第19話 懐かしい学び舎が緊急事態です
王都 退魔騎士学校
ステラの目の前には、かつて交換学生の制度を利用して一週間ほどお世話になった学び舎がある。
「ここに来るのも久しぶりね」
しかし、残念だが懐かしさに浸っている時間はない。なぜなら緊急事態だからだ。
幻惑の森を出たあの後、学校の様子がおかしい事に気がつき見に行ってみれば、なんという偶然なのか運命のいたずらかなのか、難事が発生していたのだった。
知ってしまったからには放っておくわけにもいかず、状況を正しく把握するためにもステラ達は人の気配を探して、校舎の外を周っている最中だ。
先程、武装した人間を一度見たがそれ以外にまだ人と出会った事はない。
見上げて建物の内部の様子に耳を済ませるが、気配は全くなかった。
この時間はまだ授業中でもあるが、それを考えても校舎は静かすぎた。
「どうしてこう、次から次へと面倒な事が起きるのかしら」
「何だ? そんなものは今更だろう」
「そうだけど、もし私のこの難事を吸い寄せる運命に、神様でも女神でも誰かの意思が関わっているならどうしてこんな風にしたのかしら、と思って」
「ふむ、考えた事ないな。確かめようがないのだから、考えるだけ無駄だろう」
それは分かっているけど、リートみたいな人が厄災の運命を背負ってたら、私みたいにこうふと我が身を振り返って思い悩んだり、振り回されたりする事はないのだろうな、と思う。
本当に誰かがステラを選んでこの運命を与えたというのなら、一体どういうつもりなのか問いただしたくなる。文句なら浴びせるほど用意しているのに。
校舎の外をぐるりと周るが、相変わらず人気の感じない学校だ。
周囲に人怪我内か確かめながら進んで行き、たどり着いたのは屋内訓練場のある場所の近くだった。
その部屋の内部からは、大勢の人の気配がする。
身を屈めて気配を殺し、訓練場に取り付けられてある窓の近くまで移動。
中から様子を窺ってみると……。
「やっぱり」
やはりというか何と言うか、だいたいなんとなく分かっていたが、事件だった。
部屋の中では大勢の生徒が身動きを取れない様子で後ろ手に縄で拘束され、一か所に集められている。教員もいるようだ。
事件を起こしただろう者達……犯人は、ざっと数えるだけで十人以上。
服装はなんの変哲もない一般市民のものだが、それぞれ手に武器を持っているし、身のこなし荒事に慣れた様子だ。
生徒達の魔法を警戒してか犯人の内数人は、反攻を封じるため人質を傍に置いているようだ。
それらを見て確認した後、ステラはため息をつく。
「人質がいてあの人数だと、私達だけじゃ難しいわよね」
「ああ、安全を考えるなら応援を呼んだ方が良いだろうな」
そういえば、とステラは思い出す。
朝、ツェルトを見送った後、許可を取っているとはいえ、一応エルランドに森に行くことを伝えたのだが、その時に王から警戒を促すような事を言われたのだ。
犯罪者は一人動けばそれに倣うという、つられるような習性でもあるのか。フェイスが動き出した時期と同じくして各地に散って身をひそめていたらしいグレイアンの手下たちが、活発に動き出す様になってきたらしい。
そういうわけでエルランドは、その手の人間に気を付けてほしいとステラに対して言ったのだが、まさかその読みが当たるとは。
エルランドのせいではないし、そういう先を見る力があるのは良い事なのだろうが。
「自分の運命を再確認する絶好の機会すぎて、何とも言えなくなるのよね」
そういう忠告はありがたく思いつつも、何かフラグがあれば残さず回収していってしまうステラの体質も、何の変わりもなく健在だと知らせてくれるから、微妙な心境になってしまう。
ともあれ、自分一人で嘆いていても変わらないので、ステラは今朝のエルランドとのやりとりをざっとリートに話して聞かせる。
彼女は、エルランドの才能を一言誉めたあと、ステラのお願いを受けて犯人の確認に移った。
