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第17話 英雄になったご令嬢



 二人が紡ぐステップは途切れることなく続いていた。


「意外、踊れるのね」


 失礼かもしれないが、ツェルトに二、三回は足を踏まれるかもと思っていた。

 それなりに勉強してきた貴族のステラと違って彼は平民であるし。


 すると、ツェルトは小さく肩をすくめて言葉を返してきた。


「今日の為に必死で練習したからな。誤解するなよ、クレウス達とだからな」

「はいはい、分かってるわよ」


 だけど、その場合どっちが女性パートを担当していたのだろう。素朴な疑問だ。


 まさか、男性パートだけで踊れるわけないし……。


「あれ、なんかすごい微妙な表情で凝視されてるけど、どうしたんだステラ」

「なんでもないわ。後で聞くわね」

「お、おう」


 なんだか微妙な空気になってしまったが、それを仕切りなおすようにツェルトが口を開く。

 

「まあ、ほら……俺、貴族になったからなぁ。面倒なとことか色々顔出さなきゃいけなかったし。練習する機会ならそれなりにあったというか。あっ、社交辞令だかんな。特別な感情とかはなくて」

「そういえば疑問なんだけど、貴方どうやってそんな事になったのよ」

「まさかのスルー!? さすがステラだな。俺の予想通り鈍いのに、たまに予想を超えてくる。そこも好き!」


 そういうのいいから。早く教えなさい。

 ずっと気になっていたのだ。

 今は周りの目を気にする事なく気兼ねなくお喋りできるので、気になった事は聞いておきたい。


「ええっと、実は元からリート先輩に言われててな、犯行作戦の計画が立ち上がるより前に。俺、あの人と子供の頃あったことがあるらしくて、迷子になってたのを助けてたんだよ。そん時からうっすらと気にしてくれたらしい」

「えぇっ!? そうだったの?」


 ツェルトから述べられたその話は、驚きの事実だ。

 という事はリートが昔、ウティレシア領に来ていたという事だろう。


 勇者様といい、アリアといい。意外な人物との遭遇率が高すぎる。


 どうなっているのだろう、あそこ。

 運命を動かす人間達が大集合するような、不思議な力でもあるのだろうか。


 そんな風に驚きの情報に翻弄されながら踊るステラは、変わってしまった事に対してしみじみとしてしまう。


「貴方が貴族になったって話は聞いてたけど、直接聞くとやっぱり真実味が増すわね」

「じゃあ、今まで半信半疑でシルベール様呼びかぁ。うん、そこもステラだな」

「ええと。ごめんなさい」


 それはとても悪いと思っている。

 記憶がなかったとはいえ、ずいぶんな事をしてしまった。


 しかし、ちょっと気になる事がでてきた。

 ということはツェルトあの人と家族で兄弟になってるってことだ。あの人がツェルトの姉ということは……。


「ああ、だから俺と結婚した奴は、あいつが姉になる」

「……っ」


 脳内で考えていたことを言い当てられて、思いきり動揺する。

 危ない、今ツェルトの靴を踏みかけた。

 

「た、大変そうね、色々と。でも……すごく楽しそう」

「ああ、きっと楽しいぞ」


 きっと想像以上に賑やかな日々になるだろう。

 ツェルト一人でも大変だから、なおさら。


 だから、騒がしい日常を想像したステラは、その質問を出す事を一瞬ためらった。


「ツェルトは……」

「ん」

「誰か式を挙げたい人とかいる……?」

「……」


 それは自分で考えたよりも、予想以上に控えめな内容だった。

 自分はこんなにも臆病な性格だっただろうか。


 ツェルトは答えずにじっとこちらへ視線を注ぐ。

 沈黙がこんなにも苦しいものだったとは思わなかった。


 ややあって、彼が口を開いた。


「いるな」

「そ、そう……」


 自分の返答は、おかしくはなかっただろうか。

 意味もなく、心臓の音が大きくなってくる。


 ステラは、くらくらしてきた頭をかかえながら、目の前の男性へ問いかけた。


「それは……」


 誰?

