第12話 反逆の騎士
王宮 廊下
空は闇でぬりつぶされ暗くよどんでいる。
空に、星月は見えない。
重苦しい雲が蓋をするかのように、覆い隠していた。
灰色の蓋は分厚い。
切れ目もとぎれもなく、そのままずっとそこにありつづけるかのようだ。
まるで、その下で暮らす何千・何万の人々をおしつぶしてしまうかのようにあった。
その日、ついに多くの人の未来をかけた作戦が決行された。
時刻は深夜、草花や虫も寝静まる頃に、王宮で派手な爆発音が連続して鳴り響いた。
地下水路を伝って侵入してきたニオ達が、兵士達と戦っているのだ。
ステラも割り振られてた役割をこなさなければならない。
眠らなかったステラは、秒で剣を手にして、私室を飛びだす。
そしてそのまま、王宮の廊下を駆けぬけていった。
意識を切り替えて、目前に現れた兵士を排除。
「あ、ウティレシア殿! 侵入者が王宮にっ、ぐわぁ!」
立ち止まらずに、走り続ける。
アリアやクレウス、ツェルトやステラ達の役目は単純だ。
自身の身分を利用して、多くの兵士達の真ん中に立ち、注目を一手に引き受け、陽動をこなす事。
今頃それぞれが、別の場所で同時に事を起こして王宮を制圧しているはず。
「ウティレシア殿! 何を……。あぁっ!」
「らあぁぁっ!」
手加減はしてあるので、王宮にいる兵士は誰も死なせてはいない。それはステラの力量が一般の兵士のそれとあまりにも違いすぎるからできる事だ。
自ら進んで、顔も名前も知っていて肩を並べたこともある人間を殺めたくなどはなかった、というのもあるが、彼等を殺してしまっては国を立て直す際に禍根が残ってしまう。
一致団結すべき時に、内側から瓦解するのは避けたかった。
ステラは、手加減以上の事をしてしまわないように己の感情をコントロールしながら、出会った兵士や騎士達を無力化していく。
「抵抗しないなら命を奪ったりしないわ。私だって同じ仲間に剣を向けるのは心苦しいもの、武器を捨ててくれる?」
逃げる物は追って、撃破。
戦意を喪失したのか、連絡のために撤退するのか見分けがつかないからだ。
けれど、戦いに迷う者達にまで無用で剣をむけるわけにはいかない。
投降を呼び掛けてやれば、ほっとした様子で兵士たちはそれぞれ応じてくれる。
この王宮で彼女に敵うものはもはや片手の指で数えきれるくらいしかいないだろう。
ステラは割り当てられた場所を制圧した後、王宮の廊下を走る。
行く先は、ニオ達が向かっているはずの王座の間だ。
女子兵舎 『ティータ』
王宮の一画、女性騎士が寝とまりする宿舎の中。
服を着替えず宿舎で待機をしていたティータは顔をあげた。
「来た」
時期がきた、とそう判断したティータは男性騎士の宿舎へ向かう。
そこには隊長であるアルバレスが立っていた。
混乱する他の騎士達とは違って、彼は冷静だった。
彼も、すでに任務に向かう時の装備に身を包んでいた。
「よう、嬢ちゃん。嬢ちゃんの言った通りになったな」
「そのようですね。隊長はどうしますか?」
「そんなの決まってんだろう? おまえこそ分からねぇのかよ。曲りなりにも俺の隊の部下だろうが。
「そうでしたね」
ティータは微笑をこぼして、騒ぎがある王宮の一画へと視線を向けた。
「俺はウティレシアの嬢ちゃん達の援護に向かう。ティータは他の連中の面倒みてやってくれや」
「分かりました。こちらはお任せ下さい」
アルバレスが走り去るのを見送ってから、ティータは目の前の宿舎の中へ入っていく。
平時なら、夜中に女性が入るなど見とがめられる行為の何ものでもないが、今は非常事態。
文句を言う人間も、その余裕がある人間もいないだろう。
ウティレシア領 ウティレシア邸
同時刻、ウティレシア領の屋敷でも状況を動かす者達がいた。
エルランドがその地に寄こした兵士達が屋敷を囲み、夜闇にまぎれて行動を起こしていく。
現王の命令を受けて屋敷を見張る兵士達は一様に、単調な任務に弛緩しきっていた。
屋敷の者達は表だって反抗する気配を見せなかった
ゆえに荒事のない日常に慣れきってしまった彼らは、少し異変が起きたぐらいでは、その原因を確かめようとしなくなっていたのだ。
そんな彼らの意識を利用するように、エルランド王の命を受けた兵士達は闇夜に紛れて近づき、最小限の行動で着実に倒していく。
だが一定数倒したところでさすがに異変に気付き始めた者が現れたらしい。見張りの一人が空に火の魔法を放ち、襲撃の知らせを発する。
当然その知らせを受け取った屋敷の内部の見張り達は、中にいる人間達を人質にしようと動く。
「貴方……!」
「やはり、私達に剣を向けるか」
屋敷の一室では、寄り添う二人……主であるウティレシア領の元領主とその妻がいた。
その向かいには、彼等に剣を突きつける見張り達が数名。
