第22話 つかの間の休憩に
王宮 会議室 『ニオ』
王宮の室内。ドアに程近い場所では、食べ物をつつくニオの姿があった。
食堂から持ってきたトレイの上では、そこで勤めているいじわるな母から強引に(ニオの職務上、表立って親子として接する事がはできないせいもあった)苦手な物が盛られていていつもより三割増しで混入している。
「はあーもう、久しぶりに話したかと思えばお母さんってば、料理ちゃんとしなさいだもんなー」
その日、忙しい任務の合間をぬって行動していたニオは、手早く昼食を済ませる為に庭園のベンチではなく、会議室にて不満げに頬を膨らませながら食事を採っていた。
ステラがいたら一緒に食べようと思ったのだが、何か急な用事でもあったのか見当たらなかったのだ。アリアやクレウス、ツェルトも任務で遠出しているので、話し相手の存在しないこの時間は、ニオとしてはつまらない時間だ。
過酷な仕事の合間にある休み時間で、楽しく人と話すのが何よりもニオにとっての息抜きとなるのだが……、中々そうはいかないらしい。
「あっ、いーところに」
しかし、そんな彼女を憐れんだのか運命の女神が微笑んで女の子を寄越してくれた。
この際ツェルトでも、クレウスでも構わないと思っていたが、やはり本音を言うなら同性が良かった。
ステラもアリアもそういう事はあまり気にしない方とは言え、彼女持ちと一対一で仲良く話すのは避けた方が良いだろうし、何より男性とでは話があまり合わないのだ。
そういうわけで部屋にやって来たのは、当たりの方のカルネだ。
「ニオ・ウレム。貴方でしたか」
書類を持った彼女は、この会議室に誰かの忘れ物を取りに来たようで、立ち寄ったみたいだった。
なぜそれが分かったかというとカルネが探して手に取ったのが、明らかに忘れ物が彼女らしくない派手な小物だったからだ。
あれはたぶんユリシアの物だ。まったく自分で取りにこればいいものを。
というより彼女が会議室なんかで話す事などあるのだろうか。そう言えばアルネもちょっと前まではこの部屋を利用していたようで来る時にすれ違ったけれど。
いつもエルランドの傍で、取り合いをしているニオからすればそんな人物と会話している様子などまるで想像できない。
「また仕事が続いているようですね。少し顔色が良くないように見えます。護衛の仕事も中々大変なのでしょうね」
「うんうん、大変なの。だからちょっとでいいから気分転換というか息抜きに話し相手になってくれないかな?」
「しかし……」
「いいからいいから、ユリシアには後で言っておくから」
忘れ物の事を気にかけているカルネだが、逃がすものかとニオは立ち上がる。
そして強引に押し切って会議室に並べてある椅子に座らせてしまう。
ユリシア何て一時間でも二時間でも待たせておけばいいのだ。
こっちはあと半日乗り切るための癒しが枯渇していて大変なのだから。
「はあ、まあいいでしょう。あちらも危急の用ではなさそうでしたし……」
「そうそう、大した事ないんだよ。それでねー」
早速ニオは確保したカルネに質問をぶつけて、まず真面目な話をちょっとふってその場に慣らし、脱出しにくい流れにしていく。
狙った獲物を簡単に逃さない為なら、あえて頭の痛くなるような話題だって振ってやるのだ。
「ほんと、お互い大変だよね。もう、ニオは毎日へとへとだよ。それが仕事だって言っちゃったらそれまでなんだけど……」
そうやって昼食を食べながら、この間の女子会の事や仲間の事を話していく。昼食時に女子二人が喋る内容としては、それは癒し効果として十分だったのだが、しかし途中から雲行きが怪しくなり、後半になるにつれて徐々に内容が重くなっていった。
「あの……今朝、お父様と話をしてきたのですが、今はまだ何をしているのか話せないと言われてしまって。私はどうするべきなのでしょうか」
カルネは父親の事を心配しているようで、最近はその父であるアルネに何か悩みがあるならと聞き出そうとしているらしいのだが、うまく言ってないらしかった。
あー、音のないため息を吐かないでカルネちゃん。空気が重くなってっちゃうよ。
そんな事をこちらが考えているとは知らない彼女は、沈んだ声音で続きの言葉を語っていく。
「前に一度ステラに悩みを相談された事があったのですが。しかし私は彼女の善意に甘えて話に踏み込めず、手を貸す事ができませんでした。それによって、フェイスの罠によって不快な目に遭わせてしまい……。私はもう少しお父様に踏み込むべきなのでしょうか? ですが相手の方にも事情があるでしょうし」
「ええーと、うーん」
カルネは真面目だ。
話していれば真面目よりの話になる事になぜ気づかなかったのだろ。
いや、気づいてはいた。それでも一人でいるよりはいいと思ったのだ。
相手も本気で悩んでいるのは分かる。できれば手助けしたいという思いもこちらにはある。
だが、重い空気は苦手だった。
これではニオは困ってしまう。
そんな風に、ちょっと昼食中にするには重い類いの雑談をしていれば、部屋の外から通りかかったらしいステラの声が聞こえて来た。
ちょっといつもより声が大きいので話の内容が良く聞こえてくる。彼女は疲れているのかもしれない。それとも怒っているだろうか。
