第6話 シュスナ平原での戦い
シュスナ平原
騎士団専用の馬車を使い、半日ほどかけて魔物の巣へとたどり着いた。
途中で立ち寄った村や町の様子は言わずもがな、魔物の被害を受けて荒れ果てていた。
騎士達が頑張らなかったわけではないのだろう。
ただ、国の状況が悪くて、駆けつけるタイミングも悪かった。
勇者が敗北するなんて思ってもみなかった、というのもあるはずだ。
被害の拡大は、どうあがいても、自分にはどうすることもできかったのだ。
それが分かっていても、馬車で町々を通り過ぎるたびに、自分の無力さで胸が痛んだ。
だから、心の値の優しいアリアと二人で、討伐の成功を誓い合って己を高める力へと変えた。
「正直勝率は低いと思うけれど、必ず勝ってみせなきゃいけないわ」
「そうですね。ここまで犠牲になった人達のために。これから犠牲になるかもしれない人達を少しでも減らすために」
クレウスとも軽口を叩きあって、緊張で体に余分な力が入りそうなのを抑制していた。
「私達には剣がある。力がある。そして何よりも騎士という立場がある。なら後ろに退いて指をくわえている事なんてできない」
「その通りだ。けれど、そういう姿を見ていると、君がなぜ騎士じゃなくて領主になるつもりでいたのか不思議でたまらないが」
そして、部下達とも様々な言葉を交わした。
「皆、ちゃんと装備の確認はしてあるわよね」
「はい、私達の準備は万全です。ステラ隊長!」
「俺達の力をみせてやりましょう」
皆、勇者が敗れた戦場に向かうというのに、文句も言わずについてきれくれる。
ステラは本当に良い仲間に恵まれていた。
国が荒れてても、環境が悪くても、ここにはこんなにも頼もしい仲間達がいる。
死地に臨むステラにとっては、それがかけがえのない希望だった。
そんなやりとりをかわしながらも、いくつかの町々を経由し、道を辿っていったステラは目的地に到着した。
道中では巣に近づくにつれて、遭遇する魔物の数が増えていったので、腕のなまりは心配ない。
安全な(といっても巣に近いから百パーセントとは言えないが)場所を探して馬車を並べて簡易的なテントを設立した後、作戦の確認を行ったらもう任務の時間だ。
必要最小限の人員、馬車の警護や治癒魔法特化で手当て専門隊員を置いて、巣へ向かう。
魔物の巣は見晴らしのいい平原の近くにあった。遠くには鬱蒼とした森が見え、その内部に生い茂る木々の緑よりも巨大な、ハチの巣のようなものある。
視界の見通しは最悪に近い。何せ、見る景色すべてに魔物魔物魔物がひしめいているのだから。
さすがのステラの冷や汗を流さずにはいられない光景だ。
「あそこが目的地、ただ進むだけなんて簡単な任務じゃない。皆、行くわよ。目的地は魔物の巣! 前進開始!!」
だが立ち止まっているわけにもいかない
部隊の者に鼓舞を入れて、武器を手にし敵には威圧を放ちながら、ステラ達は魔物達へと突進していった。
「私の剣の錆になりたいなら、前にでてきなさい!! 斬り刻んであげるわ!!」
けれど、先代勇者が命を落とした地だけはある。
ステラ達は、すぐに魔物の大群に囲まれて、苦戦を強いられた。
足を踏み入れるやいなや、四方八方から遅い来る異形の化物達。休む間もなく戦いを続けるため、疲労の蓄積も早い。
「―-っ、まだまだっ!」
そんな状態で数時間も過ごせばだれだって集中力が途切れかけもするだろう。むしろここまでもつ事が出来たのは彼女等が訓練を積んだ人間だったからだ。
「はぁっ……、はぁ……っ、剣はどこなの! このままじゃ全滅してしまうわ」
弱音を吐くのは、聞こえないように小さく。
だが疲労の度合いをみれば、あと数分もしたら、そこまでの余裕もなくなりそうだ。
ステラは自らの剣を振り回しながら敵の猛威を捌いていく。
疲労のせいで動きから普段の繊細さが欠けている。
減らしても減らしてもなおも減る事のない敵を相手にしながら、必死に周囲に目を凝らすが、それらしいものはまったく見つからなかった。
背後でクレウスとアリアの声があがる。
「くっ、アリア! 大丈夫か。君に倒れられたら、部隊は持たない」
「大丈夫です、皆さんが頑張っているのに。私だけ倒れられません!」
優秀な回復魔法の使い手であるアリアも疲労に負けまいと声を張り上げるが、立っているのがやっとの状態だというは誰の目にも明らかだった。
魔法を連続仕様した精神の消耗によるものだろう。
普通の者なら一時間も力を使い続ければ、倒れても仕方のないというのに彼女はその数倍の時間を持ちこたえている。
