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短編 いつか果たす約束




 それは初めてツェルトがステラの屋敷へ来た時の事だ。


 ――えっと、あの時は助けてくれてありがとうございました。もう一度ちゃんと自己紹介させてもらうわね。私の名前は、ステラ・ウティレシアよ


 緊張しながらも、屋敷を訪れた鳶色の髪の少年へお辞儀。そして名前を告げると、目の前の少年は目を丸くした後、こちらへ距離をつめてきた。


 良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい。

 そんな態度で人から接された事のないステラは当然戸惑い、次に言おうとしていた言葉をどこかへ失くしてしまった。


『うわ、何かお人形さんみたいだな。おう、俺の名前ももっかい言うぜ。ツェルト。ツェルト・ライダーだ』


 命の恩人。

 絶体絶命の窮地を助けてくれた勇気ある少年。


 失礼な事があってはいけないし、恩を仇で返すようなことになってはいけない。

 そう何度も己に言い聞かせてこの場に臨んだと言うのに。


 その場にあるのはまるで予想もしなかった状況ばかりだ。


『ステラ……ステラ……ステラかー、村にいる女の子とは違うなー。可愛いのもあるけど、何か違うんだよなー。なんでだろうな。あ、手握って良い? 髪の毛触って良い? 服、すべすべだなあ……』


 触れんばかりの、というより触れる様な距離で、ツェルトはステラの手をにぎにぎっ、ふにふにっ、としたり、背後に素早く回り込んで整えられたステラの髪を撫でまわしてくしゃくしゃにしたり、こちらのドレスの裾を掴んで持ち上げなでなですりすりしたりした。


『え、あの……ちょっと』


 未だかつて誰にも……家族にもされた事がないような事をされているステラには、何かを考えるよりもまず何が起こっているのか把握する事ができなくて目を白黒させる事くらいしかできなかった。


 ツェルトの足元には、おそらく彼の家の両親が持たせてくれたお土産などが入っているだろう袋があるのだが、忘れ去られたかのように放置されている。


『飾っておきたいなあ……。あ、抱きついていい?』

『な、だ……駄目。駄目だってば!』


 両手を広げようとする動作の少年から慌てて一歩下がる。

 自分の現状を冷静に顧みる事ができるようになった頃、ツェルトがとんでもない事を言って来たので、ステラは反射的に普段の言葉遣いも忘れて言い返していた。


『な、なんなの貴方……。えっと普通? 大丈夫?』


 この世に生まれてまだ七年。

 けれどもその長くはない時間の中でも家族以外の人間と、少なからずも親交があったステラは、目の前の少年が、自分の定義する世間一般の普通の人間とはかけ離れているという事にようやく気が付いた。


 身構えつつも、ツェルトの状態を心配する体勢になった複雑な心境のステラ。言葉面から考えてもどれくらい混乱していたのかが分かるはずだ。

 けれどそんなステラに対して、ツェルトは無邪気な笑顔を向けてくるのみ。


『俺ツェルト』


 知ってる。

 ステラはその時そう思ったがあえて口には出さず、続きを待った。


『改めて言いに来た。ステラと友達になりに来た。仲良くなろうぜ』


 そう言って、目の前にいるツェルトは手を差し出してくる。

 全く説明になってないし、返事でもないのだがそう言われたからにはステラが応じないわけにはいかない。


 何より、ステラもツェルトと友達になりたいと思っていたのだ。

 その申し出は願ったりかなったりだった。


『よ、よろしくお願いするわ』


 おっかなびっくり手を伸ばして、その手が向かいに辿り着く前に相手に強引に握られて元気よく上下に振られる。


 視線を相手の顔へと向ければ、相変わらず少年は、ツェルトは屈託のない無邪気な表情で笑っていた。


 それが、ステラとツェルトが踏み出した友達としての最初の一歩だった。


 その一歩が積み重なっていって、やがて関係が恋人同士になって、未来には夫婦になるかもしれないという事はまだこの時は知らない事だった。






 王宮 室内


 そんなほほえましいのやら、戸惑えばいいのやらよく分からない回想から戻って来たステラは、目の前にいる人物の顔を見つめる。


 七歳の時から十年と少しの年を重ね、もう立派な成人男性となったツェルトの顔を。


「ん、どうしたんだステラ。俺の顔に何かついてる? あ、ひょっとして今の思い出話でイチャイチャしたくなったとか」

「立派に……は言い過ぎかもしれないわね。ツェルトはツェルトのまま全然変わらないわ」

「何だかよく分かんないけど、ちょっと俺への株が下がった気がする!」


 場所は王宮の臨時に用意された部屋の中。

 フェイスの呪術にかかって操られてしまったツェルト達にいてもらわなければならない部屋だ。


 同じ部屋の中には、十幾つのベッドがあって他にもクレウスや、彼やツェルトの部下達、アリアの部下達もいる。カーテンで仕切られ、最低限のプライバシーは守られてはいるが、防音効果は皆無で会話はおそらく筒抜けだ。