 一旦は、そう聞こうとしたものの、しかし口が続きを紡げなかった。


 敵に切りかかる勇気はあるのに、どうして一人の名前を聞きだす勇気がないのだろう。


 ステラはそのまま、ダンスが終わるまで口を開けられなかった。






 王宮 地下牢 『エルランド」

 特別性の牢屋の前、エルランドはニオと共に立っていた。

 パーティを抜け出してそんな場所にいたのは、やらなければならない事があったからだ。


 鉄格子を挟んで向かい合うのは、グレイアン。


 多くの者達を理不尽に虐げた王。

 国は荒む一方だったが、曲がりなりにも王を務め、多くの者達を畏怖させていた。

 その事は、この王宮に勤めていた騎士達の話から分かった事だった。


 しかし、王座から引きずり降ろされてからは、まったく覇気が見られない。


 地面に膝をつき、うなだれるばかりでいた。


 エルランドは、そんなグレイアンに告げる。


「あなたはもう一生、日の当たる場所に出る事はできないでしょう」


 グレイアンの幼少期の環境を考えると、同情する点はいくつもある。

 だが、多くの者達を苦しめた罪が、彼を自由にすることを許さなかった。


 我が強いものの、基本的には誰かの言いなりであり被害が限定的だったレイダスとも違う。

 それに、グレイアンにはこれから利用できるような何かを持ち合わせていない。


 だから、エルランドはグレイアンを救えない。救わないと決めていた。


「身の回りの者達から、様々な物をふきこまれて育ってきた貴方は、見かけによらず他人を信頼しすぎたのでしょうね」


 その反面、エルランドは信頼して育ってこなかった。


 だから自分に都合の良い甘い言葉などに耳を貸さなかったし、厳しすぎる言葉を真に受けて心を病むような事はなかった。

 それはニオという存在が傍にいたからかもしれないし、最初から王になると定められていた境遇のせいかもしれない。


 グレイアンとエルランドの境遇が互いに違っていれば、今この牢屋に入っていたのはこちらだったかもしれない。


「何か言いたい事はありますか?」

「……」


 言葉を促してみたが、グレイアンは何も答えない。


 ニオがエルランドの方を見た。


 彼女は何も言わずに、ここから出ようと視線で促してきた。


 祝いの時期を過ごすには、ここはあまりに暗すぎるから。


「そうですねニオ、そろそろ行きましょうか」


 だからエルランドは、こちらもグレイアンに何も言うことなく、その場から去っていくのだった。







 空中庭園


 祝いのパーティーの後日。

 仲間達との日課のトレーニングを終えて、ステラは王宮の内部、庭園にあるベンチで休憩していた。近くに立っている掲示板に何気なく視線を寄こすと、そこに話題の話が載っている紙切れが貼り付けてあった。


 なんとはなしに内容を呼んでみると、とんでもない事になっているのが分かった。

 思わぬくらい誇大誇張されている、英雄についての記事だ。


 英雄ステラ。


 私の噂だ。

 唖然としながら紙切れを見つめる。


『圧政に苦しむ民と、革命を成功に導いた英雄、ここに誕生する』

『彗星のごとく現れた救世主、正義の名の下に悪をうち滅ぼす』

『断罪の使徒、ここに誕生す。エルランド王の懐刀』


 記されていたのはステラの絵姿と恥ずかしくなるような褒め言葉の大群だ。


「勇者になって数日もせずに英雄になるとは、さすがステラだな」

「ステラさんなら当然です!」


 近づいてきたクレウスとアリアに横から言われて、ステラは手の平で顔を覆う。


「どうしてこうなったのよ!」


 勇者になるのはまだよかった。なりたかった訳じゃないけど、目指していたのだからなってもおかしくはない。けれど、英雄はないだろう。目指してもいないのに。なんで。


 私はただ自分に自信が持てるくらいの強さを得られればそれで良かったのに!