「ふむ……、当たりだな」
校舎内の様子を見たリートは自信と共に頷いてみせる。
どうやら、学校に立てこもっている人間達は、エルランドの予想通りの人物だったらしい。
当たりは当たりなのだが、心情的には外れを引いた気分だ。
「いい加減逃げ隠れする連中をじりじり追い詰めるのは飽きた。こんなものは、いいチャンスだと思えばいいさ」
ほんと、そういう前向き姿勢が羨ましいわ。
リートの場合は単に自分の願いに忠実とも言えなくもないが。
ステラは、腰に下げている剣を確かめる。
動くとするなら、この状況でどう動くか。頭を切り替えて計算しながら、今後の動きについて打ち合わせに入る。
「奴らの目的が分かればいいが、ふむ……」
そもそも疑問なのだが、彼らはなぜこんな学校なんて場所にいるのだろうか。
狙うのならば、普通王宮とかではないだろうか。後はエルランドの協力者などが妥当のはず……。
「まあ、それは今の所考える材料がない。放置しておくしかないだろう。なに、捕まえた後に奴らに聞けば分かるさ。しかし……、この人数を相手にするとなると少々荷が重いな」
内部にいる犯人の数は多い。それなりに広さのある室内に十人以上の人間がばらけているので、ステラ達だけで怪我人を出さずに制圧するには無理がある。
当然そうなると取れる行動は現状は待機しかなくなる。
リートを王宮へ寄越して、他の兵達が応援としてくるのを待つしかない。
できれば犠牲を出さずに何とかしたいものだが……。
苦い思いをこらえつつ、役割分担を済ませた後。ステラは場を離れるべく移動しようとするリートを見送るのだが、彼女は離れる前に一度だけ口を開いた。
おそらくステラが無茶をしないように忠告してくれたのだろう。
「お前と学び舎のつながりの深さは見れば分かる。だが、人にはできることとできない事があるんだ、怪我はするなよ」
リートがいなくなった後も、ステラは訓練場の内部の様子を見守り続ける。
今の所、変化はない。
どうか、このまま何もなければいいのだが。
だが、ステラに分かっていた。ある意味自分の運命を信頼していると言っても過言ではない。うまくいっていたとしても、最後までステラがいる場所で起、何にも事件が発展せずに円満解決するわけがないのだ。
「人が魔物を従えている?」
視界の中、グレイアンの手下達らしい者達が動き出すのを目で追ってみれば、ステラのいる場所とは反対側の窓から魔物を中に引き連れているのが分かった。
犬のような見た目の魔物……ウルフ数匹だ。そのウルフは驚くべき事に、人の言う事を聞いて並んで待機している。
魔物が人の言う事を聞くなど聞いた事はないし、できるなどとは思えない。正直目を疑いたい気分だったが、紛れもなくステラの目は現実を映している。
だが、それは内部にいる人質達も同じのようで、彼ら彼女らは自らの立場も忘れてどよめいている。
犯人達はそんな空気に大して怒鳴り声を上げて黙らせるでも、武器を見せて威圧するでもなく、魔物をそちらの方に向ける事で場を収めた。
硬貨はてきめんだたようで、再び静かになった室内だが、先程とは違いはっきりと見て分かるほどに恐怖や不安の空気が蔓延していた。
気の毒だとは思いつつもステラはできるだけ冷静に観察する。犯人達が魔物に指示を出して従わせるのだが、その際、何頭かのウルフの行動が遅れたように見えたのだ。
ひょっとしたら完璧に従わせることはできていないのかもしれない。
だから室内に最初からいなかったのだとも考えられる。
それをもっとよく考えれば、弱点や欠点も見つかるはずだろうが。
しかし……、
「間に合わないわよね、これ」
少し危険な状況になっているのはたぶん誰に聞かずとも明らかな事実だろう。
ステラは己の腰にある武器……ではなく、精霊の剣をその手に出現させた。
その剣は一時期だけ使えていたもので、魔物に効き目のある非物質の剣だ。
幻惑の森で大精霊と色々とやり取りをした際、ありがたい事にまた再び使えるようになったのだ
