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第6話 子煩悩な親の気持ちが分かる気がした



 王宮 女性騎士兵舎


 そんなこんなで色々と不穏な空気を感じながらも、ステラ達は一旦王宮に帰還。遺跡についての対抗策を練る事にした。


 皆で再びエルランドの下で集まって、それぞれの意見を言い合ったりしたのだが、その会話は何故か途中からおかしな方に転がっていき、最終的にはシーラを王宮で預かる話になった。


 遺跡の件についても一応話は進んでいるのだが、正直ステラ達個人にできる事は少なく、エルランドや他の者達に任せきりになっている。

 こうしている間にも、いつあの魔物が外に出て来やしないか不安でしょうがないのだが、こればかりは簡単に解決できる事ではない。


 そんな風に不安を抱えながらも、依然と同じように日女を過ごしていくのだが変化があった。

 例の少女、シーラだ。


 自分が住んでいた場所や親の特徴をうまく伝えられない様子の少女は、女子の兵舎で世話をすることなった。保護者が見つからず住所も分からない以上、誰かが面倒を見なければならないだろう事は分かるのだが、なぜ王宮の騎士兵舎なのか。


 騎士達の方は、迷惑顔をしたりやっかい者として扱っているわけでもなく、快くシーラを歓迎してくれている。シーラの無邪気な性格は任務でささくれだった騎士達の良いケア役となるようで、子供用の玩具や、服などを買って来て可愛がっているくらいだ。迷惑がっていないのが救いといえば救いではある。


 しかし、当然そのままでいいはずはないし、シーラだって元の生活に戻りたいだろう。


 とりあえずステラにできる事としては、何か思い出したりする手助けになれればと、近々シーラを連れて王都の町を周る予定を立てている(だが、例の遺跡の件がまだどうするか決まっていないため中々休暇の申請ができないでいた)。


 ちなみに、なぜステラが連れて行くことになっているかというと……。

 他の人間に任せても良いのだが、シーラが一番なついているのがステラと、そして次にツェルトだったため、二人が連れて行った方が良いという結論になったからだ。


 王都に住んでいたかどうかは分からないが、町を巡って似たようなものを見かければ何か思い出したりするかもしれない。出来れば早めに連れていってやりたいが……。こちらの話もそう簡単にはいきそうにないのが心苦しい。


 こんな具合なので日常の景色が一つ変わった今日、女子兵舎内部にある一画……男女共用スペースにて、ステラを含む騎士達はシーラの相手をしているのだった。


 アリアは自作の物語などを聞かせたり、ステラは花嫁修業で鍛えた料理スキルを思う存分発揮して、シーラが好きだというクッキーを焼いて用意したりなんかしている。


「これ、おいしい! ママのクッキーおいしい、二番め!」


 ジャムや砂糖などをまぶしたクッキーをテーブルの前に座ってほおばる少女は、満面の笑顔だ。


 シーラは何故かステラの事をママ、ツェルトの事をパパと呼んでくる。

 呼ばれるだけで要らぬ誤解を量産されてはたまらないと、初めのうちはあれこれ工夫したり考えたりして、ちゃんと名前を憶えさせようとしたのだが、うまくいかずに最近はずっとこのままになっている。


「そう、良かった。頑張って作ったかいがあったわね」

「ママ、頑張って作ってくれたの? ありがとう!」

「ああ、もう。シーラ、可愛い」


 にぱっとした少女の可憐な笑顔を見たステラは、シーラをぎゅっとして、思わず頬ずりしてしまってから、ぱっと離れてはっとなる。


 勇者ともあろうものが。


 いや、勇者うんぬんよりもっと切羽詰まった理由があった。


「ステラさんずるいです。私もシーラちゃんをぎゅっとしたいです」


 そんな行動が周囲にいる女子達の火をつけたらしく、皆してシーラの取り合いになるのだ。

 こういう風に騒動が起こるから自重していたのよね……。


 その中には、ステラの通っていた学校のクラスメイト達や、わずかな期間であれ王都で共に学びあったクラスメイト達もいるわけで、妙に個性の偏った者達がそれぞれの得意分野を駆使して互いを押しのけようとするものだから、場が大いに混沌してしまい収集がつかなくなってしまう。


