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第17話 とある教師の回想



 王都 退魔騎士学校 『ツヴァン』


 王都の退魔騎士学校にはツヴァン・カルマエディという教師が勤めている。

 元はウティレシア領のほど近くにある退魔騎士学校に勤めていた教師だが、ここ数年は異動になって王都に勤めることになっていたのだ。


「くそ、次こそ辞める。絶対こんな場所辞めてやる。誰が好き好んで乳臭いガキどもの面倒を見にゃならねぇ……」


 教室の一室、自らが取り持つ生徒達が過ごす部屋でツヴァンはぶつぶつと文句を言いながら筆記具を動かしていく。


 彼は、とある年度で辞めるつもりだったにもかかわらず、昔なじみの人間やら他の教師やらから説得を受けて、未だ教師を続けざるをえない状況にいた。


「次の授業の準備もあるし、来月の課外授業の日程表も作らにゃならん。ああ、こんな時にあいつがいてくれりゃあ……」


 喜んで面倒事を押し付けるんだが、と脳裏に思い浮かべるのはかつてツヴァンの生徒だった一人。ステラ・ウティレシアだ。


 あいつは色々と便利だった。


 面倒事は嫌いだみたいな事言ってるが、本気で頼られたら放っておけないようなそんなお人よしといっていい性格の持ち主だった。

 ツヴァンも生徒達に交じって色々便乗して、雑用だの準備だの何だのをよく押し付けた。

 それで、能力が高いもんだから、次も次もと面倒事と頼み事を引き寄せる。


 関係ないと断ればいいものをそうしないから、ツヴァンみたいなやつに便利な奴だと思われて付け込まれるのだ。

 曲がった事は教師でも目上の人間でも正しにに行くわ、自分の思った事を貫くわで、本人はそう思っていないようだったが、あいつは紛れもなく、隙があり甘ちゃんで阿呆だ。


 そんなステラ・ウティレシアという生徒はここまで聞けば分かるだろうが相当な変わり者だった。


 あいつは、学校に入ったばかりでどうにも甘さの抜けないガキ共の中、戦場の厳しさをわずかでも知っている人間であった。この世の非情さを理解しているような目もしていた。


 敵を前にしても恐怖するような事はない。そんな道はとっくの昔に通ったとばかりに怯みもしないし、かといって自分の持っている能力を驕らずに冷静に自分に足りない物を見つめ、吸収していく。暇があれば備えが大事と、頼み事やら何やらを引き受けているとき以外は、日ごろの努力や腕の研鑽をかかさない。


 こいつ学校に来る必要ねえんじゃねぇか?


 と、入学後三日目に思ったくらい変わっている。


 その当時は、ほっときゃ勝手に育つだろうと思っていた。その生徒は、特別ツヴァンが何かを教えずとも様々な事を吸収していったからだ。


 いつだったか風邪を引いたとか聞いたその時も、一日休んだものの翌日には何事もなかったかのように平然と登校してきたし。


 たまにやっかいな面倒事に巻き込まれていたりはするが、それを解決してなお人の面倒を見る余裕があったので、そいつに関しては特に気にかけなくとも大丈夫だろうと思っていたのだ。


