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IF 勇者父親


もしものイフの話です。

ラシャガルが短気だった場合で、残念ながら恋愛成分はありません。

楽しんでいただけると幸いです。



 高台の家 『ツヴァン』

 ツヴァン・カルマエディは頬をひくつかせる。

 目の前には娘の信じ切った表情。

 彼はこれ以上退く事が出来ず、また許されなかった。


 ここでつい数字秒前、娘が行った一言を脳内で再生させてみる。


『お父さんは私の勇者様だから、勇者様よりも強いよね?』


 ね?


「……」


 聞いている風に聞こえるが、それは疑問ではなかった。

 自分の視線と、純粋に信じ切ってる娘の視線が合う。


 子供ながらの純真さで、自らが発した言葉の内容について、一ミリも疑ってないような様子でこちらを見つめてくる。


 そうだよね? ね?


 そんな心の声が聞こえてきそうな目だ。というかダダ漏れの視線だ。


 選び取れる選択は一つ。

 どちらにせ、何も言わないという選択だけはないのは事実だった。


 仕方なしに、ツヴァンは不本意な方の選択をする。


「……お、おう、そうだ、な……?」

「やっぱり、私のお父さんは勇者様より強いんだ!」


 喜ぶ娘の表情とは対照的にツヴァンの顔色は優れない。

 どうしてこうなった。

 頭上、家の天井を仰ぐツヴァンはこんな事になったそもそものきっかけを思い出していた。





 遡って遡って、本格的に遡れば、事の始まりは、数年前だ。


 ツヴァンが所属している騎士団がとある任務を受けた事がきっかけだった。


 任務内容は疫病で苦しんでいる村の救援。


 魔物退治を主とするのが騎士ではあるが、時には犯罪者の取り締まりや、要人警護、盗賊の討伐、傷病者看護なども任務に含まれているのだ。

 そういった事態を見越して、騎士団を要請する学び舎でも、戦い方意外に貴族社会の規則や、医療知識などを教えているらしい。ツヴァン自身はその道を通った事がないので、実際の所は知らないが。


 ともかく、そういう理由もあって、任務が言い渡された時も大して深くは考えていなかった。

 またかという具合で、終わった後の報告書を書くのがだるいとかそんなような事を思いながら了承したのを覚えている。部隊の仲間達とそろって任務内容の確認に入った時なども、疫病が流行っているのだとしたら、自分達もかからないように気を付けなければいけないという事とか、同僚の心優しい女騎士リーゼがまた煩くなるなとか、考えるのはそういう事ぐらいだった。


 だが、その村……、カルル村についた時は自分達の認識の甘さを痛感することになった。


 そこにあったのは悲惨な状況だった。

 村人達は全員、原因不明の病にかかり衰弱して死んだものもいた。

 しかしそんな状況で一番に治療にあたっていなければならないはずの存在……、治癒の力を持つこの地の領主は、そしてその家族と使用人達などもそろって行方不明になっていた。


 無事だったのは、村の中の精霊使いになったばかりの少年とその家族だけというあり様。


 当然、騎士達は早急に対応にあたった。

 痛ましい状況だったが感情に流されて自分を見失うような人間はこの部隊にはいない。

 それは何かとこちらの世話を焼いてくる同僚の女性リーゼもだ。


 医療関係に詳しいリーゼの力を頼りに手当を行い、ツヴァン達は迅速に生き残った者達から聞き取り調査を始めていく。


 その過程で、被害はこれ以上広がらないという事が分かったのは幸いだった。

 感染の恐れを捨てて行動するツヴァン達は調査の途中でこの事件の疑惑の主をつきとめた。


 その人物はラシャガル・イーストという貴族だった。

 聞いた話によると最近起きた村のいざこざが一つあり、事件の動機として考えると、あまりにきな臭かったかったからだ。


 そこでツヴァン達はラシャガルの下へ乗り込むことになって、行方不明になっていた貴族一家の一人娘を保護したのだった。その他の保護対象者は見当たらなかった。

 少女の名前は、ステラ・ウティレシア。


 ツヴァンが後に、勇者だの何だのと悩む事になった原因だ。

 

