表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/213

第28話 その手にあるのは守る為の力



 クレセント村 『アリア』


 ツェルト達が屋敷で戦闘をしている頃、アリア達は町を襲っていた魔物達を前に苦戦している最中だった。


「数が多い。これほどまでの数の魔物、いったいどこから」

「おかしいです、こんな強力な魔物が何の前触れもなく突然現れるなんて」


 屋敷のある方角から現れたミノタウロスや、あまり見た事のない類いの一つ目の巨人サイクロプスなどが視線の先にはいる。


 勇者の剣を回収させられに行った時ほど状況は悪くないにせよ、手がかかるのは事実だ。

 それに今回は自分たちの身を守ればいいというわけではなく、一般市民の命も守らなければならない。


 市民達を抱えて動くアリア達は、対処に手を焼いていた。

 とにかく人手が足りない。

 ここには二つの部隊がいるはずだが、それでも相手が多過ぎるのだ。

 ツェルトが駆けつけてきてくれればいいが、最悪自分達だけでどうにか状況を打開する必要がある。


 そんな危機的状況の一歩手前に踏み込みかねないそんな戦場で、負傷者に治癒魔法をかけて周りながら自らも剣を振るっていたアリアが、それに気が付いたのは偶然だった。


「あれは……」


 屋敷の窓から、光が瞬いている。


「お母様? でもそんなはずは」


 あの光は、小さいころ母と決めた合図だった。

 村にいるアリアに、ご飯の時間だから帰っておいでと知らせるための印。


 屋敷で立場の良くなかったアリアは近隣の村に出かけて遊ぶ事が多かったのだが、その時に帰る時間を決めるのがその光だったのだ。


 だが、光を発して知らせてくれた母親はとっくの昔に亡くなっている。

 ありえるはずがない、なのに何故。

 そう思っていると、


「アリア隊長!」


 不意に背後に人の気配がして振り返る。

 気が付けばナイフを持った市民の姿が目に入った。こちらに真っすぐに向かってくる。


 どうして、と思うが。

 理解が進まなかった。


「え……」


 我ながら間抜けな声を発してしまっている。場違いにもそう思った。

 何が起こっているのか本当に分からなかったのだ。

 けれど、その思考の空白も、終わりを告げる。


 部隊の仲間が視界に割り込んできて血しぶきが舞った。


 ナイフを持った男がアリアを傷つけようとして、その代わりにこちらをかばった隊員が傷を負ってしまったのだ。


「ちっ、この娘!」

「どうしてっ!」


 崩れ落ちる仲間を受け止める。

 視界の向こうではアリアの別の部下達が男を取り押さえているようだった。


「一体どうして……、どうして……」

「隊長、クレウスさんの援護を……」


 守るべき人間の不意の攻撃に真っ白になっていた頭だが、腕の中にいる部下の声でハッとする。


 今は戦いの最中。

 考えるのは後。

 部隊の仲間達の命を担っているのはアリアだ。

 それにクレウスを傷つけさせるわけにはいかなかった。


 アリアは立ち上がってひとまず思考を脇にどけて魔法に集中する。

 だが上手く集中できない。

 どうやっても先程起こった事の意味を考えてしまう。


 屋敷からの光はおそらく合図。

 一般市民にまぎれこませた者への。

 アリア達を攻撃したのは領主の指示だろう。

 やはり気が付いていたのだ。アリアの事に。

 邪魔者である自分を、この混乱の最中に亡き者にしようと……。


 アリアの背には多くの人の命がかかっている。

 守るべき人たち。守られるべき人たち。

 だけど、その人達が護るべき人間に値しなかったら……。


「だめっ、クレウス達や皆の足を引っ張るわけには……」


 考えない。

 今それを考える事は許さない。


 アリアは気を引き締めて魔法に意識を集中させる。

 

