第2話 消えた影響
王都 広場
何千、何万と石が敷き詰められ開けたその場所は、多くの人が行きかう王都の広場である。
しかし、現在その場所に人気はなく、常にない静寂に包まれていた。
そんな広場の中央では、待ち合わせの目印などに有用そうな偉人の銅像があり、その前には、独特の恰好をした男女と数人の騎士達が集まっていた。
彼等、騎士達が集まって相手をするのは、一般市民ではない。鮮やかな色彩の……おそらく人目を引く為にデザインされた揃いの制服を来た数十人の男女達だった。その者達は、一様に困った様子で、集まった騎士達にそれぞ何事かを話しかけている。
騎士達はその話を聞いて、自分達が持っている地図に視線を注いだり、手元のメモに何かを書き込んだりして、黙々と任務に励む。
はた目から見れば真面目な光景に見えなくもないが、しかし実際彼らを悩ませている問題は普段の任務よりは少しばかり、穏やかで平穏だと言えなくもないものだった。
普段の喧騒に比べて音の少なすぎる広場。
開けた広場の中。比較的に隅の方では、淡い金の髪に橙の瞳をした国を救った英雄……ステラ・ウティレシアが立っていた。
そこにいくつも設置してある檻の前で、その中身を確認しながら。
「……ウサギ、キツネ……、タヌキがいるわね。後いないのはライオンとウマと……何だったかしら」
ステラが行っているのは、中に入れられた動物のチェックだ。
たまに中に存在する動物たちの可愛らしい仕草や様子に、表情が崩れそうになったりもするが、真面目に数を数えたり種類を確認していっている。
数え間違いがあってはいけないし、種類の間違いがあってはいけないので、しっかりと動物一匹一匹を確認していくのだが、小動物のいる檻の前に立つとどうしても表情が緩みそうになるのだった。
「ウサギ、可愛いわね。そういえば王都の学校にもいたけどモフモフしてて気持ち良かったわ、もう一回ぐらい触っておけばよかったかしら……」
檻の中で飛び跳ねる耳の大きい、ふさふさした毛並みのウサギを見つめながらその撫で心地を想像していると、そんなステラに声を掛ける者がいた。
「姉様……、全部は無理でしたけど、大体半分くらい捕まえて来ましたよ」
穏やかな声に振り返れば、ステラとよく似た容姿の人物。金の髪に金の瞳をした三つ年下の弟……ヨシュアが立っていた。
ヨシュアは、ウティレシア領の領主を継ぐものとして、領地に帰って勉強に励まなければいけないはずの身なのだが、、優しい弟は未だに王宮に残って、ステラの手伝いをしてくれているのだ。
ステラとしては、わざわざ出ていったフェイスが近いうちにまた現れるとは思っていないので、そんな風に気を使わなくてもいいと思ったのだが、ヨシュアは頑なに譲らないし、「ツェルト兄様の代わりに頑張ります」と奮起するばかりだった。(同じように対フェイスの為に助力を頼んだレットの方はというと、未だ王都に滞在しているアンヌの手助けをしに行っているらしいのだが、詳しい事は分からない)
「お疲れ様、ヨシュア」
声を掛ければ、嬉しそうな笑顔で、けれど心配そうにしながら言葉が返って来る。
「ありがとうございます。でも姉様こそ休憩中なんですから、もう少し休んでいても良いんですよ」
「私は良いのよ、さっきもあまり捕まえられたなかったし、そんなに体力使ってないもの」
労いつつ、弟の手元へと視線を移せば持っている籠の中からごそごそと動く気配が伝わって来る。
形からして、小動物が数匹入っていそうだ。
「もうそんなに捕まえたのね、凄いわ。ヨシュア以外は皆お手上げだったし、見つけるのに苦労してるって……本当に助かってる」
「そうですか? それならいいんですけど。でも、それは識別のルーペのおかげです。精霊達にお願いして言う事を聞いてもらわなければ、まだ一匹も見つけられていなかったと思います」
「そうかもしれないけれど、やっぱりヨシュアの力もあると思うわよ」
そう、相手は動物でこちらは人間。普通に捜索していては埒が明かないこの状況を動かしているのはヨシュアの力がほとんどだ。
以前ツェルトが投げて壊した事のある識別のルーペ。その修理が終わらなければ、まだ一匹も捕まえられていない……何て話は大げさではなかった。
