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短篇 ツェルトと孤独な少女



 結局、ステラは無事だった、ツェルトが心配して余計な事をせずとも何とかなっていたようだ。

 任務のついでに勇者を継承していた事に関しては、驚かないわけはなかったし、なにやら追い抜かれた感がないでもなかったが、ステラが無事だというのならそれでよかった。


 精霊使いの力を借りてステラの近くへと移動したツェルトは、疲れた様子でそれでもどこか満足そうに眠るステラを見て力が抜けた。


「ツェルト……」

「俺の夢でも見てるのかな」


 手当てをしてくれた時以外はまた、シルベール様呼びに戻ってしまった最近だ。

 久々に彼女に名前を呼ばれた事が嬉しかった。たとえそれが夢の中の自分に対してだったとしても。


「ステラ。俺の事、いつか思い出してくれるかな」


 学生の時に犯罪人フェイスの罠にはまって、ステラはツェルトとの思い出をごっそり失ってしまっている。それ以来以前の様な関係には戻れず、距離の開くばかりの時間を過ごしていた。表面上には平気そうに装っててもやはり忘れられるのは辛いのだ。


「いや、贅沢かもな。思い出してくれなくてもいいから、無事でいてくれると俺は嬉しい」


 けれど、それも彼女がいる現実があるから言える贅沢だと思いなおす。

 しばらく近くで見られなかった彼女の寝顔を堪能してから、ツェルトはその場を離れた。






 そうして、時が流れて、かねてより血のにじむような思いをしてリートと共に活動してきた努力が実る日がやって来た。

 グレイアンに追い出された。元王エルランド達の勢力が反抗の一手を打つ時が来たのだ。


 ツェルト達は派手に動いて、王宮の兵士達の目を引きつけ、そしてこの作戦を遂行するにあたって最も脅威となる兵士、レイダスの討伐へと向かう。


 だが、その途中で、思いもよらない人物と遭遇する事になった。


「この……、誰に向かって剣を向けているのですか」


 ミューネだ、通りがかった王宮の廊下、開いている部屋の向こうで人がもめている気配がしたので視線を向けて見れば、彼女が兵士達に剣を向けられていた。 

 それがツェルト達エルランド側の兵士ならまだ分からなくはないのだが、何故かグレイアン側の兵士だ。気になって足を止めてしまった。


「貴方は切り捨てられたのですよ、ラシャガル様に。不都合な事を知っている共犯者はこの際に口を塞いでおけとの命令でね」

「そんな……」


 複雑な心境ではある。子供とは言えど、あの少女はツェルトの大切な存在を危険な目に合わせたのだ。

 だから見捨てても良いはずだ、……とはさすがに思えなかった。

 ステラが無事でなかったらそうは思えなかったかもしれないが、そうでないのにステラとよく似た少女を見捨ててしまったら、寝覚めとかが悪くなるだろうし良心だって痛むかもしれない。


 仕方なしに、ツェルトはその部屋の扉を開いて、今まさに剣を振るおうとしていた兵士に声をかけた。


「口を塞ぐのはそっちの方だな」

「な、貴方……」


 黙らせるのは造作もない事だった。戦うすべを持たない子供を相手にしている時点で分かっていたが、そこにいたのは大した力も持っていなかったただの兵士だった。苦も無く気絶させて、そこらへんに転がしく。


「た、助けてほしいなどと、私は一言も言ってません。へ、平気でしたから」

「震えた声でそんなこと言われてもなあ……。泣きそうになりながら、顔真っ青にしてたじゃんか。そうやって表面上だけ強がる所ほんとそっくりで、俺はすごく複雑だ」

「……? 貴方シルベール様なの?」


 恐怖や不安に負けそうになってたり、怒りとか屈辱で顔を赤くしそうになってたりしていたミューネだが、最後には何故か怪訝そうな顔に落ち着いた。

 色々言われても面倒だったので静かにしてくれるのは助かるが、他に気になる事でもあっただろうかと思う。


 しかし、詳しく考えようにも時間がない。

 今は国の命運を左右するような重要な作戦中なのだ。

 早く、この場を離れるべきだろう。 


「適当にそいつら縛って、部屋から出るなよ。上手くいけばちゃんとした奴らが来て助けてくれるから、それまでは我慢だ。一人になるからって寂しくなって泣いても、俺来られないから」

