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第1話 花嫁修業と自分磨きに精をだしています



 空が赤みを帯びてくる頃。

 ほとんどの者が夕食を食べている時間帯。王宮の廊下を移動する人影があった。

 その姿の主は、もうまもなく二十の歳になる予定の一人の女性、ステラ・ウティレシア。


 淡い金髪に意志の強そうな橙の瞳を持つその女性は、全ての人間の中で最強の強さを持つ勇者だった。


 けれど彼女自身には、勇者であるという意識は乏しかった。


 ステラにとっては、もともとは棚から牡丹餅のことわざのようにもらった立場。

 事の次第は至極簡単な事で……、

 継承したときの状況が状況(絶対絶命の大ピンチ)だったのもあり、火事場の馬鹿力ならぬ火事場の想い力をうっかり発揮してしまい、偶然微笑んだ幸運の女神のおかげで継承してしまったようなものだと思っていた。(人間死ぬ気になれば意外と何でもできる、ステラ談)

 

 勇者であれと己を律してはいるが、勇者にふさわしいとはまるで思っていない。

 それがステラ・ウティレシアだ。


 そんな、物理的には勇者であり、精神的には勇者でないステラ・ウティレシアの最近の日常は、称号に見合った忙しい日々……というわけもなく至って平穏であった







「平和ね、とても」


 王宮内部、廊下を歩くステラは冷静に己の状況を省みて、ぽつりと呟いた。


 暴政を敷いていたグレイアンが牢屋に放り込まれ、エルランドが王になってしばらく、日常全てが任務となる激務スケジュールを組まされることもないし、救援が一切見込めないような場所に送られて、思わず笑えてしまえる程の数の魔物討伐に駆り出されるわけでもない。


 たまに難しい任務が舞い込むことがあるものの、それらは一か月に一つ、二つ、あるかないかぐらいで、本当に本当に、ステラ・ウティレシアは信じられないくらい平穏な日々を過ごしていた。


「良い事よね?」


 一つ頷く。確認するように。


 うん、どこからどう見ても良い事だろう。


 けれど、とステラはそんな状況に胸の中で待ったをかける。


「こんなのでいいのかしら」


 怠けている、という意識はないのだが余裕がありすぎて落ち着かないという事が良くあるのだ。


 駆け抜けるように前へ前へと進んできた。

 以前のステラは空いた時間は訓練などに費やしてきたし、その他の時間は絶えず難事に巻き込まれてきた。

 過去の自分がそんな自分だったのから、落ち着かないのも無理はない。


 だが、ずっとそんな心理状態でいるわけにもいかないだろう。

 仕事では無理だが、余ったエネルギーをどこか迷惑でない方法で平和的に発散させる必要があった。


 大変な時代が終わって、自分の中にあった問題にも決着がつき、ステラ自信の人生をちゃんと歩いて行けるようになったのだから、切羽詰まって強くなる必要はない。だから何か剣とは違う事に自分の時間を費やしてみようという事になった。

 

「落ち着かないけど、でも、やる事があるんだから大丈夫よね」


 それらは二つ、自分磨きに花嫁修業だ。


 前者はもちろん、自分の世界をちゃんと作っていくための修行であり、後者は最近できた恋人の為に自分のできる事をしようという修行だった。

 趣味ではなくどちらの行為も修行と言ってる時点で、以前の自分からちゃんと離れられていないような気もするが、友人たちの励ましや応援を受けて、最近ステラは暇な時間をそれらの事に費やす事にしたのだ。


「こうやって一つ一つこなしていって、いつかちゃんとできたらいいのだけど」


 しっかり真面目にちゃんと変わろうとしている時点でも、色々趣旨を間違えているような気がするがともかくそういうわけなので、暇(と何度も言うのはちょっと御幣を招きそうだが)になったステラは、時間を有意義に使うために王宮の廊下を歩いてある場所を目指している最中だった。


 行先は王宮庭園。

 目的は自分磨き。

 

 目的地の近くまで行けば、明りに照らされた城内とは違って、日が暮れていく中で赤く染まる庭園の姿が見える。


 ちなみに帰りの時間は心配無用で、つい熱中して時間が延び、遅くなっても問題はない。

 なぜなら、現在ステラはその立場故に王宮内部の一室を使用しているからだ。以前使っていたのは兵舎の部屋だったのだが、さすがに勇者に他の騎士と同じような部屋をいつまでも使わせるわけにもいかなくなり、剣を手に入れてからは王宮内部の部屋に帰宅する事になっている。