 その後……、当然家族を亡くした少女をどうするかという話が騎士達の中で持ち上がるのだが、そこから話が急激におかしくなった。


 まず、リーゼが少女の親になるとかアホな事ぬかしやがって、無理だ馬鹿やめろ考え直せ、とケンカになった。

 次に、経済的な理由がどうとかの話になって、だったら父親がいればいいんでしょ男を探せばいいんでしょ、と逆ギレされて、何故か見合いをやめさせる為に(相手の男とではなく)リーゼと剣での決闘になった。


 そして、そんなだったらいっそ俺と結婚しちまえ馬鹿、とか勢いで口説いちまって、騎士団とかがバカ騒ぎになって、何か嫁と娘がいっぺんにできちまった。


 結果的に現在、王都に小さな家を建てて、三人で暮らす生活ができあがって任務から帰れば温かい料理や娘の出迎えが待っているという……。


 冷静に考えればそんなに悪い事でもなくもないが……。

 とにかく、そんなこんなで今のような状況になってしまったのだ。





 そんなこんなで面倒を見ることになった娘だが、保護した当時は借りてきた猫のようにお淑やかで静かだったというのに、これがなかなかやんちゃで世話が焼ける。

 やはりあれか。いつまでもうじうじ泣いているのを見て勢いで臭い説教しちまったり、貴族らしくするのなんざまず自分が成長してからにしろとか勢いで剣を持たせちまったからか? くそ、勢いで間違え過ぎだろ。


 とにかく、そんなこんなで色々とあってからは、女のくせに、棒切れ振り回して王都のガキども引き連れてチャンバラを始めるようになったし。強い人間を見つけては弟子入りを頼んでいるとかいう話を耳に挟むしで。


 もう少し落ち着いたらどうだと言うものの、まったく行動を改める様子がない。

 どうしてそんな風にするんだと問えば、

 少女曰く、ラシャガルの下から助けた時のツヴァンがとても凄かったから強くなりたい、との事だ。


 憧れを抱かれる程、俺はできた人間じゃねーよ。


 とにかくそんなの果てに、先ほどの会話があったというわけだ。


 まあ、言う分だけならいいだろう。

 実際に勇者と力比べするような機会なんて、そうそうおとずれるもんでもないだろうし。





 王宮 空中庭園


 ……なんて、気楽に思っていた時もあった俺を責めてやりたい。

 数日後。 

 王宮の空中庭園で件の人間と鉢合わせた俺は、娘に述べた言葉を死ぬほど後悔する事になった。


「はぁぁっ!」

「あぶっ……、おまっ、あぶね! ……本気で攻撃してきただろ!!」


 王宮の空中庭園。

 剣を持ったツヴァンが対峙するのは勇者だ。


 数日前、ステラと出会ったらしい勇者はどういった風のふきまわしか、少女を気に入って仲良くなったらしいのだ。

 子供嫌いのくせに。


「そうかい? 勇者より強いんだからそれくらい簡単に避けられると思ったんだけどなあ?」

「てめぇ、マジ猫被りすぎだろ。皮は剥いで、その真っ黒な中身見せてやりてぇ」


 勇者は笑顔で剣を振りながら、衝撃破とかいう物理を無視したありえない攻撃を飛ばしてくる。

 ツヴァンは避けるのに必死で、反撃などしようがない。

 いいように翻弄されるばかりだった。


「ひどいな、僕は心優しく善良な人間として皆に親しまれてるのに」

「冗談は見た目と外面だけにしろ!」

「ほら、避けないと死ぬよ」

「おぅわっ!」


 勇者が死ぬとか簡単に言うな。怖ぇだろーが。


 右に転がされては左へ、左に転がされては右へ。

 その繰り返しにいい加減イラついてくる。


 穏やかな見た目に騙される人間が多いが、これは相当性格が悪い。

 一定以上の距離から人を寄せ付けないで、予防線を張りながら人と接している勇者の性格の悪さを知っていれば、こうなる前に色々な手をうっていただろう。


 こんな事になると分かっていたら、「お父さん! 勇者様と剣の同士になったんだよ」とかいう報告にお茶を吹きながら「友達じゃないのかよ、いやそれより……」何て突っ込んでないで、ありとあらゆる方法を使って娘の口を縫いとめていたものを。


