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第13話 空中庭園の死闘




 談話室 『クレウス』


 異国からきた来客を泊めるための場所、宿泊区画からほど近く。

 そこにはこの国の者ではない人物、客がいた。

 これからレジスタンスや勇者達。一部の協力的な騎士が国を取り戻すための戦いをしかける。


 しかし国の内乱に関係のない彼等をまきこんで、けが人や死者をだすわけにはいかない。

 だから、夜の時間を楽しんでいた彼等の前に、クレウスは立っていたのだ。


「いきなり部屋に踏み込んできたと思ったら、大人しくしてほしいって? 唐突すぎるんじゃないかしら」


 不満げな顔を見せる来賓たち。その代表をするかのように、一人の女性が前にでて、クレウスへ文句をつけてきた。

 しかし、彼女がまとう雰囲気は言葉ほど敵意を含んではいない。


 おそらく、他の者達が勝手に喋り出し、状況の収拾がつかなくなるのを防ぐためだろう。


「申し訳ありません、シェリカ様。ですが、どうか怒りをおさめていただきたい。貴方達の安全は我々がしっかりと保障させていただきます」

「……そう、私の名前を知ってるのね。なら、私の一族の事も?」

「ええ、少しは」


 対応に出ている彼女は、他の来賓たちの顔を見回して、その中の一人へ話しかけた。


「クレイ、貴方はどう思う?」


 話題を振られた人物は、気難しげな表情をしたまま、首をふった。

 それがどのような答えなのか、クレウスには分からない。

 だが、シェリカという女性はそれで、何らかの答えを出したようだ。


 こちらに向き直って、頷いた。


「分かったわ。これからの事は貴方達に任せる。それでも、万が一の時の為に、私達は味方をしないと伝えておくわ。それを肝に念じていて」

「はい、理解しております」


 他の者達を見回す。

 彼等はシェリカ程、納得してはいないようだが進んで反対の声をあげる者もいないようだった。


 クレウスはほっと胸をなでおろした。


 自分のせいで他国との関係にヒビが入ったとなれば、他の者達へ顔向けできなくなるところだった。


 国の平和を取り戻せても、他の国との間に火種を作っていては意味がないからだ。


 部屋を出て、小さくため息をつく。


 見張りの兵士達に顔を合わせて、向かうべき次の場所へと向かった。


 予定通りに行けば、じきにアリアと合流できるだろう。


 状況は待ってくれない。


 クレウスは、国を動かすための主要人物、ステラやエルランド達の事に思いをはせる。








 王宮 通路 『ステラ』


 ニオ達は、王座の間から逃げだしていた。

 ステラはそんな彼女達と合流し、空中庭園へ向かう。


「ステラちゃん! ごめんちょっと、猛獣と出くわしたの予想外すっごく大変で逃げてるとこ!」

「早口すぎて何言ってるのか分からないから、ちょっと落ち着いてニオ」


 詳しく説明すると、予想になかったレイダスが王座の間にうろついていたせいで、撤退をよぎなくされた、という事だった。


 仕方なしに逃げる彼女達だが、あてなく走ってるわけではない。


 庭園に向かっている理由は、再び元の場所に戻るよりはこちらの方が地の利があっていいと判断したためだ。

 休憩の合間や暇な時間に何度もクレウス達と剣を打ち合ってる自分ステラにとっては、王宮の空中庭園はもう屋敷の庭のようなものだからだったからだ。


 滅多に入れない王座の間で戦うよりも、どこに何があるのか把握してる場所の方が絶対に良い。


 しかし、空中庭園に足を踏み入れるがいなや絶句。

 背後にいるはずの脅威がすでに前方にいたのだから。

 一体どうやってショートカットしたのだろう。


「よう、まんまとやってくれたじゃねーかよ」

「レイダス!」


 学校生活の中で散々手を焼かせられた先輩が現れたのを見て、表情を引き締める。

 今更だが、ヒロインとくっつく可能性があった人物とは思えない、素行の悪さだ。

 一体何がどうなってこんな事になっているのか。

 考えるのは後だろう。彼にはここらで一つキツイ灸をすえてやらねばなるまい。


「王宮に雇われてたのね。似合わないわよ」

「王宮だろうが原っぱだろうがスラムだろうが、やる事は変わんねぇだろが。強い奴がいて金払いが良いなら、どこだって働いてやる」


 言い終わるやいなや、レイダスは飛ぶように駆けてこちらに突進してくる。

 正面から受けるのは愚だ。


「離れてて」


 ニオ達に避難を促し、ステラは回避に専念する。


 後ろに下がれば、獰猛な野獣の様な攻撃に翻弄され続ける。

 だがステラは下手に反撃に出たりはせずに冷静に事態が好転するのを待つ事を選んだ。


「相変わらず、てめーの剣はつまらねーなぁ。あの男の方がよっぱどおもしれぇ」

「あの男? ツェルトの事?」

「勝てる見込みのない作戦にテメェが行かされた事で暴れてくれやがったからよ。一発お仕置きかましてやったんだよ」


 私の知らない間にそんな事があったのか。

 と、言うより似たような光景をつい最近見たような気がするが。

 ひょっとして前に見たあれは夢ではなく現実に起こった事なのだろうか?


