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第36話 姉のようで、父親のようで



 ??? 『ツェルト』


 眠ったはずだった。


 確かそうだったはず。

 ツェルトは騎士舎の部屋でベッドに横になり、瞼を閉じた事を思い出す。

 そう、ちゃんと自分は眠ったのだ、 


 それなのにそこにあるのは暗闇ではないのだから、どういう事なのだろう。


 いま目に見えるのは、想定した者とは違うまったく別の景色だった。


 ……。

 ……森だ。

 暗い森の中を走っている人物が見えた。

 鬱蒼としたその森には見覚えがある。その場所は迷いの森だ。

 二度と行きたくないと言ったにもかかわらず二度も入る事になったあの森。

 その迷いの森の中を一人の少年が奥を目指して一心に走っていく。


 鳶色の髪をした十と少しばかり過ぎた(とし)の少年が。

 小さな肩にはその頃持っていた、村人から譲ってもらったお下がりの鞄が掛けられている。


 それは幼い頃のツェルトの姿だった。

 だが、どういう事だろう。

 体の成長を見る限り、時期的にはカルル村で衰弱事件が起こった頃になるがあの時は隣にステラがいたはずなのに、目の前の少年は一人なのだ。

 

 もっと近くに行って確かめたいと思ったが、ツェルトの視線は動かない。


「……」


 体の感覚がないのだ。動けないし、声も出す事は出来ない。

 ツェルトができるのはただ目の前の光景を眺めるだけだった。


 他にどうしようもなく、ただじっと幼いツェルトが走るのを見守っていると、やがてその姿が立ち止まる。何かを見つけたらしい。


『これ、何だ?』


 幼いツェルトは地面に落ちていたそれを拾い上げる。

 不気味な面だった。

 円弧を描く、目つきと口元。それらが模様として描かれた黒っぽいお面だ。


 幼いツェルトはそれを拾い上げて、不思議そうに眺めている。


『……っと、こんな事してる場合じゃない。これはとりあえず持って帰ろう。ステラに見せたらどうなるかな。怖がるかな』


 やがて何かを思い出したらしく、立ち上がり、持ってきた鞄に面を押し込んでしまう。

 そして幼いツェルトは、走って来た方とは逆の方……おそらく森の奥の方を見つめて目的を呟いた。


『カルル村の皆を助けるために、薬草見つけなきゃいけないもんな』  


 やはりその時期だったらしい。

 ならなぜツェルトは一人なのだろう。


 奥へと走り、遠くなっていく幼いツェルトの姿を見つめながら、考え続けるが理由など分からない。 


 場面はそこで変化する。





 次に見えた光景は、カルル村の中だった。

 村には活気はなく、そもそも人の姿がまるでないようだった。


 出歩く人間の少なくなった村の中、ステラの父親と母親がツェルトの両親と話をしている。


『領主としても、この村には人を住まわせるわけは……』

『私達も手を尽くしましたが、力が及ばずにこんな結果になってしまって……』

『いいえ、領主様にどうにもできないと言うのなら、仕方がなかったことなのでしょう、きっと……』


 その近くでは、幼い頃のツェルトとステラが話をしていた。


『ツェルト、ねぇ元気出して。私にできる事があるなら言って。何でも力になるから』

『……』

『仕方なかったのよ。だってツェルトは子供だったんだから。薬草だって、ちゃんと森にあったかどうか分からないんだし』

『……』

『だから、えっと……その……』


 何も答えないツェルトにステラは泣きそうな顔になる。


『ツェルト……、ごめんなさい。私が一緒について行ってあげられたら、何か違ってたかもしれないのに。怒ってるわよね、だから何も言ってくれないのよね。ごめんなさい……』


