短編 16歳の誕生日
しばらく短編続きます。
学生時代(一年)の主人公の誕生日の話です。
明日。
騎士学校に通う一年生、ステラ・ウティレシアは明日で一六歳になる。
だからと言って、周囲が祝ってくれる分はともかく、とくに嬉しいなどは思わないステラだが、毎年誕生日になるたびに気になっている事がある。
それは、ツェルトがくれる誕生日プレゼントと、そのお披露目だ。
幼なじみで長い付き合いになる彼……ツェルトは、ステラの歳が一つ上がるたびに色と頭をひねり趣向をこらして、自分の時以上に祝ってくれるのだが、それが毎年のように予想の斜め上をいくのでいつか大変な事になるんじゃないかと、気が気ではないのだ。
今年は一体、彼は何を仕出かすのだろうか。
その日もステラは。その事ばかり考えていた。
退魔騎士学校 教室
授業終了間際。
騎士学校の本日分の全ての内容を消化したステラ達。
授業が終われば生徒は後は帰るだけとなる。
視線の先では担任教師であるツヴァンが、面倒臭げな様子で肩をもみながら、宿題やらなにやらを生徒達に伝えている最中だ。
そんな中ステラは、ソワソワし始めて落ち着きのなくなっているツェルトを見た。
明らかに何か企んでそうな雰囲気。
「気持ちは嬉しいけど、後片付けとかが大変な事をしないといいんだけど……」
幸いこれまでにした事はそんな心配がまったく要らない、(片付け的な意味で)大した事のない物ばかりだったが、何せツェルトだ。そういうセオリーをやすやす無視しておかしなことをやらかす人間なので、今年はどうなるか分からない。
今までにツェルトが誕生日会に仕出かした数々の出来事を思い起こすが、それはもう本当に色々あった。
ある時は、ステラの部屋に潜んでいて驚かされ、またある時は誕生日ケーキの乗っているテーブルの下から現れ、そしてまたある時は……使用人やヨシュアを巻き込み、一か月前から屋敷で起こるという偽物の怪談を聞かせ、心霊現象を起こし、トドメに屋敷に置いてある飾り物の鎧を動かして驚かすなどしてくれたものだ。(その仕込みが精密すぎたせいでステラは幽霊が苦手になったのだ)
そしてそんな風に工夫して用意されるプレゼントもプレゼントで、寂しくないようにと無駄に可愛らしくて無駄に精巧に作られた、三百六十度が完璧なステラの家族達やツェルトの木人形だったり、いつでも遊びに来たくなるようにと内部の隅々まで精巧に作られたツェルトの家の模型だったり、遠くへ出かけた時でもいつでも思い出せるようにとツェルトとステラの名前が彫られた、無駄に収納が充実した小物入れだったりするのだ。
一六回目の誕生日、今年は一体何になるのか。
彼は何を仕出かすのか……。
事前に察知する事できたりしないだろうか。
じっと見つめてると、視線を感じたのかツェルトが振り向いてこちらへ向けた顔を嬉しそうにする。
その表情はとても無邪気に喜んでいる様にしか見えなくて……、
「駄目ね、さっぱりだわ」
「あれなんか、ステラに言われた? そして、首振られてる……。俺、何かステラにしたっけ、あれの事か、いやそれともあれ……」
彼の頭の中を理解しようだなという無茶をステラは早々に諦めてしまった。
誕生日はともかく、何かしたらしい心当たりは後で聞いておかねばならないかも。
そうこうしている内に、伝えるべき事を全て伝え終わったツヴァンが教室を出て行く。
教師の消えた室内では授業の緊張感から解き放たれ、弛緩した空気が流れ始める。
さて、これからどうしようか。
いつも通り、訓練室で剣の修練に時間を費やすべきか、それともさっさと屋敷に帰ってしまうか。
祝われて当然、とまでは思ってはいないし、思いきれないのだが、それでも自分の為に用意して待っていてくれている者達がいるのなら早く屋敷に帰ってやりたいところだ……。
頭の中にある、これからの予定を屋敷の方へと傾けつつも、道具を鞄に入れ教室を出ようと席を立ち上がるのだが……。
「ステラちゃん、たんじょーびおめでとー。やったねー!」
