第16話 王宮騎士ステラ
王宮 ホール
色々ありはしたが、全てはエルランドが王座を追われる前の状況に戻ろうとしている。
王都にも活気が溢れてきて、行きかう人々の顔に笑顔が戻ってきた。
最近はドタバタしすぎていた、これからきっと少しはゆっくりできるだろう。
…………。
そう思っていた日もありました。
現実は違った。厳しかった。
平穏はまだステラの元には訪れてはくれないらしい。
王宮で開かれたパーティー。
何百人もの人々が入りそうな広大な場所。
煌びやかなホールを歩くステラは、着慣れないドレスを着用していた。
裾を踏んづけてしまいそうで、常時戦々恐々としてしまう。
戦場でも味わった事のない類の緊張感だ。
「これ、やぶいちゃったら。きっと高いんでしょうね。汚さないようにもしなきゃ」
実家にあったドレスを持ってくる余裕がなかったので、借りものなのだ。貸し出してくれた人たちの好意を無駄にはしたくない。
そんなステラはおっかなびっくり広い会場を歩いていく。
かけられる声の多くは、友好的なものばかり。
ステラはすぐに、多くの人々に囲まれ賛辞を述べられるようになった。
「魔法が使えないのに、勇者になられるなんて」
「なんて素晴らしい」
「国を取り戻す事に貢献するほどの力、一体どれほどのものなのだろう」
「国を思って行動されるなんて、さすが勇者様。人格がすぐれていらっしゃるわ」
だがずっとこんな調子だ。
アルバレス隊の一員としてパーティーに参加した時も思ったが、やはりステラにとってこのような場は慣れないままだったらしい。
数十分で、気疲れしてしまっていた。
だが、だからといって迷惑かといえばそうではない。嬉しい気持ちは当然あった。
ひたすら強さを求め続けた人生だったが、それが皆を助ける事につながったので本当に嬉しかったのだ。
そんなにぎやかしいパーティーの雰囲気にのまれたステラは、早々に壁の花になる事になった。
人々にかけられる言葉の嵐、賞賛の雨から解放された後のステラは、ぐったりと壁によりかかるしかない惨状だ。
その具合は、このパーティーの主役エルランドのそばに控えていたニオが、役目を交代するなり真っ先にどんでくるほど。
目を丸くした彼女に、顔を覗き込まれる。
「ステラちゃん、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ、よ」
いけない、声が震えてしまった。
これでは自分で大丈夫ではないと言っているようなものだ。
そう思ったのはやはりニオも同じだったようだ。
「なかなか大丈夫じゃない感じになってるね」
「私、こんなので時期領主が務まるのかしら」
壁でしんなりしなびたステラに、ニオは首をかしげながら尋ねてくる。
「うーん……、一個質問だけど、ステラちゃんって領主になりたいの?」
「それは……」
彼女の言う内容は、実は最近考えていた事だった。
強くなるのは自分の目標であっただけだから、今までの自分は大人になったら領主になるつもりでいた。
貴族、領主の娘に生まれたからにはそれが当然だろうし、そうする以外ないと思っていたのだが……。
「今は、……ちょっとだけだけど騎士になりたいと思ってるわ」
ステラは、違う道を考えるようになったのだ。
きっかけは無理やりさやされるような形だった。
嫌な思いや、苦しい思い、悲しい思いもたくさんした。
けれど、それでもステラは騎士としての仕事に誇りを持っていた。充実感を得ていた。誰かを守れた時は嬉しいと思えていた。
勇者を目指していた時にはなかった、明確なビジョンもある。
騎士として多くの人たちを守る。笑顔を、明日を守りたい。そんな未来図が。
そこまで考えた所で、そういえば成るべき未来は考えていても、成りたいものを描いたことはなかった事に気が付く。
誰かから必要とされる事や自分の価値を高める事ばかり追い求めてきたので、それ以外で自分がどう生きていきたいか考えた事がなかったのだ。
「私の人生……か」
ステラの周囲には沢山の人達がいて、その人達と培った絆がある。その事を教えてもらって、今始めて、自分の人生を自分の為に歩めるようになったのかもしれない
考え事をしているとその場に、母と父がやってきた。
「ステラ……」
二人とも、誇らしげな表情でこちらを見つめている。
きっとここに来るまでに多くの人達が述べている言葉を聞いたのだろう。
その事を考えると少し、照れてしまう。
両親は例の作戦の後、状況が落ち着くまで一旦領地に戻ったのだが、パーティーに出席するために再びこの地にやってきていた。
空気を読んだニオがその場から退散していく。
「じゃあ、またあとでね。ステラちゃん」
手を振って、人ごみの中にまぎれていく。
役目の休憩中だが、もしかしたらエルランドの元に戻ったのかもしれない。
