歩き始めた道の上で
「なつかしいですね。そのような事もありました」
あれから少し時間が経って王宮の空中庭園の隅、敷物の上に座る顔は一つ増えていた。
カルネだ。
つい最近、隣国から帰ってきた彼女。
その彼女は、これからは王宮で十士である父の補佐役として働く予定だという。
それで王宮にいた彼女がたまたま庭園にやって来たので、彼女を見つけたステラが呼んだのだ。
今日は運が良かった。彼女のたまに庭園でご飯を食べるという日に当たったようだった。
「あの頃は、本当に色々あったわよね、特に王都にいた時は。こうして思い返してみても驚きしかないわ」
「ステラちゃんって、本当に騒動に巻き込まれる体質なんだね。かーわいそー」
軽く思い返しただけでもとんでもないのに、細かい事まで掘り起こしたら一体いくつになるのか、と考えるそんなステラの膝の上にはごろごろ甘えるニオの頭が乗っかっている。
可愛そうだと思ってる人間はそんな風に、巻き込まれた人間の膝の上でくつろいだりしないわよ。
この国の王、エルランドの護衛の一人となり正式に働き始めたニオ。
暴政の中で国が混乱に包まれていた頃、前王から身を潜めていた時から彼女は、肩書はなくとも多くの兵たちを率いていた。
学生だった頃よりも一回りも二回りも成長したようだったが、しかしその影響でストレスが結構溜まっているらしい。
証拠に、時々こうやって子供みたいに甘えてくるのだ。
「うーん、ステラちゃんの膝枕気持ちいい。ね、ツェルト君羨ましい? 羨ましいでしょー」
「うん、すっごく羨ましくてむかついてきたからどいてくんね?」
「やだ」
「すっごい笑顔。……俺、ひょっとして根本的にこいつと相性合わないのかな」
ステラの膝を取り合ってなにやら言い合いを始めた友人と恋人は置いておいて、話しかけてきたアリア達に応じる。
「それにしても、私達が知っているのは王都での事だけでしたけど、改めて思った事なんですけど、ステラさんは凄いです」
こちらを見つめるその瞳はキラキラと輝いていて、まるでステラのことを尊敬でもしてるみたいだった。
今の会話のどこをどうやって聞けば彼女の好感度を上げるような事になったのだろう。
「だってそれって、何かが起きても必ずステラさんなら解決するって事ですよね。中には悲しい事もありましたけど。これだけ色々あったのに、凄いと思います」
「確かに、それはそうだな。アリアの言うとおりだ。ステラのそれは見方次第なのかもしれない。騒動に巻き込まれる、という点だけを見れば運が悪い……という事になるのだろうが、顛末まで含めて考えればむしろ運は良い方なんじゃないだろうか?」
二人の言葉にステラは無言で瞼を瞬かせた。
そんな考え方した事なかったし、まったく思いもよらなかった。
でも、よく考えてみればそうなのかもしれない。
ステラの周りにはたくさんの人達がいて、いつも手を貸してくれたいた。
その時は悪く思えても自分は、結局は取り返しのつかない失敗などしてないし、なんだかんだ言って最後はいい結果を残してきたのだ。
「意識した事はなかったけど、そうかもしれないわね。色々な人達に支えられて、ここまで来る事ができた。全部あの人の言うとおりになったわね。……ほら前に話した旅の占い師の」
「ステラさんに、厄災の星の下に生まれたって伝えられた人ですね」
「ええ」
友人を作れと言ったあの人の言うとおりだ。
友人が、仲間が、周りに多くの人がいたから、ステラは過酷な状況でも負けずにここまで来れたのだろう、きっと……。
意識して、友人を作ったりはしてなかったし、むしろカルネやアリアなどは最初、距離を測りかねているところもあった。昔の事すぎて占いの事をすっかり忘れていた時期もあった。それでも、あの一言があったから友達を大事にしようって思うようになったのかもしれない。
「貴重なアドバイスをくれたんだもの、もっと感謝しなくちゃいけないわね。できればまた会えるといいのだけど」
「案外近くにいるかもよ? ステラちゃんの事が心配になって、近くで見守っていたりして」
「まさか、旅の人よ。それくらいでわざわざそんな事したりしないわ」
「ステラちゃんがそーやって断言すると、何かあり得そうに思えちゃうんだよね」
ニオの言葉にその場の面々はそれぞれ頷きあっている。
皆、心は一つのようだった。
まあ、それが現実だったとしても別に困りはしないが。
ステラの体質はある意味で重い信頼を得ているようだ。
