第10話 神なき世界の祈り達
ニオやエルランド王子との話を済ませた後、ステラ達は王宮に正々堂々と戻った。
上官に会った時は死人でも見るような顔をされたが、勇者の剣を回収した事を話したらあっさり態度を変えて歓迎された。その様を見てステラは、あまりの変わり身の早さに簿少しばかり呆然としてしまったぐらいだ。
わざとらしい賞賛を浴び、休憩をとるように言われた後は、自室へ戻って鉛のように重たい体を休めた。
ニオ達と計画した作戦の決行は一週間後。
王宮の内部の事なんて、今まで進んで知ろうと思わなかったが、それでは駄目だろう。
その日までに出来るだけ内部の事を調べておこうと思った。
王宮内部をゆっくり散歩したことは、実はない。
騎士になってばかりの頃は色々と余裕がなかったからだ。仕事や環境に慣れるのを優先するあまり、普段行かないところはそのままにしてしまっている。
きっといい機会だろう。
自分の職場以外のところにも目を向けてみようと思った。
そんな考えのもと、時間があるときはなかなか意識を向けらない場所を、順番に思い浮かべていく。遠くに連絡を飛ばすための鳩を飼っている飼育小屋や、事務室の隣にある遠話機が並んでいる通話スペース。王宮の内部にひっそりとある、あまり使われていない休憩スペースなども。
各エリアに訪れた際にアルバレス隊の者達と出会って、雑談したのは良い思い出だ。
例えば彼の隊のメンバーである女性騎士ティータとは、こんな話をした。
『勇者様が死んでしまったのは、陰謀に巻き込まれた事が原因ですけど。死地に行く事を選んだのはあの人自身の選択でした。勇者様には、どうしても成し遂げなければならない事があったんです。その目的が、嫌な事とたまたま重なってしまっただけなんです。ですからどうか、勇者様のためにも必要以上に悲しまないでください。自分の心に従って生きてください。それが私達の小さな祈りです』
『そう……だったの。わざわざ教えてくれてありがとう』
勇者様があの地で死んでしまったのは不本意な出来事だったのかもしれない。
でも、全てが全て悲劇だったわけではないと知って、少し胸が軽くなった。
その後にアルバレスからは、こうも言われた。
『あー、もしもの事だから今から言う事はあまり気にしないでほしんだが……』
歯切れ悪く話し始めた彼は、どこか遠くへと視線を向けながらこう続けていく。
『ひょっとしたらお前さんの前に、弱いのに死ねない二番目の化け物が現れるかもしれん。その時は、自分の心にしたがって後悔しない選択をしてくれ。突っぱねるなり、手をとるなり、斬るなり……な。まあ、こないとは思うが』
『はぁ、ええと……分かりました』
残念ながら彼の言った言葉は曖昧過ぎて意味がわからなかったが、こちらの事を心配してくれているのだろうと判断して、素直に受け取っておいた。
王宮敷地内 協会
そんな風に時に散歩しながら、時に交流をしながら王宮の各所ををめぐっていく中で、ステラは王宮敷地内にある教会に辿り着いた。
神様に祈る、という習慣はこの国にはあまり存在しないけれど、他の国にはそんな文化や歴史があるらしい。(神、といっても具体的な姿のイメージはなくて、人々の善心や正義心を象徴するようなあいまいなものらしいが)
だから、こういった施設は他国からの来賓のためのものなのだろう。
とりあえず調べてみようと思って近づいてみると、思いもよらない姿が目に入った。
入口には、こんな場所には似つかわしくない意外な人物。
いつもなら彼の姿を見れば、心臓を掴まれたような気分になるはずなのに、今はぜんぜんそんな事にはならない。
「ツェルト……」
「ステラか。どうしてここに?」
「ちょっと、散歩に」
そういえば、ニオからツェルトが協力者だということは聞いたけど、ツェルトはステラが協力する事を知っているのだろうか。
「貴方はその、ニオ達のことは……」
「そうか、会ったんだな。全然変わらなかっただろ」
「ええ、そうね……びっくりするくらい本当に。ツェルトも話したの?」
「それなりにな」