「ステラさんやアリアだけずるいわ」「私達だって仲良くしたいのに」「女の嫉妬は怖いぞ……」 


 ツェルトも扱いが大変な時あるけど、ここまでじゃなかったのよね。

 どうしようかしら。


 そんな事を思っていると、騒ぎ合っている女子の中からユリシアがはじき出されて脱落した。

 少し前までは人が大勢にいる所にはあまり出てこなかったというのに、どういう心境の変化だろうか。

 その事を問えば「ようやく覚え……いえ、何でもありませんわ」とはぐらかされるだけだし。


「うう、ひどい目に遭いましたわ」


 そんな彼女を可哀想だと思ったのか、床の上で手をついて嘆いているユリシアに、シーラがとてとてと近づいてその頭をなでてあげた。


「ユリシアお姉ちゃんはドジっ子さんなの?」


 シーラ、優しい。


「なっ、そんなわけはありませんわ!」

「でも、ようりょうが悪い人で、いろんなこと上手くこなせない人のことをそういうって聞いたよ。シーラ間違ってる?」

「そ……そんなわけは、ありませんわ……」


 純粋な瞳で見つめられたユリシアは、プライドよりも少女を優先してうなだれた。


 シーラ、天然。


「まったく、変な言葉を子供に教えるなんて。一体誰がそのような事をおっしゃったんですの?」

「ニオお姉ちゃんが言ってた!」

「おのれ、ニオ・ウレム。忌々しいことこの上ないですわね」

「怒っちゃだめ、ユリシアお姉ちゃん。美味しいものたべよ。はい、あーん」

「あむ……まあ、これは美味しいですわ! ……じゃないですわよ! (わたくし)ったら小さな子供に何をさせてるんですの」


 構うはずが、構われている様子のユリシアは、はじき出された格好のまま激しく自己嫌悪して床と見つめ合っている。

 口調どおり、貴族としてのプライドや体面も気にしているはずの彼女であるが、今だけはショックの方が強かったようだった。

 

