表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/213

第4話 久しぶりの場所



 王都 パーティー会場


 社交界の会場にやってきた。


 騎士団の部隊同士の付き合いを疎かにはしたくない。

 特に相手が良い仲間であるならなおさら。


 そういうわけで、激務スケジュールの隙間に社交界参加をねじ込む事になった。


 久しぶりに、貴族主催のパーティーへ参加だ。


 騎士になる前の自分だったら、毎回魔法が使えない自分の事を思い出して微妙な気持ちになっていたのだが、久々にお嬢様用のドレスを着るのが懐かしくなってくるのだからおかしな気分だった。


 あの頃は、こんな風になるなど思いもしなかった。

 目の前の景色は、こんなに近いのに凄く遠くに感じられる。

 まるで別世界にでも迷い込んでしまったかのよう。


 学校を卒業したら父の後を継いで、自分も当然のようにこの中に交ざると思っていたのに。


 ちなみに、アルバレス隊の者達とは別々に来る事になっている。

 互いの任務の時間が合わなかったためだ。


 激務スケジュールが重なると時間の調整が難しくなるから、別に入って現地集合といった流れだ。

 今回はおそらくステラの方が先に来れたのだろう。

 入り口付近で探してみたのだが、彼らの姿は見当たらない。


 そんなわけで、礼儀作法やマナーを頭に思い浮かべながらパーティー場所である、会場に一人で向かうと、予想以上の人がいた事に驚いた。

 飾りつけはイメージ通りの豪華さだったので衝撃はないが、人の多さは驚く。


 最近は圧政の影響で町を歩く人をあまり見かけなくなったから、人が集まっているのを見るのがけっこうな衝撃だ。


 そのまま、しばらく手持ち無沙汰なままその辺をウロウロ。


 元から参加の予定があったわけでもなく、知り合いがいるわけでもないので、時間の潰し方にこまった。


 そうこうしていると、彼等が遅れてやってきたようだ。


「よう。ウティレシアの嬢ちゃん。似合ってるぜ」


 初めにそう声をかけて来たのは、アルバレス隊の隊長だった。


 ステラのドレスは、鮮やかなオレンジ。

 胸元に花の飾りを一つつけているだけなので地味な方だと思うが、たぶんお世辞で誉めてくれたのだろう。


「アルバレス隊長、ありがとうございます」

「遅れちまって悪かったな」

「いいえ、大丈夫です。予定の遅延に葉慣れてますから」


 主に仕事で、と言うのはさすがに自重。

 形だけの参加であっても、進んで暗い顔になりたくはない。


 その後は一通り挨拶を述べて、近況を話しあった。


 といっても、相手が相手だ。

 部隊の内情や、任務の事ばかりだったので、結局頭の痛い話になってしまったが。


 話がひと段落した後、別の事が気になった。


「それにしても」とステラが尋ねるのは、昨日も思った事だ。


「私、そちらの隊の部下ではないのですが、良かったんですか?」


 一人だけ、部隊外の顏が交ざるのは変えて失礼ではないだろうか。


 そう問えば、巨漢の彼は頭を掻きながら困った様な顔になる。


「まあ、平気だろ。こんな状況だから、珍しくないんだとよ。他の隊も潰れる奴が出て来てるみたいだからな」

「そうなんですか。やっぱり、どこも大変なんですね」


 真っ先に浮かぶのは、やはりという思い。

 ステラが感じてる疲労を他の者も感じているなら、当然なのだろう。

 自分はちょっと、体力面には自信があるから他の者より潰れるのが遅くなっただけ。


 油断してると危ないのはどこも同じなのだ。


 視線の先で頭を掻いていたアルバレスは、大きなため息をつきながら話をつづけてくる。


「そういうわけだから、深く気にしなさんな。貴族の連中もとりあえず、自分の顔が立てられてるなら、とやかく言ってこないみたいだぜ?」

「安心しました」


 とりあえず、ステラが交ざっている事が原因で彼らが難癖をつけられるという事はなさそうだ。

 だが、あらためて苛酷な現状をつきつけられてしまって、ちょっと仕事への意欲が低下したのはきつかったが。


「招待主への挨拶はされましたか?」

「一応な、優秀な雑用係にまかせたんで、失敗はないだろう。俺達は、時間がくるまで適当に任務の話でもしてりゃいいさ」


 隊長さんから貴族の相手を押し付けられた誰かに同情しつつも、それから煌びやかな世界とは無縁の話をする事になった。


