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第26話 辛い記憶を重ねた分だけ



 そんな話があって最終的な方針としては、疑わしいと思われる所を取りあえず調べるという事になった。

 アリアの話により一番近くにあるという(……といっても、村二つ分は離れているが)十六夜(いざよい)の森へ向かう。


 時刻は昼過ぎ。

 町で何かがあった時の為に戦力を残す事も考えられたのだが、一つの村だけを贔屓するわけにもいかない。

 ツェルト達は全員で森へ入る。


 十六夜(いざよい)の森と名付けられたその森は、昔近くに住む者達が森の中に湧いた泉や川に、空の月を映して月見を楽しんだ場所として名付けられた場所らしい。(が、今は鬱蒼とした森があるだけで、そのような名残は一切見られない場所になっているという。実際に足を一歩踏み入れてみるとよく分かり、内部は魔物の気配がこれでもかというぐらい感じられる殺伐とした雰囲気だった)


 ツェルトはあたりを見回す。


「数が多いな。一つ一つは大した事がなさそうだけど、少し厄介かもしれない」

「そうだな。だが、まあ大丈夫だろう。ここには国の歴史を塗り替えた立役者が三人もいるのだから」

「そうですね。私達ならきっと大丈夫ですよ」


 薄暗い森の中を警戒しながら奥へと進んでいく。

 単純に考えれば、村々を襲った魔物のほとんどがこの森にいるらしいのだが、予想したよりもかなりその数が多そうだった。


「よく全滅しなかったな」

「確かに、これだけの数の魔物の気配。一つの村が全滅してもおかしくはないはずなのだが……」


 時折り身の程知らずにも飛び出てくる魔物を切り伏せて進む。

 確かに実力は大した事ないが、数が多いのを証明するように頻度が多かった。


「村を襲った後、生き残った人達を残してこの村に向かった……、一体どうしてなのでしょう?」


 かえって謎ばかりが増えていっているような気がするが何も分からないよりはましだろう。

 何か状況を整理する手がかりでもないかと目を凝らしながら、魔物を駆除して、歩いて行く。


 その先で、見慣れない物を発見したのはそれから数分後の事だった。


 ツェルトは他の者達へ静かにするように合図を送って様子を窺う。

 視線の先にいるのは、これまでにこの森で遭遇した魔物とは格の違う相手だった。


 筋骨隆々とした巨人の様な体に馬の頭をした魔物……ミノタウロスが、折れた木を手にしてして暴れまわっていた。


 その存在は薄暗い森の中ではかなり目立っている。


 気性が元々荒いのかそれとも何か不快になるような事でもあったのか、暴れまわるその様子は少々やっかいな状態だ。下手に近づくと思わぬ損害を受けかねない。


 どうしたものかとクレウスらと顔を見合わせていると、副隊長が何事かを囁いてきた。


「ツェルト隊長。これまでに出会った魔物の事なのですが、彼らの体に気になるものが……」


 と、そんな話をしている最中であってもおかまいなしに横から魔物が飛び出してくる。だが副隊長は顔色一つ変えずにただ突っ立っているのみだ。


 飛び出してきた魔物を他の隊員が切り伏せて、その魔物の体を見せてくる

 いやいや。魔物より驚くぞ今の。

 少し間違えたら、死んでた。


「いいのか今の」

「何がですか? 今の戦いで私が負傷する確率は三パーセント未満でした。身の安全については隊長もいるでしょうし、気にかける必要はないかと。普段の隊長達の方がよっぼど見世物のような戦い方をしていると思いますし」


 確かに反論できないような事は色々してきたかもしれないけどな。

 それでも一応女性だろ?