 昔からどうにも性格の悪い人物に絡まれてやまないのがツヴァンだというのに。警戒しそこねたらしい。(つい先日も、紫の髪をした浮浪児に気まぐれに食い物を与えてやったら会うたびに襲いかかってくるようになった)


 そんな事を考えていると、見学者二名の声が聞こえてきた。


「ほら、お父さん大変そうだから二人で応援してあげましょう」

「お父さん、頑張れー」


 リーゼとステラだ。

 外野うるせぇ。

 そんな事され続けたら、意地でも頑張らねばならないような気がしてきて面倒くさいだろうが。

 向こうは汗も流してない中、こっちは汗に頭痛に怪我に息切れ起こしてるってのに。


「ツヴァン、僕はね常々思ってるんだ」

「やめろ、言うな。何かその悟り切った口調、嫌な予感しかしねぇだろうが」


 爆発する一歩手間とでも言えば良いのか、それは。とにかく嫌な予感がした。

 もし、音を記録する方法があったら、勇者にうつつを抜かしている者共に聞かせてやりてぇくらいだな。


「勇者の名前を軽々しく扱う人間が許せないんだ。それは僕への侮辱でもあると同時にすばらしき先代勇者達への侮辱でもあるのだからね」

「俺は名乗ってねぇだろ」

「ああ、さすがに無邪気な友達であり同士でもある、あんな子供を切り刻むのは気が引けたからね。君にする事にしたよ」


 したよ、じゃねぇ!


「思いっきり八つ当たりじゃねぇか!」


 ほほ笑むその笑顔から音声だけを抜けば平和な絵面だろうに。

 なんでこんな物騒な奴が勇者なんだ。


「ったく、うちのガキを切り刻むなんて言われたら、戦わねぇわけにはいかねえだろうが」

「やっとその気になってくれたようで嬉しいよ。さあ、思う存分僕にやられて後で娘さんに慰めてもらうと良い」

「凶悪犯みたいな事言ってんじゃねえ。勇者じゃなかったら、さすがの俺でも殴ってんぞその台詞!」


 冷や汗をかきながらの攻防、剣を交わし、攻防を繰り返すが、勇者と一騎士の戦いなどたかが知れている。

 決着はやはり早々につきかけた。


 満身創痍で汗だくののツヴァンに対して、勇者は無傷でその場から一歩たりとも動かずにさわやかに微笑んでるだけだった。


「くそが、せめて一太刀でも……」


 破れかぶれになったツヴァンは、剣を閃かせて玉砕覚悟で突撃する。

 当然、そんな虫の息となっている男の攻撃など、片手どころか指一本でいなせる勇者なのだが……。


「う、うわー……やられたー」


 ものすごくわざとらしい声を挙げて、地面に倒れ伏した。


「まあ、見た? あの人が勝ったわよ、拍手してあげましょうね」

「え、……でも。うん……わ、わー。お父さん、すごい!」


 離れた所で嫁と娘が交わした内容と、その後に続いた拍手を耳にしたツヴァンは切れた。


「……のヤロォ! テメェ、やんならもっとましな演技しやがれ!」


 勇者に向けてわりと真剣に恨みをこめた剣技を繰り出す。その一撃は間違いなく今までで最速だったが当然避けられた。





 その後、ボロきれのようになったツヴァンは王都の町のはずれにある、結婚するにあたって購入した家のへ肩を貸してもらいながら帰った。当然、帰宅するなりツヴァンは物理と精神の疲労に襲われて突っ伏していた。台所の隣の部屋、三人がいつもくつろぐ部屋のテーブルにて。


 隣の席ではすやすや気楽そうに眠っている娘、そして離れた台所で夕食の用意をしているリーゼがいる。

 そんな光景は、いつの間にかツヴァン、リーゼ、ステラの三人でいるのが日常となってしまった景色だ。


 ツヴァンもリーゼも二人共魔法が使える事から分かる様に分類上の身分は貴族でいるのだが、今まで誰かの手を借りて生きてきたわけではないのでこんな生活になっても、今更使用人を雇おうなどとは思わなかった。日常の全ては自分達自身の手で行っているのだ。