突如こちらにかけられたニオの言葉をきっかけにして、そこかしこから祝いの言葉が投げかけられた。
「え……?」
その事態を全く予想できなかったステラは、戦闘だったら致命的な隙になりえる数秒間、何の行動をとれなかったのだが、そんな無粋な事を考えている場合ではないだろうとすぐに理解した。次第に事態が飲み込めて来て、驚きつつも礼の言葉を返す。
「あ、ありがとう」
どうやらクラスメイト達は放課後になるのを待って、ステラを祝ってくれているらしい。
彼ら全員に誕生日を教えたつもりはないし、いくら同じ学び舎の生徒と言えどもそんな事はしないのだが、ニオに日付を教えてあった事を思い出して、彼女が祝いの場を企画したのではないかと考えた。
「これ、ニオが考えたの?」
「そーだよ凄いでしょー」
「ちょ、活発ちゃん。そりゃないんじゃないの。手柄独り占めする気なの?」
胸を張って答えるニオにやはりそうかと納得しかければ、クラスメイトのライドが訂正の言葉を入れた。
彼は、呆れた様子を見せつつもニオの隣に立とうとするが、そのニオに距離を開けられている。
「そんな事するわけないでしょー。もう、ライド君、ニオの事なんだと思ってるの? ……ちゃんとニオは、ステラちゃんに日ごろお世話になってる皆で企画したんだよ。って続けるつもりだったもん」
「本当にか? 活発ちゃん、我がままで気ままでちょっと自分勝手だから、都合の良い事を後で付け足してるんじゃないの?」
「それこそ、そんなわけないでしょー。もーっ、そういう事いうライド君はこうしちゃうんだから、えいえいっ」
説明するニオなのだが、横から入って来たライドに向けて喋っている内にそのまま話題が変わっていってしまい、最後にはケンカになってしまう。
もはやステラそっちのけで、逃げるライドを猫のように追いかけていくニオ。
代表が離脱したら、この雰囲気誰が何とかするのだろうか。
「と、まあニオさんの言う通り、私達全員が企画したものなのです」
そう思っていると、助け船を出す様に一人の女生徒が声を掛けて来た。
「この計画は、およそ一週間前から立ち上げ、企てていました。実行にあたっておよそ全体の十パーセント……約一割の者が事前に計画を漏らす事態を懸念していましたが、九十パーセントの確率で、カルネ生徒代表に口止めを行ってもらえば計画を秘匿し続けられると判断しました。その様子なら、百パーセント計画の流出はなかったようですね」
「そ、そうね気が付かなかったもの。ええと、とにかく皆……わざわざありがとう」
数字について詳しいらしいクラスメイトが色々内情について説明してくれた。
個性的な話し方で未だに慣れないが、とりあえずはクラスにいる生徒皆がわざわざこのために時間を取ってくれたのは素直に嬉しかったので改めて礼を告げておく。
「来年もやるから、楽しみにしててねー。ニオがクラスどころじゃなくて学年全体で大賑わいさせちゃうよ。あ、こら、ライド君逃げないでよ」
「いや、逃げるって。ちょ、痛い。活発ちゃん痛いから」
関係のない人まで巻き込んでそんなに盛大にやられると、他でもない主役が困るのだが。
もう来年について気にし始めた気が早いニオは、未だにライドを追い掛け回しながら彼と色々言い合っている。
「男の子でしょー、ほら、逃げずに立ち向かうべき。あ、プレゼントは、さすがに皆で山で積み上げるわけにもいかないから、一個になっちゃうけどね」
と、ニオの説明に合わせるようにクラスメイトから小さな箱を渡される。
「そんな、こんなの受け取れないわよ」
一個しかないなど言われたが、ステラにとっては一個でも多すぎるくらいだった。
確かにクラスメイト全員とは、何らかの手伝いやら補助やら協力やら色々行ったが、こんな物をもらうほどステラは大それたことをしたわけでなないのだ。見返りが欲しくて行動したわけでも、もちろんないと言うのに。
受け取れないと返そうとするのだが、そこにツェルトがやってきて、プレゼントを受け取って改めてリリースしてきた。意味がない。