 ツェルトは、その言葉にも何も答えずに、寂しそうで悲しそうにするステラを残して、その場を去ってしまう。


 これは一体何だろう。

 カルル村は無事だったし、衰弱事件は被害は出ていたから無事……とは言えないものの、ちゃんと解決したはずだ。村から人がいなくなるような事にはならなかったはずなのだ。

 なのに、この過去の光景は一体何なのか。


 ツェルトはこんな事は知らないというのに。

 意味が分からない。





 場面が切り替わる。

 たぶん、それからおそらく少し経った頃のものだ。


『王都での生活はどう、ツェルト。不便とかしてない? 困った事とかは起きてない?』


 王都に住む事になったらしいツェルトが、久々にステラの屋敷へ訪れた時の光景らしかった。


 屋敷の部屋の中……、倉庫の様な所で幼いツェルトは本を広げて魔法陣の研究をしている。

 その傍に立ち、話しかけるステラには一切反応を示さずに。


 ステラの協力を得て揃えたらしいいくつかの道具が、辺りに散らばっている。見る限りそれらの道具は、研究の為に相当数使用した形跡が窺えた。


『えっと、それでねツェルトがいなくなった後も剣の修行はしてるのよ。レットが言うには才能があるって……、ヨシュアはそれほどじゃないんだけど、一緒に……』

『ステラ』

『なに、ツェルト』

『うるさい』

『……ごめんなさい』


 ステラはそれからもツェルトにしばらく話しかけ続けるのだが、やっと口を開いたかと思えば出て来たのはそんな言葉だけだった。

 目に見えてはっきりと、小さいステラは落ち込んでいる。


 そのやりとりを見ている方としては、これほどもどかしい事は他にない。

 覚えがない事と言えども、自分と同じ顔をした人間がステラを不幸にするなどと、許せないしあってはならない事だ。


『失礼します! 貴方がツェルト・ライダーですね、言いたい事があります! 心して聞きなさい!!』


 ややあってその部屋に、幼い頃のカルネが声を荒げながら踏み込んできた。

 表情は、この間のステラにご褒美を所望していた時に、彼女に部屋に踏みこまれた時のものよりも数倍険しいものだ。


『何なのですか、貴方は。ステラ・ウティレシアの友人ではないのですか。それなのに、このように貴方を案じる友人の事を放っておいて、訳の分からない研究に没頭するなどとは……断じて許しませんよ』

『カルネ、私はいいの。私は別に……』

『いいえ、言わせてもらいます。私はヨシュア君からステラ・ウティレシアの姉役を任命されたのですから、妹の面倒を見るのは当然の事なのです!』

『ええっ、私そんな事聞いてないわよ……』


 何だか、幼い頃のこのステラとカルネのやり取りを見てると、少しだけ落ち着いて和む。

 ツェルトの記憶の中では、この頃のステラとカルネの中はそんなに確か良いものではなかったはずだったが、これまでなら混乱するばかりだったその違いに少し感謝したくなった。





 偶然だろうが、落ち着いたのを見計らったように、また場面が変わる。


 それから、またしばらく時間が経った頃だ。

 場所は王都の学校。

 学生服を着たツェルトがステラと向かい合って話している。


『でも、ツェルトはツェルトだし……、今更名前を変えるなんて、どうして?』

『いいから俺の言った通りにしろ』

『……わ、分かったわ。フェイス・アローラ。貴方の名前はこれでいいのね』


 ツェルトと、そしてステラの話す内容だ。これが。

 聞こえて来た内容に一瞬思考が止まりかける。


 それからも断続的に止まることなく場面が流れていく。

 だが、それはら己の目を疑いたくなるようなものばかりだった。


 それは、恐ろしい光景だった。

 それは、ありえるはずがない光景だった。


 ツェルトがフェイスと名乗っていて、呪術の研究などをしている光景。ステラにその行いを協力させ、女性達を操り人形にする手引きをさせる光景。精霊達を捕まえる為の道具……識別のルーペを、ステラに弟から盗み出させようとしている光景だ。