視線を両親へ戻すと、少しだけ申し訳なさそな表情をしていた。
二人は、意を決した様子でこちらに向けて謝ってくる。
「ごめんなさい、ステラ。どうか許して。私達が貴方に言うべき事を言わなかったばかりに」
「もっとお前に早く伝える事ができれば、苦しい思いをさせずにすんだものを」
「そんな、私は……」
先ほどの会話を聞かれていたのか、と焦るステラだが、二人の表情はどこまでも悲しそうで、そして優しかった。
「私たちは臆病だったのよ」
「魔法が使えないことが家族の不和になるのではないかと、話題にするのを避けていた。私達の責任だ。許してくれ」
そんな風に思っていたのか、と衝撃を受ける。
ステラはまったく知らなかった。
「お母様とお父様のせいではありません、すべては私が勝手に一人で考えて思い詰めていただけなんですから」
そうだ。誰にも相談せず、自分一人で疑心を抱え込んでいたのはステラだ。
敵を倒す強さは身につけられても、心を強くする方法は分からなかったから、ずっと……。
しかし、彼等は自分達の罪を許せないらしい。
「それでも私達は、あなたの悩みを見過ごしてしまった罪があるわ」
母はステラにそっと歩み寄り、腕を広げて抱きしめた。
「お母様……」
母にこうして抱きしめられるのはいつぶりだろう。
心がほっと安らぐ。
守られてるという感じがした。
こういうのは少し新鮮だ。一緒に歩いてくれる人はいたけど、いつだってステラはだれかを守る側で、ステラを守れるのはツェルトだけだったから。
「ステラ、私達は貴方の親です。親は子供の幸せを一番に考えるものよ」
「だから、お前の好きな未来を選びなさい、私達はずっとお前の背中を見守っているし、必要なら支えよう。なぜなら……」
二人は共に視線を合わせた。
さすが長年連れ添った二人だ。
目と目で会話するとはこういうことなのか。
「「お前は(貴方は)私達の大切な娘なのだから」」
母様の腕の中で少し泣いてしまった後、
気を利かせたのかしばらしてからヨシュアがやってきて、ステラをダンスに誘ってきた。
「姉様、少しお時間をいただいてもよろしいですか」
「もちろんいいわよ。ヨシュアの頼みだもの」
パーティーホールでは、音楽が鳴り響き着飾った男女がペアになって楽しそうに踊っている。
こうしてゆっくり会うのは久しぶりだった。
レイダスとの闘いの後は、色々ごちゃごちゃしていたのでゆっくり会話する暇がなかった。
ヨシュアは、背が少し伸びたようだ。小さい頃は見下ろすような位置に頭があったものなのに。
頼もしくなった弟の成長に何とも言えない寂しさと、同時に嬉しさが込み上げてくる。
身長差があまりなくなってしまった二人は、向かい合いながらステップを踏んで柄の間、ダンスを楽しんだ。
リズミカルにステップをふみながら、ヨシュアがこちらに尋ねてくる。
「姉様、僕は以前より強くなりましたか?」
変わったと思ったが、まだ変わらないところもあったようだ。
甘えるようにこちらの様子を上目遣いで気にする様は、相手が歳下であることを思わせるには十分な仕種だった。
自分はまだまだヨシュアの姉でいなければならないし、いられそうだ。
ステラは小さく笑みをこぼした。
「どうしたの突然、あの時はあんなに自信満々だったのに」
「自信はあります。でも、直接姉さまに評価してもらいたくて、どうですか?」
不安そうにこちらに視線を向けてくるヨシュア。
ステラはその問いには迷うことなく答えた。
「ヨシュアは強くなったわ。物理的な強さもそうだけど、特に精神的な面ではきっとこの場にいる誰よりも強くなったと思う」
「嬉しいですけど、そうでしょうか?」
「苦しい状況の中、大切な人を助けようと必死に頑張るヨシュアが強くないはずないもの。そんな状況の中、他の人間の……私の心配までしてくれたんだからヨシュアは絶対強いわよ。最強の勇者である私が保証する」
普段立場を利用するのは気が進まないステラだが、今だけは別だ。
ヨシュアの背中を押し、自信を付けさせることができるなら、何でも利用させてもらおう。
「やっぱり姉様に言われると、自信がつきます。ありがとうございます」
不安が晴れたのか、ヨシュアは穏やかな笑みを見せた。
身内贔屓になるかもしれないけど、その表情は不思議と人の警戒を解いてしまうような、そんな魅力が感じられる。
これだけ素敵に育ったのだから、きっと周囲の女の子が黙ってないだろう。
将来の相手はどうするのかと、心配になった。
ヨシュアのダンスを終えると、クレウスとアリアがやってきた。
「ステラ様! お話しましょう」
「かなり多くの人を相手にしていたようだが、つかれないか?」
「私は平気よ、今はちょっと元気になったわ」
ニオや両親、ヨシュアと話をするうちに、気力が戻って来たようだ。