 そんな中、準備を一通り終わらせたリーゼが手すきの時間に話しかけてくる。


「まったく、勇者より強いなんて大変ですね」

「他人事みたいに言うんじゃねぇ」


 鎧を着こんで剣を持って……、かつてて騎士として活動していたリーゼは今は仕事をやめて主婦として日々を過ごしている。

 娘となった少女の面倒を見るために仕方がなかった事とはいえ、ツヴァンはこれで良かったのではないかと思っていた。


 リーゼはもともと、剣を握るにしては優しすぎる性格だった。

 切らねばならない敵の事を心配したり、自分が切ってしまった敵の夢を見てうなされたり……。

 感情で判断を鈍らせることはなかったが、それでもその分心の内では気にしているように見えた。


 おそらくいつか無理が来る。

 ツヴァンはそう常々思っていたのだ。


「なあ、お前……。今幸せか?」

「貴方って本当にそういう事、直接的に聞きますよね。でもいいですよ、そういう所を好きになったんですから」

「……、茶化すな。真面目に答えろ」

「あら、照れるなんて可愛い」


 年齢的には向こうの方が年下のはずなのに、会話をしていると逆の様に思えるのはなぜだろう。

 リーゼは昔からやたら上から目線で余裕を振りまきながら、人の世話を焼きたがる変な人間だった。

 台所を離れて近づいてきたリーゼは嘘では作れない笑顔を見せる。


「私はとっても幸せですよ。好きな人と一緒になれて、娘までできたんですから。もしあのまま剣を持ち続けていたら、私はきっといつか倒れてしまっていたでしょうから」

「しめっぽい事言うんじゃねぇ」

「でも、貴方もそう思ってたでしょう?」

「……」


 夢の中にいるらしい娘の頭を優しくなでながらリーゼは穏やかな声で続ける。


「この子が大きくなったら教師になるのを目指しても良いかもしれません。私が教師をやって、この子がその学校に通って、貴方は……ふふっ、勇者様にでもなったらどうですか?」

「うるせぇ。なるか」

「……そうですね、きっと似合わないですよね。でも、そんな光景も悪くない、そう思いませんか?」


 ツヴァンはリーゼの手に重ねるように、小さな少女の頭をなでる。


「まあ、悪くねぇな。……考える分には」

 

 それに、してもとリーゼは面白がるような表情になる。


「すっかりこの子の勇者様になってしまいましたね」

「お前に似て人を見る目がおかしいんだよ。もっとマシな奴がいるだろうが、他にも。王宮には本物の勇者だっていんのによ」

「あらあら、迷惑ですか」

「大迷惑だ。面倒ごと増やすんじゃねぇよ。ただでさえ、こいつそういうの拾ってくんのによ」


 迷子の助けをしようとして一緒に迷子になったり、素行の悪いゴロツキに注意してからまれたりと、片付けるこっちの身にもなれ。


「ご苦労さまです」

「まったくだ」


 少し前からは想像のつかない騒がしい生活。だがそれがツヴァンの日常なのだ。

 不満は、まあ、あるが。悪くはない。それは本当だ。


「何かあってもこの子は絶対に勇者様(あなた)が助けに来てくれるって、きっと信じてくれてるんでしょうね」

「よせ、そういうのは嘘とこいつの頭の中だけにしとけ」


 父親にはなったが、そういうのは柄じゃねぇんだよ。

 本当にな。


 乱暴に言いつつも、リーゼの手に重ねるようにして娘の頭をなでるその手は、壊れ物を扱うように優しげだった。


 そんな騒がしくて穏やかな時間が、今日も終わっていく。

 食事の準備に戻っていくリーゼの背中を見つめながら、ツヴァンは小さく呟く。


「だけど、まあどうしてもやらなくちゃなんねぇんだったら、やってやるよ。張りぼての勇者をな」


 撫でられた少女は、楽しい夢でも見ているかのように小さく笑いをこぼした。



(※2019.6.3 修正しました)

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