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第40話 引き換えの救世主



 王宮 空中庭園


 ステラ・ウティレシアは困惑していた。

 土砂降りの雨の中、薄暗い庭園の中で、時折雷に照らし出されながらも。


 どうして。

 ……どうして、こんな事に?


 王宮は混乱に包まれている。

 先日に起きた侵入騒ぎの比ではないくらいに。

 何しろ、何の前触れもなく魔物達がグレイアンの手下の兵士達と共に、王宮内に出現し暴れまわっているのだから。

 混乱するなという方が無理がある。


 王宮内にいるほとんどの兵士達……ステラの仲間たちも今はその対処に追われている。


 だから、それはステラの役目だ。

 目の前に現れたその彼との戦いは。


 鳶色の髪の彼。

 幼なじみで今までずっと一緒に戦って来た彼は、今フェイス・アローラとして、ステラの敵となっている。


 強かった。

 彼の繰り出す剣技は、どれもが速くて、強くて、気を抜けば命を落としかねない物ばかりだった。


 けれど、それもなんとか封じて、ステラは彼をあと一歩のところまで追いつめる事が出来たのだ。


 目の前には、膝をついて剣を落とす彼の姿。

 ズボンの裾が濡れた泥水に黒く染まってしまっている。


 ステラはその彼の首筋に剣を突きつけながら、勝者として立つ。


 ツェルトは体中傷だらけだ。

 それらは全部ステラがつけたもの。

 手加減なんてできなかったから。


 見ていたくないと、思う。彼のそんな姿は。

 他でもないステラが傷つけた姿などは。

 けれどそれでも視線はそらさない。


「どうして……」

「……」


 ステラの口からこぼれて言った呟きに、ツェルトからの答えはない。

 彼はただ無言でこちらを睨みつけるのみだった。


 全てにどうして、と言いたい。


 なぜ、彼がフェイスなのか。

 なぜ、今日に限ってあの夢と同じ景色なのか。

 なぜ、二人はこうして敵として向かい合っているのか。

 なぜ……。


 目の前にある彼の顔はそっくりだ。

 あの、夢の中にいた偽物のツェルトと。


 それもそのはずだろう。

 だってまったく同じ状況なのだから。

 外見はツェルトで、中身はフェイス。

 夢も現実もまるで変わらない。


「私、いつの間に貴方より強くなったのかしら」


 剣を握る手が雨に打たれて、冷たくなっていく。

 気をぬくと震えてしまいそうだ。


 相手はフェイス。

 それは間違いない。

 けれど、繰り出される剣の技はまぎれもなくツェルトの物だった。


 長い間、ステラが勝つ事が出来なかったツェルトの剣。

 最近は色々あって、めっきり打ち合わせる事などなくなっていた剣だ。

 ステラはそれに勝った。

 

 こんな形で決着などつけたくなかったのに。


「ツェルト、お願い。元に戻って。帰ってきて」

「……、うるさい。無駄だ。お前の言うツェルト・ライダーは死んだ」


 やっとかけられた言葉はひどく冷たい物で、普段効く彼のものとは似ても似つかないものだった。


「嘘よ。そんなの信じない」


 信じられるわけがない。

 だって、ついこの間まで、一緒に笑っていたのに、傍にいたのに。

 死んだなんて信じられるわけないではないか。


 ステラは突きつけた剣を、それ以上動かす事が出来ない。

 

「ツェルト……」


 当たり前だ。

 殺せるわけないではないか。


 ツェルトは、彼はこの世界で一番大切な人なのだ。

 大事な人間、ステラの大好きな人なのだ。


 どうやっても、殺せるわけがないのだ。


 彼を殺す事は、今まで拙いながらも頑張って積み重ねてきた、新しいステラの全てを否定する事。


 ステラの全てを引き換えにして得られるものは、おそらく世界や国の未来を救った救世主の立場。

 けれどそんなもの、欲しいとは思わない。


 ステラが大切にしているものはそんなものではないのだ。

 いつか勇者を継ぐことなった戦い、その時に仲間に言った言葉を思い出す。


 皆で笑い合う明日を得るために。


 ステラの望む明日には、皆がいないと駄目なのだ。

 皆と……、そしてそこにたった一人、唯一無二の彼が欠けては、話にならない。  


「ごめんなさい」


 ステラは隙を作る事を承知で剣を持ち替える。

 必殺の構えから、意識を刈り取り相手を気絶させるための構えへと。


 ステラはその瞬間、彼の命を引き換えに、世界の……国の救世主となる未来を捨てていた。


 だが……。


「はい、そこまでね剣士ちゃん。その人殺されたら、俺は困るの」

「っ」


 ステラの腕を掴まれ、引っ張られる。体勢を変えられ、重心を崩されて、こちらの体を投げ飛ばす者がいた。

 空中で体を立て直し、着地するステラは見る。

 その場に現れた、状況に不釣り合いな軽い声に態度の彼の姿を。


「ライド……」


 退魔騎士学校のクラスメイトであり、ツェルトの友人だったはずのライド・クリックスターツだ。

 フェイスの隣に立つライド。その姿を見れば、彼が敵であろうことは容易に分かる事だった。


 だが、それでもかつて同じ学び舎にいたものが敵であるという現実は、受け入れがたいものがあった。


 彼は、猫を被っていたフェイスとも、最初から嫌な人間だったコモンとも違う。

 一緒に戦った事もある仲間のはずだったのに……。


「ごめんな剣士ちゃん。これ必要な事なんだわ。説得しようとしても無駄だからそのつもりでいてくれると嬉しいし助かる。諦めてくれ。……で、どうするの、旦那。さすがというかなんというか、連れて来た連中はもうほとんど抑え込まれちゃってるのよ」


 ライドは慣れた様子で、ツェルト……ではなくフェイスに尋ねる。

 その様子を見れば、ライドもこの王宮の騒動に関わっていたのは一目瞭然だった。


「ふがいないにもほどがある、俺の復讐という目的は果たした、撤退する」

「ほいほい、りょーかい」


 背中を向けて去りゆく二つの影。

 当然ステラは追いかけようとするのだが、間が悪いのかライドが連れてきたのか、邪魔をするように横合いから魔物達が立ちふさがった。


 二つの影にはもう、剣も、手も、すでに届かない距離。

 だが、声ならまだ届く。


「フェイス! 待ってなさい! すぐに追いかけてやるんだから!」


 今度は私が貴方を助ける番よ。絶対に貴方を助けるわ。

 だから私に貴方を助けさせて。


「ツェルト! 貴方が好きになってくれた勇者はこれくらいの事で、折れたりへこんだりなんてしないんだから!! だから、待ってて!!」


 すぐにまた、会いに行くから。


 ずっと昔に、私を助けてくれた時みたいに。今度は私が貴方の勇者になるわ。




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