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第8話 見つめなおして



 そんな感じで心当たりのある屋敷の中を探していったのだが、中々見つからなかった。


 小一時間程、ハンカチ捜索を続けていると、ふいに通りかかった部屋から声が聞こえてきた。


「最近やっと……ガル様が諦めたようで、ほっとしてますわ。アルネ様にも苦労をかけてしまいましたわね」

「……そうね、あの方が屋敷まで来て貴方を寄越せと言った時は困らされたわ、本当に」

「申し訳ありません、奥様。お世話になるだけではなく対処まで」


 ステラの母親と、アンヌの声だ。

 アルネの相手をしていたのではないのだろうか。


 ヨシュアの失くし物の事も忘れて、ステラはそこからひょっこりと顔を出す。

 当然、カルネに窘められた。

 盗み聞きは悪いと思ってはいるが、今だけは見逃してほしい。気になる事があったのだ。


 会話を聞いて、いつも身の回りの世話を焼いてくれるアンヌがどこかの屋敷に行ってしまうのではないかと心配になったからだ。


「ですが、あの方に見つからないうちにと、村の者達にもお願いをして念入りに周辺を捜索させましたが、それらしい物が見つかる気配はありませんでしたよ」

「見つからないのなら見つからないにこした事はないのです。あの人に悪用されてはたまりませんから」


 アンヌの事ではなかったようだ。

 なにやら真面目な話をしているらしかったので、ステラは声をかけずに通り過ぎる事にした。

 そろそろ、カルネの視線が痛くなってきたのもある。


 けれど、

 

「困ったものだわ、ステラが魔法を使えないなんて」

「奥様」

「こうなることは前から分かっていた事ですけれど、どうしましょう」


 そこまで聞いてしまったステラは足を止めて、その場に固まってしまった。

 カルネが訝し気な視線を向けて、ついでに表情を見て心配そうに言葉をかけてくる。


「どうしました? 表情が硬いですよステラ・ウティレシア」

「何でも、ないわ。行きましょう」


 その時のステラは、自分が本当は母の血のつながった娘じゃないかもしれない不安や、存在を疎まれているかもしれないという恐怖ばかり抱えていて、その言葉の真意を考えようともしなかったし、探ろうともしなかった。


 だから、ステラ達が去った後の部屋で、


「いじめられたりしないかすごく心配だわ。あの子はやんちゃな所があるけど、弱い所もあるのだから」

「お嬢様にはツェルトさんがいらっしゃるではありませんか、きっと大丈夫ですよ」

「そうだといいのだけれど。ああ、あんな風にしてしまってごめんなさいステラ。私達があの時、村に寄越さなければ」

「もしもなど、考えても仕方のない事ですわ、奥様。ラシャガルから守る為だったんですもの。むしろ、それきり村に寄越さないほうが問題があるのではないかと……、差し出がましい事を言いますがそれで、人質にされてしまった時は物珍しさに負けて奥様や護衛達からお嬢様達が離れた所を、狙われたのではないですか?」


 そんな会話が交わされていたとは、知らない事だった。





 それからもウロウロと屋敷を探し回ったステラ達だが、全く成果は出なかった。


「うう……、もう見つからないのでしょうか」

「だ、大丈夫よ。ヨシュア。きっと私が、お姉ちゃんが絶対見つけるから。ね?」

「そうですよ、力を合わせればきっと見つけられるはずです」


 努力が徒労に終わった事に泣き出したヨシュアを、二人がかりでなだめていると、窓の方から声がかかった。

 聞き覚えのある声。

 訪問禁止令を言い渡したはずのツェルトだ。


「なあ、もうお偉いさん帰ったか? 帰ったならいいよな? あ、まだ訪問してないぞ。家の中に入ってないからな。俺、約束守れる人間だし」


 屁理屈をこねる彼は窓の向こう側にいる。

 敷地内って言葉を教えた方がいいかもしれない。


「何だ、何かあったみたいだけど。どうしたんだよ。見慣れない人間もいるよな」

「あ、ツェルト。ちょっと」


 窓を叩くツェルトを注意しようとするが、カルネの方が早かった。

 ガラッとガラス窓を引いて一喝。


「人様の家に無断で浸入するとは何事ですか!」


 それは実によく通る声だった。

 ツェルトはびっくりして、背後に転んでしまう。

 人を注意する時も一度も声を荒げた事がないカルネの大声に、ステラも驚いて肩をはねさせた。


「すみません。私としたことがはしたなく大声を上げるなど……」

「わ、私は気にしてないけど、貴方ってどうしてそんなに規則や貴族らしさばかり気にするの?」

「それは……当然の事だからです」

「ようするに当たり前のことを当たり前にしてるだけって事かしら。でも貴方みたいな人には私まだ出会ったことないわよ」


 大人はどうか分からいが、少なくとも同年代でカルネのような性格をした人間とはまだ出会っていないと断言できるだろう。

 この少女はどうしてここまで頑なに規則や決まり事を真面目に大事にしているのだろう。


 窓の向こうで起き上がりながら頭をさすっているツェルトと、それを心配しているヨシュアの姿を一瞬確かめた後、ステラは視線を戻す。

 怪我はたんこぶ一個で済んだようだ。良かった。


「それは、他の者が怠惰なだけではないでしょうか。貴族であるという立場を自覚しているのなら、それ相応の態度をとるのが普通の人間でしょう」

「そうなのかしら」

「そうなのです」


 小さい頃から頭が良かったカルネの難しい言葉にステラはすぐについていけなくなった。

 何だ、何だ? 俺も混ぜてくれよ。みたいな目でこちらを見てくるツェルトに視線で待てを伝えながらステラはカルネの顔を観察する。


「眉間に皺がよって、怖い顔してるわ。今の貴方」

「え?」

「それが普通なら、そんな顔にはならないでしょう」


 カルネは窓の方を向いて、そこに映った己の顔をみる。

 そこにはあっけにとられた顔があるのみで彼女自身が確かめる事は出来なかったが。


「無理をしてるって事でしょう? それって」

「わ、私は無理なんて……」

「難しい事は勉強中だから、私が今分かるのは他人を逆恨みしない事とか、自分の行動には責任を持つとかそれぐらいの事だけだけど。そういうのって良くないと思うわ。見てる人がすごく心配になるじゃない」