 体の感覚はないはずなのに、足元の力が抜けていきそうになった。


 そうして、最後の時に場面は移りゆく。


『与えられた仕事も満足にこなせないとは』


『この役立たずが』


『お前はもう用済みだ。死ね。ステラ・ウティレシア』


 王都の学校でやるべき事を終えたそのツェルトは、ステラを剣で刺し貫いて殺そうとするのだ。


 制止の声をかけたくても、声が出ない。出したとしても、届くはずもなかった。


 なんでこんなありえない物を見るのか分からない。

 自分はなぜこんな物を見ているのか。


 まさか、今までツェルトが本当だと思って来た現実は嘘で、これこそが本当の出来事だったのでは……。


 後から考えれば、それこそありえないといい切れる考えだが、その時のツェルトは混乱のあまりそんな事を大真面目にも考えていた。 





「……っ!」


 目を覚ましたツェルトは自分が騎士舎の寮で眠っていたを確認して息をついた。

 夢だ。夢だった。やはり自分は夢を見ていたらしい。夢で良かった。


 実は、夢の中では忘れていたがあんな夢を見るはこれが初めてじゃない。

 これで三度目だ。


 だいたい例の任務を終えて帰って来る途中ぐらいから見るようになったその夢は、体験した事のない光景を見せてくるのだ。


 ステラから説明された今となっては、それがなんなのかは何となく想像できる。

 おそらく世界を構成する欠片とやらなのだろう。


 だが、腑に落ちない部分……説明しきれない部分もあるのだ。


 学者でも研究者でもないツェルトには詳しい事など分からないのだが、事実と異なるものなんて世界の欠片と言えるのだろうか。それはただの夢や幻ではないのか、と。


 だが、ただの夢や幻にしては現実味があるすぎる。


「一体、何なんだこの夢……」


 時々、おかしな場所の、馬鹿みたいに高い建物が立ち並ぶ景色を夢で見たりすることはあるが、ツェルトが見る今回みたいな不穏な夢は、そういうものとは明らかに質が違うものだ。 


 窓の外を見るが、まだ外は暗い。

 横になって再び眠りにつこうと思うのだが、どうにも眠れそうにない。

 そのまま無為にベッドの上で時間を過ごすのももったいない気がして、気分転換がてら外に出る事にした。


 足を向けたのは王宮の敷地内に立つ協会だった。


 足を運ぶのは二度目だ。

 星明りや月明りなどに照らされて、ステンドグラスから柔らかな光がもれている。

 実は近くに使われていない方の協会もあって、暴政時代に色々動く際他の者達と打ち合わせをしたりする場所として使っていたのだが、そちらはただの廃墟でここまでの雰囲気ではないし、行っても綺麗でもなんでもない。

 時間を潰すなら当然、こちらの方だろう。


「珍しいですね。ツェルト・ライダー。貴方がこのような場所に足を運ぶなど」

「それ、ステラにも似たようなこと言われた気がするな」


 物思いにふけるツェルトに声を掛けたのはカルネだった。

 こんな時間に部屋の外をうろつくような人物とは思えなかったので、ものすごく意外だ。

 そんな思いが顔に出ていたのだろう。


「私とて、考え事で眠れない夜くらいはあります。特に最近は、いつあなたの魔の手がステラを襲うのかと不安にならない日はありませんので」


 カルネの事だ。きっと真面目だ。

 冗談じゃなく本気で言ってるんだろう。

 だって、顔も真面目だし。


「俺、ちょくちょくカルネに嫌われてるよな。初対面の時に礼儀知らずな真似をしたような覚えはあるけど、他に何かしたか?」


 そう尋ねれば、歯切れの悪い言葉が返って来る。


「……ありません。私としても不思議に思っているのですが、どうにも貴方をステラの傍に置いておくと、こう……取り返しのつかない事が起きてしまうような、そんな気になって、ついきつく当たってしまうのです」


 つまり勘みたいだった。

 これは、カルネにしては珍しい事だ。

 いつも論理的に考え、原因と行動と結果をはっきりとさせて考えている彼女が、まさかツェルトに対して勘で動いていたとは。


 一瞬、さっき見た夢の事が頭に浮かんだが、それこそまさかだ。


「こんな私はおかしいですね。私自身もそれはよく理解しているのですが、申し訳ありません」

「いや、謝られても調子が狂うっていうか。毎回殴られるのは困るけど、でも気まずい雰囲気を何とかしてくれるのは助かってるんだぜ」

「そうですか……。そう言ってもらえるなら、私としては助かるのですが」


 この前の事はともかく、実際ほとんどの場合はツェルトが悪戯したりしてステラを困らせたり泣かせたりしている時だったし。

 そういう意味で考えれば、一応助かってるとも言えなくはないのだ。いつも狙いすましたかのようにやって来るから。

 カルネはステラが持っている運命とは違って、別の類いの騒動に出くわす運命でも持っているのかもしれない。


 そんな事を考えていると、カルネが殊勝な様子で頭をこちらに下げて来た。


「ええと、その……この間の事なのですが、申し訳ありませんでした。今までの事はともかく、前回の事はその……私の誤解だったようですので、きちんと謝罪しなければと思っていた所なのです。ですが、なかなか時間が作れずに遅くなってしまい……、申し訳ありません」