だが、不安そうな妻とは違い、元領主の態度は堂々としたものだった。
「案ずるな、時機に来る」
元領主が安心させる様そう声をかけたとたん、扉を開けて何者かの陰が飛び込んでくる。
その陰に反応するよりもはやく、見張り達は一瞬で攻撃を受け床に倒れこむ事になった。
「ふん、青い。……まだまだですな。ヨシュア様、そちらは?」
攻撃者の正体は、この屋敷に雇われた剣の指南役のレットだ。
彼は、遅れて入ってきたヨシュアへと声をかける。
「レット先生、こっちはおおよそ片付けました。前もって気づかれないように罠を張っておいたかいありましたね」
屋敷の内部にいたほとんどの見張りは行動を起こす前に、レットとヨシュアの張った罠によって無力化されていたのだった。
仕掛け網にて廊下の天井にぶら下がっている兵士や、踏みぬいた床板の隙間に足をとられて動けなくなっている者など、屋敷の内部には死屍累々の惨状ができあがっていた。
そんな敗者に追い打ちをかける者が一人。
「くらえ、我らが女王様の為に作った薬の一つ、薬味瓶!」
今まで隠れて様子をいていたメディックだ。
数年前にとある出来事で、ステラを崇拝するようになった男。
偽薬の開発と詐欺事件でステラに敗北した彼は、様々な薬の研究者になっていた。
そんな彼の腕を見込んだエルランドによって、この地につれてこらえていたのだ。
一番最後に部屋に入ってきた彼は、拘束した兵士へと赤黒い粉の入った瓶の中身を振りかけて調子に乗っている。
「ははは、俺達に刃向かおうなんざ百年はえぇんだよ……ぐべぅ!」
高笑いしながら兵士たちに向かって言いたい放題に言葉を放つメディックだが、その場に現れた黒髪の女性によって頭部に衝撃を受けて昏倒してしまう。
リートが嫌なものにでも触れさせてしまったとばかり、剣を二、三回振り回す。その凶器の側面でメディックを殴ったようだった。
「カエルが潰れるような声がしたが、気のせいだろうな。報告しに来たぞ、外の制圧は完了した」
彼女は部屋の様子を見て満足そうに頷く。
そしてその流れで、この状況を作り出した二名に新たな仕事を紹介した。
「ところでお前達、援軍になる気はないか」
リートは居並んだ者達を見回しながら、口の橋を吊り上げて不敵な表情を作って見せた。彼らに、勇者の剣回収のついでに、ステラが王宮へ持ち帰っててきた遺品を見せつける。
それに反応するのは勇者の仲間であったレット。
彼は見覚えのある懐かしい品を見て、驚きの声をあげた。
「それは!」
「これを使えば、どこでもひとっ飛びらしいぞ」
得意そうにするリートはさっそく、援軍予定の者達にこれからの計画を話し始めた。
王宮外 主要区画 『+++』
一方。
王宮の外では、騒がしくなった様子を見て、人々が視線を向けている頃だった。
彼等は剣を持つ力もない。
そればかりか、身を守る力すらない者もいる。
グレイアンの悪政の影響で、そんな力すらなくしてしまったものも。
「良からぬことが起こるんじゃないだろうな」
「もうこれ以上苦しめられちゃたまんないよ」
彼等は不安そうに王宮の様子を窺い続ける。
しかし、希望を失っていない者達もいた。
ニオ達の行動を把握していた協力者。
抵抗組織達に、王都の情報を流していたその人物は、不安そうにする者達に向けてつぶやいた。
「大丈夫……。国は、もうすぐ明るくなるから」
占い師の装いをしたその少女は、足元によってきたやせた犬をなでながら、ほんの少しの期待の光を瞳にこめていた。
「だから、シェリカ姉さん。勇者達の事……信じてていい」
王宮 王座の間
場面は王宮に戻る。
王座の間にはニオを含めた武装した兵士達やエルランドがいた。
だがそこに集まった者の大半は怪我をして身動きがとれないでいるようだった。
自力で立っているのはニオとエルランドを含めた数名のみになる。
「貴方の暴政は……ここで何としても終わらせなければ」
その場で唯一無傷であるエルランドは自ら剣を手にして、現王へと歩み出る。
傍にいたニオもそんな主を気遣うように続いた。
王座の間には現王と、そしてレイダスが立っている。
「愚かな、まだ我らに刃向かうつもりか」
「はっ、雑魚が。何度やったって結果は変わんねぇよ」
王座に座る現王は、不快そうに表情を歪めて集まったもの達を見つめている。
クーデターを仕組んで起こしたこの現王は、一応はエルランドの兄弟となる人物だ。
血筋的には母親違いの子供となるのだが、しかしエルランドはこの者の存在を知らずに育ってきた。
王座から追われる立場になって情報を集めれてみれば、そこでやっと数年間は平民として暮らしていたことが判明した。その後は、エルランドのやり方を支持しないどこかの貴族の養子となったらしいという記録は残されているが、それからの情報は全く存在しなかった。
