第3話 伏線が回収される時が来たようです
さっそく数日後に、難事の伏線が回収される時が来てしまった。
聞くに不穏の気配しかない任務の日だ。
でも引き受けたからにはやり通すつもりでやらねばならない。
どの道やるしかないのだから、せめて気持ちは前を向いていたのものだ。
それに、エルランドには多くの恩がある。
彼には王座についてからは色々とお世話になったから、ここらで何か返しておきたいのだ。
無論、恩などなくともステラのやる事は変わらないし、困っている人間を放っておく事などできなかったろう。
そういうわけなのでその日の夜、ステラ達は王宮を離れて、星降りの丘という場所にいる。
王都からは二、三日の距離だ。
星降りの丘というのは名前が示す通りに、遥か昔に空から、まばゆく輝く星がいくつも降り注いできたというロマンチックな言い伝えが残る場所だ。
それ故にここは多くの人が訪れる観光スポットでもある。
特に夜などは、時期が合えば多くの流れ星が見れるとかで人が多く集まるのだが……。
現在はステラ達以外に丘に立つ者の影はない。
本来の主役である流れ星は観覧する者がいない中ひっそりと寂し気に時々空を流れるのみだ。
なぜならこの場所は封鎖されているからだ。
理由は丘の地下に新しく遺跡が発見されたという事実によって。
そんなわけでステラ達の任務(正確にはお願いなので違うが)は、その遺跡を調べる調査団を護衛するものとなる。
視線を向ければ、数人の歴史学者や、研究者、考古学者、そういった分野の専門の人達が遺跡の入り口を興味深く見つめて立っている。
他には、アリアやクレウス、ツェルト、信頼できる騎士達に、後はゲストのユリシアがいる。
リートやレイダスの姿がないのは別の小さな遺跡を調べに行っているからだ。
淡々と準備をしながら、時折視線を空へと向ける。ステラがそんな繰り返しをしていると背後から声がかかった。
ツェルトだ。
「寒くないかステラ、ここ見晴らしいいぶん風が冷たいからな」
「大丈夫、平気よ」
こちらを気遣う彼の表情は、暗闇の中で見えなくてもうステラにはよく分かった。
少し前まであったツェルトとステラの間の距離は、今は少なくなってうんと近くになった。
「そっか、寒いって言ってくれたらどさくさ紛れに抱きついて温めたんだけどな」
「任務中でしょう」
「分かってるけど、やりたいんだよ。だって俺たち恋人じゃん。ステラに抱きつきたくなるの自然じゃん」
拳を握りしめて熱く語るツェルト。
ステラは、そのおでこを指で軽く弾く。
もう、子供みたいなこと言わないでよ。
「私だって……我慢してるんだから」
「何だこのステラ、至近距離で最強すぎて怖い可愛い」
いつでもオープンに愛情を表明してくれるツェルトの態度に少し嫉妬したくなる。
ステラだって、もっといろいろしたいし言いたいと思ってるのに、いざ考えると言えなくなるのだ。
「はあ、でも手くらいは繋ぎたかったな」
「そんなの、結構つないでるじゃない」
「いつだって繋いでおきたいんだよ、ステラと一緒にいたいから」
「……不意打ち反則」
赤くなった頬を隠すようにそっぽを向く。
貴方ってほんと、そういうの得意よね。
少しは準備くらいさせてくれたっていいのに。
いや、でもじわじわこられたら心臓がもたないかも。
あ、ちょっと回り込んでこっちの顔見ないでよ。
「じゃあ、任務が終わった後だ。楽しみが増えたな」
「繋ぐ事は確定なのね」
「当たり前だろ?」
そんなちっちゃな事で喜んでくれるなら、何度でも繋いであげるわよ。
大人になってもうちょっと欲張りなこと言われると思ったけど、前とそんなに変わらないのよね。
格好いいって思うときも、頼もしいって思うときもあるけど、やっぱり基本は世話の焼ける子供みたいなのよねツェルトって。
「あ、何か久々に不本意なこと考えられているような。ここは、何か面白い事でも……」
「そういうところが子供なのよね」
それがツェルトなんだろうけど。
「そんなの目の前にステラがいるから、しょうがないよ」
「そう、じゃあ私が離れればいいのね」
「邪魔だって意味じゃないから! あー、待ってくれ、ステラ―」
馬鹿やってるツェルトを置いて、ステラはさっさと自分の部下達の下へ戻る事にする。