 流行のドレスや宝飾品の話をするよりも、戦術や武芸について語り合っていた方が楽しい。

 こんな所にきても、別に名を広げたいとも思えないし、やる事などないからだ。







 小一時間程雑談していると、アルバレスが断りの言葉を入れて、その場を離れていった。

 何でも、人ごみの中にアルバレスの顔見知りの騎士がいたらしい。


「あいつ、久々に顔を出したと思ったら、妙な変装なんかして」と人ごみに消えてしまった。


 手持無沙汰になってしまったステラは、この機会だからじっとしている事にした。仕事で削れてしまった体力の回復に勤めようと思っての事だ。


 ここに来たばかりの時は、暇で退屈だったのだが、逆に今はそれがいい。

 何もしない時間があるならばむしろそれは、じっとして疲労回復に専念できるという事だから。


 しかし、どこか適当に落ち着けるところを……を見まわしてみたものの、適当なスペースが見つけられそうになかった。


 どこかのイスに座って休めるのがベストなのだが、人が多すぎて空いてる席がなかった。

 ならばせめて、壁にもたれてじっとしていようと思ったのだが……。


 煌びやかな世界で笑う紳士淑女の人達を、ぼんやりと見つめていると、ふいに意識が遠く感覚があった。


 社交会用のドレスに着替える最中からやけに頭がふらつくと思っていたが、まさかここで限界がくるとは。


 これは本格的に休まないとまずい、と仕方なしに会場を後にしようとしたが、そこまでもたなかったらしい。


 ふいに体から力が抜けるのが分かった。


「あっ」


 ここで倒れたら、騒ぎになる。


 そう思って、何とかしようと思うものの、体はろくに動かなくて……。


 しかし、床に倒れ込む衝撃はこなかった。


「大丈夫かな?」


 気付けば、ふらつく体を誰かにささえられていたからだ。


「怪我でも?」

「い、いえ……」


 その声はどこか聞いた事があるような気がしたのに、けれどよく聞いてみるとまったく知らない声だった。


 声の主に視線を向ける。

 男性だ。


「あなたの髪色は私の目には眩しい。闇夜を照らすような優しい星の輝きだ。てっきり遥か空から落ちてきて、この胸にとびこんでたのかと思った」


 相手をよく観察するよりも前に、あっけにとられてしまった。

 なんともまあ、誌的な表現を使う者だ


 曲がりなりにもステラは貴族だ。

 そういった言い回しに一応慣れてはいるのだが、久ぶりすぎたためとっさに口をひらけずにいた。


 どうしようかと悩んでいると、赤い瞳と視線があった。

 そこで初めて、相手の瞳色が自分の意識に入る。

 次に視線が向くのは、男性の顔立ちだ。

 そこにあるのは、穏やかで優しそうな表情だった。


 柔らかい口調で話すその人は、おそらく二十代くらいだろう。


「あの……ありがとうございます。すみません」


 体勢をととのえて、例を言いながら相手を見つめる。


 綺麗に整えられたプラチナ……いや違う。灰色の髪が目に入った。


 たぶんそれは彼の容姿そのままではない。

 どこかで会った様な気がするのだが、誰だったのか思い出せなかった。


「迷惑をかけてしまってごめんなさい」


 とりあえず、見知らぬ相手の手間をとらせてまった事を謝罪する。

 しかし、相手はかすかに笑みを浮かべた。


「大丈夫」


 人を安心させるような笑みを浮かべて、そう語りかけてくる。

 気分を害した様子は見当たらない。


 しかし、その場から立ち去る気配がない。

 彼はじっとこちらを見つめたままだ。


 その顔は真剣そのもの。


「あ、あの?」


 一体どうしたのだろうか。

 二秒、三秒、と経ってようやく相手が口を開いた。


「貴方は騎士だね。そんなに疲れ果てるまで働いていて、辛くはないのかい?」


 どうやら今の短い時間の間に素性を見抜かれてしまったらしい。

 周りにいる貴族達と、何かが違っていたというのか。


「分かるんですか?」


 貴族らしい態度や装いを心掛けていたと言うのに、騎士としての自分が出てしまったんだろうか。


「貴方に比があるわけではない。立ちふるまいを見れば自然に分かる事だよ」

「そうなんですか」


 とりあえずはほっとする。


 そういう事を気にする性分ではないと思うが、頓珍漢な事をして影から笑いものにされるのは気分が悪いからだ。


