第18話 つながりと絆
夢の中。
見える景色はあいまいだ。
だけど、ステラが見ているものは不思議と安心できるものだった。
小さな部屋に、子供用の小さなベッド。
傍には女性がいて、ベッドにいる子供に絵本を読み聞かせているようだ。
「…………。
……ということで、悪い魔法使いは見事退治されてしまいました。
そうしてお姫様は王子様と結ばれてハッピーエンド。
めでたしめでたし。
はい、ここでおしまい。
ん? ダメダメ、子供はちゃんと眠らないと。大きくなれないよ。
眠るのが怖い? あー、やっぱり。さっき怖い映画見ちゃったからだね。
大丈夫だよ。お母さんがしばらく一緒についててあげるから。
他の話はお楽しみ。明日は……ちゃんに違うお話を読んであげるからね。
もうちょっと?
そうだなあ。じゃあ別の、夢の話をしよう。
……ちゃん、眠っているときに夢を見るのはどうしてだと思う?
ふむふむ。
そうか、そうかそれは面白い答えだね。
じゃあ答え合わせは要らないかな。うそうそ、ごめんイジワル言って。ちゃんと教えてあげるよ。
夢っていうのはね、ここではないどこかの世界の可能性を覗き見るためにあるんだよ。
実はね、お母さんも昔……ちゃんみたいによく不思議な夢を見たんだよ。
魔法が使えて、貴族の人とか魔物とかがいる世界の不思議な夢を。
夢はね、そういう別の世界を見て、自分達はこの果てしない宇宙の中で、一人ぼっちで生きているんじゃないんだって実感する為の物だと思う。怖くないよ。大丈夫だよ。って具合にね。これはお母さんの考えなんだけど。
世界は色んな所にあって、自分の足で行けないようなところに広がってもいるけど、きっとちゃんとたくさん存在している。
寂しくて泣いちゃいそうなときや、味方してくれる人がいなくなって一人ぼっちになってしまった時、何かがあって大切な人とさよならをしなきゃいけなくなった時。
そういう時、人は孤独を感じちゃうんだけど、でも、そういう時に他の世界の事を考えればさ、少しはその寂しさが和らぐと思うんだ。
この広い宇宙の、世界の中にはきっとどこに誰がいて、夢っていうあいまいなものでも繋がってるんだから、一人のように見えても一人じゃないって気がしてくる。悲しさとかも寂しさとかも和らぐよ。
そう考えて眠れば、……ちゃんだってきっと眠るのが怖くなくなるからさ。
あれ? もうおねむしちゃった? そっか……。
ぐっすりとお眠り、私の可愛い娘、星菜ちゃん。
いい夢みるんだよ……」
幻惑の森
「ふぁ……」
欠伸をしてしまって慌ててステラは口を手で覆う。
何だろう。十分な睡眠時間はとったつもりだし、いつもよりも疲労は取れている感じはするのに、何故かまたふいに眠りたくなってしまった。
ちゃんと覚えているわけではないが、最近は懐かしい夢を見るのが多くて困る。
気になってしまうのかよく眠気を感じるのだ。
それでなくとも今朝は任務があるツェルトの見送りをするため早起きしたので、特に眠気を感じやすいのかもしれない。
隣で歩いていたリートがその声を聞きつけて声を掛けてきた。
「寝不足か?」
「そんな事ないと思うけど」
「睡眠不足は女の敵だぞ。気を付けるんだな」
「ええ……」
ステラは現在リートと共に久々に幻惑の森へと訪れている。
その理由は簡単、大精霊への挨拶だ。
レイダスを倒したその後に疲労で倒れて見た夢の中、大精霊に力を貸してもらう約束をしたのはまだ記憶に新しい出来事なのだが、国を立て直す最中にうかつに王宮を離れるわけにもいかず、結果的に今日まで挨拶の日程が延びてしまっていたのだ。
ステラの前の代の勇者は、大精霊の力を借りて色々な事をしていたらしいが、それはツェルトのような精霊使いの契約のそれではないらしい。
だから契約にあたって、力を貸す代わりに代償とかも必要がないので、挨拶をするだけで良いらしいのだが……。
……代償が必要なんて知らなかった。
ツェルトは私を助けるために、一体何を払ったのだろう。