今のステラは、壁の近くでしなびていた頃のステラではない。
「二人はもう踊ったの?」
「はい、もちろんです」
「三回ほど靴を踏まれたけどね」
「もう、クレウス!」
こんな時でも気安いやりとりができる二人は、このパーティを心から楽しんでいるようだった。
すると、アリアが突然……。
「ステラさんに出会えた事に感謝を!」
王都の退魔騎士学校で再会した時の様な勢いで話しかけられ、ステラはもちろん驚いた。
「アリアまで唐突なこと言うのね、あなたのほうはどうしたの?」
首をかしげるアリアにかいつまんで先ほどのヨシュアとのやりとりを知らせる。
弟の体面を守るために、かなり大雑把な内容だったが、伝わったようだ。
「そんな事が、やっぱりこういう時だから、皆さんいいたくなってしまうんですね」
「改まった事を? そういうものかしら」
「そういうものなんです。自分が変わらなくても状況が変わると、自然と人もそれにあわせて変わってくるんですよ。最近学んだことですけど」
「そうかもしれないわね」
クーデターが起きた時は、私達の在り方は変わらなかった。
けれど、いろいろ厳しい状況だったから、徐々に変わらざるをえなくなったのだ。
それは、悲しいことだったけれど、得るものも確かにあった。
「だから」とアリアは続ける。
「ステラさんは私にたくさんの幸せを運んできてくれました。先ほどの言葉は、その感謝です」
「感謝だなんて大げさよ」
そうやって改めて言われる程の事を自分が本当に何かしてあげたのだろうか、と首をひねる。
やった事と言えば、彼女が小さかった頃のお悩み相談や、学生期間中に恋の悩みを聞いたぐらいだし。
そう考えてるとアリアは頬を膨らませて反論してきた。
「しましたよ。ステラさんは、私に勇気の出し方を教えてくれました。だから臆せずに大切な人を守ることが出来たんです。それに、ステラさんが手紙の事を気にしてくださったおかげで自分の心を見つめて、大切にする事もできたんです。だからこうして私は今、クレウスと一緒に笑い合う事が出来るんですから」
「アリア……」
私としては小さな手伝いだったけど、彼女はそんな風に思っていてくれたのか。
すると、今度はクレウスが話かけてくる。
「僕からも君に感謝を、君はいつもアリアが困っている時に力を貸してくれた。アリアと僕の進む道の、良き指針でいてくれた。他の誰でもない君が一緒に戦ってくれたからこそ、僕達はここまでこれたんだ」
「クレウス……」
二人分の真摯な瞳に見つめられて、ステラは何とも言えない気持ちになる。
言葉の一つ一つから本当に二人がそう思っていてくれている事が伝わってきて、その場にいることが少し恥ずかしくなってくるくらいだ。
そこまで言われたからには、ステラはその思いには応えなければならない。
「アリア、クレウス……。ここでそうじゃない、なんていったら野暮よね。ありがたく受け取っておくわ。私こそ、貴方達のような仲間と出会えたことに感謝しているわ」
笑顔と共に精一杯の感謝を言葉に載せてステラは目の前の仲間へと伝えた。
しばらく二人と談笑しているとその場にレットとツェルトがやってくる。
こちらに近づいてきたレットは、恭しく一礼してみせた。
勇者の仲間だったこともあり、公の場に出る機会もあったのか、その佇まいは堂々としたものだ。
「お嬢様、勇者の継承おめでとうございます。私の弟子であるお嬢様が次代の勇者になられるなど、この身に余る光栄でございます」
「ありがとうレット。でも勇者様の事は……ごめんなさい」
かけられる言葉は嬉しかったが、継承の事実を素直に喜ぶことはできなかった。
自分だけ再会できたという負い目がステラにはあったからだ。
しかし、レットは優しく微笑みかけながら言葉をかけてきた。
「謝罪する必要などありませぬ。離れていても心は通じている、それが仲間というものでしょう。言葉は語ればよいというものではありません、必要な事は全てお譲様が迷いの森に向かわれたあの日に話しております。必要以上に思い悩む必要などありあせぬ。勇者殿も望んではおられぬでしょう」
「そうね……、勇者様ならきっとそうおっしゃられるわよね」
「貴方が私の弟子でよかった」
そんな事は、こちらだってそうだ。
剣の腕だけではなく、ステラにとってレットは本当に尊敬できる師匠だ。
今はもう直接教えてもらえることはなくなってしまったけれど、彼がステラの先生であるのはいつまでも変わらないだろう。
そして、
「ステラ……」
「ツェルト……」
ツェルトは手を差し出しながら言った。
「とりあえず一曲踊ろうぜ。俺達はそれで十分だろ」
「そうね」
感謝も謝罪も、改めて言う必要はない。それが私達だ。
一旦は外れたダンスの輪へと再び加わっていく。