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第1話 波乱の幕開け

この王宮騎士編は、変則的に更新したものです。




 どんな物でも、作り上げるには、築き上げるには長い時間がかかる。


 たくさんの苦労をして、たくさんの辛い思いや悲しい思いをしなければならない事がある。


 けれどそんな思いをした分だけ、作り上げたものは、築きあげたものは大きくなる。


 これまでに関わってきたたくさんの人の顔を思い浮かべながら、その人達とのいくつもの思い出を浮かべながら迎える完成の時は、きっと途方もない充実感に満たされているのだろう。


 けれどそれは、その幸福の価値が大きければ大きいほど、後でショックを受ける事にもなるのだ。


 決定的に壊されてしまったわけではないけれど、まだその途中だけれど……。


 長い時間をかけて積み上げてきたものが、無駄だったかもしれない。


 そんな現実を突きつけられた私は、自分の歩いてきた道を後悔する時がある。







 湖水の騎士学校 敷地内


 ステラ・ウティレシアは三年間在籍していた退魔騎士学校を、無事卒業した。


 あの学校で、同じ年頃の少年少女たちと机を並べて、剣について学んだ時間は何にも代えられない貴重な物となっただろう。


 きっと、これまでの人生の中で一番充実した日々になった。

 この鮮やかな記憶は、一生色あせることがないと断言できるほど。


 学び舎での思い出三年分は、まだ終わってしまった事も分からずに胸の中で煌めいている。


 少しさびしかったが、胸の中にあるこの暖かな温もりが、記憶が、これから領主として頑張っていく為の心強い糧となってくれるはずだ。


 校門に歩いて行く途中では、別れを惜しむ後輩たちに何度も声をかけられた。

 顔を知っている生徒も、知らない生徒もたくさんいた。


「ステラ先輩、卒業おめでとうございます!」


 入学する前は、こんなにたくさんの人と関わる事になるんなど思わなかった。


 これからも勉強に励むだろう後輩一人一人の相手をし終える頃には、くたくただ。

 最後になるからと思って、ちょっと頑張り過ぎたかもしれない。(そう、後に皆に言えば、いつもと変わらないと言われたが)


