第14話 一つの国の夜明け
どうすれば彼に勝てるだろう?
ステラもツェルトもレイダスには勝てない。
二人で戦えば勝算がないこともないだろうが、ステラは手負いだ。本来の実力を出し切れるかどうか怪しかった。
両親に怪我の治療をされた後、メディック特製のやる気の出る薬を怪しみながら一気飲みしたりしている間に、エルランドが話しかけてきた。
「ステラさん、少しじっとしていてください。精霊魔法をかけますから」
「あ、ありがとうございます。これは?」
「身体能力を少しだけ強化しています」
そういえば彼もツェルトと同じ精霊使いだったな、と思いだす。
彼の作業が終わった後、見計らって話しかけてくるものがいた。
彼女は、フェイスの夢の檻から帰還した後に、彼を捕縛していた人物リートだ。
「ツェルト・ライダーが入れ込む娘がどんな人物かと思えば、意外と普通の女子なのだな」
「あなたが今まで色々ツェルトの手助けをしてくれていたのよね」
「そうだ。焼いたか?」
「いいえ、ありがとう。感謝してる。とっても助かったわ」
直球な物言いをするリートに素直に感謝の言葉を伝えれば面食らったような顔をされる。
「訂正だ。やはりお前は変わっているな」
直接顔を合わせて話した事は少ないけれど、ツェルトがお世話になったというのなら、後でしっかりとお礼を言っておかなければならない。
さて、準備は万全。……とは言い難いが、大体は整った。
ステラは、この戦いに決着をつけなければならない。
「皆、知恵を貸して。力の強い相手と戦って勝つためにはどうすればいいか、考えるのよ」
空中庭園 『レイダス』
ツェルトと相対するレイダスはイラついていた。
相手が実力を出し切れていないことに、だ。
ツェルトは、まだこの間戦っていた時の方が強かった。
勇者になったとかいう金髪の女が、死地においやられていた時の方が。
強い相手と戦えることができるかもしれないと思っていただけに、レイダスの落胆は大きくなる。
だから、
この戦いが終わったらこいつに留めは刺さないでおこう、とそう思った。
そして倒れたこいつの目の前で、あの女をめちゃくちゃに切り裂いてやるのだ。
そうすれば少しは楽しませてくれるだろう。
こそこそしているばかりで自分から戦おうとしなかったフェイス。ヒントはそいつから得た。目に入れても不快なだけの存在かと思っていたら思わぬものを運んでくれたようだ。
大事にしている女を傷つけられたられた時のこいつの力は良い。
殺意と敵意に凝り固まった剣は心地いいほどに重くそして鋭かった。
「喜べ、お前が負けたらあの女を原型が分からなくなるくらいの肉塊に変えてやる」
「そんなの……!! させっか、よっ!」
試しに挑発してやればこの通りだ。
単純でいい。
反乱勢力への情報を集める為に貴族になるくらいの立ち回りの良さを見せる癖に、女の事になるとこれだ。
「はっ、安心しろよ。別れの言葉くらいは言わせてやっからよ。足手まといになってごめんなさい、女の分際で剣なんか握ってごめんなさい、ってな感じになぁ!!」
「お前っ、ステラを馬鹿にすんな!!」
そのやりとりを見かねた外野が茶々を入れてくる。
「いけない、挑発にのっては駄目だ!」
「駄目です、ツェルトさん!」
だが、怒りのままに剣を振るうツェルトにクレウス達の制止は届いていない。その姿を見て、レイダスは気分を良くした。
「馬鹿が、剣筋が見え見えなんだよ」
だがマシになったとはいえ所詮は短距離走だ。元から疲労を募らせていたツェルトに勝算などない。ゆえに、致命的な一手を許す事になった。
大ぶりの一撃を避けられなかったツェルトは、深々とした傷を負った。
「う……ぐ」
満身創痍の状態で地面の上でうめくツェルト。
だがそこに、新手が飛び込んでくる。
「ツェルト兄様!」
「あれしきのことに心を乱すようでは、まだまだですな」