 もうちょっとこう、怪我をしないかとか心配にならなくていいのかと思うのだが。きっとそんな事を言ったところで数字は絶対ですとか言ってくるだけだろうし。


「それでですね。こんなものが」

「これは……」


 副隊長が示す魔物の体には、激しく見覚えのあるものだった。

 それは一見気づきにくい場所で、見落とされやすい場所でもあった。

 耳の裏や口の中。そんな場所に刻まれていた呪術の証。


「これ、ただの任務じゃないかもな」


 今、目にしている物がどういう意味を持つのか、そんな事を想像するツェルト。

 だが、碌でもない物である事実だけは確かだった。


「あ、魔物が……っ」


 そんな風に考え事をしているとアリアの声で意識が引き戻される。

 どうやら魔物に変化があったようだ。


 自分達とは反対側の方向からやってきたらしい人間達が、そこにいる魔物に何かを話しかけているようだった。


 一見すると一般人のようにしか見えないが、動きからして熟練の騎士だと推測できた。

 魔物はさっきまでの様子が嘘のようにおとなしくなり、人間の指示に従って移動していくようだった。


 どこに行くつもりか知らないが、これ以上ここで時間を潰している理由がなくなった事だけは確かだった。


「やるぞ、皆。逃がすなよ」


 隊長として指示を出したのち、そいつらの前に姿を現す。

 散開して囲み込むようにしたあと、こちらは名乗りを上げる。


「俺たちは王宮から派遣されてきた騎士だ。お前達はどこの者だ」


 だが、相手からの反応は、隠し持っていたらしい武器をこちらへ突きつける以外なかった。要するに話し合いの余地なし、だ。


「奴らを蹴散らせ!」


 連中の中の一人がそう叫んで、魔物討伐任務と追加の不審人物捕縛任務にかかる事になった。






 戦闘が始まって、数分が経過した。


 ツェルト達と敵対するミノタウロスは、強力ではあったが数で押さえてしまえばこちらの成すがままで、倒すのも時間の問題だった。

 ツェルト達が発見した時よりも何故か動きがぎこちなかったのが原因であるかもしれない。


 魔物の方は大丈夫だろう。だが、人間達の方はそう簡単にはいかない。

 一般人を装った手練れの騎士達は、この場所に地の利があるらしく森の地形を生かしてこちらを大いに翻弄してきた。


 そうして戦闘を続けて手を焼いてさらに数分。事態はまた悪い方へと転がっていった。


「一体だけじゃなかったのか!」


 森の木々の間から現れた新たなミノタウロスを前に、頭を抱えたくなる。

 追いつけていると言ってもまだ最初の一体も倒していないのに、そんな状況で追加だ。

 状況は厳しくなるのは目に見えている。


 だが、そんな場に慣れている隊員達は浮足立つこともなく冷静に指示を仰いでくる。


「隊長!」

「散開しろ、のんびりしてると食われるぞ!」


 指示を請う隊員たちへ言葉を発し、自らは先頭を切って剣を振るう。

 通常の他の騎士隊の隊長なんかであれば、後方に陣取り、部隊の動きを見て指示を出しているのだろうが、生憎ツェルトやステラはそんなタイプではない。


 自ら先陣を切って相手と戦い、その姿勢で式を鼓舞するやり方だ。

 もとより頭があんまり良くないので、そんな姿勢がちょうど良いという事情もあるが。


「らあぁぁぁっ!」


 剣戟を繰り出し一撃、二撃とダメージを与えていく。

 だが、微々たるものだ。 

 相手を倒すにはまだまだ足りない。


 ツェルトは、いったん距離を置いて周囲を見回す。

 相手が地の利を利用するならこっちだってやれることはやれねばならない。


 それからはできるだけの高い場所を選んで、相手を出来るだけ自分達より下に置くようにして戦う事に努めた。


 弱ったミノタウロスの方の対処はアリアにまかせ、新手の方はツェルトとクレウスが相手にする。

 部下達には、人間の方を担当してもらっている。


 どうにかして体勢を立て直すが、最初のものと比べて二体目は動きが素早く、少々厄介だった。


「らぁぁっ!」


 攻撃を叩き込もうとするものの、何度か空振りに終わる。振り下ろしの攻撃、無防備になったツェルトに強大な腕が振り下ろされようとするが、それを無理矢理よける。


「気を付けろよ! こいつは図体がでかいだけじゃない」

「ああ、分かっている!」


 入れ替わりに向かっていくクレウスにそう言葉をかけながら、一度全体の状況を把握。アリアの方は大丈夫そうだが、他の隊員たちの方が厳しそうだ。


「アリア、余ってる人間をあいつらに頼む」

「分かりました」


 言いながらも、目の前にいる敵から意識はそらさない。

 向かって来た巨体が繰り出す攻撃を捌き、隙をみつけては反撃を試みる。


 最近はないと思っていたが、こうして忙しく動いていると、暴政時代を思い出す。

 だが、あんな経験でもたまには役に立ってくれるらしく、今みたいな状況でもまだまだ大丈夫だと思えてくる。


 昔は笑えるくらい敵だらけの状況に放り込まれてたからな。


 そんな少し昔の光景を目の前の光景に重ねていると、そろそろひそやかに場所を移動してきた努力が実りそうだった。

 それはツェルト達がここまで通って来た道の途中にあった、川の事だ。


 湿り気を帯びた空気の匂いがだんだんと、水場に近づいてきている事を知らせてくれる。


 戦闘中でも色々考えている事はあるが、一対一でもない限り、純粋に自分よりも何倍も強い敵や状況そのものがやっかいな場合は奇策に頼りづらい。


 だが、そんなときでもできる事というのは必ず存在しているわけで……。

 力に対処するのが難しいなら、満足に発揮できないような環境に誘い出せばいい。


 ツェルトはステラ程記憶力がないので忘れてしまったが、いつだったか……奇策を用いる時は相手にやられる事も考慮しろ、みたいな事を言われていた事がある。


 だからツェルトは色々考えたのだ、戦闘中に自分が行動すれば相手がどういう事を思い、行動に出るのかを。


 色々考えて辿り着いたのは、相手のやった事をやり返す事だった。

 意識の裏をかくことができるし、うまくすれば相手への挑発にもなる。


 だから、ツェルトは地の利をいかして、川の近くへとミノタウロスをおびき寄せたのだ。


 移動したのは、水の流れる川。


「水際に押し込むぞ」


 号令をかけて、剣技を連続で繰り出していく。

 その内、武器となりそうなのを破壊することができて、相手は手ぶらになった。

 加えて川へと押し込まれた魔物は、まとわりつく水に動きを制限を加えられる事になる。


 どんなに強靭な肉体を持つ強者でも足場がままならなければ満足な攻撃はくりだせない。

 塗れた足場や水中へと移動させれば、形勢はまちがいなくこちらに有利にしてくれた。


「決めるぞ!」

「ああ!」


 留めの一撃を放って沈黙させるまでに、大して時間はかからなかった。



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