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第1話 祈りの行方



 ??? 『ライド』


「……」


 日の光の差さない暗闇。

 遥か昔から今まで全く人が寄り付かなくなってしまった遺跡の中を、火のついた松明を持って歩いていた。


 湿った空気が鼻につく。

 人目を忍ぶような遺跡は大抵土の中に隠されるように建てられていて、今いる場所もその例外ではないからだ。


 肌寒くなるような気温の中、肌にまとわりつく湿気を不快に思いながら、照らし出された遺跡の石壁に沿って先へと進んでいると、不意に背後から息が乱れる様な気配を感じだ。


 ライドの後ろで歩いているはずの同行者……遥か昔の古代から生き残っていた大罪人のフェイスが膝をつくような気配。荒々しく息をつく呼吸音が連続して聞こえてくる。


「旦那?」


 足を止め背後を振り返り、その様子を窺う。


 額に汗を浮かべた鳶色の髪の男は、苦痛をこらえる様な様子で、乱れていた息を整えようとしている最中だった。


「……どうしたんだ?」


 落ち着いたのを見計らい様子を見て、声を掛けるが、返って来たのはここ最近聞きなれた声ではなかった。


「ステラ……」


 その声音自体はもう何度も聞いた事がある。

 だが、最近のその人物の声は、今聞いたような人間味のある感情の込められた言葉ではなかったのだ。


 人を人とも思わぬような冷たい声、とでも形容すればいいのか……抑揚を欠いた声がこちらの耳にはなじんでいた。


 それが今は、心配そうな感情を声音に乗せたひどく人間らしい声だった。


 まさかと思い、抱いた懸念を元にライドはその人物の名前を呼びかける。


「……お前、ツェルトか?」

「……ライド? 何で」


 間違いない。目の前にいるのはツェルトだ。

 こちらの耳に届くのは、少し前……学生だった頃に散々聞きなれた声。


 ライドは常日頃飄々とした態度を演じている自信はあったが、この時ばかりは驚きを隠せなかった。


「……まじかよ」


 呪術を打ち破って自我を取り戻すなどという事は、今まで聞いた事がない。

 フェイスが今まで人形にしてきた者達は、今は唯一といっていい未熟な専門家の治療行為なくして、精神を取り戻す事が出来ないと言うのに。


 声の主は、苦しそうに呼吸を続けつつも、こちらを見上げ、言葉を紡ぐ。


「……なんで、こんなところに。そうだ、お前が部屋に来て……そんで、呪術を……、っ!」


 紫の瞳の焦点が結ばれたて、こちらの存在を認識した途端、その表情が苦しみを忘れた。


 ツェルトはおぼろげな記憶をたどり、自分が意識をなくす直前に何があったのかを思い出したらしい。血相を変えてこちらに詰め寄り、襟首を掴んでくる。


「お前、何であんな事……っ、俺はまさかフェイスに乗っ取られたのか!?」

「察しが良くて助かる、まさにその通りさ」


 隠すつもりはないし、隠したところで意味のない情報。

 ライドは、ツェルトを大罪人フェイスの新たな器とする為に生贄にしたのだ。


 色々妨害されるのではないかと思い、それなりに準備して行ったというのに、すんなりいくものだから拍子抜けしたのを覚えている。あの場所にいる者達は、ライドの口を信用し過ぎた。


「適当な事ばっか言ってるこの口なのにな」

「お前、おちゃらけてるように……見えるけどまずい嘘は、つかなかっただろ」


 自嘲する様に呟けば、意外にもツェルトからの反応が返ってくる。

 確かにそうであるのだが。それは別に心の内にある良心などではなく、やりすぎると周囲の反感を買って生活しづらくなる、と言ったそれだけの事だった。 


「ずいぶん余裕だな。自分が置かれた状況忘れてるのか? 旧友に裏切られたんだぜツェルト。そんで、お前はフェイスに憑りつかれて、もうたくさんの人間を傷つけて来た後だ」