 疲労感を感じていると、そこにやって来るのは、弾ける様な笑顔を見せる友人のニオ。


「ステラちゃん! 卒業おめでとう」

「ニオこそ、おめでとう」


 彼女は彼女で、クラスメイト達と話し込んでいたらしい。

 あちこちに立つ見慣れた顏にむけて、手を振っていたからだ。


 こちらに向かって来た彼女の胸には、卒業証である剣の意匠が彫られたバッヂ。


 出会った頃は、三年も親しくできるとは思えなかったのに、不思議なものだ。


 この日が終わったら皆それぞれ別の道へ歩き始めることになる。ニオは王都に行って王宮の兵士になるし、ツェルトも同じくだ。ステラは領主の務めを果たすことになる。

 もう簡単に合う事はできなくなるだろう友にかける言葉はたくさんあった。


 それは、相手も同じようで……、


「色々な事があったよねぇ」


 ニオの口からは懐かしむような言葉が発せられた。


「ええ、本当に一生分の出来事に遭遇したわ」

「ステラちゃんといると退屈だなんて言ってられなかったよ」

「途中からは二オだって楽しんでたじゃない」

「そうせざるをえなかっただけですー」


 それにしても、とニオはこの間の卒業試験の結果について思い起こして話す。


「まさか、元王宮騎士団のツヴァン先生まで倒しちゃうとはね。ステラちゃんってひょっとしてものすごーくこの三年で強くなっちゃったんじゃないの?」

「そんな、大げさよ、先生だって本調子じゃないって言ってたし。たまたまあれは運が良かっただけ」


 話題は三年最後の試験。王宮の騎士団に務めていたというステラ達のクラスの担任、ツヴァンとの卒業試験と評した本気の勝負についてだ。

 最後にステラに追い詰められた教師が、どこか彼方の空を見て「あそこに何か飛んでる」とか言いだした時には、ほんの少しばかり正気を疑ったものだが。


 苦戦しながらも知恵をひねって倒した試験には、何物にもかえがたい達成感があった。


 その時の光景を思い出したニオが、呆れた表情になる。


「あれは負け犬の遠吠えだよ。顔を立てるのもいいけど。やりすぎると逆に反感買っちゃうよ? すごかったんだから本当に。でも紙の試験はちょっと危なかったよね」


 そう言って、こちらの肩をポンポン。

 ペーパーテストではかなりこの友人の力を借りてしまったので、彼女の気遣いが心に痛い。


「あれは……、ううっ、もう思いださせないでよ。私だって好きで脳筋になったわけじゃないのに」

「あはは、ごめんごめん」


 楽しげに会話する二人だったが、二年前までその輪に加わっていた、もう一人の姿はそこにはなかった。


 あの時、記憶を失った夜にツェルトはただの友達だと言っていたけれどステラはそうは思っていない。


 呪術から目覚めたばかりの頃は彼女もそう思っていた。

 けれどふと、日常の中で彼と目が合うと、その瞳に揺らぐ複雑な光を見て、ああ、これは違うんだなと思った。


 ステラとツェルトが付きあってるなどという話は聞かなかったが、自分達の関係がただの友達同士ではない事ぐらい、ステラにも分かった。


 だからと言っても今の自分にはどうすることも出来ず、王都に行っていた唯一の例外を除いて、彼とはあまり関わらない学園生活を今まで過ごしてきたのだ。





 だから、そこにツェルトが話しかけてきたのに、驚いてしまった。

 彼は、どこか焦ったような表情をしていた。


 これまでに様々な事に巻き込まれてきたステラの勘が告げている。

 自分達に関係する事で、何かがあったのだと。


 ツェルトは緊張した面持ちで話をきりだした。


「二人とも、あの話、聞いたか? 俺もさっき先輩から聞いたんだけどな」

「話?」


 彼の様子を見たニオも話に入って来る。


「どうしたのツェルト君、何の事?」


 ツェルトは、疑問を抱くステラ達に答えるために、言いにくそうにしながらもはっきりと口を開いた。


「王都でクーデターが起きたらしい」


 王都、このステラの住む国の中心だ。

 確か少し前に見た限りでは、穏やかでもしっかりした性格の王子のおかげでか、血なまぐさい事件とは無縁の場所だったはずだが……。


 そこで、クーデターが起きたと彼が言う。

 それは本当なのだろうか。

 いや、本当なのだろう。

 ちょっとふざけた所もあると分かって来たけれど、彼がこんな顔して嘘を言うはずない。


「嘘……。それ本当なの?」


 けれど、友人は信じ切れないようだった。

 ニオは顔色を変えて、ツェルトに詰め寄る。彼女の瞳には普段みないような色があった。

 猜疑心とそして隠しきれない不安の色だ。


「あ、ああ、そういえばお前の出身地だったけか」

「本当、なんだね。そんな……」


 血の気を失った表情の二オはそのままどこかへと駆けだそうとする。

 なのでステラは慌てて止めた。


「ニオ、待って、どうしたの!」

「こうしちゃいられない。行かなくちゃ。エル様が。王様が危ない」


 ニオはかなり気持ちが急いているようだ。

 落ち着きを失くした様子で、ここではないどこかを見ている。


 ステラは彼女の腕を掴んで、話を続ける事に舌。


「王様って……。それにエルっていつかに会った人の事……?」

「うん」


 どうしてこの段階でその名前が出てくるのか分からない。

 とにかく彼女をこのまま一人では行かせられないと思い、詳しい事情を聞こうとしたのだが、悪い事はまだこれで終わりではなかった。


「ステラ、俺達も早く帰ろう。連絡がつかないんだ。村にも、屋敷にも」

「えっ」

「何かが起きてるらしい。通信が繋がらないんんだ」


 魔力をもった者しか使えない遠話機えんわき

 ステラが前世いた世界よりも、この世界は技術が発達していないのだが、それでもちょこちょことこういう機械はあったりするのだ。ただし、魔法の力を当てにしているものになるが。(そんな遠話機えんわきはステラには無用のもの(というか使えない)なのだが、間接的にツェルトに連絡を取ってもらうことはあった)


 それが使えないということは遠話機えんわき自体の調子が悪いのか、片方の機械に何かがあり壊れたか、または通話に応じられないほどの緊急事態が起きたかだ。


「そんな」


 立ち尽くすステラ。

 二オを引き止める腕からは力が抜けていたが、幸いなことにステラを心配する余裕を取り戻した彼女はその場で立ち止まっていた。


 しかし、事態は予想をこえた勢いで加速していく。

 その場に立ちつくす三人……いや二人を、武装した集団が取り囲んだのだ。


「ステラ・ウティレシア。ツェルト・ライダー。お前達の家族は我々が保護した。一緒に来てもらおうか」


 この日、ステラ達の家族は保護という名目の下、人質にとられた。

 クーデターは成功し、新たな王を主とする王宮で、優秀な兵士として働く事と引き換えに。



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