第7話 勇者ステラ
やる事が決まったのなら、ただひたすら目的達成のために突き進めばいい。
疲労はあるが、解決方法が見えなかった時よりは、活力が満ちている。
「クレウス、お願い! やぁぁぁぁっ!」
「ああ、分かった!」
クレウスの援護を受けながらステラはひたすら突き進んでいく。
部隊より数メートル前に出て、部下達を先導するように魔物の群れのど真ん中を、疾風の様に駆けていた。
こんな場所で足を止めようものなら、一瞬で命を落とす事になるのは分かりきっている。
なので部隊のメンバーもみな、必死の様子を見せて残っている力を振り絞り、二人についてきてくれた。
時折り振り返って彼らの無事を確かめたい衝動に駆られたが、そんな事は実際にはしなかった。
短い時間だが共に戦場を駆け回った仲だ。こんな時に彼らを信頼せず何を信じる。
やがて、ひたすら突き進むステラ達に活路が見えてきた。
「あともう少し!」
ステラは一足早く敵の親玉の元へとたどり着く。
「着いたっ!! さあ相手に……、って戦わないうちから逃亡するつもり!?」
狼型の魔物が、そこにいた。
想像よりかなり大きい巨体だった。
だがそんななのに、目にしたのはまさかの撤退。命のやりとりをする敵だというのに、思わず文句を言ってしまった。
勇者を倒したのなら、ただの騎士くらい余裕で相手にしてみせるべきだろう。
目的の場所に案内してもらう為にはそれでいいのだけれど、何だか釈然としない。
クレウスがその様子を見て、立っているのもやっとという状況の中で軽口を叩く。
「本当に勇者を倒した個体なのかしら? 勘違いじゃないわよね?」
「ステラの鬼気迫る形相に命の危機を感じたんじゃないか? 今の君は、けっこう迫力がある」
「なかなかいうわね貴方」
こんな時でも、ちょっと失礼な口を聞いてくれるクレウスに、感謝しつつも状況を考える。
不審な点はあるが、魔物を密集度や強さを考えるとこの先が一番、それっぽいはず。
奥へ視線を向けて考える。
「まったく、そんなに恐ろしい形相してないわよ、失礼ね。あのストーカーといい、どうして私の敵ってこうなのかしら。もう少し戦う気概を持ってほしいと思うのは私の我が儘なの?」
「血気盛んな女性というものは男性にとって恐ろしく見えるものだよ」
ぶつぶつと小言をこぼしつつも見失わないように敵の背に追いすがる。
そうしてたどり着いたのは、周囲の木よりもほんの少し背の高い木の下だ。
無駄骨にならなかったようで、幸いだ。
「ビンゴね」
その木の根元には襲った人間達から集めたらしい金品が積みあげられていた、そしてそこには、ステラ達の目的の品も。
勇者の剣もあった。
華美でない程度に細工の施された黄金色の剣が。
ステラはその品々の前に陣取る魔物に声をかける。
大きな瞳が、じっとこちらを見つめていた。
知性を感じさせる行動だ。
ただ本能のまま、人に襲いかかる他の魔物とは違う。
「ちょっと原作の予定かなり早めだし、役が違うけれど、その剣をもらいに来たわ。渡してもらえないかしら」
相手からの返答は低い唸り声。
周囲からは、小さな狼型の魔物ウルフが湧いてくる。
敵はただ怯えて逃げただけかと思ったが、そうではなかった。
なるほど、自分達は誘いだされたようだ。
普通の魔物でも、群れを統率するくらいなのだからこれくらいの知恵はあって然るべきだろう。
寝城へと追いつめられた魔物のリーダーは周囲の魔物を指揮して反撃に打って出ようというのだ。
きつい?
辛い?
いいや、それくらいでなければ戦いがいがない。
「かかってきなさい、こっちだって一人じゃないのよ!」
だからステラ達は、もちろんそれに全力で相対した。
その戦いは、今までのどんな任務とも比べものにならない程の檄戦だった。
だが、剣を交えて魔法を放ち、全力をとした。
小型の魔物は周囲全方向からとびかかってくる。
だが、それらには極力関わらない。
仲間が切り伏せてくれるから。
ステラが相手にするのは親玉だけ。
巨大な体躯にパワーをのせた、一撃が重い。
敵は喉元にくらいつこうとするより、体重を活かして突進。吹き飛ばしたり、押しつぶしてこようとしていた。
「やぁ!」
それらを、注意深くいなす。
切り裂くたびに血しぶきがまって、体にまとわりつくのが不快だ。
血のぬめりで、剣を取り落としてしまいそうになる事もある。
けれど、それなら、と。
ステラは敗れた服で自分の手と剣を結んだ。
「そういう時は、……落とせないようにすればいいのよ」
きつくしばっておいたので、そうそう手から離れたりしないはず。
そろそろ、疲労で手が震えてきたが、これなら問題ない。
身動きするたびに、やぶれたスカートの一部が危ない事になっているが、命の方が大事。
戦闘中によこしまな視線を向けるようなふらちな輩は、仲間にいないので大丈夫だ。
「騎士の、剣は……っ、こんな所で折れたりしないの!」
自分に言い聞かせるように、力まかせに剣をふるう。
膝を落としそうになるのを、無理やりこらえる。
気力がつきそうになるのを大声で叱咤し、とどめる。
ステラは一心に剣を振り続けた。
そして……。
命をかけた戦闘の結末は、勝利。つまりステラ達の勝ちだ。
「はぁ……はぁ……」
