第11話 ニオとの約束
王都 裏通り
あいかわらず忙しい日々を送っていたステラ達だが、勇者の剣を回収した功績のおかげか、以前と比べれば任務を任される回数は歴然と少なくなっていた。
そんな影響なのか久々に休みを取る事ができたので、ステラは少しだけ肩の荷を降ろして、暴政の影響を実感しながら王都の道を歩く。
不穏な空気が蔓延するにしたがって、盗みや強盗に手を染める犯罪者は増える一方だ。
前はそれなりに通りで見かけていた猫や犬などの動物達、小鳥でさえもそんな空気の影響を受けてかめっきり見かけなくなってしまっている。
それでも、元王時代からいる兵士達がちゃんと役目をこなして王都の治安を守ろうと頑張っているのだが、現王によって取り立ててもらった新たな兵士たちがそれを台無しにしていく。
罪を働いた者でも態度と賄賂しだいでは事件自体をもみ消すのだから、そんな事を繰り返されては手に負えなくなるのも当然だろう。
そんな町中を歩くのは、厄災の星の下に生まれたステラだ。厄介事に出会わないわけがなかった。
それは、人質月の自分を見張る者達、現王の命令を受けて動くの兵士達を撒いた直後の事だ。
「お父さんは盗んでないんかいないもん、連れていかないで!」
「うるさい、お前も牢屋に入れられたいのか」
兵士に連れていかれる男性と、連れていこうとする兵士を止めようとする少女が目に入る。
ステラはその光景の前にため息をつく。
明らかに、そして見るからにテンプレートな厄介事だったが、放っておくわけにもいかない。
手を出す為に動こうとしたのだが、その必要はすぐになくなる。
「あがっ」
「おっと、ごめんね。偶然腕を伸ばしたら突き飛ばしちゃった」
なぜならステラではない別の人間が、文字と通り手(腕?)を出したからだ。
壁に突き飛ばされた兵士はぴくりとも動かない。良い感じに衝撃が入ったらしい。
驚いたが、それはその人物の行動にではなく、そこに現れた人物に対してだった。
「ニオ!」
「久しぶりだね、ステラちゃん」
それは旧友との再会だった。
裏通り 宿屋
男性と少女に礼を言われた後、ニオが寝城にしているという宿の一室に移動し、前に会った時にはできなかった話を色々した。
ベッド上でごろごろ寝転がるニオと、端に腰かけるステラ。
学生の頃は何も考えずにこうやってよく話をしたけど、今あらためて考えるとそれがとても大切な事だったと気づかされる。
「例の作戦の前にもう一度話せて良かったよ。お互い状況が色々と変わったからね」
「そうね」
「ツェルト君とはどう?」
「まあ、それなりかしら」
本当にそれなりだ。
思ったよりは遠くじゃなかったけど、だからといって予想よりは近づくわけでもない距離。
それが今のステラとツェルトの立ち位置だと思っている。
「もうー、じれったいなぁ。ステラちゃんって戦闘には真っ先に飛び込んでいくのに、そういうのは奥手なんだから」
それじゃ、私がまるで戦闘狂みたいな言い方よね。
「そんなステラちゃんの為に、ちょっと昔話しようか」
ごろごろしていたニオが身を起こし、枕を己の胸に抱き寄せて話を始める。
それは、ニオとエルランドの物語だ。
小さかった頃からエルランドと一緒に育ってきたニオ。
彼女は昔は、臆病で泣き虫だった。
しかしある時ニオは、エルランドの手によって命を守ってもらったらしい。
それをきっかけにして強くなろうと決意し、今のニオへと変わっていったのだという。
ニオは国王や国の為に頑張ってるわけではないようだ。大切な人の為に……ただそれだけを理由に、ここまで歩いてきた。
「うんうん、みんなの為に無償の愛を……なんてニオの柄じゃないもんね」
「そうよね、ニオってちょっと我が儘なところがあるもの」
「あれっ、そこで同意しちゃう?」
ショックを受けたような顏をするが、それは演技だったらしい。すぐにニオは、「まあでも外れてないし」と開き直る。
「私はエル様の事が好き、この世界でたった一人あの人の頃が、だから頑張れたんだよ」
話を聞き終えたステラは、嬉しそうな表情のニオの顔を見つめる。
「貴方が頑張る理由ってそういうものがあるのね」
三年間一緒にいたけど、彼女がそんな事を考えていたなんて知らなかった。
一番身近な友達でいたつもりだけど、まだまだ人の事は分からないことがたくさんあるようだ。
もっともニオの立場からして、それは隠さなければならないものだった、というのもあるのだろうが。
彼女は寝転がっていたベッドから起き上がって、こちらを見つめてくる。
その顔には、隠しきれないくらいの感情がでていた。
未来に対する不安と心配。
そして現状への悲しみだ。
「ニオは、ステラちゃんとツェルト君には幸せになってもらいたいんだ。二人がまた前みたいな関係に……ううん、それ以上になれることを祈ってる。だから今日のこの話は願掛けに話したの。今度は二人の楽しい話が聞けますようにって」
「なかなか効果的ね。秘密を打ち明けられたら、こっちも秘密を言わなくちゃいけない、そんな感じになったわ」
「うん、きっと聞ける日が来ることを楽しみに待ってる」
国の様子が良い方向に変わって、国民達が憂いなく通りを歩けるようになったら、仲間達と集まって色々な話をしたい。
たまには仕事はなしにして、お菓子と美味しい紅茶を用意して、楽しい思い出をつくりたい。
ニオがステラの手を握って、瞳を覗き込む。
「願い続ければ、きっと叶うよ。ニオがそうだったもん。だから、頑張ろうねステラちゃん」
「もちろん」
それからは他に当り障りのない話をいくつかして、ニオと別れた。
王宮へと帰る道のりで、監視の目が復活するのを感じ取りながらステラは思う。
ニオみたいな友達がいてくれて良かった、と思う。
きっとまた、近いうちにまた彼女と話ができるだろう。
いや、できるようにしてみせる。
その時にはツェルトとの関係に私なりの答えが見つけられるはずだ。
今はそう信じようと思った。
『ニオ」
宿の窓から、外に出たステラを見送ったニオはため息をはいた。
先日、期を読んだのか、隣国からの協力者が接触してきた。
その国の王子、レアノルド王子が手紙を使者を通じてよこしてきたのだ。
正直言うと、猫の手も借りたい現状だが、他国の力添えについては慎重になりたい。
国の未来がどうにかなったとしても、後でのっとられたら意味がないからだ。
借りを作るなら、慎重にという事だ。
隣国の第三王子であるリッドクラブには、エルランドともども小さい頃に世話になった。だが、他の王子は何を考えているのか分からない。あの国の王位争いは、こちらの国より激しいと聞くから余計に。
協力を頼むにしろそうでないにしろ、判断を下す前に仲間と十分に話し合ってからの方が良いだろう。
まあ、たとえ助力を得るとしても、おそらく流れを見るに向こうからの援軍は間に合わないだろうが。
ニオ達はもう、近いうちにうってでるからだ。