第7話 真面目な知人の真面目な過去
カルネは父親に対しての自分の気持ちを見つめなおしている最中なのかもしれない。
彼女の話に付き合っているうちに、眼前ではツェルトとシーラの共同作業が終わった様だった。
出来上がった物体をぐるりと騎士達が囲んでほめそやしている。
その中で一番声を上げているのはツェルトだ。
「よくやった、シーラ。これで世界一最強の積み木の塔の完成だな!」
「パパ! ね、シーラ一番?」
「おお、一番だ。むしろ最高にして最強だな。あ、いやステラがいたか……うーんじゃあ二番だ」
「やったさいきょうの二番!
出来上がった積み木の塔を前に盛り上がる騎士達と子供を前に、カルネは先程とは変わって穏やかに笑みをこぼした。
「ふふ、本当に仲がいいようですね。羨ましくなります」
「そうね」
本当にずっと前からここにいたみたいに思えるわ。
シイラには人と仲良くなる才能があるのかもしれない。
「子供だった頃は確かにあって、誰しも一度経験しているはずなのに、私達は忘れてしまうんですね。ああいう瞳の輝きを大人になればなるほどかけがえのない物だと思えてきます」
純粋な心の輝きを宿す少女の瞳を見て、カルネは少しだけ悲しそうな様子となる。
彼女は今も積み木タワーを前にあれこれ言い合っている一団を見ながら続けた。
「どうしてかしらね。大人になって色々な事を知っちゃったからかしら。それとも……」
「今の私達にはないものだから、でしょうか」
そんな事はない、とステラは思いたいが、確かに昔と比べて何かに対する考え方は変わって来ていると思う。
物の考え方や、世の中に起きる事への捉え方。
それは大人になって、たくさんの人と関わる事が増えた影響や、色んな物事をこなしたり色んな場所に行ったりした経験が、そうした変化を促していったのだろう。
「どうあっても人が、過去には、子供には戻れない以上、私達は進むしかないのでしょうけれど、私達は本当に進んでいるのでしょうか」
「カルネ」
その口調の中に、隠しきれない複雑な感情を読み取ったステラは彼女が心配になる。
彼女が雨天の中でも急いで戻って来たのには理由があった。
「戻って来るのに間に合わなかったようです。お母様がなくなりました」
病気が悪化した母親の最後を看取るためだった。
今でこそ、カルネとは穏やかに会話しあえる関係になったが、昔の彼女との関係はそうではなかった。
何かにつけては対抗し、見えない火花を散らし、周辺の空気を重くしていたことは確かだ。
そんなカルネには、アルネという父親とカナリアという母親がいる。
アルネ・コルレイトは国政に関わる十士という役職についている、政治家のようなものだった。
カナリア・コルレイトはその父親を補佐する貴族の名家の者だが、病弱でベッドから出られないような体の持ち主だった。
カルネはそんな母親を気遣える子供だったため、父を助けてあげられる人になってほしいという母の願いを守る為に、立派な政治家の娘となる事を目標に幼い頃から日々勉強に励んでいた。
そんな幼少期が、カルネを真面目で頑な人間にしてしまうのだ。
ステラがそんなカルネと出会ったのは、七歳を少し過ぎたくらいだった。
カルル村で人質事件が起こった少し後ぐらいの時期。
ツェルトと知り合って棒切れを振り回す様になり、段々ステラから貴族らしさというものが剥離していった頃だ。
カルネと初めて出会った日……それは、母に連れられて貴族の社交場に顔を出した日だった。
社交場
同じ社交場の貴婦人達と話をする母親を横に、飽きてきたステラは見目麗しく着飾った女性や少女達が、蝶のように服をひらひらとひるがえして整えられた会場を歩極まった。
一般市民から憧れの目を向けられて止まない光景がそこにがあったのだが、ステラは気が乗らない思いでいた。
楽しげに談笑する者達を遠くに見つめながら、ぼんやりと時間を過ごす。
別にいじめられているわけでもないし、嫌いな人間がいるわけでもない。話しかけられれば応じるし、楽しく談笑しようと思えばできるのだ。
魔法が全く使えないという点で、陰で何事かは囁かれているようだったが、その頃のステラは知らなかったし、広まっている話もごく一部の人間だけだ。
だから相手をしてくれる人間がいなかったわけではないのだ。ないのだが。
そういった子たちと話をしていても、たまに屋敷に遊びに来るようになった友達と遊ぶのに慣れてしまったステラは、どこか物足りなく感じてしまうのだ。
そんな様子で時間を持て余していると、周囲の騒がしさが耳に届くようになり、ぼーっとしてるわけにはいかなくなった。
一人の女の子が複数の人間に囲まれて、悪口を言われているようだった。
放っておけるわけがない。
イジメられていた女の子を守るためにイジメていた側を威圧して、イジメっ子達を追っ払っていると声を掛けられた。
「そこの貴方」
声の主を見る。ステラはその時、お人形のような少女だなと思った。
綺麗な青い髪に、水色の瞳。
知的な雰囲気があって、同じくらいの年の子供なのにすごく頭が良さそうに見える。
だが、厳しい口調で言葉を浴びせられれば、その雰囲気はマイナスの印象となる。
「貴族であるなら貴族らしくするべきです。そのように貴族が棒切れを振り回すものではありません」
「貴族であれってことは、あの子たちを放っておけという事かしら。そんなものが貴族だというのなら、私はなりたくはないわね」
「な……」