「ステラは……無事なのか?」

「それかよ。さあな、ご自由に想像すれば?」


 相変わらずだ。

 割と衝撃的な事を言われたはずなのに気にするのがそれ一点だという事に、学生時代からあまり変わってないのが読み取れた。

 というか他の人間をもっと気にしてやれよ、と言いたい。


 ツェルトには「想い人はお前が殺した」とでも言っておけば良いかと思ったが止めておいた。あまり素直に教えるのもかえって嘘くさいし、破れかぶれになって逆襲されても困る。適当にはぐらかして不安を与えるのが一番だろう。


「……っ、くそ……」


 呻き声がして見れば、ツェルトは膝をついた姿勢のまま頭を抱えている。

 その額からは汗が流れ落ちた。


 どんな具合かと身を屈めて顔色を覗き込めば、何かもう色々と限界そうなのが分かった。

 むしろ一時的にでも、意識を取り戻した事の方が驚きだし奇跡的だ。


「あんなぁ、無理すんなって。お前は頑張った方だろ。どうせ無駄なんだから、さっさとフェイスに乗っ取られてとけって。その方が楽だ。もう、そういう運命だったって諦めな」

「運命、ステラが……聞いたら、嫌がるだろうな……」

「俺、今お前の話してんだけど」


 割とツェルトが危機なはずなのだが、こんな時でも想い人の事で頭がいっぱいなのかと呆れた。

 そういえば、目の前の人間はこんな奴だった。


 虫の息みたくなっているツェルトは、だがまだまだ抗うらしく視線をあげて、こちらを探る様に覗き込んでくる。

 そんな顔をしたって、これ以上は教えてやるもんか……とそう思うのだが、相手の考えていた事はそういう事ではなかったようだ。 


「上から、見下ろさないんだな」

「んん?」


 ぽつりとそう呟いた。


「俺の、嫌いな連中はいっつも……平民を見下ろしてくる……」


 ツェルトは膝で体を支えるのもしんどくなってきたのか、地面に手をつく。けれどまだ抗うのは諦めないようだ。苦痛に表情を代えつつも、言葉を続けてくる。


「貴族じゃなくても……立場が上になると、手の平を返したように態度を変えてくる」

「何の話?」

「ラシャガルとか、コモンとか……、あと学生時代とか騎士時代にステラの悪口言ってた奴らとか、こっちにも言ってきた奴の事だよ」

「いやそれ、半分知らないの俺。知ってるだろ?」


 コモンや学生時代の事は知ってる。

 貴族なのに魔法が使えないというステラの事や、そんな怪しい人間にくっついているツェルトに対して他の者達が悪口を言っていたのを、聞いた事がある。

 が、さすがに騎士時代の事やラシャガルとやらの事までは知らない。


 ツェルトは一体、何が言いたいのか。


「貴族になっても、元平民だって言ったら……年端もいかない女の子に……殴られて、鬼みたいな形相で罵詈雑言の嵐、だぜ?」

「え、それ、ホントの話なの。怖くない? 告白した後にひどいフリ方でもしただけじゃないの?」

「だから、そうじゃないお前に驚いたって話だよ」

「そのまま投げっぱなしでどこか行くと思ったら、元に戻ってくんのね」


 どこに話が行くかと思えばちゃんと着地点があった事に驚きだった。


 だが、それは良くない。

 その話の流れは。


「……ツェルト、俺はお前達の敵だ。何企んでるのか知らないけど、懐柔しようったって無理だからな」

「ああ、今一瞬意識が途切れかけてた……ちょっとやばいかも、ステラ達の事頼んで良いか」

「俺の話聞いてた!?」

「頼むよ、こんな事頼めるのお前ぐらいしかいないんだからさ」


 引き戻そうとするのに、話の腰を折る。しかも、無視をする。そのあげく自分の喋りたい事を強引に喋る、主張したい事を隠さず言う。

 まさしくツェルトだ。学生だった頃から変わりのないツェルト・ライダーその人だった。


「お前な……」

「罵るより、そう言った方が効くだろ」


 苛ついてきて、相手をせずに放っておこうかと思ったのに、頭使ったみたいな言い方されてさらにイラっとした。


「ふざけてんの? 状況分かってんの? それともおかしくなったのか、お前」

「ふざけてもないし、状況なら嫌ってくらい分かってるし、おかしいのはいつもの事だろ。気にするな。俺は、お前だから頼んでんだよ。ちょっとくらいならまた信じても良いって思ったから頼んだんだ」