こんな状況にいても変わらない友の言動を思い返して、ステラの気分は明るくなる。
「いつもみたいに呼ばないのか」
「いつもって?」
「いや、何でもない」
首を傾げられるツェルトをしばらく見つめて後、ここに入って来た時に思った疑問を口にしていた。
「貴方はどうしてこんな所にいるの」
「こういう所がどんな場所か気になってな。教会ってただひたすら大人しくしてるイメージしかなかったし。だいたい考えた通りだったけど。綺麗な場所だよな」
「そうね」
彼らしい言葉に苦笑。ステラは建物の中に入って、あたりを見回し同意する。
教会の中に差し込む光は柔らかく、ステンドグラスが優しく色を添えていた。
ちょうど良いので、学生だった時の出来事について問いかける。
それは、夢の檻にとらわれていた時のことだ。
フェイスが看守をしていて、ステラが囚人。
そして、幻のツェルトが現れて、私の心を言葉でなぶった。
あの夢には続きがあって、やり直しの夢の中ではツェルトが看守になっていた。
おそらく彼に対するステラの心情が変化して、影響してしまったためだろう。
それで私は、フェイスを味方だと思い込んでいて……。
色々あってあの世界から脱出するとき、最後にツェルトが現れてステラを助けてくれたのだ。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど。貴方、どうやってフェイスのつくった夢の中に入ってきたの?」
「夢? ああ、あの時のか。あれは……なんていうか、入ったっていうより元から繋がってたから……だな」
「元から? どういう事?」
「あー……と」
言おうか言うまいか迷ったのち、ツェルトはゆっくりと口を開いた。
「……とある理由があって、俺とステラの精神……心は繋がった状態にある。ずっと昔にその原因となったあの時はそうするしかなかったし、それ以外はありえなかった、必要だからそうしたんだ。でも記憶があった状態でもその事をステラは覚えてなかった。だからずっと今まで言わなかったんだ」
その内容はひどくあやふやなものだったが、彼自身どう説明していいのやらわからないでいるようだ。
「そう……。疑問なんだけど、……それって私は二回も記憶喪失になってるって事?」
ツェルトと心が繋がった時の事をステラは覚えていない。
それは、記憶喪失になる前のステラでも、覚えていないという事なのだろう。
大事な記憶を失ってしまった事が二回もあったのかと思って、ステラは驚く。
家族からもそんな話は聞いていない。
「そうなるのか? あー、そういう事は俺にはよく分かんないけど。でも、その時は結構小さかったから単に覚えてないってだけだと思うけどな」
「そう、そんなに昔から貴方と縁があったのね」
聞いた話では、ステラとツェルトが出会ったのは、カルル村であった人質事件以来の付き合いらしいのだが、それよりも前に出会っていたようだ。となると少し変な感じだった。
ツェルトに関する記憶を失くしていなければ、この話の反応も少しは違っただろうかと思う。
「まあ、今のステラが気にするようなことじゃない」
彼は、話はこれで終わりだと背中を見せる。
「詳しい奴に、遠い昔はこの世界にも神様がいたとか聞いたけど、今は皆何に祈ってるんだろうな」
「分からないわ。人それぞれ違うと思うもの」
「そうだよな」
ステラだったら、自分の中の心……正義心とか良心に対してだろうか。
去り際に軽く頭を撫でられて、言い表しようのない感情が込み上げてきた。彼はここに何をしにきたのか、柄にもなく何か祈り事でもしようと思ったのか。もっと他に聞きたいことはあったのだが……。
「何だろう」
何か、いつもと違う……、とステラは思った。
自らの頭のてっぺんに手を置いて考える。
なつかしさと、そして別の何かがあった。
ステラはその時、胸の内に込み上げてきたもの正体が分からず、どう扱っていいのか己の感情を持て余していた。
悩みながらもステラはしばらく、ツェルトに撫でられた頭に手を置いたり髪をつまんでみたりしてみる。
「私はいつも誰かにこうしてもらっていた……?」