一度も話してもらった事がないそれが気になって気になって仕方がなかった。
そのせいで昨夜は夜遅くまで眠れなかったのだ。
「心配事があるなら私に相談しろ」
「大丈夫よ」
心配げな表情をしたリートにそう言い、話題を変える。
「ここはあいかわらず、鬱蒼としてるわね」
「森なんてどこもそのようなものだ」
たしかに鬱蒼としてなかったら森ではない気もするが。
ここは迷いの森とはちょっと違う感じがするのだ。
「あっちはただひたすら重かったけど、こっちには妙な威圧感があるのよね」
「それは大精霊や樹女神がいるからだろうな」
そうだ。
この森には大精霊と、そして遥か古代の神話の時代から生きているらしい大樹が存在している。
彼ら(?)はなぜか森の奥深くにいて、どういった理由か仕組みか分からないが長い時を過ごしているようなのだ。
前に一度会った時はステラは色々な事を教えてもらった。
「昔はこのようではなく、もっと綺麗な場所だったらしいが今となっては確かめようがないな」
襲い掛かって来る魔物達を蹴散らしながら、前の時に進んだ道を思い出しながら歩みを進める。
進路はとにかく真っすぐだ。
目印はない。
迷いの森や幻惑の森で迷ったことをリートに話して、何か目当ての場所へすんなりいける攻略方法はないかとリートに尋ねたのだが、彼女から帰って来たのは「ただ堂々と真っすぐに歩けばいい」との事だけだった。
そんな方法でちゃんと目的地へ行けるのだろうか、と思っているのだが……。
隣で歩くリートの足取りからは全く迷いが感じられない。
こういう堂々としたところ、羨ましく思うわよね。
ちょうどいい機会だ。
ステラは前から聞こうと思ってた事をそれとなく尋ねようとした。
「リートは前世の事を覚えているのよね。それって私みたいに転生したって事になるの?」
「ああ、そうだ」
「私は七歳の時思い出したんだけど、貴方はどうだったの?」
「うむ、三歳ぐらいの時、階段から落とされて頭を打った時だな」
「そう……」
って、え?
ステラは自分の耳を疑って思わず周囲への警戒を怠ってしまった。
隙あり、とばかりに飛びかかって来る魔物をリートが切り伏せる。
「まあ、誰に落とされたかはどうでもいいから置いといて、両親から聞いた話なのだがそうとうな衝撃だったらしい。当時、ただのか弱い少女だった私はそれはそれはもう、わんわんと大泣きしていたらしいぞ」
「そうだったの」
コメントに困る。
誰が突き落としたかが一番重要な気がするのだけど。
リートは路傍の石にでも躓いたかのような調子でその時のことを語り、特に気にしている様には見えなかった。
「まあ、私が推理するに、叔父か叔母のどちらかだと思うがな」
来客でも使用人でもなくさらりと自分の家族を言葉にする所になんだか、リートの家庭事情の暗黒面が垣間見えるような気がするのだが。これ以上この話をしていていいのだろうか。
ステラのところは良い両親だった。
普通は男性が領主の座を継ぐものだけれど、弟が生まれたにも関わらず長女であるステラを跡継ぎのままにして接してくれたし、剣の道に進むことになっても反対などされなかった。
カルル村で人質にされた時も心配してくれたし、騎士学校に行くときも同様だった。
けれど、リートのところは違うのだ。
同じ転生者でも。
「……」
ステラが黙っているとリートが呆れたように声をかけた。
ツェルトにするようにではなく、拳を作って軽くこちらの頭部を叩いてくる。
「まったく、お前が引け目や遠慮を感じる必要はないんだぞ? 母と父はまともだったし、私は十分に愛されていたからな。少し他人と比べて家の中がデンジャラスだっただけだ。どうせお前の事だから、自分のせいで私が転生しなければならなくなって、そのせいでそんな家の下に生まれてしまったのだったらどうしよう、とでも思っているのだろう? 私は全てお見通しだ」
彼女は自慢げな表情で言葉を述べていって、最後には優しく微笑を返してくる。
リートの言葉の内容はかなり正確だ、まったく反論の余地がないくらいに。
