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第24話 出立の朝



 街道 『ツェルト』


 王都から離れた街道上。

 馬車を使って任務の目的地に移動しているツェルトは、つい数日前にあった事を思い出していた。

 脳裏に蘇るのは、王都を離れる前にしたステラの見送りだ。


「ツェルト隊長。顔がにやけてますよ。ステラさんの事思い出していて失敗しないように気を付けてくださいね」


 そんなツェルトの表情の変化に気が付いた仲間の一人が声を掛けてくる。

 ツェルトの隊の、副隊長的な立場にあたる女性だった。

 この馬車内にはツェルトの部隊の中の数人の部下達が同乗していて、ちょうど対面に座るのがその女性だった。


「それ、同じような事ステラにも言われたな」

「心配するところは誰でも同じなんですね」


 計算が得意だというその女性はツェルトやステラと同じ教室の生徒で戦闘能力は低いものの、脳筋であるツェルトの足りない部分を補ってくれる優柔な人材だった。


 報告書に細かく書き込むとか、資料を整理するとかが苦手なツェルトにはなくてはならない存在なのだが、たまに率直に思った事をそのまま言ってくれたりする。


 呆れているのだろう様子の女性の言葉。しかし否定する事はない。


「ステラのこと思い出しちゃったな、まだ行きだってのに……」

「しっかりしてくださいよ。ツェルト隊長は私達の隊長なんですから。どうせ見送りの時に、頑張るとか言って来たんでしょうから、言葉通りに頑張って成果を出してもらわないと困ります」


 どうしてそう見て来たかのような事が言えるのか不思議になるが、ツェルトの隊にいる人間は大体ツェルトとステラの間に何があったか当ててくるので、こちらが分かりやすいのだと思うしかない。


「私の見立てによると通常時の150パーセント程は余分に力を出せるかと、効率は130パーセント増しで……」


 何やら平常時よりやや熱心そうな表情になって、数字の世界に入り込んでしまった部下を意識の外に置いて、ツェルトは数日前の出来事を思い起こしていた。

 別の馬車にはクレウスやアリアも乗って。同じ目的地へと向かっている。だが変化の乏しい状況に飽きて、案外同じような事を考えて、過去を回想してるのかもしれない。





 王宮 通路


 時間は巻き戻る。

 時刻は早朝。

 特別な任務が入ったため朝早くから、ツェルトは準備に追われていた。


 一応期間に余裕をもって数日前から伝えられていたので、そう慌てる事ではないのだが、それでもステラへ挨拶する時間を作ろうと思うと、どうしても急いで支度をしなければならなくなるのだ。