「いざとなったら私一人でも……」
体に力を入れる。
飛び出す準備はいつでもできている。
何となくだけれど、先ほどの行動で犯人達の目的が推測できてしまった。
ここにいる生徒や教師達……人質達は、魔物を上手く使役する為の実験台なのだ。
彼らは一般人とは違って、ある程度の戦力を持っているので恰好の相手となるはずだ。それに彼らの力をここで削いでおけば、将来有力な騎士に育つだろう人材を潰す事が出来て、間接的にエルランドの力を削ぐこともつながるはずだ。犯人たちは学び舎を選んで事を起こした理由はそれなのだ。
成功させるわけにはもちろんいかない。
ステラは気合を入れる。
状況が再び動き出す。悪い方へと。
この場にこの国の最大戦力である自分が居合わせているのだから、好き勝手に何てさせやしない。
「お前達には新しい国の礎となってもらう……!」
犯人の一人が言葉を放つ。今までとは違うはっきりとした明瞭な声が耳に届いてきた。
覗く窓の向こう、犯人たちが生徒達の方を示して魔物へ何かを命令するのが見えた。
やるなら、今ね。
ステラは、精霊の剣を持っているのとは、逆の方の手に勇者の剣を出現させて、派手に威嚇させてもらう事にした。
「――やぁっ!」
狙っているわけじゃないから効き手でなくとも十分だ。
建物の上半分、屋根を吹き飛ばした勇者の剣の効果は絶大だった。
混乱が場を支配する。
ステラはすぐに、窓から様子を窺った時に目星をつけていた生徒数人を自由にする為、拘束している縄を切る。
次いで行きつく暇もなく勇者の剣を消して、魔物に対処だ。
同時に。
「貴方達は騎士団が包囲したわ、武器を捨てなさい」
犯人たちへとそう威圧をかけて、警告を発っする事もだ。
状況はこちらが不利なのだから、できる事は全てやらねばならない。
その中でこちらへ走って来て飛びかかろうとする魔物を、ステラは精霊の剣で切り裂く。
「その他大勢! 悪いけど、自分の身はなるべく自分で守って! あと貴方達は仲間を助けなさい! できるでしょ、未来の騎士様なら」
実戦に対処できなさそうな者へは防衛を、使えそうな者には状況を動かす戦力になれと、指示を続けざまに出す。
並行してウルフを一体、二体と切り伏せ、精霊の剣を振るう。
忙しい。自分がもう一人欲しいくらいだ。
いや、一人くらいでは足りないだろう。
やはり相手の数が多い。
目まぐるしく状況は動く。その場にいる者達も。
そうこうしているうちに、相手が態勢を整えてしまったようだ。
犯人たちが襲い掛かって来る。
「……やあぁっ!」
ステラは精霊の剣でも勇者の剣でもなく、普通の剣に切り替えて戦闘を続ける。
自分が両利きであれば、魔物用と人間用とで剣を使い分けられただろうが、生憎とそうではない。(当然、勇者の剣は威力が強すぎるので使えない)
慣れた様子で剣を振るう相手。
グレイアンの手下は見た目こそ一般人の恰好をしているのだが、完全にこういう戦闘に慣れた手練れだった。
「っっ……」
ステラはこの場の最高戦力だ。
目を付けられてあっという間に囲まれてしまう。
一対十か、魔物も合わせればそれ以上だ。
それでなくとも人間と魔物は行動パターンが違うので同時に相手にするのは無理があるし、今までそんな状況になった事がないので戦いの勝手が分からないというのに。
近くには人質となっていた者達が残っていて、少ない人数で犯人たちに奮闘している、……が彼らは自分の事だけで手いっぱいの様子なので当てにはできそうにない。
状況の悪さに、思わず笑いたくなる。
理森に行って世間話をしにきただけなのに、どうしてこんなことになるのやら。
気づけばステラは、久しぶりに額に冷や汗を掻いていた。
「……っ」
息をついて、どうしようかと思っていると、その場に声がかかった。
この声はレイダスだ。
いるはずのない人物のもの。
「はっ、テメェこんなとこで無様な姿晒してんじゃねぇよ」