父の真似をして領主の娘らしい振舞いをしていたとしても、その時のステラはやはりまだまだ子供だった。
自分の行いを咎められたので、むっとしてしまい思わず言い返してしまったのだ。
これが大人だったら、また違態度が違っただろうが、相手は同年代らしい子供。ステラは遠慮しなかった。
「貴族らしくというのは、イジメを見て見ぬふりしろという事なのかしら」
「そんな事は言っていません、やり方が問題だと言っているのです」
「やり方なんて考えている間に、行動すれば助けられるわ」
「貴族ともあろう人間が、よく考えもせずに行動するのは問題です」
交わされる言葉は終始ケンカ口調で、互いは一歩も引かない。
しばらくそんな調子で言いあっていたが、数分も同じ事を繰り返せば言い合いに飽きてきた。
「こうやって喋るのも疲れるのね。誰かと言い合いをするなんて、初めてだわ」
喋り相手としてはツェルトがいたが、ケンカにはならなかったのだ。
ツェルトが何かをやらかしても、ステラが叱れば誤魔化してしゅんとなるか、すぐしゅんとなるかのどちらかだったため、長い時間意見をぶつけ合った事がなかったのだ。
「喉が渇いたわ。長い間ケンカしてる人をたまにみるけど、よく体力が持つものね」
「それについては同感です。まさか、こんなに体力を消耗するものとは」
ステラとしては体力よりも精神力を削る行いだったが、カルネの方はこちらとは逆のようであった。
二人して、妙なところで意見を一致(微妙に違うような気がするが)させていると、横合いから男性の声がかかった。
「カルネ」
視線を向ける。
そこにいたのはぴしっとした皺がひとつない、余計な装飾の一切ないシンプルな服を来た、厳しい面持ちをした男性だ。
「何をしている。できるだけ顔を広めておけと言っておいただろう」
「あ、お父様。すいません」
現れた男性に先程までの様子が嘘のように、カルネはしゅんとした様子で頭を下げる。
カルネの言葉を聞けば父親だというのだが。
その視線がステラの方へと向けられる。
人間という器の底の底まで見通しつくさんとするようなそんな視線に、ステラは挨拶も忘れて思わず立ち尽くす。
数秒か、数十秒か。
それだけの時間が経って離された視線に、ステラは思わず小さく息を吐いてしまった。
余裕ができれば、挨拶もしないなど良くない態度だっただろうかと、改めて口を開こうとするのだが……。
「行くぞ」
「はい」
そうする前に、踵をかえして娘のカルネと共にどこかへと去って行ってしまう。
「ああいう感じの子と付き合うのは初めてよね」
人形のように整った顔立ちをした少女だが、態度も言葉も堅苦しくて、相当な頑固。
今までのステラの周囲にはいなかったタイプだった。
その時は意識していなかったが、おそらくあれが初めて同年代の子供と喧嘩した瞬間だった。
ウティレシア領 ウティレシア邸
当分は母親が父の手伝いや来客対応で忙しいの。社交場にはあまり顔を出さなくなるので、カルネと顔を合わせる事もないだろう。
そう思っていたが、未来のステラがいれば絶対その通りに行くわけがないと言っていただろう。
つまり、数日も開けずカルネと再会する事になったのだ。
その日、ツェルト来訪禁止令が発動している日に、カルネの父親……アルネとその娘……カルネが家へとやって来た。
当然両親とアルネが話をするのであればそうなるのが自然の流れであるが、二人で仲良く待っていなさいと言われても、言葉通りに仲良くできるような関係ではなかった。
「……」
「……」
客室で無言の時が流れる。
互いに口を開かず、身動きもしない。沈黙の時間。
人の家で言い合いをするのはさすがに気が咎めるし、礼儀がなってないと思ったのだろう。
カルネは微動だにせずまるで石のように着席姿勢を維持し続けていた。
しかし、そんな時間にも変化がやって来る。
「ねえさま」
「どうしたの?」
ステラの弟であるヨシュアが部屋へ訪れたからだ。
「ぼく、大事なものなくしちゃったんです。さがしても見つからなくて」
「大事な物?」
「たんじょうびの……」
ああ、あれか、とステラは思い出す。
この間ヨシュアの誕生日があったのだが、そのハンカチをヨシュアは大事に持ち歩いていた。
だが、いくら大事にしていたとしても、ヨシュアはまだたった五歳だ。二つ違いの弟が四六時中気をつけていられるわけもなく、いつか失くしてしまうのではないかと心配していたのだ。
それがまさに今だったというわけだ。
「分かったわ。でも後で探してあげるわね。今はお客さんがいらっしゃっているから」
「ステラ・ウティレシア、私の事は構わなくても結構です、と言われても貴方にも貴族の娘の相手を任された責任というものがありますし、こういうのはどうでしょう? 屋敷を案内がてら、一緒に探すというのは」
思いもよらない提案に驚き、内容にまた驚く。
カルネが手助けしてくれるとは思わなかったし、そういう頭の良さそうな案はステラには思いつけなかったからだ。
「ありがたいけど……」
「礼儀に反する事でもありませんし、悪事を働く事でもありません。ならば困っている者に出来る範囲で手を差し伸べるというのは、理想的な貴族の在り方ではないのですか」
いちいち小難しい言い方をしているが、ようするにとても問題なく手伝ってくれる、という事だろう。
なんて、考えていたらこちらの表情を見たカルネが眉をぴくりと動かした。
「……まあ、いいでしょう。引き受けたのだからお手伝いいたします」
ひょっとして、心を読まれたとか?
