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第3話 とある教師の近況



 王都 退魔騎士学校 『ツヴァン』


 職員室の窓の外には闇が満ちているが、まだ夜になったばかり。

 同じ室内に残っている教師達は大勢いた。

 湖水の退魔騎士学校から移動になったツヴァンも、彼等と同じだった。

 学生のための資料作りにいそしんでいる。


「あー、くそ。面倒くせぇな」


 明日までに片付けなければならない書類を裁ききるために、悪態をつきながら格闘を続けているツヴァンだったが、その手が止まった。


 それは、同僚の男性教師のサイモンに声をかけられたためだった。

 誰にでもフレンドリーに接する教師として有名で、同じ教師達からや生徒達からの人望が厚い。


 彼は、自らも大量の書類を持ちながら、どこかへ向かおうとしているところだった。


 その途中で、こちらの顔をのぞきこみながら声をかけてきた。


「よっ、ツヴァン。荒れてるな」

「あ?」


 それにツヴァンは「話かけんな」という意味と「構うんじゃねぇ」という意味を一言に含めて返したのだが、相手には伝わらなかったようだ。


 返答を待つかの様にこちらを見つめ続けている。


 サイモンは、ツヴァンにとって苦手な部類の人間だった。

 だから、あまり話したくないのだ。


 だか何か言わなければ、退かなそうだったので、仕方なく折れる。


「元気なように見えるか、ガキの重りでつぶれそうだ」


 発した言葉は相手の望んだ答えじゃなかったらしい。

 相手は、首を振って、次の一言を話つ。


「そういう意味違くて、別の方さ。おまえ……、まだ人間か?」

「あん?」


 だが、それは予想した言葉のどれでもなかった。

 あまりに唐突にかけられた言葉に、思考が追いつかない。


 今度はおちらがサイモンの顔を無言で見つめる役になってしまった。


「ばけものになっちまうかと思ったが、意外と頑張ってんじゃねーか」

「何の話だよ」


 意味が分からないまま進んでいく話に嫌悪感を覚えて、にらみ付ければ正確な方の内容が返って来る。


「アクリの町に伝わるばけもんの話だよ」

「……ちっ」


 それはツヴァンの過去に関わる話だった。

 身の上に関わる話で、知ってる人間はごく限られている。

 そのため、最近はわすれていた事だった。


 ツヴァンは一応人間だが、過去にあった色々なあれこれで色々なものを背負っている。

 その一つがアクリの町に伝わる話と関係があったのだ。


 あまりにも重すぎて捨ててしまいたいものだが、そうもいかないのが面倒で辛い所だった。


 ツヴァンは作業の手を完全にとめて、相手に向き直る。


「いつから気づいてた。お前そんな勘が良い方だったのか?」


 世の中にはたまにいるのだ。

 何となく、という感覚でかなり深い所まで見破ってしまう人間が。


「さーな。俺はお前の事情の大部分は知らないし、どこ出身かも理解してない。だからここで思うのは、お前の中身が隠しきれないほどおかしくなってるって事だけだ」

「……」


 サイモンはこちらの胸を視線で示して問いかける。


「誰かと繋がってないか、それ」


 こちらは無言を選ぶが、それが全てを物語っていた。

 だが、どこと繋がっているのかは知らない。

 それが状況をややこしくしているのだろう。


 それはいい。

 問題なのは、他人に分かる変化に、自分は気づいていないという事だ。

 そんな状況のまずさは言わずもがなだろう。


 相手は、得に親しいわけではない人間だ。

 それなのに、分かってしまった。


 これがまずくないなら、他の何がまずいというのか。


 サイモンは、言いたい事はこれで終わりだという風に、視線を外した。


 そして、


「お前がばけものになったら、生徒に危害が及ぶ前に斬らせてもらうからな」


 そんな事を言ってくる。


 こちらが返す反応はため息だ。

 それが正しい。


「斬れるもんなら斬ってくれ」


 サイモンの言葉に対する一言は、むしろ歓迎の意しかない。

 むしろ自分をさくっと殺せるものがいるなら、出会ってみたいくらいだった。


 サイモンはそのまま、資料を抱えて職員室から出ていく。

 

 一つ問題が明らかになった。

 だがそれは、じたばたしたって解決しようのないものだ。


 結局、疲労が残る頭で、仕事を片付ける以外の選択肢はなかったのだ。


 しかし、その書類の中に見覚えのない紙切れが交ざっている事に気が付いたのがいけない。


 どうやら、他の連中はこの問題をうやむやにしてはくれないみたいだった。


 自分が混ぜたものではないそれは、かつて仲間の筆跡に似ている。


 記されていたのは、とある催し物の概要。

 そしてアイン、危険、ユース、の文字。


「ユースからの呼び出しか?」


 目を通した紙きれを丸めて、屑箱に放り投げる。

 頭に浮かんだのは、手紙に書かれていた人物名ではなく、別の人間の顏だった。


「アイン……、あいつどこに行っちまったんだ」


 普段なら無視してるところだったが、珍しく少しだけ能動的に行動する気が起きたようだった。



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