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第5話 勇者の退場



 社交界会場 外 『ツヴァン』


 職員室で自分のデスクに紛れ込んでいた手紙を読んだツヴァンは、一度はその紙切れをすてていた。


 だが、頭に内容がこびりついていたのがいけない。

 結局は、指定された場所に向かってしまっていた。


 ツヴァンは、豪勢な建物の裏手で、窓からもれる明りを背にしながら辺りを見回す。


「ユース!」


 いるんだろ、とそう意味をこめて暗闇に声をかければ、気配の痕跡だけが返ってくくる。


 背にした建物からは大勢の人の気配が伝わってくるが、集中すれば周囲にまったく別物の気配が一つある事に気がつけた。


 やがて、白い影の様なものが目の前に出現。

 奴はそんなに白っぽくなかった、つまりそれは本人ではない。


『アインが危ない、アインが、ない。あぶ。ない。リーゼを、返すな、繰り返すな。リーゼ、繰り返すな』

「久しぶりにそっちからコンタクト取って来たかと思えば、意味不明な事抜かしてんじゃねぇよ。それは俺にきちんと会いに来いっていってんのか?」

『あい、ん。あぶ。りーぜ、な』

「これじゃあ、ぜんぜん意味が分かんねぇだろうが」


 乱暴に頭を掻いているうちに、白い影は輪郭を曖昧にして薄ぼんやりとしはじめる。

 文句を言ったからなのか、それとも元から短時間しか出現できなかったのか分からないが、白い影がその場でさっと消えてしまった。


 こういうことはたまにある。

 白い影が自分の前に現れて、一方的な伝言を残していくのは。


 どういう原理かは分からないが、あれはユースの分身の様な物だと検討をつけている。


 奴はたまに、剣から衝撃波だしたりして規格外の事をするので、それくらいやってのけても不思議ではない。


 辺りを念入りに見回してみるが、他には誰もいない。

 後に残されたのはツヴァン一人だけだった。


 自分の顔が険しくなっていくのが分かる。

 鏡なんてなくても、それくらい把握できた。


「おいおい、待てよ。それで全部かよ。何でリーゼの話がここで出てくるんだよ。あいつは死んだんだろ。あいつは……」


 脳裏に浮かび上がるのは、ツヴァンの過去だ。


 記憶の中に浮かぶ人物は、部隊の仲間だった同僚の女性騎士。

 とある任務の最中に、勇者の異物を巡って部隊が分裂してしまい、そのいざこざで命を落としてしまった。


 瀕死の重傷を負いながらも、彼女は最後まで自分達に任された任務をこなそうとしていた。


 それなのに、リーゼが仲間に殺されてしまったから、ツヴァンは騎士団をやめたのだ。


 あの時、最後に何が起こったのかツヴァンはよく覚えていない。


 気が付いたら、リーゼが死んでいて、殺しあっていた仲間が全滅していて、任務で守るはずだった場所が被害を受けていた。

 最終的にはその場から離れた場所……迷いの森に立っていて、何が何だか分からない事になっていたのだったか。


 それは、遠い昔に大切な少女と行動を共にしていた時もそうだ。

 かつて自分の傍にいた存在。

 一番目の名を持つ少女アインが、どうして自分の前からいなくなったのかも、覚えていない。


 ツヴァンは、懐にしまっていた紙切れを取り出す。

 それは、つい先ほどある人物に向けて書いたものだ。


 闇が渦巻く王宮から一人の子供を助け出すためのもの。


 しかし、その手紙はまだどこかに届ける事なくここにある。

 握りしめたその手の中で、手紙は力なく存在するのみだ。


 やがて、胸の内に一つの答えをみつけて王宮がある方へと歩き出すのだが……。


 その行く手を塞ぐように一人の少女が立ちふさがった。


 特に彼女の容姿に目立つところがあるわけでもない。

 町中にいれば数秒で顔を忘れてしまいそうな、そんなありふれた容姿の少女だった。


 だが、そんな少女が立ちふさがる。


「止まってください。ユースさんに頼まれたので」

「誰だ、テメェは」


 殺気も感じないし、実力者特有の気配も感じない。

 だが、得体の知れなさはあった。


「貴方は彼の後を継がないと決めた。なら……」


 ツヴァンは自信の勘に従って、警戒態勢にうつる。

 相手も剣を抜いた。


「迷いの森で道をたがえた貴方は、彼が死ぬまでまだ傍観者でいてもらわないと困るんです」


