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第29話 優しさでは隠せない感情



 そういうわけなので事情を聞かされた後アリアは、シーラを他の隊員に預けさせた後、クレウスやツェルトと共に移動。連れてこられた領主がいる場所へ。


 その場所はよく知っている。

 クレセント村の隅、離れた場所にある建物だ。


 村の中央に集中している建物から距離がある為に、人の声や物音があまり聞こえてこず、静まりかえった場所だった。


 村の子供達には、かくれんぼの候補地としてたまに活用される事があるが、それはアリアの子供の頃の話だ。

 今はどうなのか分からない。


「アリアおねえちゃん、シーラと手をつなご」


 これからの事を想像して物思いに沈んでいたアリアのスカートが引っ張られる。


「良いですけど、どうしたんですかシーラちゃん」

「えっとね、アリアお姉ちゃんの元気がなかったから、元気がでますようにって思ったの。シーラのママとパパが言ってた! 手をつなげば怖い所に行くのもへっちゃらだって」


 何か少女を心細くするような出来事でもあったのだろうか、一瞬と思うのだがそれはアリアの為の行動だったらしい。

 屈託なく信じ込む少女の行動を断る事などできるはずも、する必要もないので、アリアは差し出された小さな手を握り返した。


 当然だが温かくて頼りない感触が手のひらに伝わって来る。


 そんな二人のやりとりを聞いたステラが声を発する。


「シーラの言ってる事、少し分かる気がするわ。だって私もそうだったもの」

「ステラさんもですか?」

「迷いの森に行って迷子になった時との事がすごく印象に残っているのだけど、その時にツェルトが手を握っていてくれたのよ。それで少し安心できたの」

「素敵な思い出ですね」


 アリアも同じような事を考えた事がある。

 クレウスと……、自分とは違う大きくて少し硬い手と繋いでいる時は、守られているような感じがしてほっとした事があるのだ。


「シーラちゃんのお母さんとお父さんもそんな素敵な思い出があったんでしょうね」

「ママとパパ、いつもげきてきな人生を送ってるって言ってた!」


 どうやらシーラの両親はアリアやステラ達と同じような体質で、現在進行形で色々難事に巻き込まれる運命らしい。

 何だか身近にいる人間と似すぎていて、親近感が湧く所の話ではなくなってきているような気がするのだが、細かい事を考えるのは後にした。


 そういえば、とアリアはツェルトの方を見る。


 好きな人と再会したというのに、どうも口数が少ないというか先程からあまり言葉を交わしていないように見えるのだ。


 おそらく、精霊の力の事を気にしているのだろう。

 ステラの方も、ツェルトの方を意識している時はいつもより表情が硬いのだ。


 ……いつものお二人に戻って欲しいのは我が儘でしょうか。


 二人にも事情があるのは分かっているが、どうにも歯がゆく、もどかしい気持ちになるのだ。

 普段の仲が良い様子を見ているだけになおさら。


「やれやれ、こんな時でも人の心配をしているとは……。だが、それが君らしい」

「クレウス……」


 視線の先と内心に気づかれていたらしく、シーラとは反対側……隣にいるクレウスからそんな事を言われる。


「そんな君の優しさは何ものにも代えがたいものだと思っている。君はいつだって優しい人間なんだから。憎しみに捕らわれるような人間ではないよ」

「でも、私」


 ……私は、クレウスが思っている程、綺麗な人間じゃないんです。


 きっと彼だってこの心の内を覗けば幻滅してしまうだろう。

 アリアが普段どんな思いを抱えて、過ごしているかを知ったら。


「それでも僕は言い続けよう。君は優しい人間であると。なぜなら、君が怒りの感情をを示すのはいつだって誰かの為だったのだから。王都の遺跡でステラが孤立した時も、先ほど自分の隊員が負傷した時も」


 誰かが心配で、その人を不幸にしたくなかった。その思いは紛れもなく事実で、今もはっきりと胸の内でその思いを描ける。

 だがそれでも、人を憎む気持ちは優しさでは隠せない。


「では……少し君に問いかけよう。君は屋敷を追い出されるよりも前に、誰かを傷つけたいと思ったかい? 普段仲間と笑い合っている時にも、誰かへの憎しみの感情を抱いていたかい?」


 当然、首を横に振る。

 そんな事はない。

 あるはずなかった。


「だったら大丈夫さ。不安を抱える必要はない。君は一人じゃないんだ」

「……ありがとうございます、クレウス……」


 不安はあったけれど、それでも優しさが役に立たない事などないのだと思った。

 クレウスがくれた優しさは、アリアの心の内を温めてくれているのだから。


 シーラの手を握っているのとは逆の手で、クレウスの手と自分のそれを繋ぐ。

 彼の手は少しごつごつしていて固くて、そしてやはり……くれた優しさと同じように温かかかった。






 倉庫内

  