戦闘後、剣を地面について荒い息を整える。
魔物は血を流して地面に倒れていた。
だが、これで終わりではない。後はここから撤退しなければいけないのだ。
「ステラ、大丈夫か?」
「ステラさん」
仲間達が声をかけてくる。
背後すぐに魔物の姿はないが、一時的に振り切っていただけで、すぐにまた追いつかれるだろう。
「大丈夫よ。ええ、ちょっと手間取ったけれど。何とかなったわ」
一人ではなかったとはいえ、ステラ達は勝利できた。その事実から思うのは、あの勇者が勝てないはずはない、ということ。
勇者より強くなったと考えるのは、さすがにうぬぼれが過ぎるだろう。
ひょっとしたら、ステラ達のように勇者も王に見限られ、戦場で罠にでもかけられたかもしれないと思ったのだが、自分達には確かめようのない事だった。
「ステラさん、それ……」
ステラが回収した剣を見てアリアが声を上げる。勇者の剣、彼の遺品だ。
「回収完了、後は逃げるだけね。問題はそう簡単に逃がしてくるかどうかだけど」
ここに来るまでに振り払って来た魔物の気配がする。
そうだ。まだ戦いは終わらない。
追いつき始めた魔物の足音を聞きながら、うんざりした気持ちになる。
リーダーの亡骸を見せて怯んだりしてくれないだろうか。
そんな事を考えながら、再び魔物の群れと突破すべく、剣を構えようとした時。
「何……?」
今しがた手に入れた勇者の剣が光を放ち始めたのだ。
それを見たクレウスが驚きの声を放った。
「まさか、そんな。ステラが……」
「クレウス。この現象について何か知ってるの?」
「知ってるもなにも君も聞いたことがあるだろう。勇者の剣が光るのは……」
「……新たな勇者が誕生した時?」
そうだ、勇者の話なら絵本で呼んだこともある。有名な話だ。
剣を手にして、その剣を光らせたものは、次の代の勇者となるのだ。
「って、えええぇっ!?」
つまり、その剣を光らせたのはステラで、ステラこそが次の勇者だというわけなのだが。
「どどどど、どういう事!」
信じられないのも無理はない。
かつてないほどステラは狼狽していた。初めての狼狽だ。自分が勇者? 何かの間違いではないのだろうか。
確かに勇者を目標に強くなるよう鍛えてきたが、勇者になりたいなどとは微塵も思ってなかったのに。
これがヒロインの彼氏であるクレウスや、百歩譲って主人公であるアリアだったらまだ分からなくもない。
なのに、どうして悪役であるステラなのか。
しかし、クレウスもアリアも納得した表情だった。えっ?
「いや、ありえなくはないな、君の強い思いを感じ取って主と認めたんだよ、ステラの未来を望む強い意思を感じて、ね」
「私の、未来を望む意思……」
口の出した瞬間。
その時に、不意に何かを掴んだ。
それは、ずっと分からなかった事の答えだ。
強さを追い求めてここまで戦ってきたステラへもたらされた、大切な答え。
強さとは何か。
それは迎えたい明日を、望む未来を強く願う事で得られるものだ。
強さは、明日を望む気持ちが作りだすもの。
そう、ステラはこの瞬間に答えを得たのだ。
それを、忘れないように胸に刻みつける。
しかし、余韻に浸っている暇はない。
そこに魔物達が追いついてきたからだ。
アリアの声で我に返る。
「ステラさん、もうすぐきます!」
腹をくくる。
この剣を使うのが自分である事については、まだ気持ちの整理が追いつかないけれど。
今はその力を利用して、ここを切り抜けられることだけを考える。
「使い方は……なんとなく頭に入ってくる。親切設計なのね。なるほど、分かったわ」
求めたとたんに剣の知識が頭の中に入ってきて、その便利さにありがたみを感じつつも、こんな簡単に使い方が分かっていいのかとも思う。
「皆、今からちょっとばかし強めの一撃を放つから。もしもの場合に備えておいてね」
一歩進んで、前へ。
魔物たちがくる方向へ踏み出す。
皆を泣かせる脅威を見据え。
ステラは、仲間達を背に置いて、剣を振り被った。
勇者の剣は光をまとい、力強く輝きを放つ。
「もしもの場合とは、ステラ?」
「ステラさん?」
仲間の訝しむ声を聴きながら、こちらへ向かってくる魔物達の群れへと狙いを定め、次に瞬間ステラはその剣を振り下ろした。
「こんなところでやられてあげる義理はないわ。勇者の剣の一撃、その身をもって味わいなさい!」
強大な力が溢れるその前兆。
大きなエネルギーが動き出す気配を感じながら、ステラは戦況を変える一手を放った。
瞬間、光が爆発して、周囲に爆風が起こった。
目が眩むような光景、衝撃が荒れ狂った後、周囲を見渡せば木々はなぎ倒されて地面は平らを通り越してへこみ、敵の姿はどこにも見当たらなくなっていた。
地形が変わってしまう様な効果に、ステラは頬をひくつかせて剣を振り下ろした格好のまま固まるしかなかった。
「……やりすぎちゃったみたいね」
苛烈な戦いが行われている場所から、ほど近く。
その隠れ家の中で。
窓をあけて、鳩を迎え入れた少女がいた。
その少女は、鳩の足にくくりつけられていた紙切れを開いく。
「ステラちゃんが、そっか……」
声を漏らしたその人物は、自分の主に向けて足早に知らせを伝えにいった。
荒れる国の中、期を待ち潜んでいた者達が動き出す。