 騎士舎の部屋を飛び出して、王宮にあるステラの部屋へ。

 ステラの活躍が主に目立つと言えども、一応国を救った英雄とも言えなくもない立場のツェルトだが、未だに王宮で暮らすことはない。


 裕福な暮らしには正直慣れそうになかった。

 それはツェルト・シルベールとして走り回った時に思い知ったからだ。

 というより、生活以上にその時のステラに関するアレコレを思い出してしまうので、たとえ王に言われても申し訳ないが願い下げしたい。


 王宮のステラの部屋まで言って、部屋のドアを叩く。

 すると彼女は待っていてくれたのかすぐに顔を出してくれた。

 そういう事をされると少し嬉しくなる。

 男性騎士舎まで行こうかと言われたのだが、さすがに朝早くからうろつかせるわけにはいかなかったので、ツェルトがこうしてステラの部屋へと赴くことになった。

 そのかいはあったらしく、少しだけ眠たそうなレア姿を拝むことができた。目に焼き付けておかねばならない。


 ツェルトはそれから少しだけの時間を使って、彼女と他愛のない話をする。

 時間はあっという間だ。しばらく会わないのだからと我が儘を言って彼女を抱きしめる。


 すごく抱き心地いい。

 もっと触りたくなるが、しかし止まらなくなりそうなのでそれ以上は自重した。


「じゃ、行ってくるよ」

「気を付けてね、忘れ物はないわよね。ちゃんと身だしな気をつけてるわよね」

「こうやって未だに学生時代とおんなじ事聞かれるんだよな」


 挨拶をしに来るたびに念を押されるという現実に肩を落とす。そんなツェルトの姿を見つめながらも、ステラは念入りに確かめに入っている。

 こういう風になるともう、甘い雰囲気とかはどっかへ行ってしまう。恋人というより兄弟みたいに見えてはなはだ不本意な気分になる。


「というわけで、ステラ成分補充と」

「何?」


 服についていたらしい糸くずをとってくれているステラの頭をなでなでする。

 力加減はばっちりだと思う。

 ステラは目を細めてくすぐったそうに、けれど嫌ではなさそうな表情をする。

 何度も何度も撫でまわした経験によって、ステラがちょうど良いと思う感覚を習得したからだ。 


 早朝という事もあって人気もない事から、思う存分撫でられた。


「そうだステラ。お願いがあるんだけど、ちょっと俺ステラがいなくて寂しくなる予定だから、再会したときに俺が何かご褒美考えてくれね? その分頑張るからさ」

「そう? 頑張ってくれるなら……、いいわよ。仕方ないものね。気合入れて考えておくわ」

「仕方ないのか? それはちょっと俺傷つく」

「え、えっと、そんな事ないわよ。今のは言葉の綾で、……仕方なくなんか。ツェルト? あ、からかったわね。もう」


 慌てて言葉を探したり、こちらの機嫌を窺ったりする様子が可愛くてツェルトは少しだけ笑ってしまい、怒られた。


「本当は……もうちょっと後にしておこうと思ったんだけど。そういう事ならとっておきのを用意して待っているわ」

「ほんとか? よっしゃ。俺、超がんばる子になれそう」

「はいはい。もう、調子のって失敗しないようにね。仕事だから頑張るのは当然でしょう?」


 ステラはツェルトが調子になりそうになるとお姉さんぶってたまに窘めてくる時がある。


 ツェルとの性格上、軽口叩く時ならそれなりにあるが、実際それでへまをやった事などあまりないのだ。

 そこはもう少し信頼して欲しいと思ったりもする。


 学生の頃なんて恋心に気づいてくれるだけで奇跡ぐらいに思っていたのに、最近はそんな事も考えるようになってずいぶんと贅沢になったものだと思う。


「それなりに長いのよね。本当に気をつけて」


 寂しそうな表情をするステラを前にすると、たまにちょっとからかたり意地悪をしたくなる時もある。


 新しい表情や反応をもっと見て見たい、もっと色んなステラを知りたいと思う。それは仕方のない事なのだろう。

 幼なじみで、長い間一緒にいたとしてもまだまだ知らない事なんてたくさんあるのだから。


「そんな顔をするなって、ステラ。できるだけ頑張って早く帰ってくるようにするからさ」

