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第15話 重なり合う出会い



 カルル村 集会所

 ラシャガルの訪問で貴族の少女がカルル村に避難してきたその日の夜、その子供に高熱が出た。

 原因は不明だが、初めての村の探検ではしゃぎ過ぎたのが原因ではないかという話だ。


 少女は、直前まで村の井戸の所で精霊について話したりしていた時とは思えない様子でぐったりとしていた。


 ツェルトは村の集会場の隅、用意された寝台に横たわっている少女へと声を掛ける。

 ちなみに周囲には今、誰も人がいない。だからツェルトは、入り口にいた大人の目を盗んで、こっそり中に入った後、少女の様子を長々と見てられるのだ。


「なあ大丈夫か、君」

「平気よ。私はお姉さんなんだから。全然平気なの」


 布団にくるまっている少女は、ずいぶんと辛そうに見える。

 顔は赤くて、息も荒い。

 それが大丈夫に見えないからツェルトは声を掛けたのだが、少女は強がって見せるばかりだ。


「いくらお姉さんでも熱が出たら辛いだろ。いいから寝とけよ」

「私はぜんぜん大丈夫なんだから」


 はいはい。


 起き上がろうとしてまで抗議しようとする少女を布団に押し込んで、寝かせる。

 何故にそんなに強がるのか分からないが、ここから抜け出して辺りを徘徊しかねないような気がしてきた。心配で目が離せない。


「年下の男の子に心配されるなんてお姉さんにあるまじき失態だわ」


 しかし、顔を真っ赤にして涙を瞳に滲ませているような状態でも、目の前の少女はお姉さんを貫きたいようだ。一体そのその並々ならぬ執念はどこから来たのやら。頼りない兄弟でもいるのかもしれない。


「年下? よく勘違いされるけど、俺は君と同年代だと思うぞ」

「嘘言わないでよ。そんな事言っても騙されないんだから」


 少女は年下の子供に悪い事を注意するような口調で言う。


 嘘じゃないんだけどな。


 だが、同年代の同じ年の子供と比べて背の低いツェルトは、良い反論が思いつかない。


 この少女、もうすっかり出会った頃の毅然とした態度はどこか彼方にやってしまっている。

 それでもお姉さんでいるのは、領主の娘でいる事よりもよほど優先度が高いらしい。それってどうなのだろう。少女の立場的に。

 よく分からない子だな、と思った。


「なあ、本当に大丈夫か?」

「大丈夫ったら大・丈・夫!」


 しつこすぎたかもしれない。目がちょっと怖い。

 こういう状態の人間に、何を言っても無駄なのかもしれない


 これ、明日にはちゃんと治ってるのかな。

 何となく不安になったツェルトだった。


 それで言葉が途切れたので部屋には沈黙が満ちた。


 この部屋の持ち主である村長さんは、熱に効くという薬を探しに言っている。

 他の大人たちは領主に知らせに行ったり、ラシャガルがまた村に訪れてついでにおかしなことをしでかさないか見回っているらしい。


 一応家の外にも見張りっぽい大人が一人立っているが、集会所の中にいるのはツェルトだけだ。(ちなみにツェルトの両親は、いう事を聞きそうにないこっちの様子を見て、折れた。外着から着替える為の部屋着やらなんやらを取りに言ってる最中だ。めっちゃ迷惑かけてる)


 普通は病人の傍に子供を一人残して大人がいなくなったりしないはずなのだが、領主の娘だという事で村人達は混乱しているのだろう。

 お互い誰かが残っていると思い込んでいる様にも見えた。

 もう少ししたらたぶん冷静になると思うが。


 そんな中、部屋の外から話し声が聞こえた。

 一方は見張りっぽい見知った村人の声、もう一方は知らない男の声だ。


 ツェルトは井戸のとこから持ち帰った木の枝を手に取って入り口の方を見た。

 そうしなきゃ、何の為に残ったか分からなくなる。


「ちょっと良いかな、失礼するよ」


 入って来たのは、荒事とは無関係そうなそこらを歩いていそうな普通の男だった。


「ええと、人を探しているんだけど、これくらいの背で黒髪の女の子を見なかったかい?」


 と、男はツェルトと同じくらいの背の位置を手で示す。

 ツェルトは年齢の割に身長が低いので、その女の子は自分より年下の少女だろう。


「見なかったし、知らないけど、何だお前。よそ者がなんで村にいるんだよ」


 申し訳なさそうな様子からは敵意は感じられないが、油断は禁物だ。

 昼間カルル村を訪れた貴族は偉ぶるだけでなんの取り柄もなさそうだったが、権力とかいうものを武器にして村人達を困らせてきたからだ。


「ふむ、いいね。その気構えは。度胸も据わっているようだ」

「そういうのはいいから。何でお前みたいなのがうちの村にいるんだ?」

「ちょっと旅の途中で、本当は昨日あたりからお世話になってたんだけれどね、あまり人前に出たくないからここに顔を出すつもりはなかったんだけど。連れがいなくなってしまって困っているんだ」


 つまり迷子を捜しているらしい。

 困っているというのならば仕方がない。

 枝を適当に放ってそこら辺を示す。


「座っとけよ。もうじき村長のじーちゃんが来ると思うから」


 その時に相談でもすればいいというのだが、相手は首を振る。


「残念だけど、そんなにのんびりしているわけにはいかないんだ。彼女はちょっと不穏な伝言を残して行ってね。精霊のいる森に行ってくると……」

「森? もしかして迷いの森か!」


 男は様子からしてあまり慌てていない。ただの森でちょっと危険なんだろうと思っているようだが、ツェルトにはそこがかなりまずい場所だという事が分かっている。


 よりによって何でそんな場所に行ったんだ!


