第21話 証拠探しの果たし状
とりあえずその場の混乱を収めた後で、ツヴァンへと挨拶しようとしたら、レイダスが割り込んで斬りかかっていこうとした。
そうするくらいには、過去に何かがあったのだろうと思ったのは事態を収束させたたった数分後。
リートがいないので止めるのに苦労したから。
「先生、ありがとうございます、助かりました」
「そういうお前も野生児と同じく何で不満げなんだ」
「試験の時、手加減していたんですか」
顔に出てしまったようだ。
ステラとしても言ってやりたい事は色々あるのだ。
学生時代にこき使ってくれたこととか、やる気がなくてこちらに雑用を押し付けた事とか、後は……、さっきの戦闘の事だ。
あんな技が使えるなんて、聞いてない。
あの時は色々と自分の身をナイフの危険に曝したり、鎖を巻いただけの素手で剣を掴んだりと色々無茶をして勝利をもぎとったものだが、あの時の力が百パーセントなどではなく嘘だったとしたら、さすがにステラは怒らざるをえなくなる。
「んなわけねぇだろ、狂剣士相手に手なんか抜けるか。お前はちゃんと俺に勝ってる、そこは嘘ついたりなんかしねぇよ」
「そう、ですか」
「お前はほんと真面目に生徒してた時から変わってねぇな」
ツヴァンは呆れたように言ってくれるが、そうしたいのはこちらの方だ。
学生自体の普段の言動を思い返せば、手を抜いていたと思いたくなるくらい紛らわしかったツヴァンが悪い。そう思うのが普通だろう。
「それにしてもなんで先生が王都にいるんですか?」
「ああ、それな」
ステラが今更のようにここにいる理由を尋ねるのだが、その当人はうんざりした様子で、空を仰ぐ仕草だ。
その先にあるのは(ところどころ穴が開いているとはいえ一応は)屋内なので、天井だけだが。
「昔貸しを作った奴に引き留められて、連れてこられたんだよあ。うざってぇったらねぇぜ。ったく」
詳しくは話したくない様だったが、相当断りにくい内容だったのだろう。約束を保護にするような人間ではないという事は、なんだかんだ言って面倒をみてくれる人柄から理解できたが。
それでツヴァンは、面倒臭く思いつつも数時間前まではテストの採点など授業の準備をしていたらしいのだが、異変に気が付いて別の場所で犯人達と戦っていたらしい。
ちゃんと仕留めておいてほしいと言えばいいのか、それとも戦力を削ってくれた事にお礼を言うべきなのか、結局は後者を選んだ。
「とりあえずそれについてはありがとうございます」
「……お前は少しくらい不真面目になったらどうだ」
感謝したというのになぜか嫌なものでも見たような顔をされた。
その反応は予想外だ。
「剣の事ですけど。あんな力があったなんて……どうして試験の時隠してたんですか」
「ケツの青いガキなんかに負けるなんて思わなかったんだよ。文句なら俺の方も言いたいところだ。こいつの剣の話そこの野生児から聞いただろ。素手で掴もうとしてんじゃねぇ。試験の時びびっただろうが」
「そんなの仕方ないじゃないですか。悪霊が憑いているなんて余計な話をするから嘘だと思われるんですよ」
一体いつの話だと思っているのか、そんな事を掘り返されても困る。
あの時はツヴァンの「悪霊が憑いている」なんてふざけた話をツェルトが否定して、こちらを動揺させようとしている作戦なのだと思っていたのに。それを否定しないから、ステラはそのまま信じてしまっていたではないか。
と、いう事は悪霊云々も……?
