第4話 一児のママになりました
遺跡内
石造りの遺跡の内部はところどころ崩れたり、土ぼこりが堆積していたりするものの、それなりに状態がよく、探索に苦労するような事はなさそうだった。
入口から入り、通路を歩いて進んで行く。
調査隊の前後を挟むようにして、ステラの隊が一番前、次にアリアの隊で、真ん中に調査隊とゲストの面々、最後にクレウスの隊だ。
ある程度進んだところでステラは、背後のユリシアへ声をかける。
尋ねるのは彼女の貴族としての能力の、その結果についてだ。
「どうかしら、遺跡の中は」
「今の所、異変はないようですわ。障害物も見えませんし、このまま進んでも構いませんわね。……どうかしまして?」
「いえ、何でもないわ。ありがとう助かったわ」
首をふって言葉を返す。
ステラは気づかぬ内にじっと見つめてしまっていたようだ。
彼女はエルランドの婚約者だが、それは限られた者……ステラ達だけしか知らない事だ。
ニオと二人でエルランドを取り合っている彼女であるが、それは他の者達の目の前では慎みを持って行動している事や、何故かあまり人目に付く場所を出歩かない結果でもある。
なので調査隊の面々に、調査団の手伝いとして紛れる形となった彼女は、婚約者などという肩書を背負うことなく物好きな貴族の女性の一人としてこの場所にいる。
どうにも夜の事といい、普段の行動と言い彼女について捉えきれない所があるのだが、エルランドが信用しているのだから悪い人間ではないことは確かだろう。ステラ自身も彼女が、何かを企んでいる様には見えない。
なので、今回の任務では思う存分信頼して、貴族である彼女の持つ透視能力を当てにさせてもらうつもりだ。
そこまで考えてステラは方向は違えども似たように捉えどころのない人物が、退魔騎士学校にもいたこと思い出す。
彼はツェルトと親しい友達だったが、今どこで何をやっているのだろうか。
「ステラ、何か問題があるのなら言っていただかないとこちらとしても困りますわ」
先程のステラの言動に何か含むものがあると感じたのだろう。ユリシアは眉をひそめて問いただした。
「問題なんてないわ、とても助かってる。ありがとう」
「どういたしまして。それならいいんですのよ。その調子で存分に頼りにしてくださいま……ひゃん」
余計な事でゲストに気を使わせるわけにはいかないと先程より強い口調でそう言っておくのだが、ユリシアが自慢げに胸を張ったとたん、床のわずかな段差につまづいてこけそうになった。
「大丈夫?」
「平気ですわ。こけそうになってなんかいませんわよ。これはただたまたまあった段差につま先を蹴りつけてしまっただけですわ」
「そ、そう」
ええ、こういう事にならないためにも余計な気を使わせるべきじゃないわよね、本当に。
なんだかどこかのゲームか何かで、ドジっ子ヒロインが言いそうな言い訳を口にしている。
ステラの中身が全然別物になっているとはいえ、ユリシアのキャラが悪役令嬢よりも濃いように思えるのは気のせいだろうか。
別にそれで、困る事などないからいいのだが。
そんなやりとりのおかげなのか、未知の遺跡の探索に緊張していた調査団の空気が和らいでいくのが分かる。
ステラではこうはいかない。
自分にできるのは、叱咤激励して励ますくらいだし、そういう事が得意なアリアは任務中(お願いだけど)なので私語を慎んでいる。(といっても、必要ないお喋りを禁止しているだけで、調査隊に話しかけられたら答えるし、会話もある程度してはいるが)
そんな事を考えながらも遺跡の中を一歩一歩慎重に進んで行く。
大体の内部の造りは王都の町にあった遺跡と似たようなものだった。
けれど、ある程度進んで行った先。奥はまったくの別物になっていた。
地下に作られた広大な空間の中を右に左に、上に下にと、立体的に通路が張り巡らされている。
それも、緩やかな曲線のカーブがあったり、階段状になっていたり、はたまたそのどちらとも……螺旋階段になっていたりとバリエーションが豊かだ。
王都でも遺跡を見ながら思ったけど、昔の人ってこういうのどうやった造ったのかしらね。
ステラの前世の世界でも、学校で使う教科書の写真に乗っている、古代に作られた巨大建造物などに同じような事を思ったものだ。
「わ、何か迷路みたいです……」
背後、後ろの方で思わずこぼしたであろうアリアの声にステラも同意だ。
目が回りそうなほどの数の通路。
下手に踏み込めば戻ってこれなくなりそうだ。
だが、それを突破するために彼女を、ユリシアを連れてきたのだ。
目の前の光景を見て話し合いを始めた調査団の面々。
その中にいたはずのユリシアはいつのまにか前に出てきて、目の前の光景に感心している。
その目つきが、何と言うか調査団の面々と同じように見えるのは気のせいだろうか。
「ユリシア、あんまり前に出てこられると何かあった時に守ってあげられなくなるわよ」
「はっ、私としたことが。失礼しましたわ」