加えてニオ達が比較的入り口の方に陣取ったので、声が聞き取りやすかったのはそれもあるだろう。
珍しい事に部屋の外を歩くステラの隣には、あのレイダスがいるようだった。彼の声も続いて聞こえてくる。
狂暴生物が、だ。ほんとに珍しい。
「もう、貴方……、本当に何でツヴァン先生を目の敵にしてるのよ、困ってたわよ」
「はっ、てめぇには関係ねぇだろ」
ステラ達は会話が聞かれている事にも気づかない様子で話をしている。
相変わらず二人の仲は険悪なのだが、あれでもまともに受け答えができるようになった方だ。
レイダスはあんなだから自分が認めた人間にしか喋らないだろうし、興味がなければそもそも口を開かない。
ニオだったらコミュニケーションをとることすら不可能だろう。したいとは思えないが。
そういうのは早々に諦めてしまった。
けれど、ステラはレイダスの強さに興味があるようだったから、今でも何度か話しかける事があるのだろう。
常人なら、うるせぇ話しかけんなアッハイ、みたいに終わってしまうものを。こうまで続けられるとはさすがステラだ。
猛獣とかたまに言ってるのは聞くけど、ステラちゃんってレイダスをそう言いつつもしっかり横に立っていられているし、話しかけられもするし、結構怖い物知らずなんだよね。
「ガキの頃だって、俺は弱くなんかなかったんだ。スラムのガキどもの中でも一番だった。なのに、あの野郎は俺様に飯を恵もうとしてくれやがっただけじゃなく、馬鹿な事まで口出ししやがった。腹が立ったから、適当にぶっ殺そうと思っても、まともに相手にしやがらねぇし、いつも逃げやがる。脅そうがつけまわそうが、まるで屈しやがらねぇ。他の人間はビビって、すぐに俺様のことを認めたのに、あの野郎は」
「それってストーカよ。困るわけだわ」
レイダスはいつになくイライラした口調で喋っているが、あんな風に長々と自分についてしゃべる事なんて記憶の限りではなかったはずだ。
ケンカしてるだけのようにしか聞こえないけど、長い目で見ればレイダスも変わっているのだ。
ちょっと興味が湧いたニオは部屋の扉を開けて、今まさに通りかかって遠ざかっていく二人の背中を見つめる。
「あの野郎は、こうも言いやがった。もし、俺が家庭を作ってたらお前みたいな子供が生まれてきて手をわずらわされたんだろうな……とかな。ざけんじゃねぇ、テメェの感傷の道具にすんな」
「それで、学生だった時も迷惑かけてたのね。たまに先生が挙動不審になる時があったけど、貴方に狙われていたなんて。同情するわ」
先生、とはニオの学生時代の担任でもあったツヴァンの事だろう。
どうやらレイダスの触れてはならない類いのプライドに触れてしまった昔話らしい。
子供の頃から一匹狼だったとは。
彼の性格は筋金入りみたいだ。
そのまま二人の姿は遠くへ通り過ぎていく。
会話をしている内容が衝撃内容だったとか、その内容が話されていたこと自体に衝撃があったりとかで、声をかけられなかった。
まあ、呼び止めてまで言う事があったとしても、大したことがないので別に構いはしないのだが。
ニオは、振り返って室内で行儀よく椅子に座っているカルネを振り向く。
ステラの話だと以前だったら、ものすごい顔してそういう事は注意されていたみたいだが、彼女はずいぶん丸くなったらしい。
「盗み聞きは感心しませんよ」
あ、やっぱり注意はされちゃうよね。
気のせいだったみたいだ。
だが、本気で怒っているようではなく、カルネのそれは軽く窘める様な口調だった。
もっと、まずい……人に聞かれては困るような類いの話だったらこうもいかなかっただろう。
ステラ達も、そうならもう少し声を潜めていただろうし。
「ごめんね。でもステラちゃんって、近くにいるとすごいなーって思う事ない?」
まさに今みたいに。
「貴方もですか。ええ、ありますよ。彼女自身は気づいていないのでしょうけど。その影響は多くの人間に及んでいると思います」
なにやら難しい表現で言われてしまったが、要するにステラに関わると皆が皆変わらざるを得なくなる、みたいな事を言ったのだろう。
ツェルトはよく分からないが、目の前にいるカルネも、アリアやクレウス、学校の友達などや、エルランドでさえ、ステラの影響を受けて以前とは変わっているのだから。
……ニオだって、ステラちゃんのおかげでたくさん強くなれたし、臆病な自分とちゃんとさよならする事が出来た気がするもん。
「ステラちゃんはまるで物語の主人公みたいだよねー」
「そうですね。勇者などでなくとも、彼女は多くの者から人望を得て、努力を積み、様々な物を変えてきているのですから」
うん、何だか半日どころかもう三日ぐらい頑張れそうな気がしてきた。
部屋の中の椅子に戻ったニオは、残り少ない時間を有効活用するために、雑談へと戻っていく。
「そんな主人公なステラちゃんは、最近はツェルト君の為だけに花嫁修業してるみたいだけど、うまくいってるのかな?」
「そうですね。まだまだその道の玄人には程遠いでしょうが、上達には目を見張るものがありますよ。この間などは……料理をしている時に包丁を剣のように扱いだしましたからね」
「ええっ、何それステラちゃんどこ目指してるの?」
つかの間の休憩の間だけだったが、ニオはいつも通りに体力精神力ともども養って、また午後の仕事にと励む事ができた。