細かい事情が色々あってルーペの所持者がヨシュアとして登録されることになったのだが、ステラとしてはそうなる事を疑っていなかった。
ステラが生まれ変わる前にやっていたゲーム、「勇者に恋する乙女」の知識がそうなる事を示していたのもあるが、常に心穏やかで優し気な雰囲気を纏うヨシュアに、精霊達が悪い顔をするはずがないからだ。
「僕の力ですか……、そう言ってもらえると嬉しいです」
「この調子でどんどん捕まえていかなくちゃいけないわね」
「はい、姉様見ててくださいね。僕、頑張って残りの動物達も集めてきますから。ツェルト兄様みたいに姉様の背中を支えられるぐらい頑張りますから!」
……そこまで大きく考えなくてもいいのに。
張り切ってまた王都の町中へと姿を消していくヨシュアの後姿を見送りながら、ステラはこんな事をしているそもそもの成り行きを思い起こす。
数日間に王都に現れた、各地を回って芸を見せる一団……曲芸屋。
それなりに名をはせて有名らしいと言う組織の彼らは、グレイアンからエルランドの統治へ変わったと聞いて、暴政の影響なく安全に活動できると判断して、この王都を営業場所に選んでやってきた。
しかし、王宮からほど近い場所に、活動の拠点を決めたのが災いしてしまう。先日の騒動によって、王宮に出現した魔物の一部が敷地の外へ出て、猛獣使いが管理する檻を壊してしまったらしい。
それが原因で、見世物に登場させる動物達が脱走してしまったというのだ。
そういうわけで本日、王宮の修理修繕などと並行して騎士達が、王都に解き放たれた猛獣達を捕獲する事になったのだ。
当然、ふだん王都を行きかう一般の人々の姿は視界内には見かけず、町を歩いているのはやむをえない理由で外出している者か騎士や曲芸屋の者達だけになる。
「できるだけ早く解決してあげないとやっぱり不便よね」
通常の任務よりは穏やか、であるが猛獣の脅威は一般人にとっては馬鹿にはできないだろう。
しばらく他の騎士達と交代で休憩していたステラは、眺めていた檻の前から離れ、軽く準備運動をして再び任務へと取り掛かりに入る。
「よし。ヨシュアに負けてられないわ」
自信へ気合を入れ、仲間達へ一声かけてから、王都の町へと繰り出せば、さっそく一番危険な猛獣ライオンを捕獲したらしい騎士(一応)の姿が目に入った。
「あ? んだ、テメェか。邪魔すんじゃねぇ」
「レイダス……。そんなのの相手したいなんて別に思っていないわよ、捕ったりしないわ。貴方じゃないんだから」
黒紫の髪に、血の様に赤い瞳をしたレイダスは、猛獣であるはずのライオンを引きずってって向こうから歩いてくるところだった。
それ、色々と大丈夫なのだろうか。
すれ違い様に言い返しながら、一応の仲間の状態をチェック。少し服が汚れているが怪我などはそんなにしていないようでほっとした。
「何度も言ってるけど、私にはステラっていう名前があるのよ。貴方だって人から、お前とか言われたら不快に思うでしょう?」
「テメェは最近そればっかだな、おい。細けぇこと気にすんじゃねぇ、んな下らねぇ事気にするより他にもっと喋る事ねぇのかよ」
「下らなくなんかないわよ」
ようやく名前で呼んでくれるようになったかと思えば、まだたまにそうじゃない時もあるのだから気にならない方がおかしいだろう。
それにステラの名前は親からもらった大事な物だ。その事実はいつまで経っても変わらない。
お前呼びなんかより、そちらの方で呼んでもらいたいし、精神的にも絶対いい。
だが、憤りつつもその話題に関しては一言、二言に留めている。レイダスが簡単に言う事を聞いてくれるわけがない事は良く知っているからだ。
それ以上相手をしていても仕方がないので、ステラは己の任務へ励みに行こうとするのだが……。
「そういえばお昼の弁当、ユリシアが作ってくれた物があったわよ。夢中になってないで遅くならないようにちゃんと帰って来なさい」
広場に姿が見えなかった場合は他の騎士のお腹に収まる事になるからと、そう言う意味で言えばレイダスが眉根を寄せてこちらの顔をまじまじと見た。
苛ついている?