「うん、待ってるわ」


 ええとかそうね。とかじゃなくてうん、だ。

 ここは重要だ。

 常日頃しっかりした喋り方をするステラだが、中身はもうちょっと外見よりも下なわけで、心を許している相手に対してとか、熱が出たり弱っている時とかはこんな感じになる。


 それがツェルトとしてはかなり嬉しい事だったりする。


 信用されてるって事だもんな。 


 安心させるように笑いかけながら、言葉を続ける。


「アリアの元の家の所の領地らしいんだ。だからたぶん大丈夫だろ」

「ツェルト、それは大丈夫じゃないわ。だってアリアよ」

「あー」


 選んだ言葉を間違えたようだ。苦笑に変わる。


 ステラに負けずおとらず難事に定評のあるアリア。

 その名前を聞くだけでも、もはや一筋縄ではいきそうにない気配が漂って来た。


「じゃそろそろほんとに、行ってくるな」


 そう言って最後にもう一回ステラを抱きしめて、どさくさ紛れに口づけを交わして、ツェルトはその場を去っていく。

 後ろを振り返れば小さく手を振ってくれるステラがいてくれて、可愛かった。


 正直任務を受けた時に少し聞いたアリアの話からして、その場所の領主がかなり嫌な人間そうで、少し不安だったが、今の時間のおかげでかなり元気をもらえた気がする。





 空中庭園 『クレウス』


 そして同じ時間、いつもステラとユリシアが占いの勉強をしている場所では、ツェルトと同じ任務を受けたクレウスとアリアが話をしていた。

 ツェルトと共に任務を受ける事になった二人は、出発の前に時間を作る事にしたのだ。

 クレウスは隣に並ぶ女性の顔色を窺う。


 時間を作ったその理由は、彼女と今回受けた任務の内容にあった。


「今回の任務の行先は君の生家か」

「はい、今回の任務の元の原因はそこにあるみたいです」


 いつもより少しだけ顔色の悪いアリアの肩を抱くクレウスは、心配そうに声をかける。

 まだ気温の低い朝の空気が二人の体を風となって時折りなでていく。


「大丈夫か、アリア」

「心配しないでくださいクレウス。私は大丈夫ですから」


 アリアは気丈そうに振る舞うが、その様子は幼なじみであるクレウスには無理をしているようにしか見えなかった。


 ツェルト達とアリア、そして、クレウスの隊での合同任務。

 今回自分達に言い渡された内容はこうだった。


 王都から四、五日あるムーンラクト領にて、強力な魔物が発生、近隣の村や町で被害が発生した。

 近くの森を根城にしているその魔物を討伐しなければならない。

 ……とまとめれば、大体そういうものだった。


 強力な魔物、と言われている様に、現地ではかなり扱いに困っているらしい。

 詳細はあまり伝わっていないらしいが、騎士団一つで足りないと言っているのだから相当なものなのだろう。

 なので通常時の任務よりも、多めの人数で当たる事になり、三つの騎士隊が向かう事に決まった。


 だから、ツェルトの隊にムーンラクト領で生まれ育ったアリアとクレウスが同行するのだ。


 だが、その場所はアリアにとって特別な場所でもあった。

 良くも、悪くも。 


「本当に大丈夫か、アリア」


 心の内を素人アリアの瞳を覗き込むクレウスだが、その目は強引にそらされてしまう。

 アリアは半歩身を退いて、表情を見せないように顔もそむけてしまった。


「小さい頃の記憶しかありませんから、うろ覚えなところもありますけど。屋敷より付近の町の方が良く覚えてますから、道案内は任せてください」

「僕が言っているのはそういう事じゃない。アリア、君自身の事だ」


 半歩分開いてしまった距離を詰め、クレウスはアリアを背後から抱きしめた。

 腰に回した手にアリアの手が添えられる。

 けれど彼女は表情を見せまいと前を向いたまま、こちらを見ようとはしなかった。


「無理をしているんじゃないか?」

「ごめんなさい、ちゃんとクレウスの優しさは分かってます。何年一緒にいると思ってるんですか。だから、それも含めて大丈夫です。いつまでもあの場所から、自分の過去からは逃げていられませんし……」