 こうして見ているとユリシアは本当に、どこかの小説や漫画で主人公になれそうな性格だ。

 何もせずに大人しくしているだけなら高嶺の花のように見える少女なのに。

 そんな彼女は、ステラ達の次にシーラになつかれているようで、よく話をしたり構ったり構われたりしているのを目にする。


「仲がいいですね。羨ましいです」

「アリアだって、好かれているだろう」


 同じく離脱してしまったアリアが呟くと、そこへやってきたクレウスがそう言葉を返した。


「私のはユリシアさんのと違って頼りになるお姉さんという感じなんですよね」

「それで、十分だろう普通は」


 しかし、本当に騎士兵舎なのに賑やかねとステラは思う。


 元から、空気が悪いわけでも寂しいわけでもなかったが、それでもシーラ一人が加わるだけで、場の雰囲気が華やかになって明るくなるのは間違いなかった。


 騎士舎を行きかう騎士達の間には活気が満ち溢れているし、任務の時だって帰ったらお土産を渡そうとか見聞きしたことを教えてあげようとか話題が多くなったのよね。


 エルランドはこういう事を予見していたのだろうか、と思う。

 しかし、いくら何の力も持たない少女であろうとも、一般人を王宮の敷地内に留めておくのは、どうかと思うのだが……。本当の所はどうなのだろう。


 そんな事を考えているステラに声を掛ける者がいた。


「ここにいましたか、ステラ」


 そこにいたのは青い髪に、水色の瞳をした物腰の柔らかな女性だ。その姿は本当に久しぶりに見る。

 彼女は国の政治に関わる十士じゅうしの役職に就く人物の娘で、その後を継ぐべく勉強中の身でもある。そしてなおかつ駆け出しの呪術研究者でもあったりするのだ。


「久しぶりね、カルネ。今日帰ってきたの? 手紙で教えてくれたより早かったわね」


 そして、ステラの知り合いでもあり同じ退魔騎士学校に通った生徒同士で、一つ上の先輩でもある彼女は、つい最近まで隣国に赴いていた人物でもあった。


 途中通る道が長雨で時間がかかるかもしれないという事はあらかじめ手紙で知らされていた事でもあったので、予想よりも早い再会に驚いた。


「途中で通る道が崖崩れを起こして通行止めにあってしまいましたが、なんとか迂回の道を通って」

「そう、大丈夫だったの?」

「ええ、心配は無用です。怪我などは何も。馬車の御者は予定が変わることに不満を抱いていましたが」


 丁寧な物腰で、丁寧な口調で話すカルネは、出会ったばかりの頃はお堅いイメージで付き合いにくさを感じていたが、それなりの付き合いを経た今はだいぶ丸くなってきている。


 今は普通に名前で呼んでくれているけど、以前は私の事、ステラ・ウティレシアってフルネームで呼んでたものね……。


 カルネは遊んでいる様子のシーラへと視線を向ける。


「それで、ニオ・ウレムから伺ったのですが。その子が例の子供でしょうか」

「そうよ、聞いていたのね。シーラって言うの。シーラ、この人はカルネよ」


 ユリシアを構った後、今度はツェルトと一緒になって紙飛行機を作って遊んでいたシイラがこちらへ振り向いた。


「カルネお姉ちゃん? 真面目さん?」

「ええと、そのようにありたいと心がけていますが……。ステラ、私の事を話したのですか?」

「話したけど?」

「いえ、悪くはないのですがその、何だかこそばゆいですね」


 まあ、彼女の考える事も分からないわけではない。

 ステラとて、勇者だ。国を救った英雄となったことで顔も知らない人間に名前を呼ばれる事も少なくないわけであるし。


 一歩的に無効に知られててなおかつ、好意を持たれているとなるとなんだか変な感じがするわよね。


「そうでした、途中でニオ・ウレムに頼まれた物があったのです。子供用の衣料品を渡しておきましょう」

「ありがとう助かるわ」


 ニオはたまにシーラの為にとなじみの店で服を買ってくることがあるのだ。

 おそらく今回も言葉通りそうなのだろう。


 ちらっと覗いただけだけと、なんだかフワフワした動物の耳のようなものが見えた。


 これって着ぐるみ?

 ニオ、何選んでるの?

 シーラならきっと似合うだろうけど……、子供は遊び道具じゃないのよ?


「最近、彼女の行きつけの店で手に入れた品物達だそうで、ぜひ着せてほしいと……あとは、玩具もあるようですね。怪我をするようなものはないようですが、気を付けてほしいと言っていました。あとおやつはあげ過ぎないようにと、それからはご飯はバランスよく……」


 つらつらと並べられる注意事項を聞きながら、まるで過保護な親のようだと思う。

 つまりニオもすっかりシーラの虜になっているようだった。


 視線を向けると、ツェルトがシーラを抱っこして、彼の背丈ほどの積み木タワーを作らせていた。


「ほら、あともうちょっとで完成だぜ」

「パパ、もっと高く!」

「これ以上か? 見上げた挑戦心だ、さすがだな!」


 少し目を離した隙に……。

 何やってるの、危ないでしょ。


 この二人も結構仲良しよね。

 まあ、一番は私だと思うけど。


「貴方も子煩悩な親になりそうですね」


 ステラのそんな様子を見てため息をついた。


「普通はあれほどの年の子供は遊んで暮らすものなのですよね」


 ついでにカルネの悩まし気な声が聞こえてきて、気になったステラは振り返る。

 彼女は真面目な顔で、何やら難し気な事を考えているようだった。


「お父さんと……アルネさんと何かあったの?」

「どうしてそれを?」

「カルネみたいに観察眼が良いわけじゃないけど、分かるわよ。友達なんだから」

「友達、そうですね。いずれ話すつもりでしたが、いいでしょう。聞いてくださいますか? 実は……」


 十士の勉強をするために隣国へ行っていたカルネ。忙しい日々を送るうちに気づかなかったらしいが、彼女は帰ってきて改めてそれに気づいたのだ。


「手紙が、少ないのです」

「手紙?」

「最初の方は一週間おきに来ていたんですが、後になるにつれて全く来なくなって。お父様からいつも頂いているのですが、何かあったのでしょうか」

「アルネさんとは、あまり会わないから詳しいことは分からないの。ごめんなさい。でもあなたの事を気にしてる様子はあったと思う」

「話を聞いてもらえるだけで十分です。そうでなくとも最近は内容が少なくなってきているような気がして」


 ようするにカルネは父親の事を心配しているらしかった。

 詳しく様子を話してあげたいのはやまやまだが、アルネとはあまり会う機会がないのだ。


 アルネさんって、数回しか会ったことないけど、厳しそうで怖そうな人だったし、近寄りがたい所があるのよね。


 カルネは毎回手紙をよこしているのなら、仲が悪いというわけではないだろうし。何があったというのか。


「時々不安になりました。異国の地で、父の便りがなくなったらどうしようと。もちろん友と呼べる者もいましたが、それでも私は勉強にかかりきりでしたし……」


 彼女は顔を俯かせて言葉を続ける。


「私は父の後を継ごうと励んできましたが、父にとって私はどんな存在であるのか、そう考えると不安で……。私が男性として生まれてきていれば何か違ってたのかとも」

「どうしてそんな考えに……。そんなのカルネじゃないわよ」


 ステラは剣を振り回して、勇者になったり王宮を堂々と歩いていたりするが。それは特殊な例だ。


 元々はこの世界での女性の立ち位置は男性よりも低い。自分の周りにはたまたま有能な女性たちが多いけれど、それでもまだまだ、社会の中ではあまり歓迎されない放だろうし、実際王宮で働いている者達の男女比率は圧倒的に男性の方が高い。


 だが、だからと言って男性であればよかったなどステラは思わない。

 もしもなんて、考えるだけキリがない。

 女性として生まれてきたから、今このステラがあるのだ。


 カルネだって、それは変わらないはず。


「カルネって小さい頃からお父さんの事は絶対だったわよね」


 それで、頭の固いカルネ自身の性格も相まって何度もめた事やら数えきれない。

 今でこそ穏やかに会話しているが、昔だったら想像できないだろう。


 何か彼女の力になれればいいのだが。



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