「もらっちゃえばいいじゃん。皆この時の為に色々考えたんだぜ」
「だけど……、そんなに自慢できるような事してないのよ、本当に」
壊れ物を扱うように手の中におく箱を見つめる。
決して大きくはなく、むしろ片手で収まっていてもいいくらいのサイズ。重さもそれほどないし、むしろ中身が入っているのかどうか分からないくらい軽いのだがステラはどうしても進んで受け取る気にはなれない。
「逆に断られたら、きっと悲しくなっちゃうぜ。皆ステラに喜んで欲しいって思ってるんだから。そんな顔されたら、祝った意味ないじゃん。笑ってくれよ、な?」
「……いいのかしら」
ツェルトの手で両手を包まれて、こちらへと押される。
確かに、ここまでされて断るのも気まずいし彼らに悪い。ステラがどう思うかは置いておいて、これは状況的に受け取るしかないだろう。
ステラは別に彼らを悲しませたくなどないのだから。
「分かったわ、受け取らせてもらうわね。迷惑じゃないし、正直嬉しいもの。ありがとう」
そういえば、クラスメイト達が見なほっとした様子で顔を見合わせる。
ステラの判断は正しかったようだ。
「ところで、これ何が入っているか聞いてもいいかしら」
「秘密だ。家に帰って開けて見てのお楽しみだな」
「そう、楽しみにさせてもらうわね」
軽すぎる箱の中身が何なのか、非常に気になる所なのだが皆で決めたこともあってか、いつもは聞いてもないのに色々と主張し足り教えてくるツェルトは何も明かさなかった。
「うんうん、受け取ってくれてよかった。大成功! それはともかく、ステラちゃん達はいつまで手を握ってるの? 恋人なの?」
満足そうにライドを捕まえてるニオは、ステラの手元を見てそんな言葉を放った。
忘れてた。
「違うわよ」
「あ、あー。余計な事言うなよ、ニオ」
なんだろう。ツェルトに手を握られるなんて何度もされたことなのに。こんな大勢に見つめられている中で、されるのは凄く恥ずかしかった。
ウティレシア領 屋敷内
そうして行きと違って荷物を一つ増やして屋敷に帰れば、家族や使用人からも同じように誕生日を祝われた。プレゼントは、使用人からは特別な手作りクッキーを、家族からは花や小物などをもらった。
自分の部屋に戻れば、カルネがこっそりと贈って来たらしい品物や、アリアが堂々と送って来た品物と手紙がテーブルの上に置かれていた。
中身は高級そうだが使い勝手の良さそうな筆記具や、可愛らしい飾り物だ。彼女達らしい。
それらを確認した後に、ステラは楽しみにと言われた教室の皆からもらった箱を開封していく。
中から出て来たのは……。
「クラスメイトの集合絵ね……」
写真がないこの世界で、物体を記憶しておくための絵だった。
教室にいる皆の姿が並んで書かれている。
けれど、記念に描かれる堅い感じのする絵ではなく、自分達がいるクラスらしい絵だった。
仲が良い人同士は楽しそうに喋っていたり、得意な事がある人はその得意事をしていたりと、一人一人の特徴が良く表されているのだ。
紙一枚でしかない贈り物だが、世界で一つしかない思い出と心のこもったこれ以上ないくらいの素敵な贈り物だ。
裏にはこれからもよろしく、と一言かかれている。
「三年間だものね。私の方こそ、よろしくお願いしたいくらいよ。ありがとう、皆」
汚れが付いたり皺にならないように、大切に保管して置かなけれなばならないだろう。
後は……。
「ツェルトはどうなのかしら……」
ふと考えるのは、毎年のようにプレゼントに様々な趣向凝らす彼について。
屋敷ではツェルトの姿は見なかったから、彼の分もここに含まれているのだろうか。
欲しかったとか残念なわけでは………………決してないが、それにしては今までと趣が違い過ぎる様に思えるのだが……。
「ステラ―。おーい、ステラ―」
そう思った矢先、部屋の外からツェルトの声が聞こえて来た。
「ツェルト?」
「もうそろそろ、見終わったかなって思って声かけたぜ。うん、ぴったしだ。よし行こうぜ」
扉を開ければ楽しそうな表情をしている彼の姿がある。
