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第23話 甘くて苦い恋の味



 王宮 私室 


 そんな少々いつもとは違う過ごし方をした日の夜。

 気合を入れて頑張ったおかげかどうかは分からないが、ニオは夜の時間に第二の休憩時間を手にする事が出来た。

 そして何とも嬉しい事に、久しぶりにだがエルランドの手も空いて、二人でじっくり話をする機会ができたのだ。


 王宮の中でも一番に広くて豪華なその部屋へとお邪魔する。小さい頃から何度も足を運んだ部屋だ。 

 彼の私室に何の遠慮も問題もなくお邪魔できるのは護衛という立場の特権だろう。


 こんな嬉しい時間の半日前には、ステラとリートが何やら真剣な表情でとんでもない報告をしてきたが、それはいったん聞かなかった事にする。うん今だけ忘れよう。


 ニオの来室に挨拶をしたエルランドは今日あった事で、ニオの耳に入らなかった事を報告する。

 小さな白いテーブルを前にして、二人並んでお喋りをする。

 目の前にはちょっとしたお菓子とほのかに湯気がたつ香りの良い紅茶。


「遺跡の方は何とかなりそうですよ」


 護衛と言ってもいつも四六時中傍にいるわけではない。

 だからこうして、時間があった時には何があったか教えてもらうようにしているのだ。


 今現在、護衛の人数はニオ一人ではない。

 国の頂点に立つ最重要人物をたった一人で警護するというのは無理な話だ。

 それでなくとも今は大事な時期、何かあったら元王の時代に逆戻りになる可能性がある以上、そうなるのは当然の事だろう。


 他にも何名かの人間が同時に張り付いている事もあるし、交代でついていることもある。

 ニオは浅内頃からエルランドと一緒に育ってきた背景があるから、多少はその時間が多いかも知れないがそれでも、一日中一緒に……ということは中々ないのだ。


 そういうわけで、こうして話をする時間が必要だった。


 まあ、ニオは別に一日中一緒でもいいんだけど。

 エル様的には寝る時や入浴する時までいるわけにもいかないしねー……。


「魔物が外に出てくる様子もないようです。でも、フェイスは相変わらず各地に出没してるみたいですね」

「大変だよね。空気読んで活動して欲しいよ」

「ニオ、相手はあの有名な大罪人なんですから、それは無理だと思いますよ」


 二人っきりで、誰の目も気にせず会話できる時間はニオにとっての最上のご褒美だ。

 最近は仕事がちょっと続いていたし、何よりユリシアがちょっかいかけてくるしで、中々気が休まらなかったが、これでもう後半月分くらい余分に報われると思う。


 けれど、とニオは楽しそうに話すエルランドの顔を見つめる。


 エルランドが今は誰も相手を選ぶつもりが無いのだったらまだ良いが、もし他の女性……ユリシアの事が好きだったらどうしようかと、悩まない日はなかった。

 正直本心が知りたくてたまらないでいる。


 ……エル様は誰が好きなんだろう。


「ニオもごくろうさまです。最近はずっと仕事で忙しかったのですよね。ごめんなさい、僕がもっといろいろ要領よくできればニオの仕事も減るんでしょうけど」

「そっ、そんな事ないよっ。エル様はよくやってるもん。一番近くでニオが保証するよ。エル様以上に上手くこの国を動かせる人なんていないんだからね!」

「あはは、お世辞でも嬉しいですよ」


 お世辞なんかじゃないのに。


 こうしてみると気弱な好青年にしか見えないエルランドは、国の重要人物を相手取る時は打って変わって頼もしくなる。

 若いけれど聡明で、決して自らを驕らず、かといって卑屈になる事もなく、堂々とした態度で相手と接している。


 元王グレイアンの統治の影響で荒れ果てたこの国を、瞬く間に再生してしまうその手腕は、賞賛こそすれ文句など出るはずもない。


「ニオなんかより、エル様は疲れてたりしないの? 色々大変でしょ? 眉間に皺をよせた十士(じゅうし)の人達や鼻持ちならない感じの貴族を相手にしなくちゃいけないんだから」