彼女は疲れの色を見せつつも気丈に振る舞い、笑顔を繕い、周囲の怪我人へ回復魔法をかけ続けている。おそらく、もともと精神の強さが違うのだろう。
ステラに味方がいなかった(と思い込んでいた)時の王都の遺跡での振る舞いを見れば、彼女がどれほど芯を持っているのかは分かる。
しかし、そんな彼女よりも早く根を上げる者が出始めていた。
「もう無理だ! 最初から俺達を使い潰すつもりだったんだ」「聞いていた話と敵の数が違うじゃないか」「こんなの敵うわけない!」
隊員たちの悲鳴交じりの言葉。
それらについては、ステラも薄々感じていたことだ。
ステラ達はここ最近の異様な任務の数をこなしている。
それだけならまだしも、最近は意図的に任務についての詳細が誤って伝えられる事もあった。
自分達の上にいる者は、ステラ達の事をただの便利な道具としてしか見ていないのだろう。
便利な力は使えるだけ使って、必要なくなったら処分する。彼らはそのつもりで、ステラ達をここに寄越した。
だが、
「使い捨ての駒、そうかもしれないわね」
それがどうだというのだ。
だからといって、かかげた剣を降ろす理由にはならないのだ。
背後にいる物を守らない理由にも、決してならない。
「でも、だからって大人しくやられてあげるほど、私はお人好しじゃないわ。ヘタレてないでふんばりなさい!!」
そんな運命受け入れてたまるかとステラ思う。
失わせはしない。
また皆で過ごす明日を、未来を。
不安で震えている市民たちの明日も、未来も。
それらを得る為にも、ステラ達は何としても生きなければならないのだ。
「難しく考えなくてもいい! 前を、前だけを見て進みなさい!! 私達は明日もこれからも、馬鹿みたいな話をしたり、忙しくて泣きそうになるような日を送るの! そんな未来を得る為に、ひたすら戦って、進みなさい!」
部隊内のメンバーに活を入れ、まだ頑張れる事をアピールするために、一人先陣を切って敵の密集地に切りこんだ。
「やぁぁぁっ!!」
剣はどこなの? そもそも本当にあるの?
武器を手に戦場を駆け回りながらステラは頭を働かせる。
勇者ならどこで力尽きるか、どこまでいけるか……。
「それは、もっと奥のはず……っ!!」
尊敬する者の力への絶対的な信頼を元に、剣を手に魔物の巣を進んで行く。
退路の確保とか余計な事は一切考えていられなかった。
魔物の密集地帯を奥へ奥へと突き進む。
前進すればするほと、敵の抵抗は激しくなるがそれゆえに、勇者の剣はこの先にあるという確信を強く抱くようになっていた。
進みながらもステラは己の記憶を必死に掘り起こそうとする。
前世でプレイしたゲームの中には先代勇者の剣を回収するグラフィックがある。
対魔騎士団卒業後に流れるエンディングのものだ。
そこにはヒロインのアリアと、攻略した男性キャラクター、クレウスが描かれていた。
それはちょうど今ステラがいるような土地のような背景だったはずだ。
思い出せ。あのイラスト、他に何があったのか。
ステラの脳裏によみがえる。
あの絵には……。
通常のものとは一回りも二回りも大きい、異常に成長した狼型の魔物の骨があった。
後は、周囲の木とそれより一回りだけ大きな木がある……。
「まさか……」
脳裏に思い至った可能性。
あらためて周囲を見回し、目当ての敵を見つける。
遠くの方、魔物の群れの奥に大きな狼型の魔物がいた。
それだと分かって探さねば見つからないほどひっそりとした目立たない場所で、時折鳴き声を上げて魔物に指示を出すようなそぶりを見せている。
「あれが大将ってわけね。見つけたわ!」
あきらかな強者。
おそらく、勇者はあれと戦ってる最中に命を落としたのだ。
魔物の群れを統率するボスをターゲットロック。
勇者はきっと、戦いを切り抜けるためにはあのリーダーを倒す他ない、とそう考えたのだろう。それで、敗北し命を落とした。
ステラはさっそくその考えを仲間へと話した。
「なっ、正気か?」
「正気よ。今からあそこに偉そうにふんぞり返っている狼の首をとるわ。それだけの事よ。簡単じゃない」
「言葉にすればそうだが、途方もないぞ」
クレウスは難色を示すが、そこにアリアの説得が加わる。
「ステラさんに賭けましょう。どの道このままでは埒が明きません。体力が残っている今の内に行動に出るべきだと思います」
「……っ、確かにそうだな、分かった」
渋々ながらもクレウスの了承を得て、今一度気を入れなおした。
「皆! ここがふんばりどころよ、私について来なさい!!」