一言ステラに注意された彼女はすごすごと、元の場所へと戻っていく。
遺跡、興味あったのだろうか。
しばらくして透視の力で奥の方まで調べていた彼女が声を上げる。
「道を見つけましたわ」
彼女の透視能力と、そして得意だというパズルや謎解きに挑む知恵を生かして、奥まで見通し正解の道を探し出してもらったのだ。
「これで進めますわよ」
後は奥まで言って、フェイスの狙いを知る手がかりを得るだけだ。
そう思った矢先だった。
通路を眺めていたステラは、その中を歩く小さな人影のようなものを見た気がした。
それはまばたき一瞬ほどの時間で視界から消えてしまった。
後には何も残らない。
首をひねっていると、この場に不釣り合いな子供の声が自分達が通って来た道の方……背後から聞こえてきた。
そんなはずはないと思いつつ振り返る。
「ふんふんふーん」
いや聞こえてきたのは、声ではなく歌だった。
小さな女の子が、歌を歌いながら、こちらへと歩いてくる。
調査団の者達も、騎士たちも唖然とする。
「どうして、立ち入り禁止にしたはずじゃ」
それに、と後列にいるクレウスに視線をやる。
彼は首を横に振って返した。
気を付けている様にはしていただろうが、彼は気が付かなかったのだろうか。
これが大人や恐ろしい魔物だったら、ためらわず武器を向けて警戒していただろうが相手は子供だ。それも敵意もまるで感じない五歳くらいの小さな。
魔物相手や凶悪な犯罪者相手には、容赦なく剣を振るえるステラもこの状況ではさすがに戸惑わざるを得ない。
そのどこからかやって来たか分からない子供は、無邪気な笑みを浮かべてこちらへと走り寄って来る。
任務がある。警戒するべきか、と剣を向けようとした瞬間、その子はステラに向かって何かとんでもない単語を口走った。
「ママー!」
「ママ!?」
耳を疑った。
ママってどのママ?
ひらがな二文字をただ言っただけ、というわけじゃないわよね。
生みの親の事?
「隊長がママ!?」「いつからママに?」「相手は誰なんだ!」「馬鹿、ツェルトさんに決まってるだろ」「何という事ですの!」「あわわ、ステラさんがお母さん」「アリア? 大丈夫か」
ざわめく隊員達や調査隊の面々を素通りして、とたたたたっっと軽快な足取りで近寄ってきた少女。
その進路はステラめがけて一直線だ。
「えっ、えっと……」
どんな時でも思い切りよく決断してきたステラだが、この時ばかりはさすがに困った。
剣を掴もうとした中途半端な姿勢のまま固まっていると、そのステラめがけて走って来た少女が抱き着いてきた。
「えへへー」
嬉しそうに笑顔を浮かべて腰辺りにしがみつく子供。つられて頬が緩みそうになるがかろうじて意識を引き戻す。ステラは注意深く観察した。
可愛い女の子だった。髪は赤くて長い。たぶん身長からして、年は五、六歳くらいだろうか。
格好を観察すると、髪の毛は頭の両サイドで桃色のリボンによってまとめられていて、来ている服はフリフリしたお姫様みたいな可愛い服だ。
「あれ?」
と、そこまで見ているとふいに少女がこちらにしがみつく力をゆるめて不思議そうにステラを見上げる。
「ママだけどママじゃない」
その一言で、周囲に納得したような空気が満ちる。
おそらく本当の母親と似たような容姿であるステラの事を勘違いしたのだろう、と。
「とりあえず、貴方の名前を教えてくれない?」
少女が勘違いしていたと分かって、いくばくか冷静さを取り戻したステラは、さっそく必要な事を尋ねる。
確か子供には上から発言するより視線を合わせて言葉を掛けた方がいいのよね、としゃがんであげながら。
「えっとね、シーラ」
「シーラちゃんね。どうやってここまで来たの? 入り口は人がいたでしょ」
「?」
首を傾げて「んー?」という表情を見せる。
とてもかわいい。
いやかわいいのは事実だが、和んでいる場合ではない。
「ステラさん、とりあえず地上に連れて行きましょう」
「そうね、じゃあ私達と一緒に行きましょうか」
まさかここに放っておくわけにもいかないし、とステラがシーラの手を引いて立ち上がり、いったん遺跡から出るべく、調査隊の了承をもらうために口を開こうとした時……。
「警戒なさって、敵ですわよ」
ユリシアから警戒を促す言葉が察せられた。
和んでいたその場が一瞬にして引き締まり、隊員たちは周囲へ警戒の視線を向ける。
「あっ!」
そして次に気づいたのはシーラだった。
「変なのがいる!」
指をさす方向は、遺跡の奥の方の迷宮のような通路群。
黒い影の表面がのっぺりとした、人型の様な魔物がこちらい向かってやって来るのが見える。
数は、多い。
一体、二対なんてものではなく、数百体ぐらいいるかもしれない。
「隊長!」
「分かってるわ、私がしんがりに着く。調査団の方たちの安全を最優先!」
隊員達に指示を飛ばし、護衛対象にも声を掛けた後、遺跡の入口へとステラ達は急いで引き返した。