 それにしても、と思う。

 ツェルトは怒って、そしてステラの身を心配してくれていたらしい。

 その事に、少しだけ心が温かくなった。


 ツェルトの事について、思考を一瞬脇道へとそらせていると、


「はっ、女の顔しやがって。男でもないくせに剣振り回そうなんざ生意気なんだよ」


 レイダスがそんな揶揄をとばしてくる。


「男女差別が過ぎるわね。その口、聞けないようにしてあげるわ」


 気の抜けない攻防を繰り返し、両者は立ち位置を目まぐるしく変える。

 次元の違うやり取りに周囲の他の兵士は手出しできないでいて、遠巻きに見守るしかない状態だ。


 状況は拮抗しているように見えるが、ステラの方が実力は下だ。このままでは、そう遠くないうちに追い詰められる。

 何か手を打たければならない。


 ステラはレイダスの今までの戦闘を思いだす。


 基本的に彼の動きは、俊敏で予測が難しい。想像を越えた無理な機動も、鍛えた肉体を駆使して強引にこなしてしまう。

 だが、それゆえに予想を超える動きをする彼の……その予想を外す事ができれば、自分でも対処ができるはずだ。

 彼が学生だった頃、ニオが人質にされた件でも、そんな事があった。動けないはずのステラが動ける身になった事に驚いていたようだし。


「くらいなさいっ!」


 身構える彼にステラは剣を振るをみせかけて、あらかじめ準備しておいた物を蹴り飛ばした。


「んなっ!」


 靴だ。

 戦闘中、細やかに動き回っている際中に靴を脱ごうとする人間がいるなんて誰も思わないだろう。


 生憎だが、素足での戦闘は慣れている。

 室内の中で退屈だと騒ぐ誰かさんに合わせて何度か木剣を打ちあった事があるのだ。

 表面上には出さなかったが何度彼に負けてくやしい思いをしたか。

 靴がない事くらいハンデにはならない。

 彼……? 誰だっただろうか?


 頭の中によぎる誰かの痕跡、しかし死闘の中での考え事は命とりだ。

 すぐさま、はらいのける。


「らぁぁっ!」


 ステラの全身全霊をかけた一撃が、レイダスを撃ちすえた。

 彼は……動かない。

 倒れ伏したレイダスを見下ろしながら息をつく。


 命を奪ってはない。

 確かに嫌な人間だし、好きにはなれなかったが、死なせる程憎い人間ではなかった。

 致命傷は避けたつもりだ。

 ただ、全力で叩いたのでしばらくは痛みで苦しむと思うが、それぐらいは勘弁してほしかった。

 そんな事を考えて背を向けた直後だった、


「甘ぇんだよ」


 ステラに起き上がったレイダスの一閃が届こうとした。

 その時。


「らあぁぁぁぁぁぁ――――――――っっ!!」


 ツェルトが頭上から振ってきた。

 まったく、本当にいつもいいタイミングで来てくれる。

 いつも……?