 そりゃツェルトも精霊とやらは見たいと思った事はあるが、好奇心だけで見れるもんでもないし。

 大人たちからは森に入るなと口を酸っぱくして言われ続けている。

 行った事はなくても今の状況がまずいということぐらいは分かった。


「村長のじーちゃんを待ってられないな、こっちから話しに行った方がいいかもしんない」


 なぜにこういう時に限って面倒が重なるのだろうと思いながらも、放っておくわけにもいかないので急いで話をしに行こうとした時。


 少女が身を起こした。


「何かあったの? 迷子がいるみたいな事聞いたけど」


 ぼんやりとした視線だが、眠った様子はなかったので話は聞いていたらしい。

 少女はふらふら頭を揺らしながらベッドを抜け出そうとする。


「駄目だって、君は寝てないと。倒れちゃっても知らないぞ」

「でも、その子だって危ないんでしょ? なら放っておけないわ」


 なおも動こうとする少女をツェルトは懸命に押しとどめる。


「何も君が行かなくても、大人達が何とかしてくれるって」

「そうかも知れないけど。そうじゃないかもしれない。頑張らない理由にはならないわ。心配して何が悪いの」

「悪くはないけど」


 そんな風に会話を繰り返していると外が騒がしくなった。


「何だ?」


 耳を済ませると何やら動揺したような声やら焦ったような声やらが聞こえてくる。


 町の近くにあやしげな模様が地面に掘られているのを見たとか、迷いの森の方へいく小さな人影を見たとか。


 前者は何となく昼間の貴族の嫌がらせじゃないかと思えた。後者はおそらく今話題の人物だ。


「貴族ってロクなもんじゃないな」


 ツェルトがいい迷惑だと、そう思いながら言うと。少女がベッドから出てこちらに近づいてきた。


「だめ! そんな事言わないで。貴族だっていっぱい良い人がいるんだから。悪い人ばっかじゃないんだから! 私のお父さんも、お母さんも、ヨシュアも皆いい人なの。だから貴族を嫌いにならないで!」

「あ……ごめん」


 必死な様子で悲しそうに言葉を続ける少女に、ツェルトは自分の無遠慮な言葉を反省するしかなかった。


 落ち込んでいる少女の様子に、なんといったらいいか分からない。がとりあえず何か声をかけようと思っていると、その間に少女の方は自分なりの結論を出したらしい。一つ頷いて見せた。


「分かった。私、その迷子の子、探してくる。私が頑張って、貴族が皆が皆、悪い人じゃないんだって証明する。だから……」

「ちょ、無理だって、ふらふらじゃんか。俺が悪かった、謝るから!」

「だって心配だもん。誰かが見つけなきゃいけないなら私が見つけて証明するんだから」

「いや、あの、もう良いってそんな事……、俺の言葉聞いてる?」


 歩き出そうとする少女が倒れかけたのを見て、支えてやる。

 必死に謝罪の言葉を口にするツェルトだが、少女に届いている気配はない。


 聞く耳持たない様子の相手にどうしたものかと思っていると、男が音もなく近づいて少女の首をそっと叩いた。

 とたん、意図が切れた人形のように気を失ってしまう。


「お前……!」

「大丈夫、ちょっときぜ……眠らせただけだから。心配事を増やすなんて、申し訳ない事をしちゃったね。この子には」


 男の口から何か不穏な言葉が一瞬除いたような気がするのだが大丈夫なのだろうか。


「しかし、周辺で……なにやらおかしな感じがするが。呪い……まさか、ね」

「え?」


 男は自らの言葉に首を振って否定する、そして、気絶……じゃなくて眠らせた少女を注意深く観察し始めた。


「けど、どうにも普通の熱じゃないみたいだ。放っておいたらまずいかもしれない」

「な、どういう事だよ。この子大変なのか!?」


 この時のツェルトや村人などには分からなかった事だが、少女の体調不良はラシャガルに脅された村人の一人が、昼間に出した水……(少女を持て成した際に飲ませたらしい)に毒を入れた事が原因だった。


 その人は、グレイアンが王座に座る事になった時にも、人質を取る為にツェルトの両親の仕事先や内容、詳しい個人情報をラシャガル経由で流してもいたらしい。


「大変なのはこのままなら、ね。とりあえず大切な事を聞くから、答えてほしい。迷いの森とやらは精霊が住んでいるのかい?」

「そうみたいだけど……」


 それがどう関係しているのだろうと、思えば男は思わぬ事を口にした。


「あまり知られてはいないが。これくらいの症状なら、精霊の力で育まれた薬草を使えば癒す事ができると思う。あれは万能薬に近いからね」

「そ、そうなのか?」


 言うなリその場を後にしようとする男。

 ツェルトとしては初耳だった。それが本当なら、女の子を探すついでにその薬草とやらも探しに行けば一石二鳥になるだろう。


 意を決したツェルトは、集会所から出ていく男へ声をかけた。

 そこまで行くのに案内が必要だろう。

 村の大人たちに話せば絶対に止められて、その分時間を食ってしまう。


「待て。俺も行くからな」


 そうしてツェルトは迷いの森へと行き、迷子になっていた女の子を助け、後に村に訪れた危機を解決する薬草の存在を知る事になったのだ。



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