「何だ、まだ幽霊が駄目なのか、お前。相変わらずだな」
「先生に言われたくない言葉だわ」
ステラが鳥肌を立てながら一歩距離を取ったのを見て、心の内を言い当てられるが……。
そっくりそのままお返ししたいところだ。
そんな風に懐かしい人間との会話をしていれば、リートが応援と共に到着した。
事情を話したり後始末に携わったり、忙しくなるだろう。
視界の隅でレイダスがちゃんとリートに管理されているのを見て安心した後、ステラも加わろうとするのだが、ツヴァンが言葉を発した。
何故か、こちらを呼び止めたのち、頭を掻きながら視線をあちこちへと泳がせる。
「おい、ウティレシア。今はどうだ。……ああ、あれだ。元気でやってっか?」
「え、ええ……、まあ」
「あー、新しい王はどんなだ」
「エルランド様? 良い人だと思いますけど」
「上司は」
「私隊長ですから、そういうのはあんまり……」
「そうか。…………」
何となく遠回しな事を聞かれているような気がするが、自慢ではないが何か含みのある会話について察するステラの能力はあまり高くない。
だから推測するその答えもあっているか分からないのだが、とりあえず聞いてみる事にした。
「もしかして、心配してくださっているんですか」
「馬鹿言え、手間のかかるガキ共なんか卒業したら、さっさと忘れるぞ俺は」
とかいいつつも、私のあだ名は覚えていたじゃないですか。
ものすごく意外に思いつつも聞いてみた言葉の返しに、ステラは逆に納得してしまった。
やっぱり、良い教師ではないけれど、良い人間ではあるのだ。ツヴァンは。
「……大丈夫ですよ。ありがとうございますツヴァン先生。相変わらず今日みたいに色々な事に巻き込まれてますけど、私は一人じゃありませんから。色々巻き込まれるのもかなり慣れましたし」
「そうか。ならさっさと行っちまえ」
とりあえず、そんな風にステラが言ってやればツヴァンは一つ息を吐いて頭をかいた。
そういう風に言われると、反対の言葉を取りたくなるのが普通の人間だろう。
ステラは目の前の人間の煮え切らない態度が気になって、もう少しだけ会話することにした。
ちょっと前のステラだったら、拒絶されたりしたらそれがその人の判断だと、そこで話を終わらせていただろうが、そうしないということは何か心境の変化でもあったのかもしれない。
こういう事は自分では中々分からないから、断言できないけれど。
「そういえば先生、私が学生だった頃よりも強くなりましたよね。鍛えてるんですか?」
「人を怠け者みたいに言うんじゃねぇ。そうしねぇと弱くなっちまうだろうが」
事あるごとに面倒事を押し付けてくるツヴァンは怠け者にしか見えなかったのだが。
ステラは大人なので、大人の態度になってその言葉を飲み込んだ。
「俺は、半端者だから剣の腕を鍛えるくらいしかねぇ。騎士だって、任務だって中途半端だったしな。人間としてもな。どれか一つでもまっとうにやりとげていりゃあ、こんな風になっちゃいねぇだろうな」
そういうツヴァンは、何かを思い出す様に目をほそめた後、ステラの方を見た。
「俺みたいな人間は教師になるべきじゃなかった」
後悔の表情を浮かべながら。
「ウティレシア。俺みたいな人間の生徒になるなんて運命は、とんだ災難だったな」
なんだかステラはその一言で色々な事が分かってしまった気がした。
運命に振り回されて泣き言を言ってる人間なんて見たくない。
訪れる困難に嘆き、悲嘆にくれて、その次に待つだろう苦難に不安を抱いて過ごす。
ステラはきっと周りにこういう風に見られていたのだろう。
そして、きっとものすごく心配されていたのだ。
だけど、そういう人には他の人間が何を言ったところで容易に言葉が届いたりはしないのだ。
ステラがそうだったから。
自分で、自分自身で道められない限りは、きっとそこから前には進めない。
だからツヴァンは、ステラがここでいくら言葉を尽くしたとしてもおそらく納得できない。
……私は卒業試験の時先生に勝つ事ができてすごく嬉しかったわ。
運命に翻弄されていた昔の私にとってあの試験の合格は、あの時掲げていた目標への確かな手ごたえを感じた瞬間だった。
騎士になっても、先生が生き延びる為の剣を教えてくれたからステラは今こうして生きていられるのだ。
だから教師になるべきじゃなかっただなんて言わないでほしかった。
教師でいた事を後悔されたら、それはステラ達生徒が否定される事なのだから。
だから、ステラは自分の為にも、皆の為にも、ツヴァンの為にも、認めさせなければならない。
ツヴァン・カルマエディは良くはなくとも確かに教師だったことを。
その道を選んだ運命は間違いではなかった事を、運命に振り回されてはいなかったことを。
運命は、自分でつかみ取れるという事を。
ステラは、言うべき事は全て言ったとでも言わんばかりの教師が背を向ける前に、言葉を放った。
「先生、今度王宮に来てもらえませんか」
「あ? 俺があんな場所いけるか。明らかに不釣り合いだろ」
「でも昔はいたんじゃないんですか?」
「そりゃそうだが、何でまた急に」
「決闘を申し込むわ」
「は?」
とにかく、王宮に来てもらわない事には話にならない。
なのでステラは少し、小細工をしてみることにした。
これくらいの悪知恵ならステラでも働かせられるのだ。
戦闘の主導権を握る時はまず相手の思考を奪う事だ。だからステラは威圧して相手を恐怖させたりする。
それはきっと会話でも使えるはずだ。使うのは、恐怖ではなく驚きだが。
料理の時といい、戦闘技術も日常に役に立つことができるのだと最近発見できたのだ。
だから応用してみたくなった。
そんな事を後に言えばニオなんかは、「さりげない日常でそんな血なまぐさい事をいつも考えてたの!?」と驚かれたが。
話がそれたがともかくそういう事なので、ステラは会話の主導権を握る為に驚かせてみた。
「三年間、こき使ってくださった恨みを晴らすから、ちゃんと来る事。良いわね。日付は後でこちらから連絡するわ」
「……あ? ……お? ウティレシア?」
思考が追いついていない様子のツヴァンを置いて今度こそその場を後にする。
王宮にはツヴァンが育てた生徒がそれなりに働いている。
一度その目で見て見ると良いのだ。
ツヴァンがやった事は間違いでも災難でも、運命に翻弄されてでもなかった証拠を。
(※3/22会話部分を修正しました)