第16話 尊敬してるから
王宮 男性騎士兵舎
「……」
ツェルト達の出会いの話の続きをそこまで聞いたクレウスは、何とも言えない表情をしてため息をついた。
畳の上で向かい合って話をしていたツェルトは、クレウスが用意した渋いお茶で舌を湿らす。
「ツェルトまさかとか思うけど、その話に出て来た一見不審人物のようにも見える男性というのは……」
「ああ、勘が良いなお前。勇者の野郎だ」
「これは、また……。ツェルト、君は本当にステラとよく似合いだと思うよ」
「それは誉めてんのか?」
「誉めてる、……ああ、誉めてるよ」
「微妙に俺の口調真似すんなよ」
ツェルトは目の前のクレウスと同じように何とも言えない表情になる。
話の内容の後では、そうして迷いの森へ言って女の子を回収してきて、かつ薬草も手に入れてきたツェルト達なのだが、正直魔物がうじゃうじゃいるわ、夜だし暗いしよく見えないしで、まったく生きた心地がしなかった。はっきりと、もう二度と来たくないと思った。すごい思った。(あの時はまさかもう一度あの中に入る機会訪れようとは、夢にも思わなかったが〉
『おれ、絶対もう二度とあの森には行かないからな』
『念押ししなくてもそうそう行く機会なんてあるとは思えないけどね』
今思えばあの時した勇者との会話は、ステラ流に言うフラグだったのだろう。
迂闊な事を言う幼い頃を自分の口をちょっと縫いつけてやりたい。
で、そんな感じで苦労してステラの所に戻るのだが、薬草を煎じて薬を飲ませる時間などなさそうで、びっくりした。
あと、少女の周囲に大勢の人がいて、領主とか使用人の人とか普段接していない人達も集まってて大事になってて、二重にびっくりだ。
それで、どうにかできないかという話になって、最終的に勇者が身分を明かして信用を得てからツェルトを精霊使いとして、契約させる流れとなったのだ。
翌朝、穏やかに寝息を立てる少女を見てほっとしたのを覚えている。
「そういう出会い方をしたのなら、君が彼女に運命を感じてしまうのは仕方ない……か?」
「言っとくけど、そういうアレじゃないぞ」
というかそれは普通女子側の思考だろ。
ステラ的には二年後に人質から助け出された時を思い出して、何か運命を感じてそうな事を時々言ってるけど。
「でも、まあそんなに間違ってはいなくもないかもな。特別に思ったってのは本当だし」
より詳しく言えば、ツェルトがあの時思った感情はこうだ。
力強くて高貴な者への尊敬だ。
あとは、他の人間よりも何倍も強烈な存在を放つ、心の輝きに魅せられた、というのもある。
「俺はたぶんステラのあの性格を知って、あんな風になりたいって尊敬……うーん、子供的に言えば目指してた……んだと思う。釣り合うようになりたい、みたいにも。だから誰よりも一番近くで、一生懸命ステラの事を見て、ステラの成長を確かめたかったんだ」
一度これといった目標を定めたら、わき目もふらず走り続ける自信は子供の頃からあった。
だから、ツェルトは友達として仲良くなった後も、危ないとは思いつつも剣を教えたり、一緒に練習をしていたりしていたのだ。
「ふむ、想い人としてではなく、一人の人間としても君にとってステラは特別な人だったというわけか」
「ま、まとめるとそういう感じだ」
話の終わりにお茶を飲もうと手をのばせば器が空になっているのを気づく。
何も言わずとも察したクレウスが新しいお茶を、急須という器から注いでくれたので礼を言う。
こういう所を見ると、抜けているアリアよりクレウスの方が主婦に似合うように見えるのはおかしいだろうか。
将来は絶対アリアはお世話される方だと思う。
ツェルトはどうだろうか。
今はステラも何やら色々頑張っているみたいだし。
そんな風に考えたりしているとクレウス話を続けるように言葉を口にする。
「何というか、話を聞いていて思ったのだが」
「小さい頃からステラはステラしてただろ?」
「アリアがあそこまでなつくのも納得だ」
「ステラだからな、当然だ!」
しかし、とクレウスは難しい表情を作りツェルトの方を窺う。
今までの話にそう暗くなるような要素でもあっただろうかとツェルトは首を傾げたくなるが。
ややあって、言葉が続けられた。
何から気になる所があるらしい。
「まず一つ。僕が彼女から以前聞いた話だと、君と初めて出会ったのは、人質から助けられた時だと聞いたのだが」
「あぁ……、俺同い年って思われてなかったみたいなんだよな。ほら、ステラ話の中でお姉さんしてただろ、だから七歳で再会した時も、分からなかったみたいなんだよ」
「君は覚えてたんだろう……不憫だな」
「言うな、余計に傷つくだろ。良いんだよそれは。ちょっとだけだけど思い出してくれたし」
向かい合うクレウスの同情するような視線から目を背ける。
中途半端な慰めほど心をえぐる物はない。
ツェルトは肩を落としてうなだれる。
見かえりとかを求めて頑張ったわけではないので、いいのだ。
不憫だろうが可哀想だろうがツェルト・ライダーは気にしないのだ。
…………本当だ。
「では二つ、その初めて会った時、精霊と契約したらしいが、ただ力をもらうだけの関係ではないだろう?」
「お前、気づいてたのかよ」
