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第2話 荒れた国の中でこき使われてます



 両親が人質に取られた。

 父と母の命は、クーデターを引き起こした張本人こと現王のグレイアンの命令があれば、簡単に失われてしまうだろう。


 彼の機嫌を損ねてはならない。

 私は、彼等に求められるままに王宮へ向かい、全く予想していなかった成り行きで騎士として働くこととなった。


 気が晴れない事この上ないが、嫌な事ばかりでなかったのが幸いだっただろう。

 同じクラスの中からも何人か優秀な生徒が王宮にやってきて、正規の手順を経て勤める事になったためだ。そして、交換制度の時にも交友をもったアリアやクレウス等も私と同じ境遇となり王宮で働く事となったというのも大きい。


 彼等の不幸を歓迎するわけではないが、同じ境遇の者達がいるのは心強かった。


 それに、騎士の仕事自体は嫌いではなかったのが幸いだ。

 人の為に剣を振るうのは好きだし、誰かに感謝されると嬉しい。


 こんな時だけど、いやこんな時だからこそ……王都の学校に在籍していた時アリアに「勇者になった後」の事と「騎士になった後の事」を聞かれた事を思い出す。


 今のステラなら、その答えが分かりそうな気がした。







 王宮


 ステラは、騎士として働く事になった後の責任や、人質である家族の心配もあって、しばらくは気の休まらない日々をすごしていた。


 だが、時が経つのは早いもので数週間も過ごす頃にはすっかりその現状に慣れてしまっていた。

 それは、割り振られる任務がだんだんとステラの能力を存分に当てにしたものばかりになってきて、忙しすぎて余計なことを考えている暇がなくなったからでもあったが……。


 まったく、好き勝手に使ってくれる。


 そんなある日の午後、騎士団の任務で魔物退治に行って帰ってくると、王宮でツェルトに出会った。


「ツェル……、シルべール様。どちらへ?」


 彼は以前、ツェルト・ライダーとい名前だったのだが、今はツェルト・シルベールと名乗っている。

 理由は分からないが、名前のある貴族の養子になったためだ。


 だからステラは、何度かうっかり名前で呼び掛けて、慌てて言いなおすはめになる。

 ステラの今の身分は剥奪され、実は貴族ではなく平民だった。

 それは家族も同様で、領主としての仕事は幼い頃に一度だけ会ったラシャガル・イーストに引き継がれている。


 ステラ自身は、顔なじみの知り合いに様付けするなんて嫌で仕方ないのだが、へたに馴れ馴れしく名前を呼んで王宮の監視の人間に怪しまれたくはない。


 この間も、名門貴族の小さな少女に罵られてしまった。

 純粋無垢な子供に暴言を吐かれるのは、かなり心に来る。


 こちらの声が聞こえたらしい彼が、視線をこちらに向ける。


「ステラか……」


 この呼び方をされた彼は、いつも一瞬だけ微妙な顔をする。

 きっとステラも微妙な表情をしているだろう。

 いつも、重いような堅苦しいような空気が二人の間に満ちる。


 彼に対してどう接していいのか分からないでいるステラだが、だからといって自分から線引きして距離を開けるのも嫌なものだった。


 ツェルトはステラと視線を合わせないようにしながら……、


「用事だ。怪我は……ないみたいだな」


 それだけ言う。そして、さっさと先へ行ってしまった。

 彼はステラ達と同じく人質のせいで騎士団に入れられたのだが、配属先が違うのだった。


 だから何をして、どんな風に過ごしているとか、詳しい事は一切分からない。

 気が付いたときには驚きの出世をしていて。何が起こったのか平民だった彼は今では貴族になっていたぐらいしか知らない。


 入りたての頃ならともかく、立場が違う今では顔を合わせてもよそよそしい態度で二言三言しか喋らない関係になっているのが悲しい。


 時間がある時に頑張って話しかけようとするものの、何故かこちらが何か話しかけようとすると、彼は居心地が悪そうにする始末で、ひょっとして話しかけてほしくないのではと思えてしまうくらいだ。


『ツェルトさんは、どうされたんでしょうね。以前はあんな風じゃなかったのに』

『彼にも色々思う所があるのだろう。それは僕達よりもステラの方が良く知っているはずだ』


 アリアやクレウスも、ツェルトの態度についてそんな風に言っているが、ステラはその言葉に否定も肯定もできない。


 なんだか、あの夢の中にでてきた看守ツェルトに似てきて嫌な気分だった。

 権力を持つと人は変わってしまうというが、彼もそうなのだろうか。


 そんなだから、王宮にいてもあまり楽しい気分にはならない。


 休みの日にたまに出る町も活気がなくて、陰鬱な気持ちになる。


 学生だった頃の知人達(ツェルトは立場が違うしニオはそもそも姿が見えない)は、皆それぞれに離れてしまってまともに話すこともないしで、町では気晴らしもできないしで、ストレスが溜まる一方だ。