 聞かれて困るような話などするつもりはないのでいいが。


「あー、退屈だな。俺、一日中ベッドの上だぜ。もっと動き回りたいしステラと遊びたい。な、ここで遊ばね?」


 ツェルトのベッドの脇には、一応物を置いたりできる台が備え付けられていて、必要に応じて展開して使用できるようになっているのだが、今は開かれていない。

 一応、近くに置いてある小さな収納棚の中には、ステラがツェルトの寮部屋から運んできた玩具みたいなのが置いてあるのだが、それも飽きてしまったのだろう。


「駄目よ。うるさくなっちゃうじゃない。遊びなら他にもあるでしょう? リートに教えてもらった折り紙とか、……あなたの立派な副隊長さんが前から言ってた書類仕事について克服法とか、ちゃんと教えてもらえばいいじゃないの」

「あ、今ステラ焼きもち焼いてくれただろ。な? な? 嬉しいなあ」

「ち、違うわよ。私はツェルトに代替案を言っただけじゃない」

「俺は遊ぶならステラとが良いんだよ」


 こちらに聞かれて困るような話をするつもりはなくても、向こうが寄越してくるのでちょっと困る。


 暇だ暇だと駄々をこねるツェルトを時にあしらい、時に説得し、時に妥協してちょっとだけ我がままを聞いたり。そんな風にするのが最近の二人の時間の過ごし方だった。


「ステラが俺の所に会いに来てくれるのは嬉しいけど、やっぱ体なまるし、ステラがいる以外の時間が退屈だしな。カルネが早くなんとかしてくれないかな」

「無茶言わないの。彼女だって頑張ってるんだから」

「まあ、分かってはいるけどな……」


 頭ではツェルトとて、それが無理なことぐらいは分かっているのだろう。

 けれど感情がどうしても勢いてしまうのだ。


 ツェルトは、自分の両手を見つている。

 おそらくいつかの光景を思い出しているのだろう。


「俺はもう絶対にあんな風にステラを傷つけたくないからな」

「ツェルト……」


 気にしてない、などとはさすがに言えなかった。

 今回はたまたまツェルトだった。

 けれど、もしそれがステラの立場だったらと思うと……。

 ステラだってこらえきれそうにないからだ。


 ステラが、己の手でツェルトを傷つけるなんて考えたくなかった。


 そんな事になってしまったら自分が許せなくなりそうだ。いやなるに決まってる。


「ツェルト、覚えてる。前に貴方に約束してたことがあったでしょう? それを今やろうと思って来たの」

「ん? 約束……。ひょっとしてアレか」


 思い至ったらしいツェルトが驚いたような顔をしてこちらを見る。

 そんな話の流れになるとは思わなかったという表情だ。


 備え付けの台を設置し、ステラは必要な道具を用意していく。

 色とりどりの石を。


「え、いいのか?俺は良いけど……。ステラはこういう時にそう言う事しない人だと思ってた」

「そうね、きっとやらなかったと思うわ。昔の私だったら。でも……」


 今の自分は違うのだ。


 以前の……運命に翻弄され、嘆いていた自分を全て変えられたとは思わない。

 けれど、今のステラの胸の内には以前はなかった物が確かに存在している。


 運命を跳ね返し、反抗してやろうという意思が。


「どうしよう。俺のステラが知らない間にえらく立派な成長を遂げてる。俺も負けないようにしないとな」

「何言ってるのよ。ツェルトは十分凄いじゃない」

「だから、前も言ったけどステラは俺を買い被りすぎ。俺が凄かったらそもそもステラだってこんなに苦労してないはずだぜ。フェイスの時とかは特に。現在進行形でもそうだけど」

「それは仕方ないわよ。相手が遥か昔から生きてるようなとんでもない人間なんだから。ツェルトには私にできない事がたくさんできるじゃない」


 そもそも相手は、勇者や魔女みたいなおとぎ話の人間なのだ。

 劣ってしまう所があるのは仕方名のない事だと思っている。

 むしろツェルトはその中でも良くやっている方だと思うのだが、ステラの贔屓なのだろうか。


「うーん、例えば?」

「勇気がある所。人質になった私を助けてくれたし、迷いの森だって最初は一人で行くつもりだったのでしょう?」

「そんなのステラもだろ? まあ、あの時はステラは巻き込めないって思ったからな……」


 実際辿るはずだった元の世界ではツェルトは一人で迷いの森に行ってたのだし。

 勇気がないなんて事は絶対にないはずだ。


「後は、面倒見が良くて意外に気が利く所ね。クラスの男子たちの世話だって時々焼いてあげていたし、小さい頃はラシャガルに良い様に言われてへこんでいた私に、飴細工を作って励ましてくれたじゃない」