 一時の事態であったが、アリア達数人の戦力が割けてしまった事は大きい、戦況は刻一国と最悪の方向得へと傾いていこうとする。もともと手が足りていなかったのだから当然だろう。


 その中で、ついに魔物達が前で戦う騎士達を突破する。

 魔物の中では弱い方と分類されるウルフだが、数が多ければやはり脅威だ。

 回復や支援に専念しなければならない自分達が、別の事に気を割けばどうなるか……。


「……っ、私が全て引き受けます。皆さんは戦って!」


 アリアは一瞬で判断を下した。


 部下達に己の身を護る様に指示を出し、自らは魔法の力に専念する。

 普通の人間よりも何倍もの時間を、魔法を行使し続けて来た経験のアリアだ。

 逆などあり得ない。理にかなった役割分担だろう。


 前方で戦う者達全てに意識を向けて、できる全力で支援の手を届ける。

 その代わり、自分の身の一切は守れなくなるが。そんな事は最初から分かっている。

 覚悟を持たないならば最初からこの道を究めようなどとは思わない。


 戦うよりも、強く、誰かを守る為の力を……。


 私は憎いと思った誰かを倒すよりも、大切な人を守る為に力を得たいと、そう最初に思ったから。

 そう思ったから頑張る事ができたのだから。


 「く……、アリア!」


 戦闘中だというのに、クレウスが不安の色を瞳に混ぜてこちらへ向けてくる。


 アリアはそれに、大丈夫だと微笑んで答える。


「必ず、皆守ってみせます……。私の力で」


 先程まで淀んでいた心が少しだけ晴れていくのを感じる。


「守る事こそが私の騎士としての仕事であり、誇りです……っ!」


 誰も手を離す事が出来ない。

 そんなギリギリの状況で、しかしアリアの力は少しづつ強くなっていった。


 まるでアリアの心の成長を祝福してくれているようなその変化に、背中を押され勇気づけられる。


 そこに、見知った女性の声が響いた。


「やっぱりアリアは凄いわ。私は貴方を友人に持てた事を誇りに思う」


 尊敬してやまない、大切な友人の一人である女性の声。

 ステラ・ウティレシア。

 その人物が、まるでたった今そこから現れたかのように宙から地面へと降り立つ。金色の髪をなびかせて。


 どうして、彼女がここに?


 背を向けて立つ彼女は剣を手にしている。その近くには何故かシーラが立っていた。


「シーラちゃんが、どうして?」


 先程からそればかり言っているような気がするが、現実が予想できない事ばかりなのだからしょうがない。

 

「ママ、がんばれ!」

「ええ。危ないから、アリアの傍にいるのよ」

「はーい!」


 シーラをこちらへ寄越した後、ステラは剣を振り上げて高らかに鼓舞する。


「気合入れなさい。私達は騎士よ。こんな魔物共、さっさと片付けて、戦いを終わらせるわよ!」


 そして、威圧を発しながら、魔物達へと向かっていった。

  

