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第11話 そのままの貴方が好きだから



 王宮 通路

 そういうわけで調理のお仕事で激動の半日を乗り越えたステラは、ふらふらとした足取りで自室へと向かっていく。

 貴重な体験だったが、慣れない事の連続でさすがに疲労がたまっていた。

 半日前のニオの様子を思い浮かべて彼女もこんな感じだったのかと思う。


 そんな時に好きな人が自分を追い払って別の女性を呼んだら……。

 なるほど不機嫌にもなるだろう。


 こんな日は早く休みたかった。


 しかし、そんな時に限って話しかけてくる者が存在するのだ。


 目の前に立ちふさがる猛獣の気配。


「ジャガイモくせぇ」

「何よレイダス。何か用かしら」


 女性に対していう言葉じゃないわよ、それ。

 彼に刺々しい言葉を吐いてしまうのは仕方がないだろう。


 だがそんなステラ言葉には取り合わずレイダスはこちらへ顔を近づけて鼻をならしている。

 いや、匂いを嗅いでいる?


「芋が多い、塩が足らねぇな」

「?」

「ニンジンが入ってねぇ」


 何を言っているのだろう。

 疑問に思ったが、レイダスが勝手なのは今に始まった事でも無いだろう。


「用がないなら、通らせてもらうわよ」

「おい、女、テメェ貧民街にでも行って来たのかよ」


 どうしてそうなるのか分からないが、疲れているので相手をしたくないステラは無言でその横を通り過ぎようとする。

 だが、それを阻む様に避けようとしたステラの前へ回り込むレイダス。


「無視すんじゃねぇ」

「……人に物を聞くなら礼儀に気を付けるべきでしょう」


 私にはちゃんと名前があるのだとそう言ってやる。


 貴方が言うような言葉は名前とは言わないのよ。

 私にはちゃんと両親にもらった大切な名前があるんだから。


 そう言ってもレイダスが大人しくいう事を聞くわけがない。

 だから実際にそこまで言葉を続ける事はなかったのだが。


「ちっ、おいステラ。テメェはどこに行ってきたんだ。喋ろ」


 聞こえて来た言葉に耳を疑った。

 まさか彼がまともに人の名前を呼ぶとは思わなかったからだ。


 レイダスに向き直って、まじまじとその顔を見つめる。

 相変わらず、凶悪そうで不満そうな顔だ。どこも変わった様子はない。いつも通り。

 そんな様子に少し安心してしまって、自分はおかしいのかと思ったりもした。


「食堂よ。遠くになんて行ってないわ。私は今までここの食堂で、ご飯を作ってたのよ」

「あぁ?」


 今度はレイダスが耳を疑ったようだ。

 そして今気づいたかのように、まじまじとステラの恰好を眺める。


 ニオが着せたままの王宮の使用人服の恰好。頭にはウィッグ。


「何やってんだ、テメェはよ」


 それは私の方が知りたいくらいだわ。


「貴方には関係ないでしょう。それより、貧民街とか言っていたけどそれがどうかしたの?」

「テメェには関係ねぇ」

「……」


 結局名前を呼んだのは一回だけだし態度も相変わらず。


「くだらねぇ事で時間取らすんじゃねぇよ」


 それは私の台詞なのだけど。


 そんな勝手な事を言ってレイダスがその場を去っていく。

 少しだけ、ほんの少しだけだけど距離が縮まったのではないかなんて、先ほどは思ったりもしたのだが。

 彼の事は本当にさっぱり分からない。

 仲良くなるのは未来永劫不可能な気がする。





 厨房での仕事を終えてレイダスに絡まれた後、ステラは部屋へ戻ろうとしたのだが、その前にツェルトに捕まった。休もうと思ってる時に、仕事やら何やらがまいこんでくるのはいつもの事だ。もっとも相手がツェルトなら別に嫌な気はしないのだが。


「一緒に昼食べようと思ったのに見つからないし、ステラがいなくなったと思って大変だったんだぜ、こっちは」


 どうやら心配をかけてしまったようだ。


「ごめんなさい、色々あったのよ。色々」

「まあ、何となく漂ってくる匂いから想像はできるけどな」


 そんなに分かりやすいだろうか、と袖を顔に近づけてみる。

 食材の匂いがしっかりした。これはバレるはずだ。


 廊下でレイダスに絡まれるのも頷ける。

 きっと彼はお腹を空かせて機嫌でも悪かったのだろう。


 そんな事を考えていると、ツェルトがステラの姿をまじまじと観察している事に気が付いた。


「何?」

「何か、いつも上品な服とか騎士団の制服とかしか見てないけど、意外と似合っててびっくりしてる。可愛い可愛い」

「もう……」


 頭をなでてくるツェルトに、ステラは反論するのを忘れる。

 やっぱりニオが言っていたツェルトが喜ぶという言葉は正しかったのだろう。


 こういう事で彼が喜んでくれるのなら、もう少し色々な服とか着てみるべきかもしれない。


「そんなに良いなら、たまに着てあげてもいいわよ。……ツェルトは、どんな服が好きなの?」

「えっ」


 そういえばツェルトの好みって聞いた事がない。

 ステラの髪が好きなのは知っているがそれ以外はあまり知らないのだ。

 前にデートした時があって、その時の服は誉めてくれたけど。


「い、いいのか。これ言っちゃっていいのか、俺。……好みなんて、そんなのステラに決まってるじゃんか」


 ツェルト、私は真面目に聞いているんだけど?


「いや、ふざけてないって。俺はステラがいいんだから。ステラがステラしてればそれでいいんだよ」

「そ、そう?」

「逆にステラは何かあるのか?」

「え? えっと……」


 考えた事ないのよね。そういうの。

 別に何かしてほしいこともないし、こうなって欲しいわけでもない。

 違う服を着てるのもまあ、見てみたい気持ちがあるがこれといったものが好きという事はないのだ。


 しいて言えば、ツェルトがツェルトとしていてくれるなら私はそれで満足だ。


「な、同じだろ」

「そうね、私はツェルトがいいわ。そのままの貴方が一番だと思う。そういうツェルトが私は好きになったんだから。……ツェルト?」


 自分の気持ちを正直に答えてやれば、ツェルトは固まった。フリーズしてる。


「そうかそうかそうか。俺もステラがいいぜ。ステラ一番!」

「きゃ……。ちょっとっ」


 そして復帰するなり抱き着いてきた。


 疲れて早く眠りたいと思っていたが、もう少しだけ彼と一緒に話をしていたいと思った。


「ツェルト、聞いてくれる? 今日あった事なんだけど……」


 好きな人と、想いを通わせた特別な人と一緒にいられる幸福を味わっていたいと。



(※3/3修正しました)

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