 言い換えれば思いやりがあるとも言えるかもしれない。困っている人間を放っておけない優しさがある、とも。

 そのツェルトの性格にステラは今まで何度助けられたことだろう。


「確かにやったな。でもそんなの普通の事だぜ。困ってたら助けるし、好きな女の子がへこまされたら何か力になってあげたいって思うだろ?」


 恥ずかしくなったのか、ツェルトは頬をうっすらと染めながらこちらから視線を外した。

 彼のこういう表情は珍しかったので、悪いとは思いつつもついその表情を眺め続けてしまう。

 新鮮なツェルト、新たな一面だ。そんな事を言ったら、俺は生物(なまもの)じゃないぜ? みたいな事を言うのだろうか。


「後は……、そうね……意思が固くて真っすぐなところかしら。ツェルトってちょっと言動とかおかしいけど、自分に大切な事をそう簡単に変えたりしないし、凄く安心して信じられるわ」

「そ、そうかな」

「ずっと私の傍にいてくれたり、貴族になってクレウス達と話せなくなっても目的を忘れず頑張ってきたんだからそこは絶対だと思うわ」

「あ、ちょっと涙出そう。なんか思いのほかステラに労われて俺嬉しいかも」


 労ったのではなくて誉めた場面だったのだが、ツェルトが嬉しいのならそれでいいだろう。


 照れと感動で顔を背けたままになっているツェルトを見つめながら、ステラは言葉を続ける。

 思えばそう言う風に彼の事を正面から誉めた事、あまりなかったような気がする。

 ツェルトは出会った頃から強かったし、器用に(勉強以外は)ある程度こなせたから、誉めるような事あんまりしてこなかったのだ。

 

 なんか、こういう事してるとちょっと幸せかもしれない。


「私はツェルトの良い所、いっぱい知ってるんだから。凄くないわけないのよ。分かった?」

「うわー、うわー、何だこれ何だこれ。俺ステラに逆襲されてる!? なんか今この瞬間に百回くらい惚れ直しちゃってるし、もうステラに惚れ過ぎで死にそう。俺もう惚れ死にする」


 惚れ死にって凄い言葉よね。

 でも、喜んでるって解釈していいわよね。

 

 これからはもうちょっとぐらい、そういう事言ってあげた方が良いだろうか。


「あの……、ステラ。そういう事されると俺おかしくなっちゃいそうだぜ?」


 なんて、そんな事を考えていたせいなのか、気づけば無意識にツェルトの頭を撫でていた。

 ちょっと恥ずかしい。


「ツェルトは元からそうでしょう」

「そういう方面のおかしさじゃないんだけどなあ、ステラをどうにかしたい系の……こう愛おしい感じみたいな?」

「どうにかって?」

「そこで分かんないが来るか! あの時の察しの良さは一体どこから生まれてどこに行っちゃったんだろうな、あれかな。緊急事態の後だったからとか……?」


 照れるツェルトという非常にレアな光景を目撃しながら、首を傾げつつも、何か挙動不審になっているツェルトの頭を撫で続けていると、お隣のカーテンの向こうから咳払いが聞こえて来た。

 そう言えば向こうにはクレウスがいるのだった。

 次いで言葉がかけられる。


「ツェルト、それにステラ。二人だけの世界を作り上げている所悪いが、そういう事はもう少し人の耳に届かない所でやるべきじゃないかい?」

「ごめんなさい」

「あ、邪魔すんなよ。今いいとこだったのに」


 忘れてた。

 あれだけ注意していたのに、ツェルトと話しているとすぐに周りの事を忘れてしまう。


 今の会話、一体何人に聞かれてたのだろう。

 恥ずかしい思いもあるが申し訳なくもある。あまり長々と喋るのも迷惑だったろう。


「……そろそろ帰った方が良いわね」

「ええっ、ステラもう行っちゃうのか? 占い、するつもりだったんだろ?」

「また今度にするわよ」


 せっかく出した石を鞄の中に詰めていく作業をするのはむなしかった。

 ツェルトではないので、こんな空気の中で会話を続けるような意志力など持ち合わせてはいないのだ。


「じゃあ、また夜にも来るから。ちゃんと大人しくしてるのよ。無理はしない事」

「ああ、分かってる。そして、待ってる」


 手早く挨拶を済ませ、それでもツェルトを気遣うのを忘れずに部屋を後にする。

 そう遠くない日のいつか、約束を果たす時の光景を思い浮かべながら。


 それとも夜にやってしまおうか。


「それまでに時間があったら、占いの手順復習しておこうかしら」


 だが、そんな約束の時間が来ないとはその時は全く思っていなかった。


 それは、ツェルトがフェイスとして王宮から姿を消す、わずか数時間前の出来事だったからだ。



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