 そう、アリアは今まで何度も機会が合ったにもかかわらず、自分が生まれ育った屋敷へ……屋敷の近くへすら言った事が無いのだ。

 けれど、それでは駄目だと彼女も思っていたのだろう。

 今回の任務はそれを乗り越えるいい機会だとも言っていた。


 アリアはようやく顔を巡らせてこちらへ振り返る。

 そして、先ほどよりは柔らかくなった表情で微笑んだ。


 自分たちの利益の為に、他人を簡単に犠牲にし、時には身内でさえも切り捨てるというアリアが生まれて数年間住んでいた屋敷の人間達。彼ら達の事をアリアは好きではない。


 だが、そんな感情でいては騎士の任務など務まらない、とアリアはよく口にしている。


 助けるべき人たちの為に、その人達が安心して住める世界に、そう言ってここまで剣を振って来たアリアは、いい加減過去と何らかの決着をつけるべきだと思っているのだろう。

 彼らともう一度向き合って、言いたい事を言い、当てるべき罰を与え胸の内のわだかまりをなくすべきだと。


「ねぇ、クレウス。この間レイダスさんとお話しした時の事覚えていますか」


 腕の中にいるアリアから振られた唐突な話題にクレウスは、曖昧に頷いてから思い出す。

 それは確か、数日前に空中庭園で居合わせた時の事だ。


『あの金髪女よりぁ、テメェと話してる方がまだましだな』と。


 金髪女とは、おそらくステラの事だろう。

 金の髪の女性など探せばいくらでもいるだろうが、レイダスがわざわざ話題に出す……それも女性ならステラの事しかないはずだ。


 そのステラよりもアリアの方が楽だ、と。

 その時彼女はレイダスに言われたのだ。


 表には出さずとも、憎むべきものを憎み、気に入らない物を気に入らないと主張するアリアの目が、彼は気に入ったのだと言っていた。


「クレウスは私の事どう見えますか?」

「どうした? 突然」

「私は大切な人を守る為に騎士になり、そして今は大切な人達を守る為に剣を振るうようになりました。ですけど、その思いが時々憎しみで穢れてないか心配になるんです」


 こちらの腕をほどいたアリアは、今度は向かい合って真正面から見つけてくる。

 不安に揺れる瞳が、クレウスのそれと合う。


 自分の心を差し出す代わりに、クレウスの瞳に移る感情を精一杯読み取ろとしているのだろう。


「君の剣が穢れてるなんてそんな事あるわけがない」

「そう言ってくださるのは嬉しいです、けど……」


 彼女の剣は精一杯の優しさと思いやりで満ちている。

 そうでなければ、戦う事が得意でも好きでもない彼女が努力だけでここまで上り詰められるはずがないのだ。


 けれど、アリアの瞳の光は不安に揺れ続ける。

 今ここでクレウスが何を言っても、おそらく彼女の心には届かないだろう。

 目の前の任務の事でこの先立ち向かわなければならない事で、きっと余裕をなくしている。


 クレウスは彼女がいつか打ち明けてくれた過去の事を思い出す。


 王都の学校で学生だった時に、誰もいない教室で二人きりになる事があって、その時に打ち明けられた話だ。


 月の輝く綺麗な夜だった。

 たまたまアリアが巻き込まれていた事件を解決する為に夜の校舎に忍び込む事になったのだが、良い機会だったのか、その時に話してくれたのだ。

 クレウスはアリアの幼なじみではあるが、出会うより前の事は彼女が話したがらないという事もあり、あまり知らないでいたのだ。


 あれは学校を卒業する少し前のことだった。


『……

 叔父様の陰謀で遠出していた私達の家族は、夜盗に追われる事になりました。

 私をかばって倒れた二人。

 あの時、お父様とお母様は形見にペンダントを下さり私を崖から突き落として逃がしました。

 川に流されながら見上げたはるか頭上で、人の血が散った瞬間を私は一生忘れることができないでしょう。


 幸いにも、下流まで流された私は通行人に発見されてその人達の元で暮らすことになりました。とても、良い人たちだった……。突然日常にまいこんできた私にも……、たくさん良くしてくれて。でも、そんな場所も魔物の群れに襲われて失ってしまいましたが。


 助けに来てくれたクレウスと一緒に逃げながら、破壊されていく町の様子を見て……。

 このまま弱いままでいてはいけない。そう思い私は剣をとりました。


 ですが、騎士学校の二年の時、私が生きている事を知った叔父様は、再び私の命を狙ってきました。

 幸いにも、その時は学生として優秀な成績を収めていた事や、課外授業の際に咎華(とがはな)と対をなす呪いの剣、血染(ちぞ)めの剣を回収した功績により、手を引いてもらえましたが……。


 およそ一般的ではない人生を送って来た私は、いつの間にか人間の本心を恐れるようになってしまったんです。


 幼い頃からずっと傍にいてくれたクレウスは信じられます。

 ステラさんやツェルトさんも。クレウスと比べればそれほど長くはないですが、真っすぐな態度でいつも接してくれて、心の内を考えなくても良かった。


 けれど、それ以外の人達はやはり怖いんです。


 優しい笑顔で誕生日をお祝いしてくれた叔父様は私たち家族を殺そうとしました。

 貴族である私を迎え入れてくれた村も、魔物の群れを前に醜く争いをしました。


 私は、……この先も、人を信じて、大切な人の為に剣を振っていけるのでしょうか。


 憎しみに捕らわれずにステラさん達のように騎士としてやっていけるのでしょうか

 ……』


 長い話を、そんな事を。

 クレウスはアリアの口から聞いたのだ。

 そしてその事はまだ今でも悩んでいる事だろう。


 その後もなんだかんだと色々話をして、結果的にアリアが告白してくる流れになり二人は付き合う事になったのだが、その時……あの打ち明けられた話についてクレウスは、納得できるような言葉を彼女におくれていないのだ。


 きっと今でも言葉を紡いだとしても彼女の心には届かないだろう。分かっている。

 だが、だからといて最愛の人に気持ちを伝える事を惜しむクレウスではなかった。


 たとえ伝わらな方としても、重ね続ていけばきっといつか届く事もあるはずだと、そう信じて。


「アリア、君は大丈夫だ。この僕、クレウス・フレイブサンドが認める、そして愛するアリア・クーエルエルンがその程度の困難で立ち止まるわけがない。僕はそう信じている」

「クレウス」


 全て伝わらずとも、せめて己の心が一欠けらでも伝われば、と。


「君は一人じゃないし、一人にさせたりはしない。君なら、絶対大丈夫だ」

「……ありがとうございます、そうですね」


 やがて出立の時間が着て二人は空中庭園を後にする。

 この先の、少々手こずりそうな予感のする今回の任務へと向かうために。



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