「大丈夫です。これでも相手の考えを読むのは子供の頃から得意でしたから」

「人の顔色を読んで過ごしてたからだよねー」

「ニオは時々、意地悪を言いますね」


 そこで拗ねた顔をしてみせるエル様の顔を狙ってるからね。

 ニオはえへへー、ときっと笑顔の表情になっているだろう。


 今日のイジワルはエル様限定の特別仕様だよ。

 何て言っても、彼は喜ばないだろうけれど。


「知っていますか。今日アルネさんから聞いた事なんですけど、十士(じゅうし)という言葉は、初代勇者に付き従った十人の(しもべ)の事を言い表すらしいですよ」

「えっ、何それ。凄い初耳。初代勇者様って(しもべ)使いだったんだ」

「しもべつか……? ええと、とにかくそんな大昔にあった出来事が意味や形が曲がっていても今につながっているだなんて、不思議な心地になりますよね」

「そうだね。ニオやエル様だって、昔の人がどこかで何か間違えてたらここで出会ってなかったかもしれないし。うーん、それはやだなあ……」


 言いながら思う。

 それは本当にすごく嫌だ。


 間違い、何て言うのは自分たち中心でアレだが、それでもニオにとってはエルランドと出会わない選択など、正解とは言えないのだから間違いというしかないだろう。


「ステラさんはそんな何代も続く歴史を受け継いで勇者でいるんですね。どうでしょうか、彼女は何か不満な様子を見せていたりはしませんか?」


 これがエルランドでない別の王なら、別の意味を勘ぐっていたかもしれないが生憎目の前にいるのはニオの幼なじみだ。

 裏の意味などなく純粋に心配しているのだろう事は分かっていた。


「うん、大丈夫だよ。ステラちゃん、たまにちょっと暇そうにしてるくらいだもん」


 それで花嫁修業に精を出すようになったんだもんね。

 忙しいこちらの身としては羨ましい限りだが。


 そう答えてやればエルランドは、やはりほっとした表情を見せる。


「そうですか。彼女には返しきれない程の恩がありますしね。彼女がいなければこの国は未だグレイアンの手の中にあったでしょうから」

「そうだよね。ほんとステラちゃんって自覚ないけど、凄い事やっちゃったんだよね」


 そんなステラだが、グレイアンが打倒されるかなり前からエルランドは気にかけていた。

 王宮を離れて潜伏してる最中に、自身の意気がかかった兵から、何度耳を疑うような任務に駆り出されても毎回無事に帰って来る彼女。そんな存在を知ってエルランドは、反撃までの長い潜伏期間を乗り切ったのだから、たぶん人として尊敬しているのだろう。


「ちょっと焼けちゃうくらいだよ」

「何か言いましたか?」

「ううん、なんでもなーい」


 ニオは笑ってついこぼしてしまった言葉をごまかす。

 エルランドはただ優しくて誠実なだけだ。ステラを気にかけるその感情に、邪推するようなものはないという事を誰よりも自分が一番よく分かっている。


 最近はユリシアがウロウロしているから、つい良くない方向に考えてしまいそうになるのだろう。


「そろそろエル様が何やってるか、ニオに話してくれてもいいと思うんだけどなあ」


 ニオは精一杯練習した女の子が作れる可愛い顔をして見せて、上目遣いで言葉を話したのだが、効かなかった。ここ最近で一番力を入れた行動だったというのに。

 エルランドは、申し訳なさそうにするだけだ。


「ごめんなさいニオ、それはもう少ししたら話せるはずですから、もうちょっとだけ待ってほしいんです」

「うん」


 幼なじみって損!


 たぶん常日頃一緒にいたせいで、効き目が半減してしまっているのだ。

 ニオは、大人しく心の中で怒ったり嘆いたりするものの、見た目上では頷くしかない。

 我が儘を言う事もできなくはないが。エルランドの負担にはなりたくないし、困らせたくなかった。


 その代わりこれくらいは許してもらってもいいはずだ。


「エル様、小っちゃい頃にしたみたいに、ちょっと遊ばない?」

「え?」

「ほら、よくおままごととかして遊んだじゃん。ニオは新妻で、エル様は旦那様」


 妻ではない、奥様でも奥さんでもない、新妻という所が大切なのだ。

 初々しさを演出しなければ、相手に意識してもらえない。


 再びお願いの視線を送るニオを見て、エルランドの感情は揺れ動いているようだった。


「えっと、でも」

「良いじゃんやろーよ、ね? お願い」

「分かりました……」


 やったね、ニオ。今度のは成功。


 さっそく勝手知ったる部屋から子供の頃に使っていた道具を引っ張り出す。


 おままごとと言っても、やる事はそんなに多くない。

 その日の気分でいつも適当に内容を決めていたからだ。


 それは誰が?