 ツェルトは、息をつく暇も与えず体勢を整える前にレイダスへと攻撃を加えていく。


 そこへ、駄目押しとばかり、別方向から来たクレウスが剣技を放つ。


「僕の存在も忘れないでほしいね!」

「ちっ、……野郎!」


 剣を振るうクレウス背後には、その姿を見守るアリアの姿もあった。

 別の場所の制圧を任されていた彼等だが、どうやら己にかせられた役割をこなし終えたようだ。


 レイダスはツェルトの方を見ながら、その表情に歓喜の色を浮かべている。


「待ってたぜ、最初から来てくれりゃ回りくどくなかったのによっ!」

「俺が最初か出てたらお前は油断なんかしないだろ」

「はっ、惚れた女を普通囮にするかよ」


 しない、だがその普通はしないことが必要だったのだ。ツェルトには猛烈に反対されたが。

 大目にみてほしい、彼には正攻法ではとても勝てないのだから。


 ツェルト一人に突進していくレイダスだが、そこに剣技を放つのはクレウス。


「こちらも気にしてくれると嬉しいんだが!」

「ちっ」


 待ち望んでいた死闘の邪魔をされた形になったレイダスだが、その表情にはまだまだ余裕の色が満ちている。

 これでも彼にとっては不利にはならないらしい。


 レイダスをあいてどり、綱渡りで斬り結ぶクレウスの様子を心配しながら、アリアが時折りフォローの魔法をかけていく。


「クレウス、気を付けて下さい!」

「十分に分かっているさ」


 そんな光景を見たならば、ステラが黙っていられるわけがない。


 すでに満身創痍とも言える状態だが、加勢をする為に剣を握る手に力を込める。

 気付いたニオが慌てて止めようとする。


「ステラちゃん!? 無茶だよ、そんな状態で!」

「でもここで頑張らなきゃ勝てないわ、ニオたちは離れてて」


 制止を聞かずに、全身へと力を込め、体を動かす。


「守らなきゃ」


 周囲を巻き沿いにすることを恐れて今まで使わずにいた勇者の剣を出現させて、それを支えにふらつく体を必死に立たせる。


 レイダス相手にどう立ち回るか考えながら、疲れた体に鞭を打って動く。


「戦わなきゃ」


 そう、私は剣を手に戦わなければならない。

 戦わないと、そうじゃないと。

 強くない私に価値なんてない。

 私はだって……、それ以外に居場所の作り方を知らないから。


 弱い者は殺される。

 何もしてなかったから、前世の私は殺された。

 力がないと、生きていけない。

 怖い。

 弱いことが恐い。


 弱いままでいる事が。

 弱い事に甘んじている事が。

 弱い自分を許して、認めてしまう事が。


 しかし、焦点の定まらない目で、ツェルトとレイダスの姿を追いかけていたステラの耳に、ここにいるはずのない声が響いた。


「姉様!」

「ヨシュア……?」


 こちらに向かって駆けてくるのは、見慣れた姿。

 ステラの二つ下の兄弟だ。

 どこからどうみても、弟であるヨシュア・ウティレシアだった。


「どうして」


 何故彼がこんなところにいるのだろう。屋敷からは距離が相当あるはずなのに。

 駆け寄ってきたヨシュアは、ふらついていたステラの体を支えてくれる。


「勇者様の力に助けて貰いました。姉様」


 強い意思を秘めた金の瞳で見つめられて思う。

 この子は、いつの間にこんな目をするようになったのだろう。

 つい最近ツェルトに言われるまでは優しくて、女の子みたいにか弱い弟だと思っていたくらいのに。


「屋敷もお父様もお母さまもこの手でちゃんと守れます。守れました。だから、僕も一緒に戦わせて下さい」

「だけど……」


 実際ヨシュアは強くなったのかもしれない、けど姉として弟に戦わせることには抵抗があった。


「姉様は自分のことを価値がないと思ってるんでしょう?」

「どうしてそれを……」


 他の誰かに話したという記憶はないはずだが。


「見ていれば分かります! 僕は姉様の弟なんですから! ずっと頑張ってきたのを見てましたから! 姉様、お願いですから価値がないだなんて、そんな馬鹿な事を信じないでください」

「わ、私は……でも」


 実際、ステラはここまでの人生で、並の人間には引けをとらない強さを身につけてきた。

 騎士任務でこき使われる位なのだから、戦力として重宝されているはずで……価値はもう十分に証明できたと分かっていたのだ。


 けれど、いくら強くなっても不安をぬぐい去ることはできなかった。

 どうしてなのか分からない。


 だけど、可能性の一つとして、その結果に自分で満足していないのだろうと思っていたから、だからもっと、もっと頑張ればいつかはその恐怖から解放される、そう信じていた。


 なのに……、勇者になった今でもそんな日はこなかった。


 そんなステラに、自信に満ちたヨシュアの声がかかる。


「姉様、見てください。価値がない人間の為に、これだけの人達が駆けつけたりなんかしません」

「え……」


 弟の言葉に初めて気がつく。

 見回せばその人達がいた。


 共に働く仲間たち、作戦のために剣を向けてしまった騎士達、アリアとクレウス、ツェルト、そしてアンヌをふくめた屋敷の使用人たちや、剣の師匠レット、薬の研究者となったメディックもいる、そして両親までも……。


 その中で、長い人生の中でステラを見守ってきた母と父が歩み寄ってきて、今にも崩れ落ちそうな体を支えてくれた。


「お母様、お父様……」

「ごめんなさい、ステラ。私達がはっきりと貴方に告げなかったばかりに、こんな苦しい思いをさせて。本当にごめんなさい」

「お前は私達の大切な子供だよ。それは何があっても、これからどんな事が起こっても絶対に変わらない。だから価値がないなんて思わないでくれ。私達は決してお前を見捨てたりはしないのだから」

「……っ、お……母様っ、お父様……っ」


 ステラは二人に両側から抱きしめられた。

 両親から与えられた温もりを感じて涙が込み上げてくる。


 そうだ、私は誰かにこうしてはっきりと言葉にしてほしかったのだ。

 確かな証拠を得ることよりも……。何よりも……。

 不必要な存在なんんかじゃないと否定してほしかった。安心させてほしかったのだ。

 こんな簡単な事に今まで気付かなかったなんて。


「ありがとうヨシュア、元気出たわ。お母様も、お父様もありがとうございます。これでまだまだ戦える。終わらせましょう、私達でこの戦いを」

「はいっ!」


 ヨシュアに肩を貸してもらい、未だ戦いを続けている者達へと向き直った。



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