 そんな風に、暇な時間についての折り合いや、これから行う自分磨きの事や帰宅時間についてあれこて考えながら歩いていると、庭園の前でとある人物と鉢合わせた。


「こんばんは、ステラさん」


 気安い調子で話しかけてきたその人は、優しげな雰囲気を纏った細身の男性……この国の現王だった。


「エルランド様?」


 思わぬ所での思わぬ人物との再会に、驚き慌てて礼の形をとろうとしたが。


「あー、そういうのは今はいいかな、普通にしてればいいよ。ステラちゃん」


 それを止めたのは隣に立っていた、王の護衛の女性、ニオ・ウレムだ。

 ショートカットの茶の髪に青い瞳をした彼女は、エルランドの後ろではなく隣に並んで立っている。


 その事から分かるのは、


「もしかしてお忍び中?」

「当ったりー。エル様とちょっと息抜きしてるの。昼間だと人が多いから出歩けないけど、これぐらいの時間だったらまだ皆ご飯食べてるし」


 そういう事実だった。


「どうでしょうかステラさん、王宮での生活の方は」

「不自由はして……ないわ。心配なのは、家にいた時よりもお世話係が甲斐甲斐しすぎて、甘えすぎて体がなまっちゃわないかぐらいね」

「ふふ、そうですか。大きな問題がなくて何よりです」


 笑いをこぼすエルランドは、最近どうにも勝手が分からないステラの調子を心配してくれたようだ。

 敬語を使いそうになるのをこらえて、ステラは安心させるように答える。 


 そんな会話の中で、一瞬例の話題を振ろうかと悩んだ。

 エルランドの婚約者の件だ。


 隣に立つニオが、最近エルランドと婚約者の関係について一喜一憂して忙しいので、どんな風になっているのか聞こうと思ったが、オフと言えどもさすがにプライベートに入りすぎるのは良くないだろうと結局は判断し、自重した。