小柄なガキと、老い先短いじじい。
「お前ら何で、ヨシュア、それにレットまで……」
小柄な方は雑魚。だがじじいの方は、見ただけでもその道の達人であることが分かった。
まだまだ、ここで楽しく遊べる事が確定した。
「はっ、うまそうな獲物が向こうから来やがった」
剣を打ち合わせ命のやり取りをする。
判断を間違えれば、即刻あの世行きだろう状況にレイダスは興奮していた。
心臓が高鳴り、全身の血が脇踊る。
そんな死地の中で、レイダスは思い出した。
自分はずっとこの瞬間を待っていたのだと
確かに生きていると感じられるこの瞬間を。
「我らも続け!」
隙があると見られたのか、外野の兵士共から魔法が打ちこまれ、矢を射られる。
冗談みたいな死のあふれる戦場、それらはより一層レイダスを興奮させるだけだ。
だが、それも長くは続かない。
最初に小柄なガキがやられて、次にクレウスと呼ばれた青年がやられれば均衡は一気に崩れた。
息をあらげる老人を庭園の地面に転がすのにそう時間はかからなかった。
レイダスは残されたツェルトへ向き直る。
残るのは一人、いや……まだ二人だったか。
視線の先に、金髪の女が立っていた。
ステラは、驚異的な力をみせるレイダスの前に立った。
ただ彼の視界に入っているだけなのに、妙なプレッシャーを受けるのはレイダスが強者ゆえなのか。
「これ以上好き勝手はさせないわよ」
「ステラ……」
「大丈夫だから、ツェルト。私を信じて」
ステラとツェルト。
二人は共に並び、レイダスへと向かい合う。
「わざわざそっちから肉塊になりに来たってわけか」
「そんなものになるつもりはないわ。戦ってあなたに勝ちに来たに決まってるでしょ」
「はっ、万が一にでも勝てるとでも思ってんのか」
「勝てるわよ、だって皆ここにいるもの」
彼の前に立っても、勝てなかったかもしれない。
少し前の自分なら。
だが、今のステラならば……。
レイダスを睨みながら、勇者の剣を出現させる。
ステラはその剣を手にして相手の動向に気を配った。
「やっとか、周りの人間なんて気にせず最初っからそいつに頼っとけばよかったんだよ、そらぁっ!!」
少しは戦いがいのある敵に昇格できたらしい。
ステラの事など、剣のおまけとして見られてそうだが。
しきりなおしの戦いが始まる。
「はああっ!!」
レイダスとステラの再戦だ。二人は互いの剣を交えて戦う。
今のステラは全力回復とまではいかないだろう、だがそれでも今夜の戦いが始まる前よりずっと体が動く気がした。
「おらおらぁっ、剣出すんなら力をもっと引き出してみろよ」
勝敗の見えた戦いにレイダスの剣筋が荒くなるのが見える。気の緩みだ。
手ごたえのある、だけど自分より弱い敵と何度も戦いあった彼はきっと今慢心しているだろう。
彼の攻撃は、次第に大振りになっていく。
さっさと終わらせようとするその心理が、ステラ達によって意図的に作りだされたものとは知らずに。
「ぐ……」
声をもらして先に倒れたのはツェルトだ。当然だろう。今まで碌に回復もせず休みなしに剣を振るっていたのだから。
「本命がこれじゃ、もうしまいだな」
「そうね、そろそろ決着をつけさせてもらうわ」
一息つき、今まで隠していたその技を行使した。
「勝つのは私達よ!!」
威圧だ。
洞窟のときでは使うタイミングがなかった、王宮での最初の戦いの時も使う前に勝利して(……と思わせる彼の演技に騙されて)しまったから、彼がこの技の存在を知ることはなかったのだ。
「な、ん……」
硬直するレイダスへ向かって思いきり地をける。そして勇者の剣を相手へ振り被り……。
「ただしそれは私じゃない……」
「ああ?」
ステラはその剣を手元から消した。
疑問に思ったレイダス。
「俺が、やるんだよっっ!!」
そして次の瞬間には、消えたはずの勇者の剣が、ツェルトによって振り抜かれ、レイダスの背面を切りつけていた。
