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第20話 追いついた場所



 レイダス。

 なぜ彼がここに?

 リートが呼んだにしては到着が早すぎる。


 しかし、そんな事を考えるのは後だった。

 ステラは魔獣を無視して、人間の方に突っ込んで行くレイダスを見ながら、再び精霊の剣を構える。

 一応適材適所で役割を決めてくれているらしい。


 精霊の剣の事を話した事はないけれど、彼はステラの持つ剣の事がわかっているようだった。

 学生の時にステラのストーカーをしていたフェイス経由ででも聞いているのかもしれない。


「おい、女ぁ、こんなくだらねぇ事で手間取ってんじゃねぇ」


 犯人たちを剣で切り裂きながらレイダスは乱暴な口調でこちらへ怒鳴る。


「減らず口を叩くよりも相手を減らしてくれないかしら。できるでしょ?」

「はっ、言うじゃねぇか女の分際でよ」

「だから、私の名前はステラだっていつも言ってるじゃない」


 もう何度になるか分からない注意をしつつも気は散らさない。

 ステラはレイダスの助力に内心で感謝を示しながらも態度には出さず、襲い来る魔獣達を切り伏せていく。


 喋る余裕があるなら本当に早く敵を何とかして欲しい。

 今は人質がいるのだから、もしもの事などが起こってはいけないというのに。


 そうした祈りが通じたのかは分からないが、時間をかけること数分。

 敵の全てを無力化させることができていた。


 さすがにただ前進して突っ走れば良かった普通の任務とは違う。ステラは荒い息を吐きながら、その場に座り込みたい衝動に襲われた。


 だが、犠牲が出なくて良かった。学生たちの助力もあったとはいえ、まさか本当にこの人数だけで敵を全滅させられるとは。

 怪我は多少しているものの、ステラも一応レイダスも、学校の者達も全員無事だ。 


 そう言えばと、ステラはつまらなさそうに周囲に視線を向けているレイダスを見つめる。彼はどうしてこんなに早く来れたのだろう。

 それともリートの応援とは違って、何か目的があってこの近くにもともといたのだろうか。

 監視役がいない状態で、狂暴生物を野放しにするような事があるとは思えないが。


 ステラは、戻ってきた生徒達や、同じく捕まっていた教師達に感謝の言葉を一通りかけられる。

 みなステラの力を見て、ひょっとしてあの噂の勇者ではないかと疑っているようだった。

 別に隠す事ではないので正直に言ってやれば、感激されたり握手を求められたりと大騒ぎになってしまう。


 そう騒がれると、数年前までは同じ学生だったというのに変な気分になる。


 レイダスはステラの周囲にいる人々を観察し、目を細めて誰かを探しているようなそぶりを見せている。

 暴れ出す様子はないが、長い間放っておいても良い事は無いだろう。

 早くリートが来てくれればいいのだが。


 全方向から向けられるキラキラとした視線にたじろぎながらも、レイダスの監視役である黒髪の女性の事を考えていると、ステラの耳に不意に音が聞こえてきた。


 視線を向けると、多数の人影が見えた。

 レイダスが暴れまわって壊れた壁の一部から、人影が現れたのだ。

 まだ、残っていた者達がいたようだった。


 ステラは、とっさに動こうとするが周囲を囲まれている為に思ったようには動けない。

 そうこうしているうちに現れた一人が、何かをこちらへ投げようとしている。

   

「レイダス!」

「ちっ……!」


 幸いなことに呼びかけなくても、彼も気が付いていたようで、すでに動きだそうとしていた所だった。

 野生の肉食動物が駆けるように向かっていくのだが……。


 間に合わない。

 何か、はすぐに投擲されてしまう。床に落ちたそれが煙をまき散らした。


「お願い、通して!」


 悪化する視界の中、ステラは苦心して人ごみをかき分けその方向へと向かう。


「まだ敵がいるわ! ここから離れなさい!!」


 呼びかけるものの、ちゃんと反応してくれたか分からない。

 この状況では、万が一敵に抜かれてしまった場合。学生達まで気を回す余裕がなくなってしまうだろう。

 

 しかし、救いの手は思わぬところから差し出された。

 状況に、新しい人物の声が割り込む。 

 

「ったく、さすがに狂剣士様もこんな状況じゃ実力を発揮できねぇってか?」


 レイダスと似たような口調だが、声質が違う。

 その声は学生だった時によく聞いたものだった。


「先生?」

「ったく、お前は本当に面倒事に縁があるな」


 ツヴァン・カルマエディ。

 退魔騎士学校に三年間通っていた、ステラのクラスの担任教師だ。


 けれどツヴァンは、ステラの地元の教師であってこの学校の教師ではないはずなのに、なぜ王都にいるのか。


「あの野郎……」


 離れた所からレイダスの恨みがましい声が聞こえてくる。

 何だかすごく殺意がこもった声のように聞こえるのだが。知り合いなのだろうか。


「ほら、ちゃっちゃと終わらすぞ。行動が分かんねぇなら、分かりやすくするまでだろ」


 そう言って煙でよく見えないがツヴァン……声の主は敵の方へと向かっていく。


 敵が元いた場所から必要以上に前進してくる気配はしない。

 するのは人間のくぐもった声と、重い物が地面に倒れる音だけだ。

 