 もちろんニオがだ。

 泣き虫な子供時代のニオだったが、おままごとは女の子の遊びなのだ。

 ニオが仕切らなくて誰がやるのか。

 まあ、遊びだったら大抵の事はこちらが主導でやっていたのだが……。


 エルランドを玄関まで引っ張って、いつもやる所から入る。

 おままごと開始だ。


「じゃあやるね、エル様。はーい、あなた。きょうはお疲れさまっ」

「う、うんただいま」


 引っ張り出したエプロンを身に着けて出迎えるのは、仕事から帰って来た風を装い部屋のドアの前に立つエルランドだ。さっそく駆け寄って、抱きついて、ついてに頬ずりもする。


「浮気とかしてないでしょーね。ふむふむふむ」

「く、くすぐったいよニオ」


 口紅とかが付いてないかと、エルランドの服装を確かめていく。

 合法的に至近距離に近づける機会だ。逃すニオではない。

 そしてべたべたしながら定番のセリフを喋る。


「うん、本日もニオ一筋だねエル様……愛妻家! じゃあ、お風呂にする? ご飯にする? それとも、ニオにするー?」

「ええっと、じゃあご飯で」


 ニオという選択を選んでくれなかった事を少々不満に思いつつも、言われた通りおもちゃのご飯……ではなく、お菓子と 飲み物を用意する。そこまで、子供の時のおままごとを再現しなくてもいいだろう。


 でも、幸せだ。

 こんな風にエルランドを家庭を築けたらな、と夢想する。

 王様だからそれは無理だろうという事は分かっているけど、それでも憧れは消せないのだ。


 ニオは、一度離れたテーブルに着くエルランドに新しい紅茶を淹れてやる。

 そしてこちらは体面に座って、肘をついてにこにこしながら相手を眺める。この姿勢は外せない。おままごとといったら、こうやって相手が食べるのが定番だとお母さんが言っていたからだ。

 いつも遅くに食堂にやって来る父を捕まえた理由がこれだと言ったのだから間違いない。


「どう、あなた美味しいー? どうかなどうかな」

「美味しいです。ニオが入れてくれた紅茶も、お菓子も。とても気持ちがこもっていますから。美味しくないわけありません」

「そ、そうかな。えへへ……」


 にっこりと微笑みかけられれば、ニオは照れるしかない。

 これはエルランドの素だろう。

 こういう誠実で、正直な優しさがある所がニオは好きだ。というか大好きだ。


 王宮で過ごしていると、大人達の嫌な面などを見る事も多い。後ろ暗い話を聞いたり、陰謀に巻き込まれそうになる事もある。

 そんな中で、一番近くにいるエルランドの心に何度救われた事か。


「えへへー、ニオはねー。エル様の事が大好きなんだよー」

「僕もニオの事好きですよ」


 だけど、その気持ちを正直に伝えても、今忙しいエルランドは困るだけだろう。

 だから、こういう機会にそっと伝える。

 それで満足だった。


 相手は国の王様、そしてこちらはただの護衛。

 身分差は恋愛の物語では、話を盛り上げるための要素となるが、実際それに踏み切るには勇気がいる。


 怯えてるばかりのニオにはさよならをしたつもりなのに、やっぱり恋愛は怖いかな。

 

「ニオも喉乾いていませんか? 今日も大変でしたから、もう少し一緒に飲みましょう?」

「うんっ」


 ただ一人のニオの大事なひと。

 あなたに今好きな人はいるのかな。

 それはニオ、それとも他の誰か?


 もし許されるのなら、ずっと自分を傍において欲しい。


 エルランドの隣に座って飲んだ紅茶は、甘くて、少しだけ苦かった。



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