 それが現在のステラを取り巻く悲惨な日常だった。







 女性騎士宿舎


「ああ、もう」


 その日の深夜。自分の部屋で仕事の書類をまとめていたステラは頭をかかえる。


 愛用しているスケジュール帳や、騎士団の日程表を開けば仕事・仕事・仕事。


 同じ文字が視界の中に存在しすぎてゲシュタルト崩壊してくる毎日だ。今日もそうだから明日もたぶんそう。


 クーデタ後の王宮内部の雰囲気は悪化する一方で、新たに雇われた騎士や兵士とのいざこざが絶えない。任務時間以外にそちらの仲裁に手間をかけなければならないから、実際はスケジュール以上の労働をしているだろう。


「私、花だったらぜったい今しおれてるわ」


 書き物を放り出して途中で机につっぷす。

 行儀が悪いが、気にする心は消えて久しい。


 人目のない自分の部屋くらいでは、せめて自由に身動きしたいのだ。


「ツェルト……」


 こんな時につぶやくのは、彼の名前。


 その言葉はまるで、困った時には彼の事を思い出すのが当たり前だったみたいに、すんなりと自分の口から出てしまう。


「ツェルトだったら、どうするのかしら」


 今日の回想。

 つっぱねられた書類の山を思い出す。

 業務内容の改善を申し出たものの、無情な却下が何度も続いている。


 こういう時に頭の良いカルネや他の人間なら、もっといい方法が思い浮かぶのだろうが、ここにいるのは生憎能筋一人だ。


 もう、カルネじゃなくてもいい。誰かの知恵を借りたかった。しかし暇そうな人間のアテが一切浮かばなかった。


「はぁー」


 そんな風に聞く者がいない状況に甘えて、盛大なため息をついていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 時間を考えれば、こんな夜中に出歩く人間などいないはず。


 ステラは用心しながら、扉の前までやってきた。


「どなたかしら」


 警戒しながら声を発すると、扉の向こうにいる人間はほっとしたような顔。


「良かった……」


 聞いた事のない声だ。

 至らぬステラについてきてくれる仲間でもないし、嫌みな上司でもない。


 なら、一般の兵士か騎士だろうか。


 声を聞くに、相手の人物はステラと歳の近い女性にようだ。


「夜更けに失礼します。アルバレス隊に所属する騎士のティータ・ネレイアンと申しますが、お話よろしいでしょうか」

「それは構わないですけど……何かあったんですか?」


 首を傾げながら訪ねる。

 アルバレス隊は確か、アルバレス・カウルという筋骨隆々の逞しい壮年の男性が率いる、肉体派の騎士隊だろう。

 策を弄するより、戦闘を得意としている舞台なので、魔物の討伐などで功績をあげている所だ。


 ステラ達の隊も何度か、任務を共にしたことがある。


 アルバレス隊長はほがらなか性格の人物で、普段から色々な面でお世話になっているので、もしも何かに困っているなら力になりたい。

 こんな夜中に来るくらいなのだから、何か至急の用事でもあったのだろうか。


「詳細は明日、改めてまたお話しますが、かいつまんで説明すると『魔物討伐の功績をあげた俺達にパーティーの招待状が贈られてきたんだが、部下が倒れて出席どころじゃなくなった。教職についてなよっちまったツヴァンの奴はアテにできないし、他の知り合いも駄目だ。けど袖にするわけにもいかん。空気の読めないお貴族様の面子を潰さないために、誰かでてくれ』と隊長が……」

「な、なるほど」


 説明されたのは、そんな内容。

 大体事情は分かった。


 仕事に忙殺されている騎士からすれば、貴族のそんな気遣いは有難迷惑だったのだろう。

 かといって、無視するわけにもいかないのが辛いところ。


 裏からグレイアンに悪口を吹き込こまれて、後で自分達に問題がやってくるのは避けたい。


 だから、数合わせをするためにステラに話が回って来たのだろう。


 プライドや面子を気にする貴族の機嫌を損ねるのは、この国の現状を考えると得策ではない。


 ステラは机の上に載っている無数の紙束を見つめながら、扉の向こうにいる人へ声をかけた。


「検討しますって、伝えて置いてください」

「分かりました」



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