その者に何があり、どんな思いがあってこんなことをしているかエルランドや他の者達にも分からなかったが、どんな理由があろうとも、この国を今のような惨状にしてはいけない。張本人がその腕で国民を苦しめ続けている以上、止めないわけにはいかなかった。
彼は今、この国を害し、国民を不当に虐げている。
それだけではなく、信じてついて来てくれている部下や仲間達にまで、不審の感情を向け、罰する始末。
それだけ好き放題にやっていれば当然仕返しがある。
しかしグレイアンはそれらの脅威を、手練れの兵士や傭兵などをスカウトし、傍に侍らせる事によって回避してきた。
凶悪犯罪者フェイスの仲間であるレイダスも、その一人だ。
状況を見たニオが、エルランドを気遣う。
「エル様。援軍を待った方が……」
「いいえ、どのみち、簡単に見逃してはくれません。相手はこちらに時間を与えてくれるつもりはないでしょうから」
「だからってエル様が戦うなんて……」
「国が、民達が苦しめられてきたのです。こんな時こそ私が体を張らないでどうするんですか」
ニオの提案に、現状を冷静に見たエルランドは自分の命を賭けるという判断を下した。
武器など振り回せそうにないほど華奢な体格の彼は、その細い腕で剣を握り敵へと向ける。
その動きを見たレイダスが、面倒臭そうに動いた。
「やんのか? てめぇなんて、他の強者をおびき出すための餌でしかねぇってのに」
「ええ、弱者だからこそ、今立つのです。自分の事を強い強いと思い込んでいる人達の前にね」
「なよっちいくせに、言うじゃねぇか」
エルランドの事を脅威とは感じてないが、魚を釣る餌としては合格しているようだった。
レイダスは嘲笑する。
「はっ、盛り上がってるとこ悪いがよ。俺様が本気をだしゃあ、てめぇらみたいな雑魚、一瞬でぶちのめせるんだぜ」
「それはどうでしょう、強さというものは純粋な力だけではないのですよ」
「あぁ?」
あきらかにこちらを下に見て余裕の態度でいるレイダスに、エルランドは笑みを浮かべ、まずは話で時間を稼ごうとする。
「目に見える強さが強さの全てではありません、そもそも勝利の定義は人によって様々でしょう。その人が勝ちだと思えば勝ちだし、強さだと思えば強さなのです」
「はん、屁理屈だな」
エルランドの言葉に意外にも(彼の事を一部だけでも知っているニオから見ればだが)付きあうつもりのレイダスは、その言葉を小馬鹿にするように鼻で笑って答えた。
「そんなのは弱者の言い訳にすぎねぇよ」
「レイダス、貴方は何を恐れているのです?」
「俺様が恐れている、だと」
「ニオから色々と話は聞いています、貴方はどうしてそんなにも強さを求めるのですか?」
「……」
思いもよらない言葉だったのか、レイダスは一瞬考え込み、眉間に皺をよせて無言になった。
「……知らねぇな、んな小せぇこととっくの昔に忘れさったことだ」
だが、彼は首を振って問いかけに対して思考を割くことを止めた。
話はそれでおしまいだとばかりに己の手にしている剣を構える。
「最後に言い残す事はあんのか」
「そうですね、しいて言えば……弱い僕らは、意外と強いですよ。ぐらいでししょうか」
「はっ」
エルランドの言葉をただの強がりと受け取ったレイダスは、そのまま突っ込んでいった。
「レイダス! ニオを忘れないでよっ」
だが、その間に割り込むのはニオだ。
「あぁぁぁぁぁっ!」
レイダスの繰り出した初撃を全身全霊の力をこめて、はじく。
「ちっ」
予想外の行動。
その動きは、ステラやツェルトの動きを一番近くで見ていた彼女だからできたものだった。
だがそれもレイダスが格下相手に油断している状態のみだ、次はない。
レイダスは弾かれた剣を引き寄せ、ニオを切りつけようとするが、軌道を戻すまえにニオはすでに回避行動に入っていた。
「とっておきだよ!!」
そして、彼女が片手を床につけて、得意技を行使する。
床に魔法陣が浮かび上がり、それらがいっせいに光を放った。
爆発的な閃光が室内を一色に染める。
魔法の解除だ。
様々な事態に備えて、この王座の間には魔法陣がいくつも仕掛けられていたのだ。
そして、目を潰される形になったレイダスは、……。
「えいっ」
エルランドの気の抜けるような声ともに出鱈目に突きだされた剣を反射的に背後に下がって回避する。
それで十分だった。
その隙にニオたちはその場から逃げ出していく。
「おのれっ、反逆者共め! レイダス、どこへ行く!」
「うっせぇ、好きにさせろ! 俺様に命令すんじゃねぇ!」
王座から立ち上がり、声を荒げる王に乱暴に言い捨てたレイダスは、王を守ることなくその場から走りさった。