 ステラ・ウティレシアに特別な教師は必要ないだろう、と。

 特に自分のような人間としても騎士としても失格な人間なら、なおさら


 だが……。


 物思いを中断する。


「ああ、くそねみぃ。こりゃちっと仮眠をとるべきか?」


 休みなくペンを動かしていたツヴァンは、手を止めて採点していた試験用紙を脇にどけて突っ伏した。

 欠伸が出てくる。


 昨夜は生徒の成績をまとめたりなんかしていて色々とやる事が重なって眠れていないのだ。


「今頃なにやってんのか。騎士だか、勇者だか大層なもんになりやがって。あいつは上手くやってんのか……?」


 睡魔に襲われた影響か、思い出すのは先程の思考の続きだ。


 一年生だったステラは二年になって、ツヴァンは引き続き自分の生徒達の面倒を見る日々を送る。


 そんな中で事件は起きた。


 指名手配されている犯罪者が学校の生徒に紛れ込み、ステラ・ウティレシアは決して軽くはない被害を受けた。

 呪術という今は世間一般に知られていないその力を受けて、ステラはある特定の人物の記憶を失くしてしまったらしいのだ。幼なじみだというツェルト・ライダーの記憶を。


 その当時のツヴァンはステラという人間をまったく理解していなかった。それでも高をくくっていたのだ。

 ステラ・ウティレシアならそれくらい自分の心に折り合いをつけて何とかできるだろうと。


 だが、現実は違った。

 ステラはそれが出来なかった。

 話にすらならなかったと言っていい。

 自分にはきっと人を見る目がないのだろう。


 ステラはその日から、大して良く知りもしない他の教師からでも分かるくらい元気をなくしていた。

 剣の腕も戦場での気構えもないから何まで騎士を目指すものとしては合格点を叩き出していたそいつは、ステラ・ウティレシアは精神面がまったくと言っていいほど弱かったのだ。


 ある日、滝の様な雨が降り、雷もどこかで鳴っているような天気の日の夜。


 ツヴァンは校舎の見回りをしていた。

 手には自分が所持している剣の内の、一本。悲嘆の剣が握られている。 


 適当に歩けば、当然のようにステラと遭遇する。


 そいつはたまに何をしているのか時々夜の校舎内で見かけることがあったのだ。(そういう日の寝床は大抵寮生であるニオ・ウレムの部屋になっている)


 おおかた訓練場にでも忍び込んで剣でも振ってるんだろうと思ったツヴァンは、面倒ごと回避の為に非行に走ってないなら本人に口出しはしまいと決めていた、……のだが。


 ツヴァンが見た少女の様子はおかしかった。


 ステラは心ここにあらずと言った風に、どこかへ向けて歩いて行く。

 ほどなくして行き先は特に無いようだと判明する。

 まるで始めて来た建物を歩いて迷子になっているかのような様子だった。


 事件からある程度時間が経っているにも関わらず、まさか他の記憶も消えてるのかと思ってしまったくらいだ。


 さすがに妙な様子の生徒を夜の校舎にずっと放っておくわけにはいかない。


 だが、その前に……。


 ツヴァンは殺気を放たないように、悲嘆の剣を抜く。

 あの女子生徒はどういうわけか、殺気なんてもんを感知できてしまうから実技授業では厄介なのだ。


 ツヴァンは教師としても半人前で、前務めていた騎士としても半人前だった。

 敵前逃亡の卑怯者で、愚か者。

 同僚を死なせて、逃げ延びた弱者。


 そんな自分に残った、それだけは否定しない戦闘の腕。


『……』


 最新の注意を払った。

 足音は殺したし。殺気ももちろん放っていない。


 生徒の少し前で立ち止まる。

 ツヴァンは、剣先をステラの方へと向けて、そしてステラが目の前にいると仮定して浮かんだそのその姿を切り払った。


 空を切る音が鳴る。

 瞬間。ツヴァンには様々な物が見えた。


 雷鳴の轟く校舎の中で剣を持ち立つ教師と、それを見ているステラの姿。

 遺跡のような場所で、何かから逃げているらしいステラの姿。

 騎士団に所属して、無茶な任務を押し付けられ笑えるくらいの魔物の群れに向かって切り進んで行くステラの姿。

 荷物らしきものを持たされて学校の準備室の入り口で立ち尽くすステラの姿。

 学校の教室で、誰かの姿を目で追っているステラ・ウティレシアの姿。


『……』


 時系列はおそらくバラバラ、見える映像は無作為によって選ばれたもの。


 刹那の間にそれらを見たツヴァンは眉間に皺を寄せる。と、同時に階段を下り終わったステラが振り返る気配。

 剣をしまう。


『こんな所で何してんだ、狂剣士。とうとう非行にでも走ったか』


 見下ろすような形でそこにいる女子生徒の様子を窺う。


 今、使った悲嘆の剣にはある特殊な呪いが駆けられている。

 以前受けた騎士団の任務で偶然手に入れた品物。

 帯剣不可の学校でもいつも隠し持っている剣だ。


 恨みなら山と積むほど買ってきた。これくらい用心しないとおちおち安心して過ごせないのだ。

 生徒達は、日ごろ接しているやる気がなくて面倒くさそうでやたら不真面目にしている教師の昔なんぞ、知りはしないだろうが。


 今手にしているその剣は、相手の現在の人生に近い歴史が無作為に見えるという効果の品物で、さしせまった危険の多い戦いではいまいち使い道がない剣だ。なので、万が一見つかっても言い訳が通りやすい。他よりは。