「何となく、だが。僕は君がシルベール様となって、貴族会を駆け回っていた姿を少しだけ知っているからね。それに関係しているんだろうと推測した。あの時は気づけなかったが、今の話で気になってきてね」
それで、わざわざ訪ねたらしい。
回答のない問題が我慢ならない性質の人間かもしれない。
やはりクレウスは真面目だった。
そしてその超真面目騎士クレウスは、沈黙し続けるツェルトの対面で至極真面目な顔をして、どうなのだとこちらに問いかけてくる。
「……ああ、お前が考えている通りだよ。契約時のことを相手が質問してきた時以外はむやみに口外しない制約、あとは感情を表に出さないようにする制約だ。後者の方は勇者が何とかしてくれたから、わざと利用する時以外は大丈夫なんだけどな。でも俺あれはもう二度とやりたくない」
「ほう、あれのおかげで君はずいぶん助けられたのではなかったか?」
そうだけどな。
ツェルトはリアクションをとるためにまずお茶の入った器をどかして、目の前の台に突っ伏した。
ほら、おれ可哀想。すっごい意気消沈してる。
だからその話題、忘れてくれると助かるんだが。
「…………で、何故だ?」
真顔で聞き返された。
駄目だこいつ。
空気を読んで、その空気を無視する奴だ。
知ってたけど。
「あれやると、ステラがその……俺に怯えるんだよ」
「君にか?」
クレウスは心底信じられないといった表情をする。
ツェルトは意味のなくなったリアクションをやめ、頭を上げる。
「何か、すんごい怖がってる。近づくとびくっとされる。そんで話しかけると、返って来る言葉が固くなってるし、駄目押しに名前で呼んでくれなくなった。シルベール様呼び。俺は悲しい」
その時の事を思い出して、ツェルトは悲しくなる。
きっと、この悲しみを集めて、ツェルトを何時間も漬けようものなら確実に死ねる類いのものだ。
「それは、辛いな」
「だろ? 俺すっごく切なかったんだぜ。やばいくらい。グレイアンまじぶちのめす、とか柄にもない事考えたくらいだし」
誰にも言えない事だっただけに、秘密を共有できる人間ができた反動でツェルトは饒舌になっているようだった。
一度、蓋を開けてしまえばそこから出てくるのはとめどない言葉の数々だ。
「で、さ嫌われてないか不安になるから喋らないようにするし、避けるし、偶然会わないようにとかするじゃん。でも、するとさらにステラが元気失くすんだよ。悪循環だな! 当時の俺はもうステラ不足が深刻で深刻でしょうがなかった。学生時代にリート先輩にこき使われてた時の比じゃない。しかも、会うのはステラでも何でもない人間だし、というか腹の中に黒いもんばっかため込んでる奴らばっかりだし、そういう点で言えばその時も変わらず協力してくれたリート先輩には感謝してるけど、ともかく俺は辛かったし、やばかったし、切なかったし、ちょっとひどくもあった。任務だって、胸糞悪くなる奴ばっかだったしな」
「想像しただけで押しつぶされそうな立場だ」
おそらく一言一句聞き逃すことなく全て聞いただろうクレウスは、心の底からこちらを慮っているように言葉をかけてくれる。
嫌な事は嫌な事だが、長い間ため込んできたものを解放したせいか、ちょっとすっきりもした。
何だか、男子会は最後に陰鬱な話をして締めくくる様になりそうだが、女子会の方はきっと華やかで楽しい一日を送る事になっただろう。
いや、ステラやアリアがいるから必ずしもそうとも言い切れないが、少なくともここまでの雰囲気にはならないはずだ。
「君のその力。また、使うような事にならなけばいいな。心の底からそう思うよ」
「やめろ。そういう事は心の中で思うだけにしてくれ、口に出すとそれアレだぞ、フラグだぞ。何か起きちゃうぞ、ステラとかアリアみたいになっちゃうぞ」
彼女達には劣るかもしれないがそれなりにトラブルに縁があるかもしれない……なんて、さっき話した直後にそんな会話をしてしまえば、どこかの運命が丁寧に拾ったりするかもしれないではないか。
何て思ってたら連続技を叩き込まれた。
「そうだな、この話は僕達だけのものとしよう。安心してほしい、けっして誰に聞かれても口を開いたりは……」
「お前わざとやってないか!?」
そんな事を言えば普段見ない表情をされる。
口の端を少し上げて、笑いをこらえるような表情だ。
つまりわざとだ。
そうだこいつ、たまにアリアをからかって遊んでるんだった。
頭良さそうで真面目な事しか言わなさそうな見た目してるだけにこういう時はタチが悪い。
「困った彼女を持った苦労人同士の、これからもよろしくというささやかな挨拶だよ」
「嫌な挨拶だな。自分で苦労人とか言うか?」
ツェルトがげんなりした様子で返せば、事実だろうと返って来る。
「分かったお前、気に入った人間の面倒は進んでみるけど、みた分だけ遊ぶタイプだろ」
クレウスのそれはまるで、ステラに対するツェルトの態度みたいなやりとりではないか。
似た者同士だ。嬉しくはない。
「そういう余裕なこと言ってると後でやり返すからな。こっそり陰から、何もない所でコケる様に念を送り続けたりするからな! それに、まだお前の話が残ってるだろ? 三倍返ししてやるぞ」
やられた分はやる返すと警告をしたところで、まだ知らぬ、アリアとクレウスの話をその後も聞くことなった。
内容は予想通り。
女子会は華やかで楽しいんだろうな、とツェルトが心底羨む結果となった。