「な……、な、だ……っ」


 頭を軽く叩いて、子供の頃屋敷から家に帰る時によくステラに言っていたような事を言いながら、さっさと部屋から出て行く。自分を襲って来た人間と一緒の部屋で隠れてろなんて言われて、なおかつそいつらが動けないように自分で何とかしろ、なんて子供に言う言葉じゃないだろうな。とそう思って、少し同情してしまった。


 背後から復活した罵声が飛んできたような気がしたが気にしてられない。






 その後は、まあ大変だったがなんとかなった。

 ステラを囮にするような作戦で内心冷や冷やしつつも作戦の最大の障害であるレイダスを追い詰め、最終的には遅れてやって来た味方……アリアやクレウス、離れた地から来たレットやヨシュア等の手を借りてこれを撃破し、暴政を終わらせたのだ。


 ちなみに……、

 一番の手柄はトドメを刺したヨシュアになるのだが、これからの事を考えれば勇者の一撃が暴政を終わらせた方が外聞がいいだろうし、ヨシュアも領主の仕事の勉強をするのに邪魔になるとかできた人間みたいな事を言ってきたので、手柄はステラの物となっている。

 一応討伐に協力した時代を動かした人間として名前は残っているものの、それでいいのかと聞けば、「ツェルト兄様の方こそ」と言い返された。俺は良いんんだよ、一番レイダスの相手をしていてなおかつ厳しい条件で戦っていたのはステラなんだから。






 それからしばらくの時が経って色々な事が良い方向に動き出し始めた頃。

 暴君がいなくなり新しい王の元で国の立て直しが進み始めた、そんな頃。


「ツェルト、どうかしたの?」

「ごめんな、ステラ。いつでもステラを徹底的に構いたい俺だけど、今はちょっと待っててくれ」

「別に良いけれど……」


 通りかかった王宮の廊下でツェルトはその光景に気がついた。

 視線の先、物陰に隠れるようにして分かりにくいが、そこには複数の人間に囲まれて、罵倒されている少女がいた。


 深い海の底の様な青い髪に琥珀色の瞳。

 ツェルトが社交界の場で出会ったミューネだ。


「あなた、国を悪くした人間の仲間だったんですってね」

「ラシャガルとかいう貴族の下で、エルランド様に敵対的な行動をとっていたとか」

「ああ嫌だわ、やっぱり変わり者は頭の中身もおかしいのかしら」


 暴力こそ振るわれていないもの、怪我がなければいいという物でもないだろう。

 言葉の暴力は精神に突き刺さり、中々癒えてはくれないのだから。


 そこにあった状況は、細かな内容こそ違えど、それはツェルトが最初にミューネを助けた時と同じようなものだった。


「それくらいにしといてやれよ。その子、困ってるだろ」

「あ、シルベール様。違うんです、私達はただ……」

「変わり者だって言うなら、俺だってそうだろ? 元平民だし、精霊使いだし。その言葉じゃ俺もおかしいみたいに聞こえるけど……、あれ俺否定できなくないか」


 説教するはずが、ステラ達によくおかしいと言われていた事を思い出してしまい、言葉がちょっと出なくなる。


「も、申し訳ありません、以後気をつけますわ」


 しかし、それでも言いたい事は伝わったらしく、ミューネを取り囲んでいた者達は慌てた様子でその場を去っていく。

 一方、庇われる形になった少女ミューネの方は、礼を言うでもなくこちらを睨んできた。


 彼女の家は貴族至上主義の家で、後ろ暗い事もそれなりに手を染めていたが、ツェルトがエルランドに知り合いだと言っておいた事や、年がまだ幼いという事もあり、牢につながれるような事にはなっていないのだ。甘いと言われるかもしれないし、実際リートや副隊長には散々言われたのだが、それでもツェルトは厳しい態度をとれなかったのだ。