 集会所ほどではないが、倉庫としては十分な広さがある建物の内部。

 その中で、二人の見張りをつけられた領主は憮然とした表情をしている。


 収容するために作られた場所というだけあって、あるのは収納棚とそこに収まった物だけだ。


 部屋に入るなり、領主……叔父はこちらを睨みつけて来た。


「ふん、生き残ったか。悪運の強い娘め」


 やはりあの時の村人に扮した人間の攻撃は、叔父に指示されたものだったのか。

 叔父の前まで進んで行く。


「お久しぶりです。最初から私の事分かっていたんですね。あの時の貴方の行いのせいで、関係のない私の仲間が傷ついたんですよ」

「ふん、知った事ではない」


 頭に血が上りそうになるが、どうにかこらえる。

 糾弾するような口調になってしまうのは仕方がないが、ここに来たのは言い争う為などではない。情報を得る為だ。


「屋敷で何を行っていたのか話してください。呪術を行使していたんですか? 魔物と一体どういう関係があるんですか?」

「……」


 疑問を突きつけるも、男は何も言わない。

 こちらを睨みつけるばかりだった。

 このままなら、何も喋らないかもしれない。


 そんな領主の態度に、自分の心が再び黒い物で覆われていくような気分になる 


「答えてください! 貴方のせいで村の人が、何人犠牲になったと思っているのですか。貴方は人々を守る役目を負った領主ではないんですか!?」

「その通りだ」


 肯定の言葉は意外にも目の前の男から発せられたものだった。

 だが目の前の人物の事を知っている身としては、その内容が信じられず相手の顔をまじまじと見つめ返してしまう。


「我々はわざわざ平民共を守ってやっているのだ。だから、こちらに連中が協力するのは当然の事だろう」

「……っ」


 何という暴論だろう。

 自分勝手極まりない言葉だ。


 どんな風に言葉を飾ろうとも、結局この人には自分の都合しか見えていないのだ。

 領主の座の為にアリアの両親を殺し、平然と守るべき人間達を犠牲にする、そんなどうしようもない人間。


 怒りで固く握った拳が震えそうになる。アリアはその手を動かす。

 自分の腰にある、剣に。


「アリア!」

「こんな人のせいで……」

「駄目だ、それはいけない。憎しみに捕らわれてはいけない。君は優しい人間だろう」


 クレウスの声、だがアリアは剣を抜いた。

 しかし、その先の行動に移る前に、クレウスに腕を掴まれて止められる。


「離してください。クレウスは許すんですか、こんな人を」


 これが全く血の繋がっていない、関わりのない人間だったならば違っていただろう。

 元国王や、ただの犯罪者であったならばこれほどまでの憎しみを抱かなかったはずだ。


 だが、身内だという事実はゆるぎない。

 そんな事実があるから、誰よりも領主を許せないのだ。


 そんな自分に、こんどはステラが声をかけてくる。


「アリア、ねぇ。貴方は王都で私に言ってくれたこと覚えてる?」

「ステラさん?」

「貴方は迷う私に、必要な分だけ強くあればいいと言ったわよね。もし貴方が大切な人を十分に守れるくらい強かったら、今どうしていたの?」

「それは……」


 忘れてなどいない。覚えている。

 それは尊敬する女性の力になれたと思った、嬉しい瞬間だったからだ。


 もし、村人も守れて、領主の企みも未然にふせげていたとしたらアリアはどうしていただろう。

 おそらく、こうして剣で切ろうとなどしていなかっただろう。


「それって、憎しみに捕らわれたくないって思っているからじゃない? 憎しみに捕らわれてしまえば、失ってしまうものがあると分かっているからなんじゃない?」

「失ってしまうもの……」


 クレウスの心配そうな瞳と目がある。

 こちらの胸まで痛くなってくるような表情をしていた。


「私も、憎しみで人を斬ろうとしたことがあるのよ。フェイスの罠にはまって、皆との絆を断ち切られそうになった時。許せないと、許せそうにないと思ったわ。でも私は諦めた」

「どうして、ですか?」

「だって、そんな事したらせっかく守った皆との絆を、私自身の手で壊してしまう事になりかねないんだもの」

「……」


 憎しみはある。だが……。

 もし、この手に持っている剣を領主に振り下ろしてしまったらどうなるか。

 クレウスを悲しませるのは当然だ。ステラやツェルト達も喜ばないだろうし、部下達もきっとそんな事は望んでいないだろう。村人達は喜ぶだろうか? 分からない。けれど、アリアはそんな彼らに以前と同じように付き合えはしないだろう。


「ツェルト、私の言ってる事おかしいかしら?」

「……ん、いや正しいと思うぜ」


 ステラの言葉に応答するツェルトは、いつのまにか移動していて領主の口を布切れなどで適当に塞いでいたようだった。後で聞けば、経験が活きたといっていた。似たような状況がいつかあったのかもしれない。


「私が、フェイスを殺してしまったら貴方はどうしていたの?」

「それは、悲しいな。理解できないわけじゃないから、なおさらだ。でも、これだけははっきり言える。俺はステラにそんな事はしてほしくないよ」

「ええ、私も」


 二人の会話を聞いた後、クレウスは自分が掴んでいたアリアの腕を離した。

 まだ、こちらは何も言っていないというのに。

 それは、アリアの事を信じているという証なのかもしれない。


「アリア、憎しみは優しさで隠せないかもしれない。けれど、酷な事を言うかもしれないけど君にそれを受け止めて生きてほしいんだ。僕はそんな君をずっと傍で支え続けると約束しよう、何があっても僕の生涯を捧げて」

「クレウス……」


 腕を降ろして、剣を鞘へとしまう。


 憎しみは消えないし、消せない。

 大切な人達を傷付けられて生まれた感情は優しさでは隠せないけれど、それでもアリアはその感情と戦っていこうと思った。


 誰よりも大切な人の為に、守りたい大切な人達の為に。




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