第5話 無自覚な爆弾に翻弄されています
騎士団の任務は予想外の魔物の発生によって中断してしまった。
地上に出た後は、非常時の時の為待機していたツェルトの隊の騎士たちの魔法で、土砂を使いしっかりと入り口を塞ぐ。
それでも不安だったので、しばらく様子を見ていたが……幸いにも出入り口から魔物が出てくるような事は起こらなかった。
警戒しつつも現在は、王宮にいるエルランドに指示を仰ぐために連絡を入れて返事を待っている最中だ。
それにしても、とステラは遺跡の出入り口に視線を注ぐ。
自分の災難癖はこの程度で終わるわけがない。いったんフラグが経てば、火が付いた爆弾の導火線のように次から次へと連鎖を起こし、難事を膨らませていくというのに、この中途半端な感じは何だろう。ここでためられては心臓に悪いではないか。
しかし、いくら訝しんでも疑っても、入り口に変化はない。
好きで難事を望んでいるわけではないので、何もないならそれに越した事はないのだが……。
それで納得できるほど、ステラの経験は浅くないのだ。
……なんてそんな事を、こちらの雰囲気を察知して話しかけて来たユリシアに言えば、何とも言えない表情でちょっと引かれる事になったが
調査団の人達の無事を確認し部下達の状態を見た後は、ツェルト達や皆を集め、王宮からの指示があった場合となかった場合のこれからの事について相談に入った。
しかし、その空気を壊す存在がいた。
例の少女だ。
子供に難しい話を理解しろというのは無理な事だし、構ってもらえなくて退屈なのはよく分かる。だけど無自覚に爆弾を落とさないでほしい……。
ここで後々落とされる事が分かってたら、もう少し対処をしていたんだけど……。
「えへへ、あそぼ」
少女はこちらに来て手を取り、ステラに向けてそれはそれはもう可愛らしい笑みを作ってくれる。
子供を溺愛する親の気持ちが何となく分かる気がしたが、そこで納得してしまってはいけない。
今は大事なお話の最中なのだ。
誰かに面倒を見てもらうべきだったと思うが、何しろこんな状況は初めてなので少女の存在をすっかり失念してしまっていた。
「あそぼー」
ステラの服の端を掴んでくいくいと引っ張る。
「えっと、ごめんねシーラちゃん。いま私達は大事な話をしてる所なの」
シーラは「んー?」と可愛らしく小首をかしげ、今度はユリシアの下へ言って、彼女の服をくいくい。
「ユリシアお姉ちゃん、あそんで」
「可愛いですわ。いえ、そうではなくて……。シーラちゃん。私も大事な話をしている一人ですのよ」
シーラはステラの言葉を聞いてそこにいる皆が大事な話をしているのか分からず、誰か暇な人はいないか探し回るつもりらしい。
集まった人達を順番に見つめていく少女に、先ほどまで深刻そうにしていた者達はちょっと癒されてしまっている。
癒されるのはいい。
いいのだが、これでは話ができない。
困った様子のステラに隣に立つツェルトが尋ねるてくる。
「ステラ、その子が例の迷子なんだよな」
「ええ、詳しい事は後で話すけど、両親とはぐれちゃったみたいなの」
近くに両親がいたりしないだろうかと思うが、辺りにはそれらしい人影は見当たらないし、どこらへんではぐれたのかも後で本人から聞いておかねばなるまい。
「お腹すいた! いつもみたいにご飯作って! 剣で必殺技して」
いつもみたいにって私は貴方のお母さんじゃないわよ。
ステラの悩みを知らない(むしろ自分が置かれている状況さえも分かっていないらしい)少女は、こちらへ戻ってきて、空腹を訴えてくる。
というか剣?
この子の両親は剣でご飯作ってるの?