 ツェルトにとって、大切な女性ステラの味方である事は絶対であり、そんな女性に似ている少女に甘くなってしまうのは仕方のない事だったからだ。


「……情けをかけたつもりなんですか」

「そうだって言いたいけど、……まあ、借りを返しただけって事にしておくよ」

「借り……?」


 本当は似たようなものだし、好きな人と似てるからなのだが、そんな事を言ったところで怒らせるだろう事は目に見えていた。


 心当たりがないのか、年相応の表情になって不思議そうに首を傾げるミューネ。

 そうしてみると無害なただの子供にしか見えない。

 鬼の様な性格、あっちの方が本性……ではなくあれはただの自己防衛みたいな反応であって、やはり元はこういう姿こそがミューネの素なのだろう。


「貴族連中と話をするのはあんまり好きじゃなかった。面倒だったから、ミューネと話せてすごく助かってたんだ」

「……そんな風に言われても、私が平民に礼など述べるはずがありません」

「知ってるよ」


 それは身を持って知っている。

 何せその華奢な腕でボコボコにされたくらいだし。


「嫌なら何故貴族になったと言うのですか、それに何だか最近は別人みたいだと聞いて気味が悪いです」


 例の日以来姿を見なかったし、気配を感じないと思っていたのだが、バッチリ情報だけは収集していたらしい。


 そう言えば、周囲から見たらツェルト像という物を前にイリンダに言われたのだった。

 権力欲しさに身分を買った……なんて、そういう目で見て来た人間にとっては、今のツェルトの姿は理解できないものなのかもしれない。目の前の少女を除いた、他の子供にはこっちの方が評判いいのだが。


「なぜって……理由なんて一つだよ。ただ、自分の命より大事なものに必死になってた。それだけの事だ」

「……」


 黙りこくってしまったミューネは俯いていて内心を読み取る事が出来ない。

 返事は期待してなかったので、大人しく言葉を聞いてくれただけでもありがたいと思うことにする。


「まあ、俺が一番言いたい事は、あの時助けたのは俺が勝手に恩に着てるだけって事だけだからな、じゃあ」


 そんな風に、大人しくしているミューネを置いて、離れた所で話が終わるのを待っていたらしいステラの元に戻ると、不思議そうな顔をされた。


「ツェルト、あの子って前に貴方の事……」

「え、なんだ? もしかして俺に焼きもち焼いてくれてたとかそういう話?」

「もう、そんなんじゃないわ。何か真剣な顔をして話をしてたみたいだから、聞きたい事があったのに……」

「そこは素直に、うんって言ってほしかったけどな。俺、ステラの焼きもちなら大歓迎だぜ。焼いてくれたら、抱き着くし、頭撫でるし、手だって握っちゃうからな」

「それはツェルトが嬉しくなるだけでしょう」

「え、ステラは嬉しくないのか」

「あ、そ、そんな事はなくて……、私も嬉しいけど。だけど……もう、恥ずかしいこと言わせないで」

「恥ずかしがってるステラも可愛いなー」


 そんなやり取りをしながら、王宮の廊下を歩いて行くと、不意に背後から叫ばれて驚いた。

 先程会話したミューネの声が聞こえてくる。


「まるで馬鹿みたいじゃないっ」

「……?」


 振り返ると、聞こえてなかったと思ったのか、小さな少女にさらに大きな声で言い直される。


「まるで馬鹿みたいだって言ったのよ!」


 おお、よく分かんないけど、いきなり罵倒された。


「何それ、貴方普段はそんななの? そんなのが素なの? 馬鹿みたいな言葉喋って、馬鹿みたいな顔して、本当に馬鹿よ。そんなものの為に命を張ってた貴方の気が知れないわ。これじゃあ、貴方みたいな馬鹿を相手に本気で好きになったり憎んだりしていた私が本当の馬鹿みたいじゃない。もう貴方の事なんかどうでもいいわ、勝手に幸せにでも何でもなっていれば!」

「えっと、ミューネ?」


 そう言葉を吐き捨てて走り去るミューネの背中を呆然と見つめるツェルト。

 何かとても失礼な事をやってしまったみたいだが、分からない。

 後でその事を副隊長に言えば、「ステラさんより鈍感じゃないと思っていたのに、そっち方面も似てるんなんて」呆れられて、意味を悟るのにしばらく時間がかかったが。


「ツェルト……」


 そんな風に、どう反応していいの分からないでいると、隣から重々しい声が聞こえて来た。

 本能的に悟れた、これまずいやつだ。


「好きって、どういう事? ツェルトとミューネちゃん……だったかしらあの子の噂よく聞いたんだけど、ツェルトはああいう子が好きだったの? だから一緒にいたの? 間違いなんだろうなって思ってたのに、まさか男子騎士舎に入れて、自分の部屋にまで入れたって話は本当なの……?」