「リートって心の中を透視する能力でも持っているんじゃないかって、思うわ」
「ふむ、クリティカルヒットだったようだな」
「そうね。私はずっとその事を考えてたんだけど、聞きづらくて。その分だと気付かれていたのよね、かなり前から」
「当然だろう。私はお前達の姉となる人物なんだからな」
言葉で言うのは簡単だが実際にやるのは難しい。
そうやって中身も実力も伴っているリートの事をステラはひそかに尊敬していたりもする。
学生の時ももっと色々彼女の事を知る事ができていれば、話とかできたのだろうけど。
彼女は特務として活動していたようだし仕方ない。
「リートはお姉さんに向いてるわよね。すごくしっかりしてる。兄弟でもいたの?」
「ああ、共には暮らしていないが弟が四人に妹が二人……いや三人だったか。拾ったのに、養子としてきたのに、浮気してつくったのに、とにかく色々とレパートリーが豊富だぞ。うやらましいか?」
「に、賑やかそうね」
羨ましいかどうか聞かれると首を横に振らざるをえなくなるので、それについては回答しない事にした。
ツェルトと結婚したら私、そういう家庭の家族となるのよね。
彼ら彼女らと関わる時になったら、体が持つだろうか。
「それで、リート。もう一つ聞きたい事があるんだけど。これも良いかしら」
「ああ、私はお前の姉でもあるからな。どんな質問でも答えてやろう」
こちらの方もリートはたぶん気づいている。
先程の会話に含ませて言っても良かったのに言わなかったという事はリートはステラが話すのを待っていたのだろう。
そうであるならば、その信頼に応えないわけにはいかない。
「リートはどうして……転生したの?」
「私が死んだ理由だな……。ただのありふれた事故だ。そんなに大したものではないぞ? 大仰な陰謀や運命的な悲劇など存在しやしないさ。あの世界でそんな目に遭う方がむしろ少数派だろう。だからお前が気にする事はない。まあ、数日前に人を救えなくてショックだったのはあったが、それで不注意だったのが原因でもない」
「そう……」
少し心の中の重りが取れた気分だ。
死んでしまっているのだから喜べはしないけれど。
私を助けようとしたせいで、彼女が大変な目に遭っていなくて良かった。
「……でも、不思議なのよね。私の方が先に死んだはずなのに、どうしてあなたの方が先に生まれてきたのかしら」
リートの方が先輩だし年上であるのはゆるぎない事実だ。
普通に考えれば彼女は年下になるはずなのに、これはどういう事だろう。
そう思っていると……。
「ふっ」
彼女に笑われた。
しかしそれは、小馬鹿にしているとかそう言うわけではなくて、温かく見守るようなそんな笑みだ。
そんな反応が返って来るとは思わなくて、ステラはわけが分からない。
「人は死んだら魂となって天国に昇る。まあもっと現実的に考える奴や突飛な発想をしている奴もいるだろうが、大体の人間はイメージとしてそう考えているだろう」
「そう、よね」
あの世界の常識と照らし合わせて考える。
心の底から信じている、とまではいかないだろうが、皆そんな風に思っているだろうしステラの考えも大体そんな感じだ。
「だからいたんじゃないか? 霊となって私の行った方法に逆い、しばらく現世にな」
「っっ……」
えっ、やだ。
思わずステラは自分の腕をさすった。鳥肌が立ってしまった。
「くくく……」
そうしていると隣から笑い声が聞こえてくる。冗談だったようだ。
「リート。お願いだからそういう類いの話は止めてくれない」
「悪かった。つい、な。まあ、結論としては正確な事は分からないってところだがな。私としては幽霊説を支持したいところであるが」
リートは喉の奥から時々笑い声を漏らしながらそんな事を、悪戯そうな笑みをつけて返してくる。
冗談はやめて欲しいと、お願いしたばかりなんだけど。