そんなまさか。
そんな言葉に食いついたのはツェルトだ。
子供の頃から、こういうの興味あったわよね。ほんといつまでたっても変わらないんだから。
「お、必殺技か。格好いいな。何だそれ」
「必殺りゅーせーけんで具材をみじん切りにするの。凄い包丁なんだよ」
顔を合わせたばかりだというのに、ツェルトとシーラは仲良く会話している。
二人の話を聞いてステラは納得した。ただの包丁を武器に見立てて使っていただけらしい。
「ママ、ご飯」
「シーラちゃん、お腹すいたの? 夜中に物を食べるのはよくないけど、ちょっと待ってて。誰かに聞いて…」
「ん? ママ……ス、ステラが? ……ステラが! ステラがママ!? どどどどういう事だ」
そういえば、そのセリフは誤解を招くテンプレート的な存在だった。
ツェルトが震える声を発し、雨の日に捨てられた子犬の様な目を向けてくる。
違うの、ツェルト、これはとにかく違うのよ。
「えっと、これはそういうアレじゃなくて、とにかく違うのよ」
そんな事はありえないだろうけど、このまま誤解されたままだったらどうしようと不安になった。
しどろもどろになりながら弁明をしていく。
「ステラさん、落ち着いてください」
「ツェルトも少しは落ち着いたらどうだい」
アリアとクレウスに言われて、他の人の視線に気が付いたステラは慌てて我に返る。
自分としては特にこだわりも何も持っていないが、勇者なんて言われているのにこんな格好悪い所を人に見せるわけにはいかない。
エルランドの不利になる事はしたくないし、何より勇者に強い尊敬の念を抱いている者達を幻滅させたくはなかったからだ。
しかし、ステラが落ち着いたのもつかの間。
シーラは今度は別の方面に爆弾を落とした。
「パパ! ご飯!」
「パパ!?」
爆弾発言の矛先がツェルトに向かって、先程遺跡の中でステラが叫んだようにツェルトも驚きの声を発した。
今度はステラが、ツェルトへじとーっとした視線を向ける番だった。
前世でそういう漫画とか読んだりゲームとかやってる時、どうしてあんな分かり切った事に振り回されるんだろうと疑問に思っていたが、当事者だったら落ち着いてなんていられないというのがはっきり分かった瞬間だった。
「ツェルト……」
「違う! いや、それは……違うから。俺が好きなのはステラだけだし、というか色々おかしくね? おかしいよな? 何でこうなってるんだ?」
二人して混乱していると、見かねたアリアが騎士団に支給された携帯食料……ではなく王都の店で売られているお菓子を手にして助け船をよこす。
「シーラちゃん、お腹すいてるならお菓子ありますよ。食べますか?」
「うん、食べる! わあ、シーラの好きなのだ。ありがとうアリアお姉ちゃん」
「お礼ならユリシアさんに言ってあげてくださいね」
離れた所で持ってきていたカバンを漁っていたユリシアに、シーラとアリアがお礼を言ったり手をふったり。
お菓子を食べるのに夢中になって大人しくなったシーラの横で、クレウスがアリアに話しかける。
「アリア、その調子で少しその子の面倒を見ていてくれないか、話は後で伝えに行くから」
「そうですね。分かりました。さあ、シーラちゃん。私とあっちでお話ししましょう」
「うん」
お菓子をもらって嬉しそうなシーラはアリアと手をつなぎ、ステラ達の下を離れて走っていく。
そっちでは無断でお菓子を持ち歩いていたユリシアが、他の隊員たちに労われている所だ。
彼らの姿から目を離して、ステラはツェルトへ視線を戻す。
「えっと、ツェルト。私が好きなのは、ツェルトだけだから。信じてくれると……嬉しいんだけど」
「ステラ……。俺も、好きなのはステラだけだ。疑ったりなんてしてないからな」
「……」
「……あっ、しまったここは拗ねたフリしてダダこねて、ステラに何でも一つお願いを聞いてあげるからって言われる流れにすればよかった」
「ツェルト、もしかして分かっててやったの?」
「あ、いや違……しまった。これこそしまった! 全然そういうのじゃないから。頼むー、信じてくれよー」
取りあえずはちゃんといつもみたいにまとまりそうなステラ達の雰囲気を遠巻きに見つめて、騎士団の仲間達は生暖かい視線と共に、心の中でエールを送っていた。