そうして始まった失せ物探索と屋敷案内。
「お母さんからもらったハンカチなんです。いつも使ってたのに……」
「大丈夫です。落ち着いて探せばきっと見つかりますよ」
歩きながらできるだけ詳しく説明しようとするヨシュアが泣きべそをかいている。そんな小さなステラの弟をカルネが精一杯フォロ―していた。
ステラといるときには見た事がない微笑みなんかも浮かべて。
「貰い物は特別なのでしょうね。その人の想いがこもっているような気がして、中々手放すことができないので部屋の掃除には困りますけれど」
「もらったものたくさんあるんですか?」
「ええ、それなりに。こう見えても顔が知れた有名人の娘ですので。中でも母にもらった贈り物はとても大切にしてますよ。大した物ではないので置き場所には困りませんが」
二人は本当に仲良く喋っている。
ステラとしては弟を取られたようでなんだか面白くなかった。
せっかくのお姉さんぶる機会なのに、それも取られたようで、さらにだ。
もちろん人手が多い方が見つかる可能性が高くなるというのは分かってはいるのだが。
「十士の娘だもの、贈り物が多いのは当然よ。でも、贈り物で部屋の広さに困るなんて、貴方のお屋敷はどのくらいのものなのかしらね」
思わず、自分でもそんな攻撃的なセリフが出てしまった。
これでは、あの社交場で女の子をイジメていた連中と変わらないではないかと思う。
そこで謝っておけばよかったものをタイミングをのばしたばかりに、
「そっくりそのままお返ししますが、十士の娘ですから。貴方の家よりは広いと思いますよ」
「……」
ステラ達は冷戦を再開させてしまった。
あんな事言うつもりじゃなかったのに、と内心では頭を抱えながら。
成長した今だから思うが、あれは心の中の悪役が顔を覗かせた数少ない瞬間だったと思う。
今でこそゲームで見たようなステラとは全く別人となっているが、あの時はまだ思い出して間もなかったし、機嫌が悪かったので思わず口がすべってしまったのだろう。
また、重く留しい空気が満ちる。
そんな緊張感あふれる雰囲気を壊してくれたのはまたしてもヨシュアだった。
「あ、この部屋さっき来ました」
「なら、まずここを探してみるべきでしょうね」
そこは家にある蔵書室だった。
勇者伝承の豊富な土地であることもが関わって、歴史に関わる文献が多く残っている為、大きな貴族の家になると己の権威を示すために、こうやって部屋を作って収集していたりするのだ。
だが、ステラの所は現在そのような利用目的があるわけでもなく、単に先代や先々代の領主の物を引き継いだだけという形になっているが。
「埃っぽいですわね」
「仕方ないでしょう、わざわざ掃除しにくるところじゃないんだもの」
「別に、貴方の家の使用人たちの怠惰を疑っているわけではありません」
部屋の中を歩いていくと、話す通り鼻がムズムズしてくる。
「ねえさまもカルネねえさまも……ケンカ、しないでください」
「すみません」
「ごめんなさいヨシュア」
年下の少年に注意を受けるとなんだか無性に情けなくなってくる。
何かを言えば、悪意に満ちた言葉が連鎖してしまうこの状況を誰かに何とかしてほしかった。
居心地の悪い中、蔵書室を探検していく。
一応たまに暇な時には絵本を読む為に来たりはするのだが、欲しい本は大抵同じ場所に固まってあったので、詳しく見て周ったことはないのだ。
丁寧にそして念入りに、隅々まで目を向けて歩くのだが生憎と探している物は見つからなかった。