「だが完全にあり得ない話ではないと、私は思っているぞ。お前は自分が死んでしまったとしても、他の人間の心配をしてそうだからさ。あの世界にはお前の家族がいただろう? お前と家族の絆が強すぎてしばらく離れられなかったんだ、きっとな」
「……」
そう、あの世界には大切な家族がいたのだ。
もう絶対に会う事は出来ない。
悲しませたに違いない。
たとえ死んでしまったとしてもきっともう一度会いたい。
そう思うのは普通の事だろう。
ステラだったら絶対そう思う。
叶う事なら、もう生まれ変わってしまっているけれど、自分は元気で幸せにやっていると伝えられたらいいのに。
「だからそう怖がるな。悪い霊は……何とかして私が追い払ってやる。だから良い霊まで怖がる必要はないだろう」
「まるで幽霊が見えるみたいな口ぶりね」
「どうだろうな」
良い霊がいると考えるなんてリートは変わってる。
ステラは幽霊何て、怖くて怖くてたまらないのだが。
だが彼女の余裕の態度を見ていると、そう言う存在もいるのかと思えてくるから不思議だ。
そうよね、人間だって悪い人間ばかりしかいないって事はないんだから幽霊だって……。
……。
でもやっぱり怖い。
そんな風にびくびくする様子のステラを隣で見て、時折からかっては楽しそうにするリート。
ステラ達は、一回目に来た時とは違って迷うことなく森の奥まで行くことができた。
本題であった挨拶を、大精霊がいる祠へと言葉をかける。
「久しぶりね」
『遅かったな。待ちくたびれる所であるぞ』
尊大な態度で返された。
一度子供の時にもツェルトの契約した精霊とも、ひょんな事から話をしたことがあるのだが、同じような態度だ。
あの時の見た目はボールみたいで可愛いと思ったのに、精霊の中身は皆こうなのだろうか。
彼らの生態は未だ解明されていない所が多いのよね。
そんな風に挨拶が遅れた事を謝ったり、力を貸してくれたことにお礼を言ったりと話をするステラだが、その内容が分からないリートは退屈するしかないようで、時折近くの草を意味もなく引き抜いたり、離れて行っては魔獣を倒してきたりしている。
長々と話をしてくるが大体は愚痴だった。
来るのが遅いとか、訪ねる者がいないから退屈でしょうがないとか。
思い出話になると饒舌で、ずっと大精霊の話が続くことになる。
余り続くと飽きてくるのだが、それでも興味深いことはあって、初代勇者の話などは面白かった。大精霊の口からは、男のくせに花嫁修行にいそしんでいて、やれ指を切っただの、やれ掃除で物を壊しただので大変だった、みたいな話を聞くことができた。今のステラにとっては良い参考例だ。
前にこの森で魔女の事を聞いた時もそう思ったけど、本とかで伝えられていると伝説の存在にしか思えないのに、直接知っている人から聞くと本当に普通の人間なのよね。
勇者とか魔女とか、正しい存在とか邪悪な存在などは、特別なものじゃないのよね、きっと。
誰もが成り得る可能性を秘めている。
ただそれだけの事なのだ。
ステラはたまたまその可能性が開花しただけ。
そうやって小一時間程話に付き合い、一段落した頃にリートが話しかけてくる。
「何と言っていた?」
「引き続き力を貸してあげるって言っていたわ」
さすがにそのまま伝えるわけにはいかないので、伝えるのは大事な所だけだ。一文で足りてしまう。
「そうか、用は済んだな」
「あ、ちょっと待って、……」
他に何か気になる事を聞いたんだけど、と引き留める。
「最近変な夢を見なかった? 私はよく見るんだけど」
「夢? 変な物ではないが、向こうの世界の事はよく見るな」
「そう。エルランド様に伝えておかなくちゃいけないわね」
「何だ? 何か情報になりそうなことを聞いたのか」
ステラは首を縦に振る。
そして、言われた事をできるだけ正確に伝えた。
「とりあえず、私が前に聞いた事は後で説明するから今言われた事だけを言うわ。このままだと、たぶんフェイスのせいで世界が滅びちゃうかもしれないみたいよ」
「……は?」
そして、正確に伝えた場合リートは自分の耳を疑ったようだ。
まあ、普通そうなるわよね。