「……」


 ライドはその場から一歩退く。すぐにツェルトから離れたかった。

 これでは追い詰められてるのはどっちだが分からない。


 立場はこちらの方が上、圧倒的に向こうは不利なはずだというのに。


 信頼?

 そんなもの、王宮に脅威を運び込んでしまったあの時に、選んでしまったあの時に全部投げ捨てたはずだった。


 なぜ、わざわざ捨てたはずの物をまた拾って持ってくる。


「ああ、もうげん、か……」


 なぜ、こんな事で煩わされなければならない。

 決断したなら後はもう、進むだけだと決めたのに。


「俺はただ、家に帰りたいだけだったのに……」


 こちらの呟きに対してツェルトが聞き返してくる事はない。

 時間切れのようだった。


 次に現れたのは、気安く軽口を交わせる様な相手ではない方……フェイスだ。


「……忌々しい」


 感情が抜け落ちたような、表情の大罪人はしかし苦しみの余韻があるのかわずかに表情を歪め、そして小さく舌を打った。


 学生の頃はもっと、こう自尊心の塊と言うか、天狗みたいな性格だったのだが、ヨルダンの影響が抜けてからはいつもこんなだ。


「……どうしたんだ旦那、舌打ちなんかして」


 気持ちを切り替えて軽口を叩く。

 大罪人と会話している方が楽だなどと思う日が来るとは。


「先に進むぞ」

「へいへい。ちゃんと忘れてませんよっと。この先の遺跡にえっと、何だ? 聖獣様を復活させる技術があるとかって話ね」


 フェイスの目的は、己を苦境に貶めた者達への復讐……ではなく、自由にできる実験場を手に入れる事だ。


 その為にこの地平にゴミの様にはびこる命達を一層しなければならないらしい。


 ライドの知った事ではない。

 こちらはこちらの目的を果たすのみだ。


「なあ、旦那。アンタに協力すればちゃんと俺の願いは叶えてもらえるんだろうな」

「うるさい、碌に働かない内に報酬の相談か」

「わーお、ツェルトの声と顔でそういう事言われると結構くるよな」

「……」


 言いつつ、大して衝撃を受けていないライドを一瞥したフェイスは、それ以上何も言わず歩みを再開させる。


「……帰る。俺は絶対に故郷に帰らせてもらう」


 改めて目標を口にして、決意を固める。


 仲間や友人その他もろもろを、もれなくあまさず裏切ったのだから、もうこの世界に戻れる場所などあるはずがない。だから、帰るのだ。ここではない、ここから見たもしもの世界に。


 元勇者の仲間、はぐれ盗賊のライド

 学園の生徒、ライド・クリックスターツ

 退魔騎士学校の学校長、ディラヌ・エインズゲート。


 今日の為に様々な関係を築き上げて生きてきたが、結局どれも壊す事になった。


「これでいい。俺はこれでいいんだ」


 数年前にこの世界に来て、本物のライドに成り代わって勇者の仲間となり、騎士学校の拡大に力を注いで、特別な力を持った人間を探してきた。ユースやアンヌ、レットと別れてからは自分の正体をひたすら隠して生きて来た。その苦労が報われる時は今だ。


 だが、ふいに脳裏に浮かんだのは一人の少女の姿。


 国王を想い人に持つ、気ままで陽気な性格の少女だ。


「ニオちゃん……」


 彼女は無事だろうか。


 何もかも寄る辺のなかった自分を照らした一筋の希望のような、今は遠くなってしまったその存在。


 その無事を祈る権利は、今の自分にはないのかもしれないが。



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