 いるはずのない人間が二名加わった衝撃で混乱したが、ぼうっと考えてはいられない。

 ステラも加勢するために走り出す。


 建物の壊した部位から風が吹いてきて、周囲を漂ってくる煙が若干薄まってきた。

 視線の先は人間だけではなくて、新たに魔物が加わる所だった。


 その魔物は手負いだ。よく見れば、後から来た犯人達も怪我をしている者が数名いる。

 本当は最初に魔物が室内に入って来た時、彼らも合流するはずだったのかもしれない。だが、どこかで戦闘をしていて遅れたのだろう。よくよく見れば動きも精彩を欠いているし、体力も消耗しているようだった。


 しかし、と戦線に加わったステラは魔物の一匹を背後から切り捨てながら、適当に犯人の一人を切り飛ばしているレイダスへと尋ねた。

 視界の先にはツヴァンの姿。


「レイダス。なんだか、魔物達がこぞって先生を狙っているような気がするのだけど」

「はっ、馬鹿なテメェ。自分より弱ぇ奴に群がんのが動物だろうが」

「先生が弱い?」


 そうだ、魔物達はステラやレイダスにはまったく見向きもせず、先ほどからツヴァンのみを狙っているのだ。

 おかげでこちらとしてはとても戦闘がやりやすくて助かっているのだが。


「強ぇわけねぇだろ。あの野郎が」


 レイダスが小ばかにしたように鼻を鳴らすが、ステラはそうとは思わない。

 卒業試験で直接やり合った自分はよく分かっている。

 ツヴァンは尊敬できる先生ではないが、まぎれもなく実力者だ。

 試験中にステラが何度危ない綱を渡らされたことか、レイダスは知らないからそんな事が言えるのだ。


 現に今も、魔物相手にツヴァンは手こずるわけでもなく着実に勝利を収めていっている。


「でりゃあっ」


 ツヴァンの剣技は独特でどんな流派も型の影響もない、まったくの自己流だ。

 それに加えて、低い体勢で相手の足元から攻撃を繰り出すという他に礼を見ない戦闘スタイルなので、魔物ですら、他の人間との違いを感じてやりにくそうにしている。


 そんな中で、誰が一番脅威になるか、相手も気が付き始めたようだ。

 ツヴァンは魔物だけではなく人間にも囲まれ始めた。


「やああっ!」


 その背後をカバーするために剣を変えて、ステラは走り寄った。


「ウティレシア、お前生徒のくせに、教師と同じ場所に立とうなんざ百年早ぇんだよ」

「元生徒です。足手まといになるつもりはありませんから」


 素直に感謝の言葉がどうして言えないのだろうか。

 レイダスだったら本気で邪魔そうに思うだろうが、ツヴァンの場合はたまにわざとそう言う態度をとっているのではないかと思う時がある。


「国を救った勇者を足手まといなんて言うのは先生くらいなんじゃないですかっ」

「狂剣士、自分でそういうこと言う奴だったか?」


 何でもない言葉を言いながらも、剣は休まず振るっている。

 数年前までは、落い着くのがやっとだった人間に背中を預けて剣を振るうのは、何とも言えない感慨があった。


 ある程度敵を減らしたところで、ツヴァンが焦れたのか面倒臭くなったのか、一気に状況を片付ける為の一手を投じる。

 背後からこちらへと警告が発せられた。


「ウティレシア! 野生児! 当たるなよ」


 完全に煙りが晴れた視界の中、ツヴァンの手には見覚えのある剣が握られているのに気が付く。

 咎華の剣。

 卒業試験でステラやツェルトを相手にする時にツヴァンが使った剣だ。


 その剣を構えたツヴァンは、直後とんでもない攻撃を仕出かした。


「砕けちまえ、ぜりゃあぁぁ!!」


 一閃。

 身をひねって、剣を水平に払っただけなのに、いくつもの剣閃が発生し全方位へとばらまかれた。

 ステラやレイダスを避けて。

 勇者の剣を扱う自分が言うのも何だが、人間技じゃないと思った。


 攻撃によって手傷を負った犯人達。

 彼らはツヴァンの一撃を受けただけで、苦しみながら瞬く間に倒れていった。

 ホラー映画みたいな光景を前にして、ちょっと恐怖だ。


 ツヴァンの持っている咎華の剣をちらりと見やる。

 勇者の剣とはまた違う類いの剣の威力に驚きを禁じ得ない。


「な……、何が起こったの?」

「野郎の剣、咎華(とがはな)の効果だ。一つでも手傷を負ったら致命傷になるっつう、呪いの剣だ、卑怯だろうがくそったれ」


 もたらされるとは思わなかったレイダスの解説にも驚いたが、話された内容にもステラは二重の意味で驚いた。

 一つでも、ということはちょっとした切り傷でも致命傷になってしまうではないか。

 そんな剣がこの世に存在していていいのだろうか。

 まあ、勇者の剣がという規格外の武器があるのだから、ありえなくはないのかもしれないけれど。


 だが今のを見ていてなお、どうしてこれでツヴァンが弱いなんてレイダスは言うのか。


「剣や策に頼らねぇとまともに戦えねぇ奴が強ぇわけねぇだろが。けっ、あの野郎。いつまでも逃げ回りやがって」


 道具の良し悪しや戦術だって立派な戦力だとステラは思っているのだが。

 というよりレイダスはツヴァンを毛嫌いしているようだが、接点など口調以外になさそうなのに本当何があったというのか。



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