいの、一段低くなっている建物の屋根に着地、そのまま端まで行って、地面に積んであるクッションかなんかを利用して降りて行ったようだ。
「そういや、勇者の野郎もガキっぽい所があったよな」
勇者の名を騙った偽勇者が許せなくてボコボコにする事件を起こしたり、資金が尽きたら夜盗を襲って身ぐるみはいだり……。
「間違ってもあいつ等、正義の味方って連中じゃなかっただろ」
それがいつから、勇者だのなんだのと担ぎ上げられる様になったのか、思い出しても分からないが……。
再び眼下に視線を戻せば、予想よりは怪我も少なく事を終え、猛獣を捕獲している若者達がいる。
網で括りながらも、油断して高笑いしている男子達に減点したいところだが。
目につく所はあれど、総体的には技術は上がっている。
戦闘力も、連携も。
だが、そんな事は出来て当たり前。ツヴァンが教師でなくともそれなりの教師が見れば伸びるべくして伸びた点だろう。
「……わざわざ俺である必要はねぇな」
そう考えればツヴァン個人が教えられた事など、ないにも等しい。
そこに、内心に想っている事を代弁するかの様に、現れた金髪の女生徒ステラが注意を飛ばしていく。
その姿は、以前と変わりなどないように見える。
ツェルトがいなくなった後、てっきり膝を折るものとばかり思っていたのに。
「……、無理してる、わけじゃなさそうだが。どうにもすっきりしねぇな」
前を向いているだろう事はおそらく確か。
けれどその姿に、言い表しようのない不安を感じるのも事実。
その光景を見たツヴァンは己の所有物である剣の内の一本……悲嘆の剣を抜く。
「――しっ」
未来予知にも等しい反則の一手、けれども実践では何の役にも立たないその剣の恩恵を、せめてこういう場面で得ようと、ツヴァンは金髪の元生徒を視界に入れた。
そして慣れた動作で、目の前の空間に想い浮かべた対象、ステラ・ウティレシアの仮想の姿を斬るのだが……。
「あぁぁ……? おいおい、なんだこりゃぁ」
視界に入ったその映像。それら全てを目に通したツヴァンは思わず困惑の声を上げてしまう。
「こりゃ、未来……か? 顛末が見えねぇ外れだが、にしたって……」
見えたのは何でもない日常風の景色ばかりなのだが、そのどれもこれもが日常とはいいがたい異様な光景ばかりだった。
一見して普通に見えるそれらの映像はどこか違和感があって、ツヴァンの頭を混乱させてやまない。
「……」
眉間に皺が寄るのが自分でも分かった。
「ウティレシア、お前絶対呪われてんだろ……」
眺めていると、殺気でも漏れたのか猛獣に注いでいた視線がこちらに向けられる。
意志の強そうな橙の瞳がこちらのものとあって、向こうが「あ」と表情を変えたらきっかり一秒後だ。
ステラは何やら苛ついた様子で地面に降りてくるように指示してくる。向こうが偉そうに言って来た決闘だ何だの言葉を何度も無視してきた影響が出てしまったようだ。
そんな怒りの主とかしたステラを宥めるのは、先ほどまで猛獣退治をしていた女子連中で、クッキーをぶら下げて話しかけ、連鎖的にご褒美をとられることなったた男子共に泣かれている。
「ガキかよ。何やってんだ……」
呆れつつも、降りて合流するなんて事はなく、ツヴァンは踵を返す。
先程見た光景には、今までと大して変わらない平穏があった。だが、それが正しく平穏かどうかはまだ分からない事だった。