 言われたカルネは先程までとはまるで別人のように、顔を俯かせて声を小さくする。


「わ、私はただ、お母様の為にとしていたのですが。もしかすると、心配させてしまっているのでしょうか……」

「カルネとお母さんのことはよく分からないけど、してると思うわよ、きっと」

「そうですか……。難しいのですね。普通とは。母の為にと思ってやっていた事ですが、それが逆効果になっているかもしれないとは思いもしませんでした」


 顔をあげたカルネは先程の百々とした態度はまるで別人みたいに縮こまっている。

 カルネの育った環境などは、ほんの数日しか関わったステラでは分からない事なのだが、カルネが母親の事をとても大切にしていることぐらいは分かったし、その為にできることをしたいという気持ちも分かった。


 ステラも同じだからだ。

 両親の為に立派な領主に慣れるように毎日勉強している。


 良くできれば誉めてくれるし、力になれているという実感があったから。


 だがカルネのそれはたぶん母親の為にはあまりならない気がするのだ。

 同じような事をヨシュアや両親がしていたら、ステラは悲しくなってしまうだろうし。


「普通や当たり前の事って、身の回りにある事なのに……たぶんすごく分かりづらいのよ。私だってこの間、普通の遊び方について話してたけど、きょとんとされちゃったもの」

「奥が深いという事ですね」


 ステラの言う当たり前の遊びとは、ツェルトとの木剣を使った練習の事だったが、そんな事は知らないカルネは至極真面目な顔で頷くのみだった。

 

 この時ステラは、迂遠にしていた人物……カルネの、常にしている行動の理由が分かり、初めて自分から進んで誰かと関係を深めたい……つまり友達になりたいと思った。


「だったら、きっと普通が分からない者同士一緒に頑張っていけばいいんじゃないかしら。だって、一人よりも二人で努力した方が上達が早いし、競い合ったりするのは励みになると思うもの」


 だから結論として友達にならないか、とステラはカルネに提案するのだ。


「なるほど、事態を解決するためには共同で事に当たった方が良いでしょうしね。分かりましたその申し出、受けさせていただきます。今日これを以て貴方と私、カルネ・コルレイトとステラ・ウティレシアの関係は友人としましょう」


 カルネは一つ頷いて、ステラが言った事を大仰に言葉で表現した。

 そうして二人は握手を交わす。


「あれ、何か俺の知ってる友達のなり方とちょっと違うような気がするんだけど」


 そんなツェルトの言葉を無視して。





 回想から戻って来たステラは、崩れてしまった積み木の山を前に、シーラとツェルトでそろって悲しげな表情をしている光景を見る。


 結局あの時の探し物は、ツェルトが持っていたのよね。


 前日に怪我をしたツェルトを手当てする為にヨシュアが使って、そのまま持ち帰ってしまったのが原因だ。


「どうしました? ステラ。何やら心配事が徒労で終わってしまったような表情をしてますが」


 まさにそんな心境よ。

 詳しく言えば今の自分ではなく、昔の自分のだが。


「少し昔のことを思い出していたのよ。出会ったばかりの頃の私達ってケンカばっかりしてわよね。カルネはお母さんの事を思ってしていたんでしょうけど。それがいつからこんな風になったのかしら」

「思えば劇的な変化らしきものはなかったように思えますね、気が付いたらこのような関係になっていた気がしますし」


 友達になった後もしばらくは、注意をされたり、言い返したりしたのだが、本当に気が付いたらカルネは丸くなっていて、ステラとそれなりに仲良くなっていたからだ。


「ですが、そうですね。きっかけと言えるようなものはあったのかもしれません。私達の関係を良好にした後押しはあの時の交友関係の申し出を受けた事でしょうけれど、それよりも前に……」

「そんな大層な事あったかしら」


 屋敷の中でハンカチを一緒に探したくらいだったわよね。


「貴方が誰かの為なら嫌いな人間とも一緒にいられるという事ですよ」

「そんなの当然じゃない。私はヨシュアのお姉さんなんだから困っているのを助けるのは当然だもの。他の人だったとしても、きっとそうするわよ」

「そうですね。社交場であろうとそうでなかろうと、私が横にいようといなかろうと、貴方は進んで誰かを助けたり手を差し伸べたりしていましたものね」


 それが当然の事、という態度のステラにでも、とカルネは言葉を続ける。


「そんな当たり前の事が難しい人だっているのです。お父様もお母様も、大人になればなるほどそんな人達は多くなりますね」


 そういえば、と元々の話題を思い出す。


「だから、私は……そうです、お父様の本心がおそらく知りたいのでしょうね。心の内に何を抱えているのかを。そして、自分の気持ちを見つめなおして、自分が素直に思った通りの道を目指したいのです」

「きっと、カルネならできるわよ」


 ステラだって大変だったが色々な事と答えが出せたのだ。

 そのステラの友人であるカルネができないはずはない。


「……カルネのお母さん、私もお話したかったわね。こんな風に育ったわよって色々と。お葬式行かないといけないわね」

「ええ、そうですね。きっとステラだったら良い話し相手となった事でしょう」


 

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