 しかし、貴族としての立ち振る舞いがなってないと言われたようなものなのに、なぜかちょっとだけ嬉しくなってしまう自分に驚く。


「観察眼がすぐれているんですね」


 ステラは関心しながら言葉を述べる。

 すると相手は「それほどでもない」と首を振った。


「貴族としての振る舞いもきちんと身についているようだ。貴方は本来なら、もっと優しくて暖かい場所にいられたはずなのに」

「私、変わり者ですから。剣を振るのが好きなんです」


 その言葉に、少しだけ胸が痛む。


 できるだけ何でもない事の様に述べたつもりだったが、成功しただろうか。


 両親が人質にとられた。

 などと言ってもしょうがない。


 騎士でも勇者でもない人に助けを求めたって、犠牲を出すだけだ。


 彼はおそらく良い人だ。

 そんな人をこちらの事情にまきこみたくない。


 だが、ステラの返答で相手は何かに気づいてしまったらしい。

 その人は、痛ましげな表情を浮かべながら、手を伸ばしてこちらの頬に触れた。


「疲れているようだ。こんな所にいないで、家に帰りなさい」


 そんな事まで言ってくれる。


 今ここで、会ったばかりだというのに。

 その人が心の底からこちらの事を心配してくれているのが分かった。


 まるでアリアみたいな人だ。

 ステラと同じように、身近な人達を人質に取られているというのに。彼女もよく、出会ったばかりの人の心配をしているから。


「心配してくださってありがとうございます。でも、人と来ているので」


 いくら力を貸している身分でも、アルバレスに何も告げずにかえるわけにはいかないだろう。それに、先ほどはふらついてしまったが、今は少しだけ元気がでてきている。

 この分なら、当分倒れ込まずにすむだろう。

 しかし、相手はこちらを逃さないつもりらしい。


「なら」


 と、ごく自然に手をとって導かれる。


 人の波から外れる様に誘導されていくのは、会場の四隅だ。

 そこに、ちょうと開いたばかりの椅子がある。


「椅子に座って、少しやすんでいればいい。星の輝きにめをくらませた不埒な輩がよってこないよう、私が見張っているとしよう」

「え、いえ、その……そんな事までしてもらうわけには」

「いいから。さあ」


 さすがにそこまでしてもらうのは気が引けるし、見知らぬ人間の近くで休むと言うのもどうだろう。

 そう考えるのだが、しかしなぜか相手に対して警戒心が湧かない事に気が付いた。


 手を取られて、人の多い社交場の中を歩いていく。

 何だか、前にも似たような事があったような気がしてくる。

 今のステラに、その記憶はないけれど。


「人にぶつからないように気を付けて」

「それなら、大丈夫です。だって……」


 不思議な事に、彼は人の流れが読めるようだった。

 驚く事に目的の場所につくまで誰ともぶつからなかった。


「さあ、お姫様」


 空いていた椅子に座らされるとすぐに頭がぼうっとしてきた。


 あきらかにこんな事してる場合じゃないのに、抵抗できない。

 それは、目の前に合った人間から、なつかしさの様な物を感じるからなのかもしれない。


 まるで、知らない所で、ずっと昔に合った事があるかのような……、そんな気がしてくる。


 椅子に座ったステラの目の前に、その人が立つ。

 こちらの姿を一目から隠すようにするその人の瞳を見つめながら、私は記憶の中からある人物を引っ張り出した。


 頼もしい姿。

 優しくも力強い、心。


 そんな人が確かに一人だけいた。


「あなたは……勇者様、なんですか?」

「貴方と私は今日ここで出会わなかった。決して、誰にも言わないように、私自身すらにも」


 その言葉で確信を深めていく。

 彼は勇者様なのだ。

 だから、こんなにも気を許していられるのだろう。


 彼がここにいるのは何か事情があるのかもしれない。

 なら、約束を守らなければ。

 この事は、忘れないように。

 そう思いながら、ステラは抗いがたい睡魔に負けてしまう。






 起きた時にはその人はもういなくなっていて、アルバレス達にかこまれていた。

 彼らは、ステラの事をずっと見守っていた人物と一言、二言だけ言葉を交わしたようだ。

 けれど、結局名前は分からずじまい。

 おそらくあの人だろうという検討はついているが、一体どうしてあんなところにいたのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