 戦闘は十数分もかからなかった。







 駆けつけたステラの力も加えて、村の魔物達は全て討伐された。

 ツェルト達も屋敷から戻ってきて、全員の無事が確認できた。


 落ち着いた後、村の事は部下達に任せステラから話を聞く事にする。

 集会所の中で落ち着いた後、本題に入ろうとするのだがシーラがこちらを心配そうに見つめてるのが分かった。


「んー? アリアお姉ちゃんだいじょうぶ?」

「大丈夫ですよ、シーラちゃん」


 正確には大丈夫になった、だろうか。

 だがそれに重ねて、アリアの顔色を窺うようにして純粋にこちらの身を案じてくれている少女の存在は、アリアの心を落ち着かせるのには最適な効果を発揮した。


 シーラはステラの傍からアリアの横に移動してきてこちらにくっついた。可愛い。


「えへへ、こうしてると怖いこととか不安なことが全部きえちゃうんだって、ママが言ってた! 夜眠れないときにママがシーラの傍にいてくれるの」

「そうなんですか。シーラちゃんのお母さんは優しいお母さんなんですね」


 アリアの母親も夜眠れない時などは一緒に眠ってくれていた。

 大きな力で守られているように思えて、安心して眠る事ができるのだ。

 小さな子供にとって親という存在は、傍にいるだけで安心できるものなのだろう。


「落ち着いたみたいね。怖い顔をしてるアリアなんてアリアじゃないもの」

「心配をおかけしてしまってすみません」


 その原因を挙げるならば、屋敷から村へ戻って来た面々の中に、騎士達に連行されるような形で領主が交ざっていたという事実があるのだが、それでもステラ達がいてくれているおかげか思ったよりは平静だった。


「仲間なんだから当然よ。とりあえずこれまでの事情をざっと話すわね」


 そうしてステラの口から話される事は驚きの内容だった。

 彼女達の存在のおかげで冷静に話を聞けるようにはなったが、それでもなお耳を疑わざるを得ない中身である。

 話された内容はこんな感じだった。


 まず王宮にいた末らは、アリア達が請け負った依頼に不審な点が見つかった事を、騎士仲間から聞かされたらしい。

 それで彼女はどうにかしてこちらの様子を確かめようとしたらしいが、方法がない。

 遠話機を使ってもムーンラクト領主とは繋がらないし、王宮で使用しているらしい独自の情報網(お洒落な言い方をしているが、ただの伝書鳩だ。前に見た事があるが白くてつぶらな瞳が可愛かった)は使用許可を取らねばならない。


 どうしたものかと悩んでいたステラは、騎士舎の共用区画でいつものように遊んでいたシーラにこぼしてしまったらしい。「ツェルト達の事が知りたい」と。

 そこで普通の子供なら励ましの言葉の一つや二つを送ったりして元気づける所なのだが、シーラは違った。普通じゃなかった。


 だったら「じゅじゅつ」で出来るよ、と答えて周囲を大いに慌てさせた後、お絵かき道具で魔法陣を書き始めて騎士舎をさらに騒がせた。慌ててステラが周囲の人間に無駄とは思いつつも口止めして、場所を移動した後、カルネやニオを交えて話をする事になったらしい。


 そして判明したのは、シーラの行う呪術は代償なしで扱えるという驚愕の事実だった。

 その後は、エルランドや話を聞きつけてやって来たユリシアの後押しもあって、シーラの呪術を使い、ムーンラクト領までやってきたという話だった。


 そして、屋敷でツェルト達の援護をした後、再びクレセント村までやって来たという流れだ。


 話を聞き終えたアリアは、もちろん困惑した視線を二人へと向けた。


「ええと、私クレウスからよく天然とか言われて、何かを話していても人に「えっ?」という顔をさえてしまうんですけど、聞いても良いですか? シーラちゃんが呪術……?」


 そう、本当に珍しい。

 きっと今はアリアの方が「えっ?」という顔をしているのだから。

 今なら彼らや彼女らの気持ちが分かってしまう。

 

 そうですよね。ずっと不思議に思ってましたけど、やっぱり信じられない事を聞いたときはどうしてもそういう顔になっちゃうんですね。

 今まで迷惑をかけてきた皆さん、ごめんなさい。


「アリアお姉ちゃん?」

「何でもないんです、シーラちゃん。ちょっと自分の過去の行いを振り返っていただけですから」


 そしてちょっと反省していただけだ。

 今まで迷惑をかけてきた皆さん、困惑させてごめんなさい。


「そういうわけだから。次やるべき事は領主に会って、詳しい事情をどうにかして話させなくちゃいけないんだけど……」

「そう、ですね」


 ステラの心配げな声に、心が揺れてしまうがアリアのやるべき事など一つだ。

 騎士として、人々を守る剣として、果たすべき任をこなさなければならない。


「私も、その場に同席させてください」



(※次回更新は一週間ほど期間があきます〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