ステラは一体どこに、と聞こうとするのだがそんな間もなく腕を掴まれて連れていかれる。着いたのは屋敷の庭だった。
「ここはよく俺とステラが練習した場所だろ。最近はあんまし来なくなったけど、えーと朝練……だっけか、してるのアンヌさんから聞いたからさ、最近は走り込みに追加してここでの剣の素振りしてたとか。ここで一日の最初を頑張るステラの為に何かできないかって、俺超頭ひねったし超がんばったぜ。見てくれよ。そして誉めてくれると嬉しい」
ツェルトに示されるのは今朝までは剪定が済んでいなかった庭の木の木の葉だ。
庭師が最近怠けでいるのだろうかと、首を傾げていたのだが、そうではなかったようだ。
並び立つ木々は皆、ツェルトの手によって姿を変えられ、可愛らしく形を整えられていた。
「凄いわ、こんな事も出来たのね貴方」
ネコにクマに精霊にと、バリエーションもかなり豊かだ。
彫刻品はよく見るのだが、こういうのは初めてだった。
しかし、庭の木の剪定とは……、本当に彼は毎回毎回予想の斜め上を行ってくれる。
「ちゃんと形に残る物にしたかったんだけど、朝練頑張ってるのアンヌさん達が心配してたからさ」
つまり、いつも様子を窺うアンヌたちの事も考えてやって欲しいという、彼なりの心遣いなのだろう。
そう言えば、彼は珍しくも照れた表情を見せる。
「まあ、それもあるけど。ステラに無茶して体壊してほしくないんだよ。……それより、どうだった? 凄いだろ。頑張ったからステラから俺にご褒美くれてもいいんだぜ。むしろ欲しい! 手をにぎにぎするとか、髪の毛好きにいじらせてくれるとか、ちょっと長めに抱き着かせてくれるとかさ……。やってくれたら俺なんでもしちゃうぜ」
ツェルトが何でもしたら、お礼の意味がないではないか。
「なんだったら、俺と一日中朝から晩まで楽しく遊ぶご褒美とか出も良いぜ。あ、朝から晩までは別にそういう意味じゃないけど……」
「じゃあ、手でいいのなら握ってあげるわ」
「一番低いのきたな!」
段々調子に乗って来たので、そんな風に言えば大人しくなった。
大人しい……と言うよりは落ち込んでいる様にも見えるが。
「そんなご褒美しか勝ち取れなかった過去の俺の所業……、凄く悲しい。まあ、いいや別に見返りが欲しかったわけじゃないし」
「冗談よ。今度、アンヌに教えてもらってまたクッキーを作る事になったから、その時に特別なものを作ってあげるわ」
「本当か、よっしゃステラの手作りゲットだ。期待して待ってる。むしろ期待しかしてない」
あまりにも可哀想に見えたのでそんな事を提案してやれば、さすがツェルトと言えばいいのか、やはりツェルトだったと納得すれば良いのか、一秒もかけずに元気になった。
確かにアンヌのクッキーは美味しいし、楽しみにしたくなる気持ちは分からなくないが、ステラに同程度の物を期待するのは厳しいと言わざるを得ない。
「もう、大げさなんだから。そんなこと言ったって一朝一夕に私の料理の腕はあがらないわよ」
「美味しい食べ物を期待しての喜びじゃないぜ!? ステラの手作りに喜んだんだよ! ……そういえば前の時はカルネに大変なとこ見られて殴られたんだっけ、じゃあそっちの方面のあれこれが期待できる……か?」
「っ、なに思い出してるのよ、ばかっ。ツェルトのばかっ!」
恥ずかしい思い出を掘り返された怒りをぶつけるのだが、ツェルトはひょいひょいと器用に避けていってしまい、逆に背後をとられてステラが掴まってしまい頭を撫でられる始末だ。
剣の技術もそうだが、まだまだ彼に敵いそうにない。
それはそれとして……、満足そうな彼には言っておかねばならない。
今年も色々と家の庭にやらかしてくれたツェルト。
掃除の心配はなさそうだとほっとして、そして思う。
いつだって彼がくれるプレゼントはステラの事を良く思ってくれているものだった。
「素敵なプレゼント、ありがとうツェルト。これからもよろしくね」
「ああ」
形には残らないけれど、ステラの十六歳の誕生日の贈り物も、今まで通りでやはりツェルトのくれた物が一番だった。