「だから、そう殊勝にされると調子狂うって言っただろ? あれは、何か後から聞いたらライドが鍵やってたとかって話だし」


 そう、ニオから聞いた話なのだが元々の原因はライドにあるのだ。

 卒業したきり顔も見せない同級生に言ってやりたい事が色々あると言うのに、どうした事か探しても全く見つけられないでいる。

 

「そう言えばさ、前から気になってたんだけど、俺家名(かめい)変わったぜ?」


 これ以上神妙な話をされてもツェルトとては居心地が悪くなるだけで困るので、話題をそらすために別の話を振った。

 だいぶ前から、リートの家の養子になった影響で名前が変わっているので、彼女がそれを知らないはずはないのだが。 


「ええ、存じております。ツェルト・シルベール。それが今の貴方の名前だと存じていますよ。けれど、その名前をステラの耳には入れない方が良いかと判断したのです。貴方だってあまり好きではないのでしょう?」

「ああ、まあな。リート先輩には悪いけど」


 確かにそうだ。好きではない。

 ツェルト達は、カルネに気を使われていたらしい。


 暴政時代の事を話した覚えはないのだが、観察眼の鋭いカルネなら名前に対するツェルト達の反応を見て、気づいていてもおかしくはないだろう。


 そういえばリートの前でも、前の名前でツェルトの事を呼んでいた事があったが、真面目な彼女の事だから、直接リートにはその事を打ち明けて謝っているのかもしれない。


「カルネはステラの貴重なお姉さん役だよな」

「何ですか、いきなり」

「いや、何となく。ステラが助かるなって話だ」


 自分にも他人にも厳しいカルネ。

 少々病的がかっていると言ってもいいほど真面目なカルネの性格があったおかげで、人の上にあろうとするステラの面倒もこうして見る事が出来るし、細かな気配りもできるのだから感謝するべきだろう。


 だが、そんなツェルトの心境とは別に、彼女は何やら憂鬱な事でもあるかのようため息をつきながらこちらを見つめてくる。


「はぁ、今でも信じられません」

「何がだ?」

「ステラが貴方なんかの物になってしまうなど」


 なんかってなんだ。

 

 いつも丁寧な物言いをしてるカルネにしては、ぞんざいな感じのするセリフだ。

 

「ステラが毎日貴方の事を考えて過ごして、貴方の事を一番に思っているなどと。想像しただけでも私はすごく腹立たしいです」


 前々から思ってるけど、俺ほんと嫌われてるよな。

 後それ、さっき謝ってくれなかったか? あれ、違うのか?


「けれど、私とて分かっているつもりです。ステラを一番に幸せにできるのは、ツェルト・ライダー。貴方しかいないのだと」


 肩を落としてまるで不幸そのものといった風にため息をついたカルネは、その感情を振り切るかのように普段ステラがしているような感じで、こちらに宣言してきた。


「ツェルト・ライダー。いえ、ツェルト! 分かっていますね。ステラを不幸にしたら許しませんよ」


 魔物と対峙する時の騎士っぽい迫力まで出して。

 そう言えば彼女も一応、頭脳派でありながら退魔騎士学校を卒業しているのだった。


 ひょっとして、これを言いたかった為にツェルトに声をかけて来たのかもしれないな、とそう思えてきたほど気合が入っていた。


「ああ、分かってる。ちゃんと幸せにする。誓うよ」

「絶対ですよ、良いですね!」


 家族を除けば、身の回りにいる人間の名かでツェルトの次にステラとの付き合いの長いカルネ。


 その彼女がステラを気に掛ける様はまるで、姉のようでもあり、少しだけだが娘を嫁に出したくない父親のようでもあった。

 そんな事を口に出して言えば、父親はないと怒られるのだろうが。


 それはフェイス捕縛の任務に就く、一日前の出来事だった



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