 戦闘がはじまる。

 だが、その戦いの結末は誰も知らない。


 どちらが勝とうと負けようと、その結末に意味などなかったからだ。


 ツヴァンは主人公ではない。

 今のツヴァンに運命の道筋は変えられない。

 選択はすでにどこか別のところでなされて、もう終わっていた。


 ここでツヴァンが勝っていたとしても、自分は王宮には向かえなかっただろう。なぜなら、ばけものになりかけたからだ。


 少女が勝っていたとしたも、やはり何も変わらないだろう。


 それから数日後。

 ツヴァンの知り合いである人間ユース……いや勇者は魔物の巣で命を落とし、後の一人の女性騎士に勇者の座を引き渡す事となった。






 王宮 『ステラ』

 

 現在のステラを取り巻く日常はお世辞にも良いとは言えないが、最悪でもない。

 人質は取られ貴族の身分は剥奪されてはいるものの、衣食住は保証されているのだから。

 だが王都に暮らす人々の状況は日に日に悪くなるばかりだった。

 何とかしたくても何ともできない。

 そんなもやもやとした心境ののままで、ステラは王宮での日々を過ごしていた。


 その日もやっかいな任務を片付けて王宮へと帰ってきたステラ達、だが達成後の休息も碌に与えられずに次の任務が言い渡された。


 上司のいる部屋から出て、ため息を吐く。


「本当に、こき使ってくれるわね。勇者の剣を回収せよ……、ですって」


 ステラは、言い渡されたばかりのその内容を、他の仲間達に知らせにいく所だ。この時期になると、実力が評価されて部隊長に任命されていたから、ステラ自身が任務内容を説明していかなければならないのだ(ちなみにアリアやクレウス達も同じ隊の仲間で、彼等の立場はステラの部下となる)。


 ステラの命を助けた先代勇者。

 彼は先日までこの王宮の騎士団の一員だったのだが、魔物の巣に赴き、脅威の大群と戦って命を落とす事になってしまった。


 数日前に王宮でも多少話をする事はできたのだが、やはり急すぎる知らせに心が痛む。もっといろいろな話をしたかった。


 尊敬していた人物が亡くなるのは良い気分ではない。

 悲しかったり、寂しかったりで、しばらくは任務でミスをした。


 だがだからこそ、その任務を前向きに受ける事にしたのだ。落ち込んでいたステラを励ましてくれた仲間の事もあるが、勇者の為に剣を回収できれば、少しはこの気持ちに踏ん切りがつくかもしれない……そう思ったからでもある。


 生きている内に恩を返すのが本当は一番なのだろうけど。


 その命を落としたであろう場所で放置されているはずの勇者の剣の回収。それが今のステラにできる恩返しだ。危険だろうが、必ず達成しなければならない。


 そんな風に考え事をしながら廊下を歩いていると、向かい側からクレウスがやってきた。


 彼はステラの表情を読んで、だいたいの事情を察したようだった。


「また、任務かい? それも思わしくない方の」

「ええ、そうよ。それに……」

「まだ、何か良くない出来事があるとみた」

「勇者様が、いろいろね」


 先ほど伝えられた話は、まだ一般の騎士達には伝わっていないようだが、広まるのは時間の問題だ。


 この際なので、伝えておこうと思った。


 彼はまじめで口が堅いから、いたずらに吹聴したりはしないだろう。


 勇者が亡くなった話を聞いて、クレウスは目を見張った。


「そうか。少し複雑だね」

「貴方は、勇者の後継者候補だった事もあるのよね」


 クレウスは、あいまいに微笑んで視線を落とした。


「思う所はそんなにないよ。複雑ではあるが。もう子供ではないしね」


 言葉通りの表情を浮かべる彼は、何を思っているのか詳しい事は分からない。

 ステラはそれに関する話をあまり聞いたことがなかったからだ。


 クレウスの過去何があったのか分からないが、それに対してはもうふんぎりをつけているらしい。


「大丈夫さ。それより国がまた荒れてしまうのが心配だ」

「難しいわね。今回ばかりは、勇者様の存在は、きっと大きいもの」


 もちろん自分にとっても、そう。


 国を担うような人材が一人いなくなるのは、精神的にも肉体的にも辛いだろう。



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