「ほんとだぜ、これじゃ男としての俺の立場がないじゃん」

「ツェルト……」


 いつからいたのか、ステラの背後に立っていたツェルトが紙切れを取り上げる。


「そんな悲しそうな目で見るなよ。だいたいステラは何が嫌なんだよ。ここまで来たらもうだれもステラを利用なんかしたりしないし、できない。ヨシュアだって、王宮の兵士相手に立ち回れるぐらい強くなっただろ」

「そうだけど……。その部分はもういいわ。仕方ないって思ってる。だけど……」


 ステラはツェルトの顔をじっと見つめる。


 平穏よりも何よりも自分には気になる事があった。


 少し前ならそんな事考えもしななかったのに。今は気になって仕方ないのだ。

 好きな人より強いってどうなの? しかもただ強いだけじゃなくて勇者で英雄。

 元の令嬢とか悪役とかが霞んで見えるくらいの肩書きなのに。


 ツェルトは、引いたりしてないのだろうか。


 そこに通りかかったらしいニオが面白い事の匂いを嗅ぎつけでもしたらしく、ちょっかいをかけてくる。


「もー、察してあげなよツェルト君。ステラちゃんは、君に嫌われないか不安でしょうがないんだってば」

「はぁ、何だよそれ。これ、そういうアレだったのか? 今更そんな事で嫌いになったりするかよ」

「もぅ、そういうところはちゃんと言葉で言わなきゃ分かんなかったりするもんなの。ほらほら、言ってあげなって」


 ニオに言われて、ツェルトはステラの方へ顔を向ける。

 ステラはもちろん途中から気付いてたし、会話の内容がそもそも駄々漏れだったが、あえて気付かないフリをして顔を背けて、ばっちり待機していた。


「ステラ……」

「な、何?」


 ぎこちなくそちらを向いて返事をする。

 声が上ずっている。

 そこだけ見れば、勇者を倒した魔物の群れへと勢いよく突撃していった人間と同じ人間だとは、とても思えないだろう。


「あ、と……。気付いてるかもしんないけど俺はステラの事……おい、なんで観察されながらこんな事言わなきゃいけないんだよ、お前ら邪魔だどっか行け」


 周囲から集まる熱視線が気になったツェルトは、興味本位の見物人達をさっさと遠ざけて仕切り直す。


「俺は、ステラのことが好きなんだ。ずっとずっと、これからも好きだって自信を持ってそう言える。それくらい好きだ。だからそんな下らない理由で嫌ったりなんか絶対しない」

「ツェルト……。でも私、地面が見えなくなっちゃうぐらいの攻撃で魔物の群れを一瞬で吹き飛ばしたり、皆の力を借りたりしたけどあの先輩と渡り合えちゃうような人間なのよ」

「だから何だよ? そう言う滅茶苦茶なのも含めてステラだろ。そんなの今更すぎるぜ? 俺はそういう姿を見てきて、好きになったんだから」

「ほんと? ほんとのほんとに? 信じていいの」

「だからそう言ってるだろ。それよりステラの方こそ、言うべきことまだ言ってないんじゃないのか? 返事は?」


 目に見える所に鏡はない。なくてよかったと思う。

 今の自分の顔を見たら、とてもじゃないけど、返事なんて最後まで言いきれなかっただろう。


「わ、私も……好き。……ツェルトの事がすごく好き。ずっとずっと好きで、今も、きっとこれからもずっと好き。ねぇ私、本当にずっとあなたの傍にいていいのよね」


 その問いには答えなかった。ツェルトはゆっくりと顔を近づけてくる。


 返事はなかった。

 そのかわり、一つの口づけが交わされた。




変則的に付け足した部分になしましたが、ここまで読んでくださった方ありがとうございます。

ちょっと覗いてみたという人や、通り過ぎただけという人にも。

思いついたネタを足した次第なので、新たな伏線が出てきてしまってますが、続きはかけるときにかいていくつもりです。


いつも続けられないかも、と思いながら終えているのですが、またネタが浮かんで執筆できると嬉しいいです。


ツヴァンの事情を詳しく知りたいという人は、別枠で掲載している番外編や設定、イフ作品にちょこっと情報が載ってます。

結構ながい連載になってますが付き合ってくださっている方に。ありがとうございます。


 誤字脱字はおそらくいつも通りあります。すいません。

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