あんまり構うと調子に乗せてしまうだけだし。
まあ、なるべく話したいという気持ちは分からなくはない。
ステラも同じ気持ちだからだ。
今回の任務だが、実は遺跡の中に入るのはステラ達と二つの部隊だけで、ツェルト達の部隊は入り口での見張り組なのだ。
それは、立ち入り禁止の措置をしていても、知らない人間が訪れてうっかり迷い込むといけないので、その為の役割なのだ。
勇者以外の実力を考えればステラと同等かそれ以上の力がある彼だが、応用の効く能力(精霊使いの力)を持っている為、何かあっても一番臨機応変に対応できる場所に配置される事になったのだ。
それが結構ツェルト的には不満のようで、一緒に行けない事を愚痴ったり、しょげているのだった。
そればかりは変わりが効かない以上、仕方がないと割り切るしかない。
仲間の所に戻ると、アリアとクレウスが声を掛けてくる。
彼女達は今日からステラの部下ではなくそれぞれ違う部隊の隊長を務める事になる。
騎士の中でステラ、ツェルトに次いで次の実力者であるクレウスは当然の事だし、やや剣の腕に劣るアリアも基本的な能力は平均よりかなり上で、(主人公なのだから当然だろうけど)人をまとめる力を備えている為、こうして部隊の隊長を任されるようになったのだ。
一応この任務に就く前に、それぞれが部隊間で演習を行ったり、簡単な任務をこなしてならしているので、今回の行動に支障が出る事はないはずだ。
「ふむ、準備は整ったようだね。大丈夫だ、これまでと同じようにこなせばいい」
「皆さん、頑張りましょう! 怪我をしても絶対治して見せますから、安心して背中を守らせてください」
アリアもクレウスもすっかり慣れたようで、それぞれのやり方で準備を整えている部下たちを気遣っている。
「あ、こちらは準備が整いましたよ、ステラさん」
「ああ、ぬかりないよ」
ステラの姿を見て、アリアとクレウスが互いの状況を報告する。
あとは、とステラはゲストの方を向く。
「ユリシア、貴方はどう? 大丈夫かしら」
「へ、平気ですわ。これくらいの事、全然まったく平気ですわよ」
お嬢様言葉で話すのはユリシアだが、不安からか少し涙目になっている。
それでも強がるのはニオへの対抗心からなのか、任された事への使命感か、または貴族のプライドなのか。
下手をしたら悪役令嬢ポジションにいる自分よりよほど、(ライバルとケンカりしあったり婚約者にアタックしたりと)らしい言動をしている女性なのだが、当然純粋な実力を買われてここにいるわけではない。
彼女の貴族としての異能の腕と、そして特技を生かすために来たのだ。
王様の婚約者が危険な場所に出てくるなんて、考えられない事だが、だからこその非公開のエルランドのお願いでもあるのかもしれない。
「心配せずとも、精一杯やらせていただきますわ。たとえ予想外の出来事が起きようとも、私一人になろうとも、ニオ・ウレムに追いつくためにはここで成功して一気に点数を稼ぎたいところですもの」
そういう言動をみると、ステラよりよほど物語の主要登場人物っぽく見える。
ユリシア、妙なフラグを立てないで頂戴ね。
とにかく、装備の点検など準備が全員済んだことが確認できた。
「それじゃあ、そろそろ行きましょう」
遺跡では正直あまりいい思い出がない。
交換学生とやらの制度で王都の学校へと訪れたステラは、ゲームの知識によって災害を事前に防ごうと思いその発生地点である遺跡に向かった事があるのだ。
そこでは、強い魔物と戦ったし、まったく関与していない罪の濡れ衣だって着せられたこともある。
思い返せば複雑な心境になってしまうような思い出しかないのだが、騎士となったからには好き嫌いで任務を選ぶわけにはいかないししたくない。たとえそれが個人的なお願いであっても、だ。
幸いな事は、確かに複雑な気持ちになりはするが、以前と違って今は気が楽だという点だ。
今ここには仲間もいるし、大切な人もいる。
それに気がつけなかった昔の自分と、ここにいるステラは違うのだから。
だからきっと、今まで通り何かがあっても大丈夫。そう思う事ができた。
しかし、自分が予想したものとは全く別の方向から難事がやってくる事になろうとは、分かりやすい不穏の気配を前に、さすがのステラもこの時ばかりはまったく思わなかった。