 頻繁に婚約者対策で忙しいニオの愚痴を聞かされるステラとしては、二人でちゃんと話し合ってほしいのだが、そううまくいかないのが恋愛というもの。

 ステラも最近学んだ事だった。


 ツェルトってば、頼られたりしたら女の子にすぐ力を貸しちゃうし、困ってる所だって助けちゃうんだから……。


「ニオ、頑張ってね」

「よく分からない話の流れだったけど、もちろん! ステラちゃんも一緒に頑張ろうね!」


 疑問府を浮かべるエルランド王を隣に、ニオはステラの手をひしっと掴んできて二人で意気投合しあう。


「あの子が今夜もエル様に会いに来ないように、足止めよろしくね」

「応援するつもりだけど。ニオ、私はそういうつもりで彼女と付き合ってるわけじゃないわよ?」


 どこか懇願するような様子で例の婚約者騒動の件で友人にお願いされた後、ステラはエルランド達と別れて目的の場所へ足を進める。







 薄暗くなってきたが、庭園は明るい。

 庭の各所には、隅々を照らすというわけにはいかないが急ごしらえの街灯が立って、ランタンが吊り下げられているからだ。


 以前はなかったのだが、夜でもここを訪れる者達(主にステラ達)が存在しているという事で、最近になって設置されるようになったのだ。


 そんな灯りの下、少しばかり申し訳ない気持ちになりながらもステラは庭園の奥へと進んでいき、すでにそこにいた待ち人へと声をかけた。


 視線の先、いつも他の騎士達や王宮で働く人達が座っているベンチには、同じ年頃の女性が座っている。


 ウェーブのかかった赤色の髪に、深い森を思わせる緑の瞳をした女性。ユリシア・ティレーヌだ。


 彼女は退魔騎士学校の同じ同級生で、ニオの知り合いである。

 そんな彼女の現在の身分は、貴族の娘であり騎士などではない。


 剣の腕も勉学もごく平均の成績である彼女だが、なぜ王宮に出入りしているかと言えば、ユリシアこそがエルランド王の婚約者だからだ。


 だがそんな……決して軽くない身分である彼女はというと、最近この時間は婚約者との逢瀬ではなく、ステラの為に時間を割いている事が多かった。


「こんばんは、ステラ。今夜も時間通りに来ましたわね」

「ええ、しっかりマスターする為には時間を置かずに頭に叩き込まなきゃいけないし」

「あの、時々怖くなるんですけど、そんなに気合いれなくとも自然に覚えますわよ?」


 典型的な貴族の見本のような育ちをしたお嬢様で、なおかつ口調もお嬢様言葉で話すユリシアであるが、面倒見の良い性格であり、悪い人間などではない。

 ステラが自分磨きの力になってほしいと言えば、快く了承してくれるような人物だった。


「じゃあ、今日もユリシア先生に頑張って教えてもらわないといけないわね」

「まあ、先生だなんて。元同級生に言われると複雑ですわね」

「そう? 物事を教えてもらうんだから当然だと思ってるけど、貴方は嫌だったかしら?」

「複雑ですけど、嫌ではありませんわよ。とりあえず始めましょう」


 背筋をピンと伸ばして返事をしたユリシアは、取り出した透き通った透明な石を並べていいく。

 それらにはそれぞれ異なる色がついている。


 最近のステラは夜この空中庭園に来て、彼女に占いの方法を教えてもらっていた。


 自分磨きをしようと言っても、もともと剣以外に趣味など持っていなかったので、しばらくは困ったのだが子供の時の事を思い返して、占いを勉強してみようと思ったのだ。

 ステラの将来を案じてくれた占い師の人、その人の事を思い返せば、自然ともっと占いについて詳しく知りたいと思えてきたのだ。


 ステラはユリシアとの間に少しの距離をあけ、ベンチに座り、対面で道具を準備している相手の様子を見る。


 ユリシア……彼女とは、同じ学び舎の同級生として顔を合わせた事はあるが、大抵はライバル意識を剥き出しにしてニオといがみ合っている事が多かった。

 それがこうして毎夜占いについて師事してもらう仲になるとは、昔は思いもしなかっただろう。


「とりあえずまずは簡単な占いから……明日の運勢について占いましょう。ステラはまずはこち等のやり方を見ていてくださいな」

「分かったわ」


 わざわざ時間を割いて教えてもらっているのだから、しっかり学ばねば……。


 ユリシアに声をかけられてステラは彼女の手元をじっと見つめた。

 集中してしっかりと見つめた。


「あの、そんなに見つめられると」

「どうしたの?」

「いえ」


 やるからには全力でと、意気込む姿勢が彼女をひそかに威圧しているという事にステラは気づかなかった。


 ユリシアは慎重に一つずつ石を並べていく。本職の人間が使うような丸くて大きなものではなく小石みたいなサイズの物を。これくらいのサイズなら王都の小物やで売っているので、容易に手に入れられる。


 それらの石を並べ終わった後、彼女が手順を説明。


「ご存知だと思いますけど、この世界の月日は全部十二ありますわ。その数の分だけ石を並べました。今回のやり方は月占いと言います。それぞれの石を置く場所に対応する月を決め、何度か石を位置を手順に則って動かします、最終的に自分の誕生日月に置かれた石で運勢を占うものですのよ」


 説明される言葉を聞き洩らさないように、しっかり耳を澄ませ、頭に叩き込む。

 そんな真剣な表情もユリシアを慄かせていたが、やはりステラは気が付かない。


 そして実際に説明の後は、彼女自身が占いをやって見せる。


「桃色の石ですね。私の誕生月は八月なので、この場所に置かれた桃色の石だと……明日は良い事があるようです。ではステラもやってみせてくださいな」

「分かったわ」


 説明した通りに、何とか間違えないように手順をこなしていって占う。


 ステラの場合、誕生月(七月で彼女と近い夏の時期だ)に定めた場所には黒っぽい石となった。


「あ、それは……」

「また今日も同じ石ね」


 まただ。

 占いを行うと、何度やってもこの石になってしまうのだ。


 結果はもちろん分かってる。

 明日は悪い事が起こるかも、だ。


「ここまで来ると筋金入り過ぎて、ちょっと笑えてくるわよね」


 他の人を占うときは普通の結果なのに。何故かステラがやると毎回同じ結果になってしまうのだ。


「ええと……」


 慰めの言葉を言おうとしているユリシアの顔色は良くない。


「気にしないで、慣れてるもの。それより今日は他の占いも教えてほしいわね」

「あ、ええ分かりましたわ。じゃあ……」


 ステラのせいで暗い顔にさせたままにするのも悪いので、さっさと話題を変えてしまう。


 そうして、自分磨きに勤しむのが最近のステラの夜の行動。

 自分磨きは順調に進んでいると言っても良いのだが、前途多難なのはそうそう変わらない様だった。



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