いや、肩眉がちょっと下がっていると言うか、脱力した気配が伝わってくると言うか、何となく多分……呆れている、のだろうか。
「学生ん時にも思ったがよ。ステラ、テメェは馬鹿だな」
「なっ」
少しだけど、表情のわずかな変化に気が付ける様に成って来たかも、と喜んだのも一瞬だ。
さっきの自分の言葉を聞いてどうしてそんな反応が返って来るのかまるで分からない。
レイダスは引きずっていた猛獣を放ってこちらに歩み寄って来て、何をするのかと思えばこちらの頭を掴んできた。痛い。
「何するのよ」
「何すんだじゃねぇ。簡単に捕まってんじゃねぇよ。割られてぇのか。あの金魚の糞がいなくなって、なまってるわけじゃねぇだろうな、テメェ」
頭部を掴んでいる手をどかそうとするのだが、相手がレイダスだけあって中々離れないし下手に引きはがそうとしてら自分の方にダメージがきそうだ。
「金魚の……って、ツェルトの事? 確かに大変だったけど、私は別に大丈夫よ。取り返せばいいだけなんだもの。訓練だってちゃんとしてるし、腕が落ちたはずはないけど」
「違ぇ、誰がテメェの心配なんぞしてやるか。わざと言ってんのか。避けろって話をどう聞きゃそうなんだ」
「仲間にいちいち警戒なんてしてたら動けなくなっちゃうでしょう? 貴方こそそんな事、どうして聞くのよ」
「……」
「痛いからいい加減離して」
軽く睨みつつ抗議の声を上げれば、レイダスがやっと手を放してくれるのだが、そのついでに頭をはたかれた。
「いたッ、ちょっと……」
彼は一体何なのか。ステラに何を言いたくて何がしたいのか。
別に訓練を怠った事はないのだが、先ほどの言葉はそういう意味で言ったのとは少し違うようにも聞こえた。何なのだろう。
「あの変人野郎に捕まるぐれぇだから、そうじゃねぇかとは思ってたがな。気ぃ許してんじゃねぇよ。動物でももっと警戒心持つだろが」
レイダスは放っておいた猛獣を拾いなおして、背中を向ける。
普通に考えれば警戒して、敵として扱ってほしいみたいな訳になるのだが、そうする必要などないのにステラがするわけないだろう。
ツェルトがいなくなったあたりだろうか。彼は、最近よく分からない事を言って何度もステラにつっかかってくるのだ。
何か考えているような雰囲気を感じる事があるのだが、交流の少ないステラではその内容までくみ取る事は出来ないし、解決してやる事などできない。
「らしくないのよね、どうしちゃったのかしら」
件の人物は不満そうな様子のままででステラが元歩いてきた広場の方へ向かっていくところだ。その背中に声を掛けようか迷ったが、多分返事はこないだろうと思い追及するのは諦めた。
後ろ髪が引かれるような思いはあるが、任務はまだまだ残っている。切り替えて、集中するべきだろう。
それは、数日前に起きた王宮の襲撃で、どことなく殺伐とした空気が漂っていた所におそらくリラックスの為に、影響のない範囲でエルランドがまわしてくれた任務だ。気を使わせてしまった事を申し訳なく思うが、この際だ気分転換にいつもとは違う事に取り組んでみるのも悪くはないだろう。
……いつまでも、ツェルトがいなきゃ頑張れなかった昔の自分でいるわけにもいかないものね。頑張って前に進まないと。
どこから周ってどういう風に探索してみるか、脳裏の地図を浮かべながらも、ステラは胸の内に一つの大切な思いを描いて町中へと歩き出していく。