 私の時はあんなにダメって言ってたのに……、そんな風に呟かれると、もうツェルトはどうしていいのか分からない。下手に事実なものだから、はっきりと否定する事もできないし。


「いや、違う。違うんだよ。ステラ。それには色々訳があって……」


 絶対零度のような視線を向行けられてツェルトにできるのは、身を縮こまらせて、誤解を解く為に言葉を紡ぎ続ける事だけだった。






『ミューネ』


「本当に……何て人なの」


 王宮の一画。

 ツェルトの傍から逃げ出したミューネは息を整えて、先ほど見た光景を思い出していた。


 金髪の女性の隣で、子供の様に無邪気に笑って楽しそうにするツェルト。

 そんな顔を、ミューネは今まで見た事がなかった。

 記憶にあるのは、優しい性格を仮面で覆うように、怖い顔をしたものばかりだ。


 大切な物を扱うようにステラという女性に触れ、慈しむ様な眼差しを向ける一人の人間のその姿を見て、ミューネはなぜかそんな幸せな光景を壊せないと思ってしまった。


 そして、暴言を吐くようにして、遠回しにもう表向きには関わらないと宣言して逃げて来たのだ。


 自分に優しくしてくれるから、良い人間だから。

 ミューネがツェルトを好いていたのはそんな理由が主だったが、それだけではなかった。 


 素顔を作った仮面で隠す様にして、無理して振舞う様子が気にかかったからだ。

 人の目を気にして過ごしながら、弱い自分を押し込めるミューネと似ている人。

 そう気づいてしまったら、気になって仕方がなかった。何とかしてあげたかった。


 けれど、自分ではどうしても、その仮面をとって彼を楽にしてやる事が出来なかった。

 それが自然にできるのはきっとあのステラという人間だけ。

 幸せにできるのは、あの女性だけなのだ。


 彼女なら、あんな風な彼を簡単に引き出す事ができる。

 屈託なく笑うツェルトを。幸せそうな光景を。

 あの光景が目に焼き付いて離れない。

 自分が奪いかけた幸福の光景。


 ミューネはこれまで自分の不幸ばかりを考えて、他人の事情など考えてこなかった。

 相手がどういう人間かとか、どういう考えをする人間なのかとか。同じ血の通った人間で、ああいう風に笑う人間がいるなどとは思わなかったのだ。いや、目を向けてこなかった。

 

 ミューネの中にある、他人の記憶は、いつも意地悪そうな言葉を吐く醜悪な姿や、暴力的な動作だけだったから。他の人間もそうだと決めつけて、そうじゃないと思わせる声や光景は遮断して生きて来た。


 他人の幸せを壊して笑える程、傲慢だったのならまだよかったのに、と思う。

 けれど、一度でも想いを寄せたことのある人間の、あんな風に輝いていて温もりに満ちた幸せな風景を壊す真似など、ミューネにはできそうになかった。


「良いです。私の負けで良いです、もう。でも……平民が嫌いであることには変わりありませんから。これからも少しくらい意地悪したっていいじゃないですか」


 言い訳がましく呟きながらも、己が歩いてきた方を振り向く。

 

「そうです。貴族であることは私の価値なんですから、愚弄した輩にはちゃんと分からせてやらなくては」


 確かにミューネは負けた。

 恋に破れたし、幸せを壊す復讐者にもなれなかった。世界には意地の悪い人間ばかりではないという事も分からされてしまった。だかだからと言って、最後に残った、己の誇り……貴族であると言う事実まで、負けを認めるわけにはいかなかったのだ。


「助けられた恩がありますから、それらの事だけは潔く負けて差し上げます、だけど……」


 平民は下で、貴族は上。


「それを生意気な平民であるシルベール様に絶対に分からせてやるんですから。だから、首を洗って待っててくださいね、絶対に。シルベール様」


 表立って行動する事はないけれど、その代わり貴族らしく貴族として存分に己の主張を通させてもらおうと、そう思う。


 ここに、後にステラが焼きもちを焼く事になる、ツェルトのストーカーが一人誕生する事になるのはまだ誰も知らない事だった。



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