『先生?』


 振り返ったステラがこちらに気づいて、不思議そうな表情を見せる。

 まさかとは思うが、本当に背後を歩いてついてきたツヴァンの事に気づかなかったのだろうか。あのステラ・ウティレシアが? ツヴァンが生徒達の中で唯一、狂剣士とあだ名をつけるくらいには剣の腕に狂っているあのステラ・ウティレシアが? らしくない。


『今何時だと思ってんだ。時間を考えて行動しろ、俺が面倒だろうが』

『すみま……』


 さすがに自分のやっている行為が良くない行動だったと気付くだけの余裕はあったようで、謝罪の言葉を発しようとするがその声が途中で轟音にかき消された。


 ツヴァンの背後にある窓が光る。どこかで雷が落ちたのだろう。結構な音だった。案外近いのかもしれない。下手な女子だったら悲鳴を上げかねない状況だ……。幽霊が苦手だという話を聞く目の前の女子生徒は、夜の校舎で雷に浮かび上がった人間のシルエットをどう勘違いするやら。


 だが、懸念したような反応は返ってこなかった。


 こっちに気づいて見上げたその生徒の顔に刻まれた表情は予想した反応ではなくて、はっとしたような表情で、そしてしだいに不の感情の色に染まっていき……。


『ウティレシア、お前……大丈夫か?』


 普段適当に接して適当に相手をしているガキ共の一人に、何ともらしくない気遣いの言葉をぶつけてしまうくらいにはひどかった。というより率直に言えば怯えていた。


『そもそもこんな時間にうろうろして何してたんだ』

『あ、それは……』

 

 理由を聞けば、記憶を思い出すきっかけが得られないかと探していたらしい。

 なら昼間にやれよと言うのだが、他の学年の生徒がいる教室まで詳しく調べられないから、と答えた。そんなところまで、真面目で律儀にならなくともいいだろ、と呆れたが。


 捜しに来たニオに適当に押し付けた後、校舎から遠ざかっていく背中をツヴァンは見つめていた。


『あー、ったくマジかよ』


 そうして悲嘆の剣を見つめる。

 思い返すのは、先程剣を使たときにみえた光景の一部。


 桃色の髪の少女を前に誰かを悪者ぶっている女子生徒の姿。

 男性ものの騎士学校の制服を来た顔の見えない男と、何者かに剣で刺し殺された女子生徒の姿。


『お前マジで呪われてるぞ』


 生徒とは教えてやるだけではなくて守ってやらねばならない存在らしい。


 なんて、……阿保らしい。


 そもそも教師なんて嫌々やっていた職だ。

 しかも教え子はつい最近までは他人だった者達。

 これ以上面倒をみてやる義理などない。


 勝手に自滅していればいいだろうし、死ぬなら死んだでそれまでの人間だったというだけだ。

 騎士になれば任務で人間なんかはあっさり死んでしまう。ここで過保護に守ってやって何になるんだ。


 自分などに何かを教える資格などないだろうし。


 今見た事は、寝て忘れる。

 それでいいはずだ。


 けれど……、


 校舎を施錠するために歩き出したツヴァンは足を止める。


 あの時、あそこでツヴァンが剣をしまわずに持ったままでステラに姿を見られていたら、どうなっていただろうか。

 剣で見たのと同じ光景になる。

 あいつはどんな反応に出る?


 悲劇に遭った人間は、立ち直れなければ、また次の悲劇の引き金を引くだけだ。


 ツヴァンは苛立ちをぶつけるように言葉を吐く。


『……狂剣士、お前は俺を教師にするつもりか』


 誰よりも教師になりたかった知り合いがいた。お前は、そいつが教師になれなくて、こんな教師どころか人間すら失格になりそうな奴に教師になれと言いたいのか。


 実際にはステラはそんなこと言いやしないだろうが、その時ツヴァンンはやつあたりみたいにそう思っていた。


『俺なんか、適当にやってクビになるぐらいがちょうどいいってのによ』


 遠くなっていってしまった背中を見送ってツヴァンは呟きをこぼした。





 そんなことがあったせいで結局ツヴァンは、今までなんとなく引き受けていた望んでもいないガキ共の世話を進んで引き受けるようになってしまった……。


 そもそも同僚の女騎士が任務中に亡くなったりしなければ、妙な気まぐれを起こして夢を代わりに叶えてやろうなんてこともなかったというのに。


 結果としてまとめれば、ツヴァン・カルマエディが教師の立場のまま学校にいるのは間違いなくステラ・ウティレシアのせいだった。

 生徒の分際で人の人生を左右するとはいい度胸だ。まったく。


 だから途中からは開き直ったように、こき使ったりして反感買ったが。(それで一度そいつ流の剣の鍛錬に付き合わされてひどい目に遭った)