だが、それでも彼は驚異的な力を発揮してその場で踏み留まる。
「これでも!?」
「こ……んな、小細工に倒れてたまるかぁぁぁぁ――――っ」
ステラの叫び声に、瞬間に身を前に倒して致命傷になるのを回避したレイダスは嘲笑を返す。だが。
「さすがね、でもこれで終わりよ。ヨシュア!!」
「うあぁぁぁぁぁぁっっ!!」
勇者の遺品によって死角から出現したヨシュア、彼が雑魚と評した少年によってレイダスは腹を貫かれるのだ。
「がぁっ……!!」
赤い鮮血をまき散らしながら、レイダスは膝をつく。
その表情は信じられないとでも言わんばかりだ。
「俺、様は……しに……。ま……」
そして、レイダスは今度こそ倒れ伏した。
死闘を繰り広げていたレイダスが起き上がる気配はない。決着は完全についたようだ。
彼の様子を目にして、安堵する。
そして体の力の抜いてしまいその場に倒れかけた。
「お、ととと……ステラだいじょ、うわっ!!」
「姉様! 大丈夫ですか!?」
しかし、それを支えようとしていたツェルトも同様に倒れこんでしまい、結果彼を下敷きにしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺これでいいかも。ちょっとの間だけこうさせてくんね?」
慌ててどこうとするのだがそんな事を言われてしまった。
先に倒れこんだツェルトに抱きしめられれる。
女の人に下敷きにされたいだなんて、変わってる。
「ちょっ、ちょっと」
「ご褒美ご褒美、ステラの意を汲んで動いてあげた俺へのご褒美」
「もう……。何だかこんな軽いやり取り、久しぶりにした気がするわ」
「そうだな、すごい久しぶりで俺手加減できなくなりそう……」
「手加減って、何の? でも何にせよ」
ステラは近い位置にある彼へと、満面の笑みで言葉を返した。
「生きてるわね。私達」
「ああ、生きてるな」
互いに泣きそうな顔をしたまま、そのままの体勢で見つめ合う。
けれど、長々とそんな空気に浸ってられる状況ではなかったようだ。
野次馬がすぐに集まって来る。
「姉様もツェルト兄様もひどいです。僕も頑張りましたよ」
「ニオも頑張ったよ! 誉めて誉めて!」
「ああ、駄目ですよニオ。ここはもうちょっと空気を読まないと」
「あんなに抱きしめられて……うらやましいです」
「どうしたアリア。顔が赤いぞ」
そんな事を言い合っていると、眩しい光が庭園を照らし出した。
朝日だ。
空は新しい一日を迎えて白み始めていた。
談話室 『シェリカ』
国が変わった気配を感じ取って、談話室にいたシェリカは顔をあげた。
「空気が変わったわね、クレイ」
「そのようだな」
イスに座った姿勢で返答を返す男性は、シェリカの顔を見ずにいる。目をつむったままだった。
「良かったじゃない、国交断絶なんて事にならなくて」
「良くも悪くもない。この国が再び悪くなるのなら、やるべき事をやるまでだ」
「また、そういう事いって」
呆れた表情をするシェリカは、部屋の内部にいる者達へ安心させるように語り掛ける。
「貴方達、もう大丈夫よ。この国は、本来の持ち主の手に戻ったようだから」
その言葉を聞いた者達は、わかりやすくほっとした表情になった。
その様を見て微笑んだシェリカは、クレイに近づき、彼だけ聞こえる声でつぶやく。
「それで、グレイアンの身柄についてはどうするの? グランシャリオの王子様」
「どうもしない。あれは元々この国の者だ」
「そう、貴方がそれでいいなら、もう何も言わないけれど」
肩をすくめる仕草を返すが、それでもクレイは瞼を開かなかった。
他者に、その瞳に何が映っているのかを推しはかることはできない。
シェリカはほんの少しだけ、グレイアンという人間に同情していた。
「ある意味、可哀そうな王子だわ。自分の居場所を守るために、必死になって……」