それからは何でもないおだやかな時間と他愛もない会話が続く。
最近起こった、遺跡調査の任務の事や、互いの普段の生活の事。アリアやステラは特に年中様々な事に巻き込まれているので、話の種は尽きない。
後は膝の取り合いに負けたツェルトが、アリアとクレウスの仲の良さに羨ましくなっていたり、カルネが作って来た手作りクッキーについてステラ達が盛り上がったり、と。
「このクッキー、カルネさんが作られたんですか。とても美味しいです」
「そうですか、喜ばしい事ですね。私の自信作なのですよ」
その場にいる全員はもうとっくに昼食を食べ終えている状態なので、世間話ついでにカルネの差し入れであったクッキーにそれぞれ手を伸ばしている。
アリアはそのクッキーをいたく気に入ったらしい。
見る者を幸せにしそうな笑顔を浮かべて、小さなお菓子を口に運んでいる。
「もともとアンヌの焼いたクッキーを真似して作ってたのよね、それがいつの間にかこんなに上達して……」
「ええ、成果を誇るわけではありませんが、私も驚きです。趣味をこなすというものも良いものですね」
カルネの甘未好きなところは学生の頃から知っていたから、お菓子作りが趣味になるのは当然の流れだっただろう。
「好きな事に打ち込めるっていいわよね」
お菓子作りの事についてアリアと語り合うカルネは本当に楽しそうに見える。
「そういえば星見の集いの時に知り合ったタクトもピアノを弾くのが好きそうだったし……趣味を作るのって楽しい事なんでしょうね」
ステラも色々と最近始めた事はあるのだが、それらと今ステラが話した人物たちの趣味が同じかどうかなどは判断がつかない。
「俺今まで、ステラの趣味は剣振る事だと思ってたんだよな」
「うん、ニオも」
「私もです、ステラさん」
「失礼ながら僕もだね」
カルネの様子を見て、脳裏に卒業した学校の生徒の事を思い浮かべたりして、ほのかな羨望を抱いていると、その場にいた皆からまったく同じ反応が返ってきた。
私、そんな風に思われてたのね。
確かに嫌いじゃないし、今は好きかもって言えるけど……。
でもそれは、趣味て言い表すには微妙なんじゃないかしら、今はお仕事でもあるわけだし。
勇者になっておいて今更だろうが、貴族の女子として、それを趣味にするのもどうかと思うのだ。
「ゆっくり探していけばよいのではないのですか、今までの貴方は色々と急ぎすぎていたようですから」
「そうかしら、でも……」
自分だけ、皆と違って空っぽのように見えて……。
カルネに言われて、自分はようやく何を思っていたのか気づく。
私、変わりたいって思ってたのね。
今まで目を向けなかったことに色々と目を向ける事ができるようになった。それでもっと成長したいと思っていたから……。
「私っていつも急いでばっかりね」
「良いんじゃないか? それがステラなんだし。目標見据えたら、一直線。それが俺の知ってるステラだしさ。まあやりすぎは良くないだろうけどな」
「そうですよ、それこそ考えようです。ステラさんの長所なんですから」
「まあ、珍しい事ではないよ。そういう所は君に限らないだろう。アリアにも見られるものだ」
今までの自分を振り返って言葉をこぼせば、皆からそんなフォローが返ってくる。
「そうね。私らしく頑張るのが一番かもしれないわね」
走りすぎて、転びながら、通り過ぎながらでも。ひたすら真っすぐに、誰よりも先を見据えて突き進む。
それがステラ・ウティレシアという人物の在り方なのだから。
自分の事を見つめられるようになった。
自分の願いに気づくことができた。
夢を見つけて、居場所に気づけて。
やっとここから歩き始めた私の人生。
大切にしたいと、そう思った。
だって、私は一人じゃないから。
いつだって一人じゃなかった。これかからもきっと。
そう、気づけたから。安心できたから。
「あ、そうだ。ステラ。えっと後で渡したいものがあるから、今度の休みに町に遊び行かね? 絶対行かね? 必ず行かね? 邪魔者なしで。……あ、いやだってさ……ニオ辺りが聞きつけてくっ付いてきそうだし、うっかり忘れられたりしたら悲しすぎるし」
「そっか。じゃあ約束な。場所はアクリの町だ。いつか言った風にさっそうと格好よく渡したいものがあるんだけどな。……ああ、やっぱ覚えてないよな。まあ、期待してて待っててくれて良いぜ」
「約束だかんな!」
番外編はここで終了です。
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