 回想から戻る。

 生徒のいない教室の中、どうにも眠れる気がしなかったツヴァンは諦めて身を起こし手試験用紙の採点にとりかかる。だが眠い。


 あれからステラの幼なじみの男子生徒ツェルトに、その時の夜の学校一件を話してやるものの、何をどう思ったのか、励ますだのなんだのする前に余計距離を取る様になりやがるし。挙句の果てに関係ない生徒から、フェイスの偽情報を流したのはお前か、なんて剣を突きつけられるわ。後に王都の町で起きた事件のステラ=フェイス疑惑の話を聞かされた時は、もう無言で頭を抱えるしかなかった。


 ガキってやつはどうしてこう揃いも揃って手間かけさせやがるんだ。

 そんなもんどう予想しろと。


 何の問題も解決しないままあっという間に三年が過ぎて、便利かつ妙に腕の強い女生徒……ステラ・ウティレシアは卒業する事になった。

 その時にはステラの進路が騎士ではなく領主だと分かっていたので、精神が弱かろうとそれなりに頭を悩ます事は無くなっていた。むしろいい思い出にしてもいいかぐらいには思っていた。


 だがところが、そんな風に優しく世界はできていなかった。


 その当時は他の教師達も訝しがっていたものだ。

 数か月経った頃、騎士にはならないと言っていた生徒が騎士になり、王都に移り住み活躍し始めたという話を聞いたのだから。


 良く知る人間にとってはこれほど不思議なことはない。

 あのステラがそう簡単な事で己の意思を曲げるはずがないからだ。


「げ……っ」


 また思考が脇にそれていた。

 考え事をしていたせいか、採点していた用紙に書いていた数字が歪んでいた。

 慌てて、訂正を入れる。


 間違えた数字のままだったら、点数が上がっていただろうに。

 苛立ちをぶつけるように用紙の余ったスペースに、お前の脳みそは飾りかもっと勉強しろ、とでも説教を足しておく。


「ったく、世話のかかるヒヨッ子共が……」 


 だが、そのヒヨッ子の足をすくうような真似をしたのは自分だった。

 ステラ達が騎士団に入る事になったのは、ツヴァンのせいなのだ。


 まだステラの進路を騎士だと思っていたころ、碌に意思を確かめもせず詳細な情報を王宮に伝えてしまった事がある。


 将来が不安な人間ではあったが、実力は確かなので曲がりなりにも教師として努めているのなら推薦くらいはしてやってもいいと思った。

 騎士の力は上についた上司の質にも左右される。

 未熟でも、それなりの人間の下に着けばいくらかやってけるだろうと思ったからだった。


 だが、それが裏目に出た。


 国を治める王が代わればその下で働く人間の使い方も変わって来る。


 ステラ達は家族を人質にとられて強制的に働かされる事になってしまったのだ。


 大げさにいうようだが、それはツヴァンの罪だ。


 適当に相手をしてやって、やっぱり心配だからと面倒をみるようになって、だがツヴァンがやって来たのは罪を生み出しただけだ。


 騎士として人を殺す、魔物を殺すだけなら、殺人の罪を量産するだけだというのに。

 ツヴァンが教師となったことで、まだ自分の面倒も見られないような子供を相手に罪を作ってしまった。


 ステラ・ウティレシアは勇者になったらしい。

 だが……。


「あいつは今も元気にやってんのか……」


 先程も言ったような事を口走る。

 重症だ。

 この自分が素直に人の事を心配しているような言葉を吐いてしまうとは、疲労はあなどれない。


 一回だけ王宮での催しに呼ばれた事があるがツヴァンは辞退した。


 柄にもなく確かめるのが怖かくなったからだ。


「次は本気で辞めてやるからな。くそ……っ。引き止めるなよ、絶対引き止めるな……」


 そして口だけの言葉を吐きながらも、眠気と戦いながらテストの採点を続けるのだった。

 文句を言いながらも、それでも今日までずるずると教師を続けているのは、一体どういう事なんだと思い悩みながら。



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